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第191話 ウーゼイ教

◆ アバンガルド城下町 ウーゼイ教 寺院 本堂 ◆


 アズマにもあった瓦を敷き詰めた屋根、赤い柱で組み立てられた清楚な雰囲気を漂わせる寺院という建物にリョウホウさんはあっさりと案内してくれた。広い敷地に瓦屋根の建物がいくつか立っていて、それらが廊下で連結されている。いつの間にこんなに大きな建物を建てたのか、すごすぎる。

 入り口ではつるつるの人達がホウキで道を掃除していた。リョウホウさんと後に続くボク達に軽く頭を下げ、また掃除を続ける。どこまでも落ち着いた人達だ。カシラム国の荒々しい喧騒とは真逆なイメージだった。ネーゲスタもこんな感じなのかな。


「ウーゼイ教の起源からお話しましょう。大昔、ラコンという大層悪辣な盗賊がいました。親に捨てられ、そうするしか生きる道がない哀れな男だったのです。ラコンの中には自分を捨てた親を含めて、人への憎しみが渦巻いています。ひたすら暴れ、斬り、犯し。悪事の限りを尽くす日々。そんな中、ラコンは襲った相手に返り討ちに遭ってしまいました。瀕死の重傷を負ったラコンはもはやこれまでかと自分の死を悟ります。しかしその相手はラコンに止めを刺さず、こう言い放ちました」


 聞いてもいないのにリョウホウさんは、歩きながらもウーゼイ教について饒舌に語り始める。歩いてなかったら眠ってしまいそうだ。話の内容がどうとかじゃなくて、この人の話し方に抑揚がなさ過ぎてまるで子守唄みたいに聴こえる。


「生き残りたければ徳を積め。まずはこれで己を助けよ。だがこの傷薬をもってしてもお前はその腕力で人を傷つけるようにはならない。人を傷つけず、助けてみせよ。その過程でお前は己の愚かさに気づくだろう。やがてお前は罪を憎むようになる。こう告げられたラコンはもはや武器を振るう事もできず、暴虐の限りを尽くす事が出来なくなっていたのです」

「なんで武器も持てなくなっちゃったんですか?」

「腕の大事な部分を破壊されたのでしょう。人体にはそういう場所があります、今は回復魔法という便利なものがありますが当時は地域によって様々でした」

「へぇ、すごいね。強かったラコンをそこまで痛めつけた相手ってどんな人だろう?」

「リュアちゃんはそういうところばっかり気にするんだねぇ」

「わ、悪い?」

「いいよ、大好き」


「コホン、いいですか?」


 咳払いをされてまたボク達はリョウホウさんの話に耳を傾けた。失礼だったかもしれない、リョウホウさんは少しだけ居心地の悪そうな顔をしている。いいです、と小声で答えるしかなかった。


「命が助かったラコンは再び悪の道に走ります。しかしラコンがどれだけ強かろうと、武器を持った相手や集団には敵いません。何度も返り討ちに遭い、痛めつけられた事でしょう。再び死の淵に立たされたラコンは己の人生を振り返りました。なんてひどい、自分は何の為に生まれてきたのだ。親の顔も知らずに育ったラコンですがこの時、初めて涙を流しました。そんな時です、一人の少女がラコンを自分の家に運び込み、治療を施したのです」

「素手になるとそこまで勝てなくなっちゃうんだ……」

「リュアちゃん、独特の着眼点なのはいいけど少し黙ってて」

「はい」


 またリョウホウさんに嫌な顔をされるところだった。これ以上、リョウホウさんを怒らせるのはまずい。今日は戦いにきたわけじゃない、ウーゼイ教について教えてもらいにきただけだ。もちろん、そこから何か糸口が掴めればいいんだけど。


「見ず知らずの自分みたいな男を助けるなんてどうかしてる。徹底的に陵辱される可能性だってあるはずなのになんだこの少女は。ラコンはその少女の行動が理解できませんでした。しかし少女は別に何か打算的な考えがあってラコンを助けたわけではなかったのです。見捨てておけなかったから、そんな不可解な理由でとラコンは首を傾げます。しかし触れ合っていくうちにラコンは少しずつそれを理解し、心を開いていきました」

「クリンカ、りょーじょくってなぁに?」

「コホン!」

「ごめんなさい」


 実は怒らせると怖いかもしれない。普段は優しいけどウーゼイ教の事となると途端に熱が入る。きっと、そんな感じの人だ。


「少女の村に井戸がなければ掘り、畑が干上がれば持ち前の怪力を生かして水を運び。ラコンは汗水流して一日も休まずに働きました。武器を持てない腕のラコンにとって、それはさぞかし困難な作業であったに違いありません。少女を初めとした村人達はラコンに感謝し、彼は次第に人気者となっていったのです。奪う事しかしなかった時には考えられない事でした。他人に与えて感謝される、そんな喜びをラコンは生まれて初めて味わったのです。そんな時です、彼は初めて己の罪と向き合います。過去にひどい事をしてきたのに自分はそれを黙っている。他人の命すら奪っておいて自分はのうのうと暮らしている」

「忘れられない、罪深い過去……か」


 クリンカが呟いたその意味はボクだけが知っている。少しだけ目を伏せた後はボクにきちんと微笑みかけてくれた。心配しなくてもいいよ、そう言いたいのかもしれない。


「月日は流れ、少女とラコンは結ばれます。紆余曲折を経て、ラコンと家庭を築きました。それでもラコンは己の過去について、一日でも忘れた事はありません。そしてある日、ラコンは少女に思い切って自分の過去を打ち明けました。罵られてもいい、嫌われてもいい。まさに決死の覚悟で挑むかのように口を開いたラコン、しかし少女はこう言いました」


 耳が痛くなるほど静かな寺院の中で立ち止まり、ボク達二人はその話に耳を傾ける。茶化していたわけじゃないけど、ここではボクも何も口を挟まない。


「私はあなたに罰を与えません。ただしその罪は憎みます、これからは一緒に罪を洗い流しましょう。その一言が少女にとってラコンと生涯を共にするという意志でもあったのです。ラコンは生涯二度目の涙を流しました。」


 ボク達は一語一句聞き逃さずにひたすら夢中になっていた。リョウホウさんから目を離さず、あの人もボク達と向き合って話してくれている。


「この時、ラコンの中で初めて自分を助けてくれたあの人物の言葉が甦ります。徳を積む事の意味、それはこういう事だった。馬鹿な話だ、少女に出会わなければそんな彼はいなかった。この話を聞いた方々の中にはそんな風に考える人もいます。しかし、少女に助けられてからのラコンは人の為に尽くしました。その結果、盗賊に身を落として人を憎む事ばかりしていた、かつて憎んだものを今はこうして好きになれた。それを少しでも多くの人々に伝えるべく、ラコンは愛する妻と共に生涯かけて教えを広める旅に出たのです」

「それが今のウーゼイ教なんですね……」

「旅の過程でラコンは自分を助けた人物の名前を知りました。勇者ウゼ、その名前からとってウーゼイ教としたのです」

「勇者……」


 勇者という言葉であのアレイドの顔がちらついてしまった。もしそのウゼがアレイドのご先祖様なら、何故かごめんなさいと言いたくなる。ご先祖様はそんなに立派だったのに、と考えずにはいられない。あそこに祭られている木の彫刻像の頭にアレイドの頭が乗っかっているように見えてしまった。

 それにしても相手が勇者なら納得できる。ぼんやりとしか知らなかった勇者について、意外なところで関わっているのがわかった。もしかしたらそれ以外にも勇者の功績があるかもしれない。


「ウーゼイ教にはその教えに賛同した方々が集まっているんですね」

「はい、努力の甲斐もあってネーゲスタ本国では国民の8割がウーゼイ教徒です。長い歴史をかけて、じっくりと広めていった先人達の功績ですね。おかげで国内では目立った罪を犯す者はほとんどいません」

「罰を与えず、罪を憎む。その信念が浸透してこその結果ですね」


「クリンカ、褒めてどうするのさ。それじゃ何の為に来たのか……」


 クリンカの人差し指を口に当てる仕草でボクは黙る事にした。そうだよ、だからといって貶しても怒らせるだけだ。


「煩悩と雑念を断ち、俗世を客観的に見渡せるようになる。その修業があちらになります」


 案内されたその場所はすごく異様な光景だった。広い中庭みたいなところに一列、二列、三列と大勢のつるつるの人が並んであぐらをかいて座っている。


「あれもリョウホウさんがやっていた技の修業なの?」

「基礎の基礎とも言えます。点穴をつくには自然体が大事ですからね」

「てんけつ?」

「開祖のラコンは武器を持てない腕を生涯、治そうとはしませんでした。罪を背負い、生きていく為にはどうすればよいのか。筋力も無理な構えや動きも一切必要としない護身術、それがウーゼイ教が誇る天流拳です。背負った罪をいつかは天へと流し、神にお見せしてお許しをいただく。そして輪廻転生の際にはすべての咎が消え去り、清い魂が生まれるわけです」

「神?」

「えぇ、開祖はラコンですがウーゼイ教の根底には崇める神がいます。しかし、今は置いておきましょう」


 何でも人の体にはツボというものがあって、場所によってはそこを突くと一切腕が上がらなくなったり立ち上がれなくなるとか。逆に健康になるツボもあるみたいで、ウーゼイ教はそれを利用して人助けを行っているらしい。

 戦いにも人助けにも応用が利く、便利なウーゼイ教の教えの一つ。意味がなさそうに見えるあの姿勢は基礎の基礎。雑念を振り払い、まずは思考に一切の無駄を失くす。そして最小限の動きが自然体で出来るようになり、肉体の消耗も少なくなる。そうなると栄養を摂取する為に無駄に命を奪わなくていいし、食べない分の資源も確保できる。聞けば聞くほど、なるほどと頷いてしまいそう。だけど、それでもボクの中で疑問がふつふつと沸きあがる。もう少しで言葉に出来そうだけど、今はまだ出てこない。


「もちろん、私ほどの師範代とまで呼ばれる領域に達するには30年以上もの歳月を修業に費やさなければいけません。さすがに皆様にはそこまでとは言いませんが……」

「粗食って、あの味のしない冷たい野菜とかうっすいスープみたいなものでしょ……そんなの絶対、死んじゃうって」


 確かにクリンカは冗談抜きで死ぬかもしれない。そんなクリンカをリョウホウさんはからかうように笑った。


「ハハハッ、確かに俗世とはかけ離れた生活ですのでそう思われるのも無理はないでしょう。かつて10日の断食を行った時は辛かったですが、悟りを開けましたよ」

「とおかの、だん、じき?」


 一語一句、理解するようにクリンカが指を折りながら呟く。そしてついに我慢しきれなくなったのか、リョウホウさんを強く睨む。


「そんな生活を続けていたら絶対に長生きできません。私、知ってるんですよ。一日に取らなきゃいけない必要な栄養って決まっているんです。それなのに我慢し続けていたら、いつ倒れてもおかしくありません。リョウホウさん、あなたは本当にそんな生活をアバンガルド王都に浸透させるつもりですか」


 リョウホウさんが下唇を噛み、クリンカの気迫に少しだけ気圧された時は考え直してくれるかなと期待した。でもそんなのは一瞬、すぐに微笑みに切り替えた。


「ご心配はいりませんよ。自然体を極めるという事は心身にかかる負担を受け流すという意味合いもあります。つまり心にかかる圧力を流して体には邪を寄せつけず、天寿を真っ当出来るのです。クリンカさん、今は確かに教えを理解できずに腹立たしく思っている事でしょう。しかしその心への圧力も直にかからなくなります。自然体とはそういう事なのですよ」

「そ、そーいう事なのですよじゃなくて!」


 一気に畳み掛けられてさすがのクリンカも地団太を踏んでいる。しかもわざとかどうかはわからないけど、挑発しているような感じもした。そしてこの人は一度口を開くと長い。


「私は度々こう思います。世界中の人々がウーゼイ教の教えを理解できたらいいのに、と。世界をウーゼイ教と一つに、私の夢でもあります」


 大勢の人達の修業風景を、リョウホウさんは夢見る女の子みたいにうっとりと眺めていた。ダメだ、もしかしたらこの人達はボク達の手に負えないかもしれない。このままじゃ本当に城下町の人達は野菜しか食べられなくなる。いや、クリンカが移った。そんなのだけじゃなくて。

 この人を説得するにはどうしたら。頭を捻ってもさっぱり答えが出てこない。何かを信じるという事がこんなにも強固だなんて知らなかった。一体どうしたらこんなにも固い信念を持てるんだろう。何かを信じる強さ、もしかしたらボクにも必要なものかもしれない。


「リョウホウさん、一つ提案があります」

「何でしょう?」


 爽やかにクリンカに受け答えるつもりだったリョウホウさんも、さすがにそれには面食らった。この修業風景がヒントにでもなったのか、それとも食べ物の恨みとでもいったほうがいいのか。リョウホウさんは目を瞑り、少しの間だけ黙る。だけど最終的にはあくまで自然体で受け流した。いや、受け入れてくれた。


◆ シンレポート ◆


はなし なっげぇ です

みじかく まとめやがれです

あくとうだった おとこが ゆうしゃに こらしめられたけど たすけられて

そのご またもや あくじをはたらくも こんどは おんなのこにたすけられて

かいしんして けっこんした

かこの あくじをはんせいして らこんは おんなのこといっしょに たびにでて

うーぜいきょうを おこして めでたし めでたし

ばかめ たったこれだけの はなし

あまりに ねむくて あ よだれが どうぐぶろのなかに

やばい これ やっばい

きばんだら また おもらししたと かんちがいされる

このしんたるもの そうなんども おもらしなど しない

らこんとはちがって しんは いちどで はんせいするのです

ま ついきゅうされても しぜんたいで うけながす

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