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第194話 亡霊 前編

◆ アバンガルド王都 ウーゼイ教寺院 大道場 ◆


 おじいさんの生首を見た瞬間、ボクも固まる。今までたくさんの魔物を倒してきたし、今更かと自分でも思う。だけどそうじゃない。得体が知れないんだ。ただ殺すだけじゃなくて、なんでこんな事をするのかまったくわからない。何が目的で生首をわざわざ持ってきたのかが。まったく。わからない。


「ひどい……なんであんな事を……」


 クリンカの消え入りそうな声にボクまで潰れそうになる。意味がわからない、なんで。どうして。あまりに残虐すぎる。


「これは……一体、何の趣向ですか?」

「ですから何度も申し上げているでしょう。ネーゲスタの上層部、五老師はご覧の通り」

「悪趣味も結構ですが、やっていい事と悪い事があるでしょうッ!」


 常に穏やかに自然体をモットーとしたウーゼイ教の師範代リョウホウさんがついに怒り出した。ようやく状況を飲み込めてきたけど、まだあの生首が本物だと認めていない様子。リョウホウさんに続いて他のヒョンハク達も非難したけど、あの5人は至って冷静に切り返すだけだった。


「自然体が崩れてますよ、リョウホウさん。我々はもうウーゼイ教にはうんざりしていたのです。教えだ何だと半強制的に苦行に近い生活を強いられ、気がつけばそれが正しいと信じ込むようになりつつある。これを何というかわかりますか? 洗脳ですよ」


 5人のうち1人が皮肉たっぷりにリョウホウさんを冷ややかに突き放す。洗脳、言い方はひどいけど実際そうなのかもしれない。リョウホウさん達は自分達の教えこそが正しいと強引に皆に押し付けて、それをいつか正しいと思うと信じている。

 あの人達は自分からウーゼイ教に入ったんじゃないんだ。どういう経緯かはわからないけど、強引に修業をさせられた。そんな日々に不満を持っていて、ついにはこんな事を起こす。ファントム、いつか襲ってきた冒険者の二人や花屋さん、あの兵士。ひょっとしたらファントムって。


「質問に答えなさい。本当に老師達を殺してしまったのですか? あなた達が?」

「こうやって証拠を用意しているのにわざわざ答えろと? 愚問にも程がありますよ」

「現状への不満を殺意に変えたとでも?! 自分達が……自分達が何をしたのか理解しているのですか! 答えなさい!」

「誤解なさらずに。老師達を殺したのは私達ではありません」


「そうそう、その人達は悪くないよ。アハハッ」


 いつからそこにいたのか、わからなかった。大道場の隅に寄りかかっている女の子。腰まで伸びる透き通るような緑色の髪がホウキみたいに広がっている。肩を露出させた涼しそうな緑の装束、短いスカートみたいなものの下には黒い密着した短パンみたいなもの。膝まで伸びた茶色のブーツで道場を汚しながら、唖然とする観客達を割って入ってきた。歩くたびにホウキみたいな髪が揺れて、それをまとめている赤いリボンみたいなものがちらちらと見える。

 その凛とした緑色の瞳と活発な笑顔は挑発しているのか、大真面目なのかわからない。何より最大の特徴は横に伸びた尖った耳だ。その角みたいな耳は誰の目から見ても異様らしく、全員があの子のその部分に注目しているようにも思えた。


「何者です?」

「アタシがファントムのリーダー、エルメラ。ファントムってのはまぁ、なんていうかな。今後有名になるつもりなんでよろしくっ」

「ファントム……どのような集団かは存じませんが老師達を殺害したのが事実ならば、許される事ではありません」

「あ、だから違う違う。殺したのはうちら(ファントム)じゃなくて。なんだっけ、確か……水路みたいな名前の人達」

「……は?」

「今のところ、同盟みたいなものかな?」


 ファントムのリーダー、エルメラ。謎につつまれていた、ボクの命も狙った奴らのリーダー。こんな女の子が、というのは些細な疑問だ。そもそも聞きたい事が多すぎて、言葉に出来ない。それに聞いたところで真面目に答えてくれるかどうか。

 息を荒げるリョウホウさん達を見下すかのように常に微笑しているあの女の子。まず直感的にわかったのはあの子は人間じゃない。あの耳だけじゃなくて、どこか全体的に違う。ミルクに近い白い肌、整った体つき。健康そうな肉付きの太もも。だけど全体的に細い。何者なんだ、リョウホウさんの質問とは別に聞いてみたい。


「キンジ、老師達をこちらに」

「いいですよ、こんなもの持っていても仕方ありませんので」


 5人がそれぞれ、リョウホウさん達に箱を手渡す。リョウホウさんは生首の頬や頭を手で触り、本物だとわかったと同時に涙を流した。目の前の相手への怒りも忘れて、ただ静かに。


「許せない……なぜ、こんな仕打ちを……」

「ファントムとかいったな! こんな真似をしておいて、無事に済むとは思うな!」


「いや、だからさ。やったのは水路なんだって。アタシ達はそこまでやれとは言ってないよ、ホント」


 からかっているのか天然なのか、エルメラは手の平を顔の前で縦にしてひらひらさせている。一瞬でエルメラを取り囲んだリョウホウさん達の並みならぬ殺気。自分で言っていた、怒りは自然体を崩すというのも完全に忘れている様子だった。


「最終警告です。今ここでその罪を悔いて懺悔なさい。ウーゼイ教は罪を清めます、共に歩む意志があるのならば、ひとまずは水に流しましょう」

「はぁー、ウーゼイ教ねぇ。アタシらが本格的に活動したら、真っ先にぶっ潰してやろうと思っていたトコだよ」

「何を……」


「アンタらの昔話、知ってるよ。聞くけどさ、開祖の男に殺された魂はどこへ行けばいいのかな? アハハハ」


 面白可笑しく笑うエルメラの質問に、リョウホウさん達は固まった。わかってはいたけど今まで見て見ぬ振りをしていたところを聞かれた、そんな感じだ。


「自分の帰りを待つ家族の為に稼いだ商人が、道中で護衛もろとも殺されました。もちろん女の子の場合は徹底的に陵辱されたよね。何の罪もない人達の命を奪っておきながら、罪を清める? ねぇ、汚された魂はどう清めればいいの? ねぇ?」

「それは……」

「それはぁ?」

「ウーゼイ教が崇める神の元でそれらの魂は清められ、来世へと向かいます」


「はぁぁぁぁぁ?!」


 パチン、とエルメラの拳がリョウホウさんの頬で弾ける。棒でも倒すかのようにエルメラの拳は、簡単にリョウホウさんを道場の床に叩きつけてしまった。それに一呼吸分くらいの時間を置いて気づいたヒョンハク達がリョウホウさんを抱え、エルメラの怒気すら感じられる表情と見比べている。


「リョウホウさん、大丈夫ですか?」

「う、クッ……ご心配なく……」

「なんという……リョウホウさんに容易く一撃を当てるとは」


「もーダメ。話になんない。じゃあ、アンタがこの場で殺されてみる? 清めてもらって来世に旅立てば?」


 少しだけ低くなった声色から、怒りが感じてとれた。リョウホウさんを含めて、全員を萎縮させてしまうほどの怒りと覇気。あれだけウーゼイ教に熱を入れて語っていた人達が短時間の間に何も言えなくなってしまった。


「アンタ達、人間っていつもそうだよね。自分達がやる事は言い訳ばっかしてさ。そのくせ、平気で他の種族は貶すわ迫害するわ、必要以上に資源を刈り取るわ。いい? 浮かばれる魂なんてないんだよ、いつだって奪われた命に救いはない。踏みにじられた弱者の気持ちなんて考えたコトないでしょうね」


 まくしたてる白くて綺麗な美少女に誰一人、何も追求できない。ボクだって迷ってる、ファントムのリーダーを名乗ってこの子が現れたのに何も出来ていない。何をすればいいのか、この子を倒せばいいのか。それですべてが解決するのか。何もわからない。


「アンタ達こそ、今すぐその下らない思想を捨てれば標的にしないよ?」

「何の権限があってそのような事を」

「あ、じゃあこれファントム教の教えね。一つ、ファントム教では一切の思想活動は禁止。二つ、ふたつ……んー、何にしよう。ま、気が向いたら追加しよっか」


「ふざけるのも大概にしなさい」


 リョウホウさん達がエルメラに襲いかかったのは、全員がほぼ同時だった。天流拳の自然体が維持できているかはわからない。だけどそんなのどっちだろうと関係なかった。エルメラのブーツの底がオウドの顔面に直撃してそのまま回し蹴りのごとく、かかとをヒョンハクの顎にめりこませる。その回転の勢いはまったく衰えず、チンクのわき腹をえぐるように突き進む。わき腹を切断しかねないほどの勢いでチンクは床に叩きつけられた。

 更に最後の仕上げ、同じ右足で足先をリョウホウさんの顎の下を打つ。蹴り上げられたリョウホウさんは天井を見上げるかのように舞い、成す術もなく落ちる。この間、わずか1秒もない。ボク以外に何が起こったのかを理解できる人はいないはず。4人が襲いかかって気がつけば、全員がうずくまっていた。そんな不可思議な現象として皆の目には映っていた。


「あの4人、どうしちまったんだ?」

「あの女の子に近づいたと思ったら倒れてら……」


 普通の観客は戦いが起こった事すら認識できていない。だけどセイゲルさんやガンテツさんは違う、その圧倒的な光景を目の当たりにして、完全に絶句していた。ひきつった表情で超人という言葉すら生ぬるい、女の子の格闘戦の結果を凝視している。


「エルフって魔法馬鹿みたいなイメージを持たれてるけど実際その通りなんだよね。たまに獣人族や巨人族が羨ましいもん。あ、もちろんこれ落ち込むところだよ? さぁヘコんで、ヘコんで! アハッ! アハハッ!」


 まだ立てないでいる4人に向かって、ひたすら笑い飛ばすエルメラ。 エルフって、なに。どこかで聞いたような。


「エルフ……?」

「あ、瞬撃少女ちゃんだ!」

「うぇ?! ボ、ボクを知ってるの?」


 リョウホウさん達を笑っていたと思ったら、今度は友達を見つけたかのようにこっちに手を振るエルメラ。何も警戒する事もなく、エルメラはボクの顔にこれでもかというくらい接近する。


「ふーん、これが瞬撃少女かぁ。あんまり強そうに見えないねってよく言われない?」

「い、言われるかも……」

「いいんじゃないの? 三下は勝手に油断してくれるし、むしろ長所だよ」

「そう? それでなんでボクの事を知ってるの?」

「そりゃもう有名だもん。あの水路達の間では割と警戒されてるみたいだよ。もちろん、うちらとしてもなるべく避けたい相手だなぁ」

「それなら、なんでボクの命を狙ったのさ」

「はぇ?」


 幼い子供みたいに人差し指を唇に当てて首をひたすら左右に傾げる。ボク達とそう変わらない年齢のはずなのに、なんだかこういう仕草なんかがすごく幼稚だ。殺されかけたボクとしては当然、腹が立つ。ファントムのリーダーなら、こいつがそう命令したはず。


「あー! 違う違う! あれは違う! アタシじゃないよ」

「それこそ、はぇ?だよ!」

「あれはあいつが勝手にやった事なんだ! それに合流前の話だからねぇ、アタシが関与できるはずがないってね! アハッ!」

「意味がわからない!」

「今日のところは瞬撃少女ちゃんのお顔も拝見できたし、挨拶代わりって事で。じゃ、そのうちここにも手を出すから準備なり対策なりどーぞ」


 待て、と言おうとした時にはエルメラは忽然と消えた。ものすごいスピードでいなくなったわけでもない、それならわかるはず。という事は魔法か何かだ。今の魔法でボク達に気づかれないようにここに入ってきたとしか思えない。

 騒音みたいな女の子がいなくなった後は、あまりに静まり返った大道場と終始呆気にとられた皆が残される。殺されたネーゲスタ国の5人のおじいさん、まだ立てずに呻いて、くの字みたいに倒れるリョウホウさん達。突然現れたファントムがもたらした、あまりにも残虐な行いにボクは今更ながら身震いした。


「クリンカ、ボクはどうすればいいのかな」


 クリンカも答えない。行動するにしても時間が必要なんだ。ボクだってそうだし、クリンカだってそう。動き出したファントム、こいつらの正体を知るのもそう。こんな時、ハスト様がいればと思った。


◆ シンレポート ◆


りゅあのやつ じじいの なまくびをみて どんびき

えたいのしれない りかいできない あくい

りゅあは よわい15さいにして それにそうぐうして しまったです

まおうぐんの はかいてきな あくいともちがう しずかな あくい

あくいに りゆうなんて ない りかいしようとするだけ むだ

しんのような おとなには かんたんにわかるけど りゅあみたいな

がきには まだ はやかったようです


ん いま あのがき えるふって いったですか?!

えるふ?! なんで?! えーるふ?!

まじか!

だめです これいじょうは こうふんして しっぴつが できない!

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