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第199話 ボクは負けない

◆ アバンガルド王国 国境付近 フォウレスト山脈 ◆


「スターダストメモリー」


 夕焼けに落ちようとしていた空が侵食されるようにして夜空に切り替わり、点々と輝く星々が一つずつ自らを主張するように輝く。それからの決着は早かった。旅団の奴らがわずか数秒と立たずに、何かに撃たれて木々から落ちていく。昏倒した盗賊どもは自分達のボスが作った沼に落ちていき、呻き声を上げる事すらなく次々と沈んでいった。

 ハッキリ言おう、ここに戦いなんてなかった。あるのは"スカイクラウン"ルピーによる制圧だ。しかも夜空のようなものから放たれる何かの速度は肉眼じゃまず捉えるのは不可能だ。それが敵の動きや習性を感知して的確に狙い撃つというのだから、向かうところ敵なしといってもまったく大袈裟じゃない。

 闘技大会ではセーブしていた、スカイクラウンの本領を目の当たりにした他のメンツのリアクションなんて絶句する以外にない。


「ゲリラ戦がなんだって? あいにく、そんなものに付き合う気はないんでね」


「う、うえぇ?! こ、こ、こんなはずじゃ、なかったんだが……ふぎっ!」


 狼狽するヌマークに追い討ちをかけるように、奴が腰をかけていた木の枝が弧を描く。ロープのような柔軟性を持った枝は盗賊一人を縛るのに数秒も要さなかった。


「殺しにくるなら、もうちょっと相手の事も調べなよ。自分で言うのもアレだけどAランクって実は化け物の集まりなんだ」


 そう得意げに語るのは、片手を広げて何らかのスキルで奴を拘束した"新緑魔術士"ノキリだ。中性的な顔立ちと無愛想な表情で誤解されがちだがこいつは女、オレの守備範囲かとなるとちょっとノーセンキュー。もう少し磨けばいいものを、あの手入れの行き届いていない灰色のボサボサの長髪を含めて全体的にガサツなイメージしかない。年齢はわからんが多分、20前後ってところだろう。その若さでAランクにまで上り詰めるのだから、今の手腕含めて常人から見れば十分に人外だ。そう、Aランクは人外魔境。瞬撃少女とかいうギャグみたいな二つ名の少女のインパクトで最近は霞んでいるが。


「彗狼旅団が何故、ファントムに協力する?」

「協力した覚えはないんだが? ……ぎぃえッ!」


「的確な答えを言わないなら、このまま絞め殺して賞金に換えてもいいんだけど」


 血も凍るような冷徹さを見せ付けたノキリのスキルで、ヌマークの奴は泡を吹きかけている。今ので骨の何本かは無事じゃなくなっただろう。


「す、彗狼旅団の目的は王権制の倒壊、及び国家そのものの滅亡なんだが? それに当たってあちらさんと利害が一致するのはごく自然と考えられるんだが?」

「ネーゲスタ国を直接攻めたのも君達かい?」

「動いたのはオレ達11番隊じゃなくて本隊なんだが?」

「つまりネーゲスタを攻撃したのは狼ってわけだ。次はファントムの規模と君達、盗賊団の規模を教えてもらおうか」


 ノキリに負けじと冷たさを持ったルピーさんの声、そして未だに解除されないスターダストメモリー。彗狼旅団のメンバーは生死問わず、首さえ持っていけばすぐに金に換金できる。その程度の扱いになるほど、こいつらは悪評を広めすぎた。ウィザードキングダムより遥か東にあるアムル王国を滅ぼして略奪し、犯し、殺し。人道から外れたその所業と力は今や、どの国や組織も危険視している。

 アムル王国は決して弱小国じゃなかった。Sランクの"パラディン"は聖属性系統の魔法ならあの賢者ハストをも凌ぐと囁かれていたほどだ。攻めてきたクラーツ帝国の大部隊にたった一人で挑み、侵略戦争をたったの1分足らずで終わらせた話は誰もが眉唾ながらも聞いた事があると思う。あの軍国主義の帝国内ではすっかり"一分戦争"なんて、上層部や民衆の間で畏怖されていたらしい。そしてそんなクラーツ帝国も葬送騎士によって今や夢の跡と化したようだが。どこを見ても化け物だらけか。


「ノキリ、他に伏兵はいないね?」

「気配はない」


 あの新緑魔術士ノキリは植物の声を聴いたり力を行使できるらしく、集中する事で辺りにいる生物の気配を感じ取れるらしい。しかし常時この状態を保つのはさすがに難しいようで、移動中なんかはさすがに控えている。ルピーさんがいなくても、森の中で彼女にケンカを売った時点で盗賊の末路はすでに決定していたという事だ。


「そうペラペラと喋るわけにはいかないんだが?」

「そうかい、じゃあ死ぬか」


「回収完了」


 思わぬ方向から不意に放たれた声。あぐらをかいたまま木々の間を浮くそいつの存在に気づいた時には、すでにヌマークはいなかった。馬鹿な、一番そう言いたいのはノキリだろう。たった今、他に誰の気配もないと自分で断言したのだから。

 そいつは包帯のように布を頭から体に巻きつけたような、珍妙な姿をしていて顔は半分以上それに隠れている。カシラム国でよく見たターバンにも似た被り物を被り、魚のようなぎょろりとした瞳をこちらに向けていた。そしてヌマークはというと、同じく宙に浮いて箒にまたがった少女が捕えている。いや、箒の尖端に衣服をひっかけて吊るしているといったほうが正しい。黒いぶかぶかのローブとウィザードご用達のとんがり帽子、くるくると巻いたようなピンク髪と悪戯っぽい目つき。誰なんだ、こいつらは。ただ一つ言えるのは。


「……やばいね、なんだいアレ」


 ノキリに気配を察知されず、突如として現れただけでもそいつらの異質っぷりは際立つというのに。ルピーさんだけでなくフランクス、バステといった猛者達も武器を手に取るのが精一杯だった。


「ゲトー、なんでこんなのを回収するんですの?」

「こいつらが言っていた対瞬撃少女用自己魔法(カスタム)強襲部隊とやらを見てみたいからな。こいつもそれの一部なら尚更だ」

「重要な一部なのに、まともな戦力換算もできずにこんな戦いに挑んで死ぬところだったですの?」

「そう、えぐい事いうな。元々は烏合の衆、そこはファントムとさして変わらん」

「帰りますのー。お腹ぺこぺこですのー」


 オレ達は眼中にない、それに対して激昂する奴はいなかった。むしろ、ホッと胸を撫で下ろしたいところだ。オレ達は命を拾ったんだから。こいつらがファントムだとしたらオレ達に出来ることはただ一つ。何としてでも戦いは避ける事だ。


◆ アバンガルド王国 国境付近の町 宿屋の温泉 ◆


 さすがにずっとクリンカに飛び続けてもらうのは辛い。日が落ち始めた頃を見計らって、適当な場所で一泊する事にした。さすがに王都に比べると見劣りするけど、クイーミルよりは発展した町だ。あのクイーミルは王都から近いのに今一発展しないのはキゼル渓谷のせいだとクリンカは言う。地形が劣悪な上に復活するフロアモンスター、激昂する大将が厄介すぎてある程度実力のある冒険者じゃないと通り抜けるのも難しい。

 それに比べてこの町は地上から見下ろした限りでは、王都からの道が整備されている。頻繁に馬車も行き交っていたし、危険な魔物も少ない。強い冒険者も頻繁に出入りしていて盗賊なんかは逆にこういう場所だとやりにくいらしく、キゼル渓谷みたいな場所に追いやられる。

 そんなのどかな風景を眺めていると眠くなる。ただしうっかり寝てしまってクリンカの背中から落ちたら、いくらボクでも危ない。だから思ったより気が抜けない空の旅だ。


「静かだねぇ。ここら辺は平和なんだね」

「こういう場所は大事にしないとダメだと思う。だからこそ、これ以上ファントムをネーゲスタ国から出しちゃいけないよ」


 白く濁った湯を肩にかけながら、肌を潤すボク達。キゼルの宿の温泉とは違った、とろとろのお湯がなんとも心地いい。月夜の空を眺めながらボクはファントムの事、エルメラの事、そしてコウとブンについて考えていた。


「やっぱりコウとブンはファントムに連れ去られたのかな?」

「でも、オードさんや宿屋の人に見つからないように出て行ったというのも気になる。うん、ちょっと待って。もしかしたら宿屋の人もファントムかも?」

「ま、まさか……そんなにたくさんファントムがいちゃ、たまらないよ」

「ううん、私思った。あのウーゼイ教にしてもファントムにしても。一つの思想に支配される時って、決まって心の弱い時なの」


 いきなり真面目な顔つきになったけど、それでも両手で水鉄砲をやるのもやめない。ボクもさっきからそれをやってるけど、なかなかうまく出来ない。隣でシンが笑いを堪えながらその様子を見ているのが腹立つ。沈めちゃおうか。


「私、リュアちゃんと出会うまでは本当にどうにもならなかった。Dランクのお仕事もままならなくて、パーティの人達にも迷惑かけちゃうし……。誰にも誘ってもらえなくなって」


 どこか泣きそうな声でぽつりと呟きながら、クリンカはいつの間にか水鉄砲をやめていた。シンの水鉄砲を頬にかけられながらもボクはその表情に魅入ってしまう。


「そんな時に、あのリョウホウさんが微笑みながらウーゼイ教について説いてきたら……私、あっちに行っていたかもしれない」

「そんな事ないよ! クリンカに限って! だってあそこは食べ物だって」

「誰にも相手にされない、否定された時に誰かから優しくされるって思ったより心地いいんだよ。この人だけは自分の事をわかってくれるって」

「そう……なのかな」


 そうだよ。初めてギルドに行った時、あそこに現れたのがクリンカじゃなくて他の人だったら。それこそリョウホウさんだったら。あの人を悪者にしているみたいで悪いけど、何も知らないボクなら信じていたかもしれない。それが絶対的に正しいと思うようになり、他を認められない。

 今のボクがあるのも、クリンカと一緒に歩いてきたから。いろんな人に出会ってきたから。前にも考えたけど、違う道だったら違うボクがいたかもしれない。


「うぇーい、そにっくすぴあーぱしゃぱしゃ」

「うるさい」

「ぶくっ!」


 しつこいシンを片手で温泉に沈めてから、少しだけ考えた。孤独、悩みが膨れ上がってどうにもならなくなった人達。そんな人達がファントムの囁きを受けたら。


「ぶげっ! ぷはぁ! こ、殺す気ですか!」

「あ、ごめん」


 今のは危なかった。考え事をしながらシンを構うのはやめよう。


「メイゾンのおばさんはなんでファントムに?」

「それはわからない。あの人も何かしらの大きな悩みを抱えているのかも。それにね、悩みなんてものじゃなく……もし、もしだよ。大切な人……例えば私にとってリュアちゃんがいなくなったら……今のままで、多分いられない」


「何言ってるのさ!」


 クリンカが信じられない事を言ったから思わず離すまいとして抱きついてしまった。どこにもいかないよ、そう言いたかったけどあまりに興奮してつい。


「だ、だって。私、最近思うの。リュアちゃんは確かに強いよ、だけど……。リュアちゃんよりとてつもなく強い魔物なんかもいないとは限らない。この世界は広いんだよ、だからね……危ない事なんかやめて、平和に暮らしてもいいかなぁって……」

「ボクは負けないよ。急にどうしてそんな事を……」

「いや、ちょっとなんとなく……。最近、胸騒ぎがするの。ある日突然、とんでもないものが出てきて……世界を滅ぼしちゃうくらいすごいのが現れたらって……」

「そんなのが来ても、ボクがやっつけるよ」


 気ガついたらあまりに密着しすぎていた。ボクの太ももにクリンカがまたがるようにして、ボクがクリンカの太ももに。今まで感じた事のない、感情の高ぶりみたいなものが一気にこみ上げてくる。体の奥がジンジンするような、心地いいような。


「わ、私なんか変かも……」

「ごめん!」


 なんだかすごくいけない事をしているような気がして、ボクは慌てて離れた。耳まで真っ赤になったクリンカを見て、多分ボクもそうなってるんだろうなと思う。温泉でのぼせたのか、顔まで異様に熱い。呼吸も荒いし、夢でも見ているような錯覚に陥った。


「ボクも変かも……」

「さ、さっ! 上がろっ! 明日はネーゲスタ国だよ!」


 照れ隠しはクリンカのほうが早かった。勢いよくお湯から上がったせいで、シンがまた転覆しかける。


「あれ、シンどうしたの? 顔が赤いよ?」

「しんはー……じゅんじょー……なのでぇす」

「変なの。そうだ、上がったらオーロラチョコあげるってさ。この前はほとんど自分で食べちゃったからってクリンカが反省してた」

「なぬっ!」


 お湯から飛び出して宙を蜂みたいに舞ったシンを見て、ボクもあんな風に飛べたらいいのになと思う。そういえばシンはあの魔王軍四天王と同じ魔族なんだっけ。もしかしたらシンなら何か重要な事を知っているかも。今なら聞けば教えてくれそう。


「着替える時間も惜しいです! とっととぴゅー!」


「は、速い……」


 あっという間に脱衣所に消えていった。他に誰もいなかったからよかったけど、もしそうじゃなかったら。シンの事も含めて今更冷静になる。


「意外と寒いなぁ」


 突然吹いた冷たい夜風がまるでボクに対する警告にも思えた。思い上がるんじゃない、お前より強い奴なんていくらでもいるって。


「でもボクは負けないけどね」


 夜風に負けじと堂々として歩いていたら、向かいから女の子達が入ってきた。何も隠していないボクを見てクスクス笑う。さっきまでの興奮がすっかり冷めてしまったボクは突然妙に恥ずかしくなった。


◆ シンレポート ◆


ほてる しんの かおが ほてる

あいつら なに やらかしてる ですか

これは しんが ほごしゃとして あいつらの そこうを

とめねば このままでは しんが もたない

うとうと してきた

あ ちょこ たべないと

あぁ うもうが きもち いい

ちょこ を

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