第197話 ファントム殲滅作戦開始
◆ アバンガルド王都 ホテル メイゾン ◆
「なんだか、ここもなつかしいね」
「いつもお世話になってるよね。ボク、ここで殺されかけたのに」
あれから、ファントムを名乗ったつるつるの人達はお城の兵士達に捕まった。リッタ主導の指揮で思ったより手早く片付いたけど、問題が山積みすぎる。あまりの事態にあのウーゼイ教の寺院は今、徹底的に調べられている。もちろんつるつるの人達も怒ったし、あれから大変だった。今じゃあそこは立ち入り禁止。リョウホウさん達はものすごく落ち込んでいたけど、元気を出してネーゲスタ国に帰っていった。
あんな話を聞かされたら黙っていられないのはわかる。ボク達も、と思ったけどなぜか兵士達に止められる。勝手な行動は謹んでほしいだなんて、随分と偉そう。ボク達がどうしようと勝手なのに。
「なんか……変だったよね。私達だけ行動を自粛させられているみたい」
「腹立つよ。あんなの放っておいてボク達もネーゲスタに行こう」
「でも国境で止められたら……」
「クリンカなら飛んでいけるでしょ」
「そうだけど、いいのかなぁ」
「今までそうしてたんだし……」
今、こうしてホテルにいるのも本当はリッタじゃない兵隊長みたいな人に言われたからだった。非常事態だから、上からの指示があるまで待機だって。ボク達は兵士じゃない。
そしてもっと納得いかないのはあの場にいたガンテツさんやセイゲルさん、他の冒険者達だけが呼び集められてどこかへ行ってしまった。
「クリンカはファントムについてどう思う?」
「あのエルメラって子の話は今一要領を得なかったけど……一応、まとめてみたよ」
まずファントムのリーダーは本人が名乗った通り、あのエルメラ。ネーゲスタ国を攻めた理由は『真っ先にぶっ潰してやりたかった』という発言からして、多分あの国やウーゼイ教に対して何らかの憎しみを抱いている。そして元はウーゼイ教だったあの5人のつるつるの人達、あの人達もウーゼイ教に嫌気が差してファントムに寝返った。
「という事はだよ、あの人達はファントムに何かしらの魅力を感じた事になると思うの」
「脅されたんじゃ?」
「そうは見えなかったけどなぁ、それにしてはウーゼイ教に対する愚痴が具体的すぎるし……あれだけ熱心な人達が多いのに」
「あのおじいさん達を殺したのもファントム、だよね」
「エルメラが言っていた事が本当だとしたら、それは多分違う」
「じゃあ、誰さ」
「それはあの子が言っていた、水路だと思う」
水路、そういえばそんな事を言っていたっけ。やったのは水路、なにこれ。
「水路というのはあの子が間違えているだけで、本当の名前があるんじゃないかな。ファントムの協力者、または集団や組織。一つだけ思い当たるんだけど……」
コン コン
誰かがノックしたドアにボク達は過剰に反応してしまった。セイゲルさんやガンテツさんかな、でもボク達がここにいる事は知らないはず。誰だろう。
「あ、そういえばサンドイッチ頼んだの忘れてた」
「なんだ、クリンカの食いしん坊だった」
「リュアちゃんの分もあるけど」
「いただきます」
なんてやり取りをしつつ、クリンカは中年の女の人からサンドイッチを受け取った。あれ、3枚しかないけど大丈夫かな。分けられないとかじゃなくて、たったそれだけでクリンカが満足できるのかな。
「ごめんなさい、大事なお話し中に……」
「いえ、ありがとうございます」
「それでは失礼します」
「あ、ちょっと待って下さい」
ほら、やっぱり足りないんだ。たった3枚じゃなくて50枚はよこせと言うに違いない。だからどこかに食べに行こうといったのに。
「何か?」
「あのですね、なんでお話し中だってわかったのかなーって」
「外まで聴こえていましたよ?」
「そうでしょうか。廊下を歩いてここまで来てドアをノックしたなら、そんな事を把握する時間はないはずです。それにこう言いましたよね。大事なお話し中って。なんでそこまでわかったんですか?」
「い、一体どうされたのです? 私、何かしましたか?」
「立ち聞き、してましたよね」
クリンカが鋭く言い放つと、おばさんの顔が強張る。トレイを強く握り、ほんの少しだけ黙ったけどまたすぐに笑顔を作り直した。この反応、いや待って。この人には確か、前にもナイフで刺されそうになったっけ。あの時は偶然だと思ったけど、これは怪しい。
「おばさん、もしかしてファントム?」
「ファ、ファントム? 何を言ってるのかしら……」
「目が泳いでますよ。知ってる事、喋ってもらいます」
「ちょっと、本当にいい加減にして下さい。人を呼びますよ」
「本当に何も知らないんですね?」
「何の事か、全然わからないわ」
「はい、それじゃわかりました。この事はエルメラ様に報告しておきます」
「えぇ、どうぞ……あっ!」
口に手を当てても遅いと思う。クリンカ、恐るべし。それともこの人がマヌケなのか。目をきょろきょろさせて、どうしようかといった感じだ。もちろん出口はボクが塞いだ。後はたっぷりと話を聞くだけ。見たところ、この人は普通の人だ。戦いも出来そうにないし安心できる。
「今のは釣られちゃったのよ。エルメラって誰かしら……オホホ」
「本当の事を言って下さい。でないと、ここから出しませんよ。リュアちゃんが」
「誰かーーーーーーー! 助けてーーーーーー!」
突然、耳を突き刺すような金切り声を上げたおばさん。思わず耳を塞いでしまった、なんて事をしているうちに廊下を走る集団の足音が。これはもしかしなくてもまずいんじゃ、と思った時には遅かった。乱暴に開けられたドアから勢いよくなだれ込んできた人達。他の部屋に泊まっていた人達やホテルの人がボクの背中を押し退けてくる。
「わわっ!」
「な、何事だ!」
数人に睨まれて何も言えなくなった。おばさんはわざと怯えた素振りをして、絨毯の上に座り込んでいる。これじゃまるでボク達が何かしたみたいだ。追い詰めたようで完全にやられた。
「あの、これは違うんです」
「この人達がいきなり乱暴を! 怖かった!」
「なんだと! この二人って……瞬撃少女と焔姫がか!?」
「焔姫ってなんですか?!」
ボクも噴出しそうになった。ほ、ほむらひめって。もしかしたら回復のイメージよりも、杖を振るって炎を出しているうちにそっちで定着しちゃったのかもしれない。危ない事態なのに笑いを堪えるのが大変だ。
「君達ほどの冒険者が何をやらかしたんだ!」
「誤解です! あと焔姫はやめて下さい!」
「怖かったですー!」
ホテルの支配人とかいう人に抱きついたおばさんに同情の視線が集まる。なにこれ、完全にボク達が悪者じゃない。
◆ アバンガルド王都 冒険者ギルド ◆
あれから二人で説明したけど結局、騒ぎを起こしたには違いないという事でホテルを追い出されてしまった。利用禁止にはされなかったものの、これからは厳しく取り締まるとか。
おまけに「君達は力ばかりが強くなってしまって、弱いものの気持ちが理解できていない。そういうところがまだ子供なんだ」なんて説経された。そんな事ない、強い弱い関係なく今までいろんな人達と関わってきた。何も知らないくせに。
そんなこんなで行き場がなくて仕方なく冒険者ギルドに来てみたものの、本当に当てがなくなった。二人でモモルソーダを飲みながら、やたらと賑わうギルド内でもんもんとした気持ちで向かい合う。
「もう腹立つ! 絶対あの人が怪しいのに!」
「でも証拠もないし、ちょっと早まっちゃったかも。私も熱くなりすぎて……だってリュアちゃんの命まで狙っておいて!」
そこに熱を入れて怒ってくれるのはうれしい。そしてクリンカの見解は当たっていた。ファントムはエルメラが言っていた通り、ああいう普通の人もいる。ウーゼイ教のつるつるの人達と同じく、何らかの理由があって入ったに違いない。問題はどこからどうやってファントムの存在を知ったのか、それがさっぱりわからない。
「やっぱりネーゲスタ国に……」
「おや、君達は」
キラリと光る王冠が眩しいその長身の人はどこかで見た事があった。そうだ、確か闘技大会に出ていたあの。
「ええっと……ルピーさん?」
「よく覚えてくれたね。これも星の下での巡り合せか、そうでなければこの出会いはなかった」
「そ、そう?」
「もしかして君達もファントム殲滅作戦に参加するのかい? だったら心強い」
「え、なにそれ!」
スカイクラウンの異名を持つルピーさん、星魔法とかいう珍しい魔法の使い手。スターダストメモリーはすごかった。星が相手を記憶していて、何をしてきても迎撃するんだっけ。という事はボクも記憶されてるのかな。
「君達も知っているだろう。ファントムと名乗る者達によってネーゲスタ国は占拠されてしまった。本来なら国が腰を上げる所だが、どうも国内のゴタゴタだけで精一杯らしい」
「そこで私達、冒険者に丸投げってわけさ」
「"封術士"バステ、君も参加するのか」
今度はバステさん、闘技大会予選でボクと戦った人だ。弱体化魔法をかけられていたとはいえ、拳の一撃で倒せなかった相手。いや、あれは相当手加減していたけど。なんだか続々と有名な冒険者が出てくる。よく見たら、あっちにいるのはセイゲルさんとガンテツさん。周りにいる人達もAランクの冒険者かな。
「現在参加が確定しているのは私とバステの他に"死神"アーギル、"新緑魔術士"ノキリ、"跳剣"フランクス、それと"ドラゴンハンター"セイゲルに"豪闘士"ガンテツ。それ以外にも名のある冒険者達が続々と集まってきている」
「それはすごいですね……セイゲルさんやガンテツさんまで。でも、ほとんど情報もないのに大丈夫なんですか?」
「だからこそさ。お偉いさん達は国内のゴタゴタで忙しいから、この件はとりあえず冒険者にでも投げとけってところだろうな」
「そ、そんな甘い相手じゃないと思うんですけど……」
どうせだったらリョウホウさん達と協力すればいいのに。あくまでボクの考えだけどファントムはクリンカの言う通り、甘い相手じゃない。エルメラからして得体が知れないし、あの口ぶりからしてかなりの戦力だと思う。
ファントム、亡霊。あの自殺した兵士の人、そしていつかの花屋のおじさん。メイゾンのおばさん。この人達は多分、戦力として数えられていないはず。毒やナイフでボクを殺そうとした事はあったけど、言ってしまえばそのくらいしかやれる事がない。あんな人達でネーゲスタ国を攻められるわけないんだ。
「ルピーさん、ファントムを甘く見ないほうがいいよ」
「ハハッ、わかっている。だからこそ君も」
「そこのリュアさん、及びロエルさんは参加出来ません」
ギルドの人が信じられない事を言い放った。なんで、どうして。
「ど、どうして?」
「王国側のお達しです。今後、お二人のご活動はこちらで制限させて頂きます。もし従わないのであれば、相応の処置がありますのでご了承下さい」
「だから、どうしてって聞いてるの!」
「それは当ギルドの知るところではありません。そういう指示ですので」
「なんでー!」
「ダメだよ、リュアちゃん。冒険者ギルドは独立した組織ではあるけど、あくまでその国の法や命令が優先されるの。他にもいろんな条件があって初めて国内にギルドという施設を設置できているらしいし……」
綺麗に身だしなみを整えた女の人のギルド員の冷たさは、ボク達を嫌っているんじゃないかとさえ思える。他の冒険者達も気まずそうに眺めてきた。セイゲルさんとガンテツさんも顔を見合わせて何かボソボソと話しているし、もしかして何か知っているのかな。
「……もしかして、あの噂は本当だったのか」
ルピーさんが申し訳なさそうに呟く。あの噂、やっぱりこの雰囲気からして皆もそれを知っているんだ。
「ここ王都内でもね、こんな噂が立っているのさ。この国はたった二人の少女がいなければ何も守れない、すべておんぶに抱っこ状態だ。確かに新生魔王軍襲来時や空を覆う化け物に襲われた時も、大した活躍だったらしいね」
「もちろん二人はよくやっているし、ありがたい事だ。だけどお上としてはそんな噂が立たれると面白くない。加えて外交面でも他国に軽んじられる傾向になる。案外、こういった噂も馬鹿にできないのさ」
ルピーさんとバステさんの説明を聞いても納得がいかなかった。このモヤモヤした苛立ち、前にもあった。そうだ、ポイズンサラマンダー討伐の時だ。ボクが倒したはずなのに、なかった事にされて。お金がほしいとか褒められたい思いでやったんじゃない。だけどこんな仕打ちを受けるために戦ってきたんじゃない。
「でもそれじゃ、おかしいですよね。あのSランクのティフェリアさんだってこの国のお抱えなのに」
「Sランクは別だ。いわば切り札のような存在で、他国をも牽制できる重要なカードだよ。だから、普段はそれほど活動しているわけじゃない。そして、彼女が出なければいけない事態を君達が解決してしまった」
「そうだな、どちらかというとティフェリアさんよりも今は君達の活躍のほうが目立っている」
「リュアちゃんと同じ思いです、納得いきません」
ルピーさんとバステさんからそっぽを向くようにして、クリンカは強気にギルドの人に詰め寄る。ティフェリアさんはよくてボク達はダメ、確かにおかしい。ボクも負けじとカウンター越しにギルドの人に詰め寄った。その女の人は少しだけ身を引いて慌てたけど、また冷静に表情を作り直す。
「この依頼にティフェリアさんは参加するんですか?」
「お答えしかねます」
「彼女がどう動くかは国が決める事だ。Sランクとはそういう存在だからな」
バステさんの腹立つ言い方、もしかしてこの人って実はボクに負けた事を根に持っているんじゃないのかな。そう思えるほど冷たく感じた。
「制限、ですか。詳細を聞かせてもらえますか」
「通常の依頼は引き受ける事が可能です。今後もこちらから指定した依頼は引き受ける事が出来ません」
「つまり慎ましく活動していなさいって事ですね」
クリンカの質問にもギルドの人は答えない。ごまかすかのように無言で手元の紙をまとめたりして、いじり始めた。
「まぁ、なんだ。今回はオレ達に任せてくれないか」
「そうだそうだ、いい機会だと思ってたまには休め。それにファンタだか知らねぇが、何もいきなり突撃なんてアホな真似はしねぇよ」
見かねたセイゲルさんとガンテツさんがやってきて慰めてくれた。自分達を信用してほしい、そう力強く強調する。信用してないわけじゃない、ただ今の状況に腹が立ってるだけ。
「……こんな事なら冒険者なんて」
「はぁ……はぁ……お、こんなところに。なぁ、コウとブンを見なかったか? 朝からどこにもいないんだよ……せっかくたまにはうまいモノでも食おうかと思ったのに……」
息を切らして入ってきたオードの声なんか耳に入らない。ボクはただひたすら、感情が渦巻く自分を抑えるのに必死だった。
◆ シンレポート ◆
あのばばあは くろ だけど あんなのを といつめて はかせても
たいしたじょうほうはえられないのです
なにせ あのばばあは まったんの まったん
それに まえの へいしの しにざまからして たぶん しかけられている
なにがって そりゃ きまってるです
しんは きづいたから いおうと おもったけど
なんか こう
なんで しんが そこまで みたいな?
こうきゅうおかしの おーろらちょこを ひとつしか わけて
もらえなかった うらみ みたいな?
そういう しんを いたわる きもちが かけているから おしえない
あー とろける あまぁい おーろらちょこが たべたい
そして ぎるどを しめだされたわけですが ぼうけんしゃなんて
やめてしまえばいい それで かいけつするです
あ でも おかねのもんだいが
なにせ あいつら ぼうけんしゃいがいに てきせいがない
おお たしかに これは こまった




