第190話 人の正しき有り方とは
◆ イカナ村 ◆
「じゃあね、大人しくしてるんだよ」
「なぁリュア、この子が暴れだしたら多分私くらいしか止められんぞ」
「大丈夫よ、あなた。とっても大人しくてかわいいもの。ほら、ゴロゴロいってる」
猫みたいにお座りをしてボク達を見送るこの子、ブラストキマイラはボク達の村で飼う事にした。大きさからして家には入れられないし、外で飼うしかない。おまけに首が三つもあるから餌代も大変だ、ボク達がAランクでたくさんお金を稼いでなかったらとっくに破産しているとお父さんは言う。
娘のボクのほうがお金を稼いでる事を少し気にしているみたいで、お父さんもそのうち冒険者ギルドに登録しにいくみたい。でもAランクになるにはボク達だってかなり時間がかかったし、あの試験だってある。お父さんなら平気かもしれないけど。
「しかしリュア、何もお前がそのファントムとやらに関わる事はないんじゃないのか?」
「なぜかボクを狙っているみたいだし放っておけないよ。ボクがここにいたら皆にも迷惑かけちゃうし」
「気にする事ないのよ。あなたはまだ子供なんだから、うんと親に甘えていいのよ」
「そうだな、確かにお前は目を見張るほど強くなったが問題は心のほうだな。世の中にはお前の想像も絶するような奴がいるんだ。強さではない、もっと別の意味でな……」
ブラストキマイラの喉を撫でながらも心配してくれるお母さんもお父さんに負けずすごい。Aランクのセイゲルさんやガンテツさんですら、あそこで距離をとって見守ってるのに。それが暴れだしたら、俺らで何秒持つかわからんだなんてガンテツさんもお父さんと同じ事を言った。あんなに大人しくてかわいいのに暴れだすわけない。
「どういう事?」
「かつての宰相、ベルムンドがいい例だ。あれは比喩ではなく、人の皮を被った化け物だったがな」
言いたい事はわかる。カシラム国での彗狼旅団を見て何度そう思った事かわからない。同じ人間なのに、何でこんなにも違うんだろう。かと思えばセイゲルさんやガンテツさんみたいな人もいる。魔王軍の奴らだって元々は人間だった。それでも化け物になれるだけの理由があった。
「最もひどいのは人の心だ。だが最も信頼できるのも人の心だ。それを忘れないでほしい」
そう言ってボクの手を包んだお父さんの両手は温かく、硬かった。
◆ アバンガルド王国 城門前 ◆
「以上、こちらでお預かりします」
城門前に簡素な四角形の建物が設置されていて、そこを通過しないと城門を通過できない。そして中では門番達が城下町へ入る人達をチェックし、持っている武器を没収する。他にもかなり厳しく調べられたし、少しこないうちに大変な事になっていた。
「いつからこんな制度に?」
「まぁ本来はこうするべきだと私も前々から思ってはいたがね。ネーゲスタ国のリョウホウ大使がこの国の大臣に任命されてからはひどいものだよ」
聞いた話をクリンカがまとめたところによると、ベルムンドや他の大臣がいなくなってゴタゴタしていたところに、王様が同じ大陸にあるネーゲスタ国に協力申請を求めたみたい。大陸一の治安の良さと洗練された規律で知られるネーゲスタ国の文化や考え方を取り入れて、根本から国の有り方を王様なりに考えたらしいけど。
「コラー! なんでこのグリイマン様の大切な武具を取り上げられなきゃいかんのだ! 私はAランクだぞ!」
「規則ですので、どうかご理解下さい。我が国ネーゲスタでは刃物の類はもちろん、殺傷力のある品物はすべて持ち込みを禁じております」
「ここはアバンガルドだぞ、このハゲどもが!」
あっちでは金ピカ鎧のイメージが強いグリイマンが喚き散らしてる。武器や防具を渡すまいとして、頭がつるつるの人達に唾を飛ばしていた。あの人達は見た事ないけど何者なんだろう。
「リョウホウ様が大臣に任命されたという事は、アバンガルド王もこれについては公認です。応じていただけないのであれば、城下町への立ち入りは諦めて下さい」
「そんなふざけた話があるか! ネーゲスタといえばウーゼイ教信仰狂いのいかれた国だろう! あんな狭苦しい国の大使を受け入れてしかも大臣に任命だと? 頭がイカれたのか、あの王は!」
「そのような発言は謹んで下さい。不敬の罪ならず、ウーゼイ教を冒涜されては私個人としても黙ってはいられません」
「ほう、だったらどうするというのだ? Aランク97位、金武装グリイマンに貴様ごときが敵うとでも?」
「ピーちゃんが入れないっていうんなら、私だって黙っていませんよぉ!」
グリイマンの大きな体で見えなかったけど、キキィまでいた。ピーちゃんって、あのカイザーイーグルの事だ。さすがにそれはネーゲスタの人達が来る前でもダメだと思うんだけど。ボク達だってブラストキマイラは置いてきたし、町の中で魔物を連れ回すわけにはいかないよ。
そういえばネーゲスタって確か、獣の園が攻めてきた時に協力してくれたような気がする。そうだ、拳聖バーランという人がネーゲスタ国のSランクだった。武器も持たないで素手で獣の園の怪物達を次々となぎ倒していたし、実力はかなりのものだ。だとしたらあのつるつるの人達も相当な実力者なはず。
「これはいささか騒々しいですね」
「リョウホウ様、お勤めお疲れ様です」
「なに、ただ椅子を温めているだけでは務まりませんからね。こうした見回りも重要な仕事ですよ」
落ち着いた物腰で登場したのは頬がこけた痩せた男の人だ。他の人と同じで頭がつるつる、そして細く吊り上がった目、アズマの着物みたいな服に身を包んでいる。
「この者達がウーゼン教の教えを冒涜したのです」
「わ、私はしてないですよぉ?!」
「それはいけませんね。確かにまだ我々がこの国に来て日が浅い、理解が深まるには時間がかかるでしょう。しかし規律は絶対です」
「大使が大臣に任命とは笑わせるな! どのツラ下げて他国の司法に介入してやがるんだか……どんな口車を使ったんだ? ん?」
「従わないのであれば少々手荒な事になります」
「やってみろ! そんな痩せた体で何が出来る!」
「この指一本」
リョウホウという人は人差し指を天井に突き立て、グリイマンやキキィの視線を集中させた。危ないよ、あの人はダメだ。
「この指一本で、あなたを制圧しましょう。そしてあなたは私に指一本触れる事すら出来ません」
「言い切ったな! そのツルッパゲ掴んでネーゲスタまで投げ飛ばしてやろう!」
「あ、ちょっとグリイマンさん……」
体格差は歴然、襲いかかったグリイマンは武器を持ってないとはいってもさすがはAランクだ。的確にリョウホウを捉えて拳を放とうとする刹那、グリイマンが激しくのけぞった。まるで何かに滑ったかのように、後頭部を床に叩きつけて盛大にすっ転ぶ。突進したグリイマンが勝手に転んだ、他の人達にもそうとしか見えないと思う。
「ぐはっ……! う、ぐぁッ……一体、何が」
「雑念と煩悩にまみれた者が何をしようと無駄です。その証拠に動きに無駄が多すぎる」
「グリイマンさん?! しっかりして下さいよぉ!」
「リュ、リュアちゃん。今、あの人……人差し指でグリイマンさんのおでこをつっついてそれで転んで……」
クリンカも何気にすごい。多分あそこにいるキキィですら認識できてないのに、何が起こったのかまでちゃんとわかっていた。だけどなんでそうなったのかまではきっとわからない。
「このようにウーゼイ教の教えを正しく理解し、修業に身を投じれば私のような細身でもあなたのような大男を倒す事も可能なのです。少しはウーゼイ教の偉大さを理解していただけましたか?」
「リョウホウ様、この者の処遇はどのように致しましょう」
「ろ、牢屋にでもぶち込むつもりかっ! うぅいでぇッ……!」
立ち上がろうとしたけどグリイマンは痛みで悶えている。クリンカが回復してあげようと駆け寄ろうとしたけど、他のつるつるの人に腕で阻まれた。無言で首を振る動作がどこまでも落ち着いている。
「そのような事はしません。何故ならウーゼイ教の教えに罰はないからです。ただし罪を知り、己の過ちを清める必要があります。人は生まれながらにして善というのがウーゼイ教の本質……さぁ、この者に差した魔を取り払いましょう」
「うぐぁっ! 何をする! 離せ!」
「本堂へお連れします。ご安心下さい、罪は修業によって清められます」
「意味がわからんぞ! 離せー!」
グリイマンの大きな体をリョウホウと他の二人で引きずって連れていってしまった。ボクもクリンカも、あまりの事態に言葉が出ない。一体、何がどうなってしまったのか説明してほしい。
「あ、リュアさんにクリンカさん! お久しぶりです! い、今の見ましたぁ?! もう、私も久しぶりに戻ってきたらコレですよぉ! あのリョウホウって確かネーゲスタ国内でもかなり地位のある人だったとか何とか! 陛下も何だってこんな事を! ねぇ!」
「うん、うんうん。そうだよねぇ」
「という事はですよぉ! 城下町の中もかなり様変わりしていると見て間違いないですよぉ! あのネーゲスタはなんたって」
「そこで立ち話をされると仕事に差し支えるので」
あまりの勢いでまくしたてられて、どう反応していいかわからなかった。この子ってこんなにお喋りだったんだ。敵視されるよりはいいけど、親しくなったらそれはそれで疲れそう。つるつるの人に嫌な顔をされたし、確かにここにいたら邪魔になる。仕方なくディスバレッドと灼譚の杖を渡したところで、不安がよぎる。ディスバレッドなんか渡して大丈夫かな。一応、鞘に納まってるけど万が一この人が抜いたりしたら大変な事になる。
「あの、その剣は絶対に抜かないで」
「ご安心を。すべて我々が責任を持ってお預かりします」
わかったのかわかってないのか、つるつるの人は笑顔でボク達の武器を受け取った。でもこのくらいは我慢できる、別に町の中で武器を振り回すわけじゃないし。もし何かあってもある程度は素手で戦えるし、クリンカの魔法だってある。何一つ、心配なんてないはず。
◆ アバンガルド王国 王都 海賊亭 ◆
「メニューから……お魚が……消えた……」
海賊亭といえば新鮮な魚介類をふんだんに使った料理で知られる人気店だ。特にゼリーフィッシュのカブトバター焼きはたまに思い出すだけでも涎が出るほどの絶品料理で、今日ここに来たら絶対に食べようと二人で決めたはずだった。
だけど顔面蒼白になりつつあるクリンカが開いたメニューにはそんなものどこにもない。それどころか、何とかの海草サラダだの海草麺だの海草一色だ。魚や貝、何一つない。
「ね、ねぇ……お店間違えたんじゃ」
「すまねぇな、お嬢ちゃん達」
申し訳なさそうに猫背で歩いてきた大きな男の人、多分ここの料理人だと思う。他のお客さんがほとんどいない辺り、やっぱり何かあったんだ。
「すまないと思うならすぐにカブトバター焼きを!」
「何でもネーゲスタのリョウホウとかいうのが大臣になってから、魚介類の使用は一切禁止されちまってな。何でもウーゼイ教だかの教えに反しているとかで……」
「意味がわかりません! カブトバター焼きを所望します!」
「ちょっとクリンカ、落ち着いてよ……」
「だってぇ! だってぇ! こんなの……うわぁぁぁぁん!」
まさかボクがクリンカをなだめる日が来るとは思わなかった。大袈裟でも何でもなく、本気で泣き出したクリンカがたまらなくかわいそう。頭をよしよし撫でてあげても一向に泣き止まない。
「リュアちゃん……私、生きる希望を失くした……」
「ちょ、そんな! ボクがついてるよ! ボク達、一緒に幸せになろうって約束したよね!」
「私……ここまでかも……リュアちゃん、今まで楽しかった……」
「いや、さすがにウソだよね!」
これは本気で心配になるほど危ない。ふるふると震えてまた泣き出しそうになるクリンカの肩を抱きかかえながら、ボクはお店の人の話をきちんと聞いた。何でもあのリョウホウはこの国全体にウーゼイ教を布教するみたいで、いずれは国民全員を教徒にするつもりだとか。そして生き物を殺すという事は罰を与えるのと同じで、ウーゼイ教の考えには罰がない。そんなこんなで魚介類や肉類も取り扱い、輸入や輸出禁止になった。そしてこれを破ったお店の人達は全員、頭の毛を剃られてウーゼイ教の修業をさせられている。
「その修業というのが何か知らないけど、それこそ罰なんじゃ……」
「ネーゲスタといえば、過去にも強引な布教活動で問題になった事もあるらしくてな。だけど奴らはその教えこそが絶対だと信じてやがる。そしてそれを他人に与える事で、より幸福に導けるだとか」
「そう、あいつらに悪意はないんだ。現に俺達の店に現れた時も、そりゃもう丁寧に説明してくれたぜ。気がついたら日が沈むくらい丁寧にな」
「包丁など、刃物も没収された。自然の恵みを生まれ持った体、つまり素手一つで調理する事こそが……えーい、忘れちまった! クソッ、ふざけてんじゃねぇぞあいつら!」
他の料理人もよっぽど仕事がないのか、気がつけば集まっていた。テーブルに突っ伏しているクリンカを尻目にあれこれと考えたけど、それなら武器屋の武器も全部取り上げられているはず。ちょっと待って、それならかなりの数のお店がこんな状態だ。
「何か言ったところで、呪文みてぇな説経が始まっちまうんだ。なぁ瞬撃少女よ、どうにかならねぇか?」
「え、ボクにどうにかしろと言われても……」
「私、生きる気力を失ったよ……」
どうにかしないと。このままじゃクリンカがスライムみたいに溶けてしまいそうだ。でもボクに何が出来るんだろう。このままじゃせっかくの共和国への道が途絶えてしまいそうだ。そもそも王様が何を考えて、そんな人達を招きいれたのかわからない。
「ファントムやらウーゼイ教やら、なんか疲れるなぁ……」
料理人達が期待の眼差しを向ける中、ボクは溜息をついてしまった。ボクに出来る事といったら、あのリョウホウとかいう人を倒す事くらいだよ。そんな事をしたらどうなるかボクだってわかるし、まず悪気のない相手を倒すというのも気が引ける。とにかくリョウホウに会えばいいのかな。
◆ シンレポート ◆
にくも さかなも ない!
そりゃ たいへんだ! はやく なんとかするのです!
あずまの だいがみしんこうといい どうして にんげんは
なにかひとつのものを かたくなに しんじられるですか
こうだときめたら それが ただしいと しんじて うたがわない
せっかく かんがえるのうみそがあるのに どうして つかわないですか
そのてん しんは じゅうなんです
まおうさまをしたって まおうさまをあいして まおうさまについていく
これこそが ただしき しんの ありかた
うむ しんは きちんと じぶんのしんを もっていて りっぱ
しんの しん なんちて ぶふっ




