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第18話 ビギナー潰しのグルンドム その2

「てぇいっ!」


ぼこん、という音がして洞窟ウサギは倒れた。

ロエルの杖の一撃が洞窟ウサギにとってここまで致命傷になるとは。

初めてきたときはレベル2だったし、当然といえば当然なんだけど

肝の据わり方が明らかに以前と違う。

あの恐ろしい幽霊屋敷の一件に比べたら、ウサギだけにかわいいものなんだろう。

ボクはそう理解した。


「地下2階はもう怖くないね!」


ボクに向かってバンザイするロエル。

よほどうれしいのか、背後に羽音を立てて迫ってるコウモリにも気づかない。

それをボクが平手で叩いて消し飛ばしたのを見て、ようやく我に返った。


「そんな虫みたいに……リュアちゃん、本当に強いね」


「剣を抜くのも面倒だったから……」


パブロの依頼の時に来た泉がある小部屋を抜けるとすぐに

下へ続く道があった。

地下3階に到達した。依頼の品は確か4階。

心なしか薄暗く感じる。今回の鉱石採掘といい、頻繁に人の出入りが

あるせいか壁に明りが灯っているのが救いだった。

魔物に消されやしないか心配になるのはボクだけだろうか。

地下2階よりも通路は広く、魔物に襲われても戦いやすそうだ。

2階同様、宝箱もあったけど中身はあまり変わらなかった。


「明りを辿っていけば簡単につきそうだね」


「うん、でもコウゾウさん、毒をもつ魔物がいるっていってたよね……」


【キラーテール×3 が現れた! HP 53】


ボクの腰まではありそうな大型のサソリが奥からやってきた。

伸びる尾の先に、いかにも毒々しい針がついている。

こんなのがいきなり3匹も現れるなんて。これは確かに上の階よりも厳しい。

そして見た目よりも素早く、リーチが長かった。

サソリはその場から動く事なく、その尾をボクに突き刺さそうと伸ばしてきた。

ボクは剣を抜き、かがんで尾をかわしてから弧を描くように振るう。

尻尾は綺麗に切断されてぼとりと地面に落ちた。

すかさずボクは本体をまとめて一刀両断する。


【リュアの 攻撃! キラーテール達に 382991 のダメージを与えた!

キラーテール を倒した! HP 0/53】


やっぱりボクには剣のほうがしっくりくる。

アイアンソードの切れ味はいい。しかしウイングソードならもっと身軽に

動けたんだろうか。

今更悩んでも仕方ないけど、この依頼が終わればもっといい武器をくれると

コウゾウがいった。それを糧にがんばるしかない。


「すごいすごい、あんなの私じゃ避けられないよ」


ぱちぱちと拍手するロエル。

本当はかわすまでもなかったけど、なんか嫌だったのでつい避けてしまった。


「やっぱり解毒薬こんなにいらなかったかなぁ」


ロエルが道具袋の中をまじまじと見る。万が一の備えと思っていたけど

これじゃ万どころか億だ。デンジャーレベル10程度じゃこんなものか。


進んでも、通路は広いままで分かれ道もほとんどなかった。

苦もなく地下4階に到達したところでボク達は妙な気配に気づく。


「誰かいるね」


「えっ、私達より先に来てる冒険者が?」


「冒険者じゃないと思う」


「ち、違うの? じゃあ誰……」


好奇心に満ちただだ漏れの殺気。魔物が放つそれとは違った。

これは間違いなく人間のものだ。

誰がどういうつもりか知らないけど、かかってくるなら受けて立つ。


【キラーテール が現れた! HP 53】

【化けカエル が現れた! HP 65】


殺気が気になるので、こんなのに構ってる暇はなく出会い頭に斬った。

途中、脇においてあった宝箱がすでに空いていた。

誰かがとったとなると、間違いなくこの殺気の主だ。

気づかぬ振りをしているうちにボク達は採掘ポイントに着いた。

採掘セットを使い、早速作業に入る。


後ろから轟音とも呼べる足音が響いた。

ズシン、といった表現が似合いそうな重い音を立てて

初めてみるその怪物は行き止まりの採掘ポイントにいるボク達を

追い詰める形になって対峙した。


【災いの巨獣 が現れた! HP 815】


サイの体にゾウの頭を足したような風貌の魔物だった。

ボク達には広く感じるこの通路もこの魔物にとっては狭い。


「フロアモンスター……!」


ロエルが絶句する。

この前、ガンテツがほろ酔い気分で教えてくれた、フロアモンスター。

己と相手の力量を弁えられない冒険者から真っ先にそいつの餌食になると

ガンテツは今、目の前にいる魔物について語っていたはず。

確かに迫力はあるけどこんなもの、奈落の洞窟の2階辺りで戦ったのと

さして変わらない。

こいつが暴れだしたら洞窟が崩壊するんじゃないかという心配がよぎったので

ボクはさっさと片付ける事にした。


ゆらりと猛獣が傾いたと思ったら、そのまま砂煙と轟音を立てて倒れた。

ぴくりとも動かなくなった魔物の背後に大きな男の人が立っている。

男の人は満面の笑みで魔物を倒した時の拳のまま構えていた。


「てめぇら、助かったな」


ボクの身長の二倍近くはあるんじゃないかと思える大男がこちらに向かって

歩いてきた。つるりと光る頭に薄く残る髭、筋肉のお化けみたいな体をしている。


「よくもまぁこんなところまで女の子二人でこれたもんだ。

 でも今のはやばかったよな? 上の2階で自信をつけた冒険者が

 調子に乗ってこいつに挑んで命を落とすんだ。

 フロアモンスターは段違いの強さだって散々言われただろうにな」


「あの、助けてくれてありがとうございます」


ロエルが軽くおじぎをすると男はボク達の頭をくしゃくしゃと撫でた。

そしてその手をボク達の肩へと移す。


「じゃ、荷物全部置いていこうか。命を買ったと思えば安いもんだろ?」


やっぱりそういう魂胆か。

やたら自信に満ちた表情といい、親切の押し売りなのはわかっていた。


「そ、それはちょっと……」


「ちょっと、なに? まさか助けられた恩も返さないの? ん?」


「何か別の形で……」


「じゃあ、おじさんと××××しようか」


「え、は、はい? なんですかそれ?」


ボク達の頭にクエスチョンマークが浮かんでいる事だろう。

聞きなれない事をふっかけてきたけど、ろくでもない事なのはわかる。

どうせこいつは最初からこれが目当てなんだろうし、遠慮する事はない。

ボクは左肩に乗っかっている手を掴んだ。


「お、お? なんだなんだ?」


自分の右手がこんな子供にどかされている自覚がないのか

男は口をすぼめて自分の腕を見た。

そしてボクはその手首に軽く力を入れる。


「い、いでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! あ、あ、あぎゃぁぁぁぁ!」


絶叫して男は膝をつき、ひたすらボクの手を外そうとする。

ボクがパッとその手を外すと男はよろよろと後ずさりした。


「な、な、何が?」


こっちが何が、と聞き返したい。恐らく混乱しているのだろう。


「このグルンドム様がこんなガキに?」


ボクに掴まれていた手をフーフーしながら、男はこちらを見る。

グルンドム、こいつがそうなのか。

予想以上にしょうもない奴だった。


「おまえが新人潰しのグルンドムなんだね。なんでこんな事するの?」


「ほ、ほぉ、もうオレが噂になっているのか」


「Bクラスの冒険者が帰ってきたら早速討伐に向かうだろうって

 ギルドの人が言ってました」


ロエルが汚らわしいものでも見るかのように大男を睨む。

脂汗を流していたがようやく痛みもひいたのか、グルンドムは押さえていた手を

離していた。


「ククッ、知るかそんなもん!」


言い終わると同時にグルンドムはロエルに向かった。

突起などで歩きにくい洞窟の地面など物ともしない慣れた動きで

ダッシュしてくる。

丸太のような腕をロエルに叩きつけるつもりだろうけど

遅すぎる。ボクは溜息をついた後、ロエルの前に躍り出て

振りかぶるその腕を片手で防ぐ。


「いぢぃっ!」


学習能力がないのか、さっきの事も忘れてグルンドムは

またボクの腕によって自慢の怪力を誇る腕を痛めていた。

鉄の棒でも殴ったかのようにグルンドムは苦しんでいる。


「もう一度、聞くよ。なんでこんな事するの?」


「オ、オレの勝手だろうが!」


今更、ボクが只者じゃないと知って動揺し始めた。

呼吸は荒く、歯を食いしばっている。

グルンドムはまた拳によるリトライを試みた。

両腕から繰り出される嵐のようなストレート、今度はロエルを無視して

ボクを狙う。

左、右、後ろ。ボクは自在にそれらを優雅にかわす。

左にかわせばグルンドムの拳が右の空を切る。

拳の通り道で発生した風がボクの髪をわずかになびかせた。

何度連打してもボクにかすらせる事もできない大男の顔は次第に

紅潮してゆでダコのように仕上がる。


「はぁ、はぁ、はぁ……な、なんだてめぇ……」


「おまえなんかに負けないよ」


「何なんだよ、てめぇはッ!」


吠えたと同時に巨体ごと突っ込んできた。

さっきの拳が命中しなかったのに、タックルなんか当たるはずもない。

右手でグルンドムを止めた。グルンドムはまるで見えない壁に向かって

体当たりしているかのように、何度も地面を足で削る。

止められたグルンドムの体は一向に動かず、足だけが空回りした。


「おあぁぁぁぁぁあぁぁあああああ!」


荒れ狂う猛獣のようにボクを雄叫びで威嚇する。

逆にそれが見苦しく、暗に敗北を認めているようなものだと

気づかずグルンドムはひたすら叫び続けた。


「クソォ! 何なんだよ! なんでてめぇみたいなのがこんな糞みてえな

 ダンジョンにいるんだよ! てめぇもしかしてAランクか?!」


「この前、Cランクになったばっかりだよ」


「ウソをつくんじゃねえ!」


「ウソじゃないよ、はいこれ」


ボクは冒険者カードをグルンドムに見せつけた。

そこに書かれている真実を見て、今まで荒れ狂っていたグルンドムが静かになった。


「ウソだろ……」


愕然として二の腕を下ろしたグルンドム。

ロエルはずっと杖を構えたままだった。

ボクが圧倒しても尚、この大男を拒絶する意志を示し続けている。


「何度でも聞くよ。なんでこんな事をするの?」


「オ、オレの勝手だろ」


息を切らして肩を上下させながらグルンドムは強情を張り続けた。

そして観念したと思いきや、両腕を後ろに下げてそれを一気に前へ

振りかぶった。

恐らく切り札であろう、その技はボクのソニックリッパーと似たように

空を引き裂きながら凄まじいスピードでボクを切り裂こうと向かってくる。

ボクは剣を抜いて軽くソニックリッパーを放った。

ゆっくりと、ゆっくりと、極限まで力を抜いてうまく相殺を狙う。

結果、飛んできた斬撃はボクの斬撃によって打ち消された。

しかしそれでも加減が足りなかったのか、打ち抜いた残り香のような斬撃は

遠くにいるグルンドムの筋肉の鎧に命中して鮮血がほとばしった。


「がぁぁぁッ!」


グルンドムはそのまま倒れた。


「あぁやってしまった……」


苦しそうにうめいてるグルンドムにロエルが駆け寄る。

そして大の字に倒れている男にヒールをかける。

少しは痛みが和らいだのか、グルンドムは口を開く。


「う……ぐ……いてぇ」


「……痛いですか?」


「いてぇ……いてぇよ……」


「これに懲りたら二度とこんな事はしないで下さい」


「ちくしょう……チキショウ!」


回復してやったものの、ロエルが男を見つめる瞳はまだ軽蔑を含んでいた。

大男から涙が流れた。大の大人が鼻水をすすって泣きじゃくる。

それまで荒れ狂っていた大男とは別人のようだった。


「オレは……オレはやっぱりこの程度なのかよッ!」


「さっきからリュアちゃんも聞いてます。何でこんな事をするんですか?」


「憎かったんだよ……上も下も。同期でやってた奴はAランクに

 いっちまった。

 二人で活躍しような、Aランクにあがろうなってな。

 結果、オレだけが取り残されちまった。更に続々とCからBに

 上がってきた奴らにも

 追い抜かれちまう始末だ……

 オレは限界だと思った。Aランク昇級試験にも落ちて永遠にBランクを

 彷徨うしかない。

 Aランクの化け物じみた連中には勝てず、下の奴らにさえ追い抜かれる。

 悔しかった……自分が情けなかった……

 気がつけばオレは新米に目をつけて片っ端から潰していた。

 希望に満ちた連中、これから上に上がるであろう連中……

 そんな奴らに嫉妬していたんだ」


決壊して流れ込んできた水のようにグルンドムは語る。

グルンドムの気持ちはわからなくもない、でもボクはあえて怒った。


「ボクだって最初は弱かった。でも諦めなかったからここまでこれたんだよ。

 おじさんみたいに八つ当たりもしなかった」


「……レベルキャップって知ってるか?」


「レベルキャップ?」


初めて聞く言葉だった。

魔物図鑑

【キラーテール HP 53】

獲物を毒で弱らせた後で生きたまま食べるサソリ。

見た目の大きさよりも素早く、リーチも長いがある程度慣れた

冒険者ならばそこまで恐れる相手でもない。

しかし集団で現れる事もあるので、囲まれると非常に危険。

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