第180話 希望を胸に その4
◆ アバンガルド城 城壁内側 裏庭 ◆
【ブラックビースト・カークトンの攻撃!】
【ブラックビースト・グルンドムの攻撃!】
スキルは一切使わず、高い身体能力を武器にひたすら攻め続ける。あの夜に出会った化け物もそうだった。相手の動きを学習し、反射神経と勘のみで次々と手数を繰り出す。強い、だけどひどい実験を繰り返してまで得たものにしては弱い。
それは単純な話じゃなくて、失ったものが多すぎるから。思い出も人の心も誇りも捨てて、ただの暴れ狂う化け物に成り下がってまで一体この人は何になりたかったのかな。国の命令だから、軍人だから。本当にそう考えているとは思えない。ボクよりもずっと頭のいい人だし、こんな実験なんて絶対に反対したはずだ。
それなのに今はこうして研究結果を自分の体で披露している。わからない、ボクにはカークトンの気持ちがまったくわからない。なんで、どうして。そう聞いたところで答えてくれるわけがない。何せ目の前にいるのはカークトンだったものだから。魔物だから。
【リュアはひらりと身をかわした!】
「クリンカ、この人達は本当にもうどうしようもないのかな……」
「この研究をした人達ならもしかしたら……。でもね、体は戻せても心を戻せなかったら意味ないよ」
心、そうだ。イークスさんが連れてきたイカナ村の人にはまだそれがあった。見た目は化け物でも人の心が残っていればいいんだ。例えば大腕を振り回して暴れているグルンドム、殺してくれとハッキリ喋った。人として苦しんでいれば、まだ人である証拠。希望は捨てない、最後まで絶対に諦めないと心に決める。
「クリンカ、この人達ってまだ人間だよね?」
「会話が出来れば人間だよ。言葉は通じても話が通じないような人達じゃなければね」
クリンカが言っているのは新生魔王軍の十二将魔達の事だ。ただひたすらに人間を憎悪し、止めようのない悪意を振りまく。そこには人間としての優しさも理性もなかった。人間を憎んでいる以上、人間の話なんか通じるわけがないから。
だけどこの二人は違う。十二将魔みたいに人間に怨みがあるわけでもないし、カークトン以外の3人に至っては無理矢理こんな姿にさせられたはず。やってみる価値はある、ここはクリンカに任せよう。
「カークトンさん、あなたは何に対して苦しんでいるんですか?」
「コノ愛スル国ヲ……守ル為だけに……生きてきタ……」
カークトンの動きが鈍った。ハエか何かを振り払うかのように、腕を振り回してからしゃがみこむ。グルンドムのほうも、一挙一動が鈍りに鈍って今は横になって必死にもがいていた。最後の理性と戦っているこの人達は紛れもなく人間だ。
「恩義アル……先代隊長が亡くなル寸前……約束シタ……。何があっテモコノ国ハ……お前ノ生まれ故郷ダト……」
「生まれ故郷……」
「私ハ実直なアノ隊長ニ……近づきタカッタ……命を懸ケテ愛するアバンガルド王国ヲ守レルヨウナ……国ノ為に死ネル……人間ニ……ナロウト」
「この国をそれほどまでに愛していると……」
「愛スルトいう事ハ……汚イトコロも……愛スルトいう事……ソウデナケレバ……愛ナドまやかしダ……」
愛する、好きになるという事に対してそこまで考えた事はなかった。カークトンはアバンガルド王国が好きすぎて、この研究がひどいものだとわかっていてもそれを認めた。前の隊長がどんな人かは知らないけど、カークトンがここまで言うんだからいい人だったんだと思う。
ボクはクリンカが好きだ。だけどそれがカークトンの言うまやかしだったら。もしクリンカがボクが軽蔑するような事をやっていたら、それも好きにならなきゃいけない。そうでないと好きとは言えない。その上でボクは本当にクリンカが好きだと言えるのかな。
「自ら実験体トナル事で私ハ……国ヘノ忠誠心ヲ示シタ……私ハ間違っテナイ……」
「間違ってます」
「ナ、ニ……?」
黒い怪物と成り果てたとはいっても、相手はカークトンだ。それでもクリンカは物怖じしないで、むしろカークトンの言葉を突っぱねるように切り返した。
「カークトンさんはこの研究が本当に正しいと思っているんですか?」
「ソレハ……国ガ決定スル事……デ」
「隊長のあなたには聞いていません! あなたに聞いているんです!」
カークトンを叩き潰すかのようなクリンカの怒声。いや、これは隊長という殻の奥にいるカークトンを引きずりだす為だ。少しの間、沈黙した後でカークトンは消え入りそうな声で囁いた。
「間違ッテ……イル」
カークトン隊長じゃなく、カークトンの本音だ。
「好きだから何でも認めちゃうって変じゃないですか。好きだからこそ、間違っている事を言ってあげる……それが本当の好き、なんだと思います。間違った事をして腐っていくのを放置するほうが、よっぽど……残酷です。それは……それは愛なんかじゃ……ありません!」
最後のほうで段々と嗚咽を漏らし始める。頬から雫が零れ落ち、ついには静かに泣き出してしまった。
「カークトンさん……今の姿……リッタちゃん達に見せられますか?」
「ソ、ソレ、ハ」
「これが国を守ろうとする隊長だって……堂々と言えますか」
「ウ、ウ……」
「リッタちゃんの努力を影ながら見守ってきた心優しい隊長なら……こんな事をしている場合じゃないってわかるはずです」
魔物の体になったカークトンの瞳から流れる一筋の涙が人の心を表していた。あれだけ慕っていた部下達がこんな姿を見たら、どう思うだろう。国を守る為に隊長は仕方なくこんな姿になったなんて言っても納得はしないはず。
「こんな事をする国じゃなく、あなたが愛した国を守って下さい。お願いしますっ」
「チカラ……チカラナクシテ……ワ、ワタシ、ハ、ナニヲ、マモレル」
もしかしたらこの人は強さを追い求めるあまり、判断を誤ったのかもしれない。初めて葬送騎士だったイークスさんと会った時、この人は何も出来ずにいた。その事もあるし、魔王軍なんてのが暴れ回っていたら焦るのもしょうがない。国を守りたいという思いがあるからこそ、まともな選択が出来なかった。
といってもボクにこんな事を言う資格なんてあるのかな。力失くして何を守れる、そう言われると何て答えていいのかわからない。ボクこそ、力を追い求めて奈落の洞窟の最深部を目指したはず。力を得られなかったらボクは今頃、どうなっていたんだろう。やっぱりあんな風になるような道を選ぶのかな。もし、あの時こうしていたら。そんな事ばかり考えちゃう。
「でもボクは人の心を失ってない」
「リュアちゃん?」
「心を失くしたら大切なものもわからなくなるし、何も守れなくなる。力を得たって失うものが多すぎるよ。カークトンさん、ボクは心があるから、研究施設にいる村の人達を助けに行こうとしてるんだよ」
「ウァァァ……ウグッ……ガァッ……!」
また悶え始めた、もしかしたら暴れ始めるかもしれない。いくらボク達が何かを言っても、結局はカークトンが人の心を完全に取り戻さなきゃ意味がない。さすがにどうしていいかわからなくなった。
「……縛ッ!」
【ブラックビースト・カークトンは動けなくなった!】
【ブラックビースト・グルンドムは動けなくなった!】
【ブラックビースト・カンクは動けなくなった!】
【ブラックビースト・マリリンは動けなくなった!】
「ムゲンさん?」
「こやつらは拙僧が抑えておく。研究施設に何かの手がかりがあれば、すぐに戻ってくるのだ。残念ながら場所までは拙僧もわからんが……」
気がつけば他の3人も立ち上がっていた。何か吹っ切れたような、どこか清々しい顔つきだ。ムゲンのスキルで魔物達が動けなくなり、ローレルが音色を奏でてシンブは魔物の影に短剣を刺している。つまり全員がボク達を助けてくれた。
「……ありがとう」
「強さだの、つまらぬ事に拘っていた。正しいのはその心よ」
「子供の前で格好悪い姿を見せてしまったね。君達の純真さで目が覚めた」
ローレルの微笑みの横でシンブが何も言わずにカークトン達を見据えている。初めからボク達が魔王軍だと思っていなかった事、そして最終的にはこうして協力してくれた事がうれしかった。この4人がいるなら安心だ、すぐにでも研究施設に辿り着かないと。
「ニシ……ロウ……カ……ノ……ツキアタ……リ……カベ……」
そのカークトンの言葉を拾ってすぐに理解したのはクリンカだ。こうなるとボクがわざわざ考えなくてもいい。クリンカをおんぶして城内に突入するまで、数秒とかからなかった。
◆ アバンガルド城 城内 ◆
裏口みたいなところから城内に踏み込んだ途端、四方八方から一筋の電撃が襲ってくる。クリンカを背負ったままかわすのは苦もないけど、その先でまた足元から槍の刃が飛び出し。仕掛けられた罠が次々とボク達を襲った。
「もう! 邪魔しないでよ!」
壁に溶け込んでいた罠の主の隣の壁に打ち込むソニックスピア。小さな丸い穴が強固な壁を貫通させ、その効果が早くも出る。壁の色から人の色に変わり、含みを持たせて出てきたのは帽子を被った一人の冒険者だった。
【"罠師"ラップ Lv:27 クラス:レンジャー Bランク HP 153】
「ま、参った。降参する」
両手を上げて無抵抗のポーズをとった冒険者。影で攻撃体勢に入っていた他の冒険者達もゾロゾロと出てきた。ディテクトリングで確認したところ、全員がBランクの冒険者だ。という事はこの人達もボク達よりも前から冒険者活動をしていて、五高みたいな感情を抱いたのかな。まだこんなにいたなんて、ちょっぴりガッカリだった。
唯一、ボク達が魔王軍じゃないと信じてくれた事だけが救いだ。というか、そうだろうとそうじゃなかろうとこの人達には初めからどうでもよかったのかもしれない。でないと、こんな戦いに参加しようなんて思わないだろうし。
「まだたくさんの冒険者が待ち構えているの?」
「城内を担当している冒険者は多いが、全員がまばらに配置されている。だがこの先へは進まない方がいいぜ」
「なんで?」
「デストロイヤーハバクが待ち構えているはずだ。俺と同じBランクであまり知名度はないが、実力は間違いなく、あのティフェリアと並ぶとまで言われている」
ティフェリアさんと同等、それはすごいかも。でも今はそんなのどうでもいい。
「そうなんだ、ありがとう」
「あ、おい!」
まだ戦意がありそうな人達は何人かいた。この速度についてこれるなら相手にしなきゃいけないけど当然そんな人はいない。後ろには自分達の間を抜けられた事さえ気づいていない冒険者達が未だ正面を向いていた。
これでボクを殺すなんてのは諦めてほしいところだけど、そう簡単にもいかないのかな。強い相手に嫉妬、それは確かに強くなる為には必要なものだと思う。奈落の洞窟でもそれがなかったら生きていけなかった。そして絡まれるほうになったら、こんなにも鬱陶しいとは思わなかった。今まで倒してきたあの魔物達もそう思っていたのかな。今そんな事を言ってもしょうがないけど。
強くなりたいなら、がんばるしかない。ボクにわかるのはそれだけだ。壁を乗り越えられた時はいいけど、そうでない時の悔しさは涙をいくら流しても足りない。あの人達は今そんな状況なんだ。
◆ アバンガルド城 城内 西側 通路 ◆
「おや……」
何がいても相手にしないつもりだった。五高を突破した今なら、残るはティフェリアさんかアレイドだけだ。それ以外に思い当たる強敵がいない。いや、強敵じゃなくても叩きのめす必要のある相手がいない。その時まではそう思っていた。
「こいつら、お前の知り合いなんだとな……」
だけどそこにいたのは。そいつが踏みつけていたのは。
「だったら、やめておくべきだった。俺への殺意が高まれば少々面倒だ」
「リュ……ア……」
虫の息としか言いようがない、大きな足で踏みつけられたオード。血まみれになってぴくりとも動かないアイとマイ。その隅でうずくまっているのはミィだ。
「初めに言っておくが、お前個人に怨みはない。興味がない事もないが、これも任務なんでね」
「ねぇ……何してるの?」
「ん、ちょいとうるさかったから黙らせただけだ。何も心配する事はない」
相手の名前とか、なんでこんな事をするのか。そんな事を考えるよりも先に体が動いていた。最後の理性が残っていたのか、ディスバレッドを抜かずに素手で殴りにいったのは自分でも不思議だったけど。顔面に拳を入れ、頭ごと消し飛ばしかねないほどに。そいつの命を刈り取ってもおかしくないほどに。ボクは力を込めた。
これで殺してしまっても今のボクには何も感じない、それほど頭に血が昇っている。後で後悔するはめになったとしても、まったく制御できなかった。
「ぶふぅっ!」
鼻が折れ、骨を突き破らんばかりのパンチだったはず。殴り終わったあとで少しだけ冷静になった。違和感はまさにこの状態だ。
「ぐ、んぐぉっ! い、いでぇ……」
殴った相手は一度は倒れながらも顔全体を撫でながら起き上がる。鼻血が出ているだけでそれ以外のダメージが見当たらない。ボクは今までの戦いで感覚が麻痺してしまったのかもしれない。自分が本気で殴れば、大概の相手は倒せる。ましてや並みの冒険者なら一溜まりもない。
だけど、こうして起き上がったという事は少なくともこいつは並みじゃない。それどころかアレイドやティフェリアさんに匹敵しかねない。何かのスキルかも、と考えなくもなかった。だけど実をいうとボクはそれほど多くのスキルを知らない。だから判断する材料もなかった。
「げふふ、こいつぁヘビーだな。けど残念だ……殺意が足りねぇ。こいつは……アレだ」
簡単に仕切り直したそいつは軽く準備運動のような動作をしてから、丸腰で構えた。相手の戦闘スタイルは素手。わかるのはそれだけだ。
「人を殺した事がない奴の拳だ。違うか?」
たった一発でそこまで見抜いたそいつは、人差し指で鼻の下をかいている。もう名前を聞くまででもない、こいつは。
「俺はハバク。専門は冒険者でも何でもない、殺しだ」
【"デストロイヤー"ハバク Lv:62 クラス:デストロイヤー ランク:B HP 603】
ディテクトリングに写し出された結果には驚きがまったくなかった。Bランク、Aですらない。数値にはない、あいつには何か秘密がある。冷えた頭でボクはようやく思考を巡らせた。
◆ シンレポート ◆
お おぉ?
まさか あのじょうたいで まだりせいが のこっているとは
まおうぐんの やつらとは ちがうようです
あいつらは あいつらで かこが あるから いちがいには
ひかくできないですが
くりんかのやつは なにやら きれいごとを のたまってましたが
でこすけの いうことも いちりあるです
くににつかえるものが しじょうでうごけば おしごとにならないのです
ましてや たいちょうともあろうにんげんが かんじょうで うごけばどうなるか
いってしまえば りゅあやくりんかみたいな あたまがおはなばたけの
かんじょうでうごくがきは ぐんじんは むいていない
こいつらなら めいれいをむしして かってなこうどうを しかねないです
めのまえで しにかけているにんげんがいても たすけずに ころせと
めいれいされたら ころすのが ぐんじん
ふふん まーたひとつ しんが かってしまった はいぼくを しりたい
で こいつが はばく
ふんふん なーるほど しんにはわかったです
あいつは どちらかというと しんたち まぞくにちかい ちからを
もっているです
それもそのはず あいつは えっと なんていったっけ
あぁおもいだせない このままじゃ りゅあのばかと どうれべる
まけてない しんは まけてない




