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第175話 真実への道 終了

◆ 魔王城 会議室 ◆


「このような場所しかありませんが」


 それだけ短く言ってバトラムは椅子をテーブルから静かに引いて座った。大きなテーブルに何個もある椅子、ろうそくの灯りが照らす室内。カビ臭くて陰気な雰囲気、余計に気が滅入りそうだけど贅沢は言わない。

 イークスさんも椅子に腰をおろしてテーブルに肘をついてすっかりくつろいでいた。魔王は自分の部屋に戻されたみたいで、今はシンがついている。耳が痛くなりそうなほど静かなこの大部屋で、なんとかボクは自分の気持ちを落ち着けようとした。

 魔王軍の正体、そしてボク達の事。王国に捕えられているというイカナ村の人達。もっと早くこの事を知っていれば。さっきからそんな事ばっかり考えている。だけど、だからといってイークスさんを怨んでいるわけじゃない。


「俺には力が必要だった。村を守れなかった悔しさもあったし、だからあんな胡散臭い奴の作った武器や防具なんぞ身につけちまった」


 イークスさんの武器と着ていた鎧はついこの前まで魔王軍にいた死の武器商人が作ったものだったらしい。死の武器商人、前にアバンガルド王国に現れてリッタに黒い槍を渡した奴だ。まさかそいつが魔王軍にいて、しかも十二将魔の一人だったなんて。でも魔王軍には協力者という形でその身を置いていたらしい。

 あの槍のせいでリッタはおかしくなったし、イークスさんもきっと同じだ。持ち主が元々持っている負の感情を増幅させて狂わせる、それが死の武器商人製の武具。だけどそんなのがどうでもよくなるくらい、今のボクはそれどころじゃなかった。


「温かいハーブティーです。よろしければ」


 いつの間にか席を立っていたバトラムが人数分のハーブティーを運んできた。丁寧に置かれたハーブティーからほのかに立ちのぼる湯気を何となく見つめるボク。そんな様子をバトラムにまじまじと見られていた事にしばらく気づかなかった。


「毒など入っていませんよ」

「知ってる」

「それでなくても、今のふぬけた貴女ならば私でも討てそうではありますが」

「なに、やってみる?」

「冗談です」


 本気で言ってないのはわかってるけど、妙に茶化されている気がしてイラッときた。ついさっきまで魔物の大軍を引き連れて戦いを挑んできた相手の前でくつろいじゃってるボクも人の事は言えないけど。


「貴女達と戦う理由はもはやありませぬ。それどころか同胞の子供達と知った以上、こちらとしても友好的に接したいところです。何かお困りの事があれば、何なりと」

「その研究所は……アバンガルド王国の中にあるから、無理にでも入ろうとすれば当然……」

「それは貴女がご自分で答えを見つけるべきです」


 ボクはなんでバトラムに聞いたんだろう。本来ならクリンカに聞くべきだ。クリンカは気持ちが落ち着いたんだろうか。ハーブティーには口をつけずに受け皿を指で回している。心ここにあらずみたいな感じだ。


「バトラムさん、その……。十二将魔……仲間を殺しちゃって……」

「何故、謝ろうとするのです?」

「だって、せっかく皆で生き残ったって言ってたのに殺しちゃったんだよ?!」

完成化(エンド)を完成させた時点で、彼らは人の心など失っておりました。正直に言うと、すでに私ですら彼らを御しきれなかったのですよ。暴走して道徳も理性も捨てた人間など、魔物と何が違うのでしょう? 結果、彼らは世界の害悪となったし、それを討伐した貴女の行動は誰にも非難される言われはありません」

「でも……でも……」

「貴女が彼らを殺さなければ、たくさんの人間が殺されていましたが?」

「他に道はなかったのかな……」


 バトラムが黙ったところを見ると、あるにはあるのかな。でもどっちにしろ、手遅れだ。ボクはあいつらを殺してしまった。あんな過去があるとも知らず、人間を。いや、人間だったものを。


「道……ですか。私が知りたいものです」


 どことなく弱々しいバトラムの言葉、もしかしたらこの人は復讐以外の答えを求めていたのかもしれない。人の心を持ったまま、生きていたかったはずだ。だけど結果的に復讐の道を選んでしまった。新生魔王軍を立ち上げて、憎悪を人間すべてに向けた。

 ボクよりもずっと長生きしている人ですら迷うのにボクみたいな子供が迷わないわけがない。最善の答えなんて出せるわけがない。

 ふと顔を上げた時、座っていたイークスさんがいなくなっていた。


「あれ、イークスさんは?」

「先ほど、席を立たれてどこかへ向かわれましたな」


 イークスさんはボク達に何も言ってくれない。いや、今まで魔王軍に加担していた立場だから、かける言葉が見つからないのかもしれない。死の武器商人が作った武具の影響もあるとはいえ、イークスさんは結果的に悪事に手を染めてしまったんだ。

 考えてみたらボクもイークスさんにそういうところは聞けなかった。責めるつもりなんてない、だけど何て言っていいのかわからない。相手がイークスさんじゃなかったら、ひょっとすれば責め立てていたかもしれない。でもボクはイークスさんには立ち直ってほしい。そして一緒に冒険もしてみたい。昔からの密かな夢だったんだから。生きていたのなら、それも可能なはず。


「……私はうれしいよ」


 今まで一言も喋らなかったクリンカが、口をつけていないハーブティーに視線を注ぎながらそう漏らす。


「なんで?」

「だって村の皆が生きているかもしれないとわかっただけでも、やる事はあるよ。それにね、何より……」


 クリンカが口篭る。両手の5本指をそれぞれ合わせながら、ボクの隣で少しの間だけ押し黙った。


「リュアちゃんが私と同じだってわかったんだもん」


 私と同じ、それって。


「正直に言うとね。ドラゴンになれるのは便利だけど、なんとなく寂しかった。出来れば私も普通の女の子がよかったなって」


 呟くように、それでいて寂しそうに消え入りそうな声でそう告白されてボクは心臓が掴まれたような気分になった。ドラゴンに変身できるクリンカの事を表面しか見ていなかったから。当たり前だ、普通の女の子がある日突然、ドラゴンに変身したら誰だってショックを受けるに決まっている。

 それが発覚したあの日はクリンカと再会したって喜んでいた。竜神の元で力をコントロールできるようになったクリンカに対して喜んでいた。クリンカ本人の気持ちも考えずに。


「リュアちゃんが私を受け入れてくれて本当によかった」


 普通の人ならドラゴンに変身する女の子なんて嫌うかもしれない。実際、カシラム国の時もスキルといってごまかしたけど、それまでは明らかに受け入れられてない雰囲気だった。

 イカナ村の秘密、ボク自身の事。ボクは一人でショックを受けていた。クリンカの事は考えないで、自分の事ばかり。何も考えないでドラゴンになったクリンカにまたがって。もし逆の立場だったらどうなっていたのか考えもしない。


「そっか……クリンカはずっと前から……」


 ごめん、そう続けて言いたかったけど出てこなかった。なんかそれすらも失礼な気がするから。知らないうちにボクは間接的にクリンカを侮辱していた。自分が人間じゃない事、魔王軍と同じ生まれだという事を嫌悪するのはあまりに自分勝手だ。

 クリンカはボクよりも先に遥かに辛い思いをした。それでもこれまで、クリンカは悲しい顔を見せた事はなかった。ボクのためにいつものクリンカでいてくれた。だったらボクがそれに応えないでどうする。自分のせいでクリンカを泣かせてどうする。


「ボク達、どこまでいっても一緒だったね。同じ村で生まれて、同じような境遇で。おまけに人間じゃないなんてさ……」


 精一杯の笑顔、だけどそれは決して作ったわけじゃない。クリンカの事を想ったからこそだ。途端、椅子を跳ね除けてクリンカが腕を後ろに回して抱きついてきた。突然の事で驚いたけど、ボクも優しく抱き返す。


「いろいろあったけど今はこうして一緒になれた。それにイークスさんや村の人達も生きているかもしれないとわかった。私達幸せだよ……」


 その通りだ。考えてみたらこんな事をしている場合じゃない。アバンガルド城に村の人達が捕えられているとしたら、すぐにでも助け出さないと。もちろん簡単じゃないし、そんな事をしたらどうなるかくらいはわかってる。だけどそれを知っていて黙っているなんてボクに出来るはずがない。


「よう、少しは落ち着いたか?」


 室内に入ってきたイークスの隣に、いつかイカナ村で見たあの黒い魔物がいた。さすがに息を呑んだけど暴れだす様子もなく、大人しくしている。


「イークスさん、その魔物は……」

「お前とイカナ村跡地で会った時に連れて来た奴だ。もうわかるだろ? こいつはお前の村の住人だよ」

「そ、そんな! ど、ど、どういう事?!」

「魔王軍、つまり過激派は復讐心をたぎらせて魔族から力の使い方を教えてもらったが、一方のこいつらはそれが出来なかった。あの日もな」

「じゃあ……」


 魔物になっちゃったんだ。魔王軍の奴らみたいに。そんなネガティブな言葉が次々と飛び出しそうで怖かった。だけどあえてここは何も言わない。喉まで出かかっていた言葉をグッと堪えた。


「けど、こいつは人の心を失っていない」

「え……?」

「お前を見ても襲ってこなかっただろ? それはこいつの中に人間としての理性……何より、お前が自分の村に住んでいたリュアだと薄々とだがわかった何よりの証拠だろう」


「リュ……ア……ク……リ……ンカ……」


 魔物の口からハッキリとボク達の名前が出た。苦しそうに頭を押さえるその動作は魔物のものとは思えない。まるで人間の仕草だ。


「元に戻してやる方法は今一見つからないが、恐らく研究所にいけばたっぷりと資料もあるはずだ。おまけにそこにいる奴をとっちめて吐かせりゃ、大きく進展するだろう。だからリュア、お前にはやるべきことがある」


 クリンカの意見を聞くまでもない。さっきとは違って強い光が宿ったような目だ、そこには迷いなんかない。


「イークスさん、全部終わったらまたボク達と一緒に……」

「悪いが俺は一緒には行ってやれない」

「な、なんで?」

「罪滅ぼしってわけじゃねえが……。今一、踏ん切りがつかなくてな。それに俺にはこいつの面倒を見るという役目がある」


 こいつというのは隣にいる村人の事かな。


「そんな顔をするな。お前と一緒で気持ちの整理がついたら絶対に駆けつける。それまではここに留まらせてくれ」

「……わかったよ。約束だよ?」

「おう、今度は破らないぞ」


 白い歯を見せたイークスさんはすっかりあの時の優しいお兄さんそのものだった。あの日、イークスさんが悪魔に貫かれた光景がボクの中からすっかりなくなっていた。だってイークスさんはこうして追いついてきたんだから。ちょっと時間はかかったけど、ボク達はまた一緒になれた。


「クリンカ……行こうか」


 頷きすらしないでクリンカはボクの腕をとった。すっかりぬるくなったハーブティーを一気に飲み、眠っていた今までのやる気を奮い立たせる。


「ひぃぎゃぁぁぁぁ!」


 あと一歩、ハーブティーを飲むのが遅かったら驚いて噴出していた。そのくらいシンの登場は荒々しいし、鬼気迫るほどの甲高い悲鳴だった。


「何事です、魔王様に何かあったのですか?」

「私の心配は無用だ」


 遅れて登場した魔王、そしてその後ろにいる魔物。ライオンの頭の他に二つの頭がくっついた、蛇の尻尾を持つ異様な獣。魔王城なんだし魔物くらいいるでしょとシンに言いたかったけど、驚いたのはそこじゃないかもしれない。


「あれ、確か獣の園にいた……」

「ブラストキマイラがここに帰ってきた。何やらお前達に用があるらしいな」

「え、えぇ……?」


 パンサードの手下だった魔物がボク達に用があるなんて穏やかじゃない。ブラストキマイラはゆっくりと歩き、そしてボク達に顔を近づけた。


◆ アバンガルド城 王の間 ◆


「あぁ、本来なら俺が止めるべきなんだが……奴ら、恐ろしいほど力をつけている」


 傷口を押さえたアレイドとかいう勇者が宰相ベルムンドに事細かに説明した内容。はっきりいって信じられるものではない。あの少女達が魔王に加担したなど、恐らくはあの勇者の作り話だろう。話がうまく出来すぎている。仮にあの二人が真実を知ったとしても、即座に魔王軍につくとは考えにくい。加えてこのアレイドの傷、彼ならば完全に癒す事くらい可能だろう。それどころか戦って破れたというのが嘘で、あの傷は自分でつけたとも考えられる。


「なるほど、早々に手を打ちましょう」

「なっ!? ベルムンド様、今の話を信じるので?!」

「他ならぬ勇者殿の話です。虚偽など考えられませぬ」

「あなたほどの方がそんな短絡的な! 少し前に現れたこの男の言う事を信じると?」


「カークトンさん……あんたの言い分もよくわかる。確かに信じろというほうが難しい。けどな、もしここで何もしなかったら生きている魔王が攻めてくるのも時間の問題だ。この国が一年後、存在していられるという保証があるか? それでなくても魔王軍の脅威はすぐそこまで迫っているんだよ!」


 白々しく、アレイドは柱に拳を打ちつけた。国の権力を担う大臣達が一同に集まり、こんな話に右往左往している姿が情けない。


「カークトン殿……あなたも本当はわかっているのでしょう? あの事実が広まれば、確実にあなたを含めて無事では済みませんな」


 ベルムンドに耳打ちされ、背中に何か冷たいものを敷き詰められたような感覚に陥る。違う、あれは国の未来の為だ。私は決して保身の為に従っているわけではない。


「先任の隊長殿も言っていたはずです。個ではない、国の為に成せ。それが国家に仕える者の使命でしょう。あなたもこの国を愛しているのならば、行動で示してみなさい」

「私は……私は……!」

「あなたにもたっぷりと働いていただきますぞ」


 ベルムンドは手を叩き、動揺する全員の注意を引いた。権力者達がたったこれだけで静まるのだから、この老人の威厳と信頼というものが並大抵ではない事が容易に伺える。私はというと、たった少しのやり取りだけで脂汗が流れてきた。

 この細い老人のどこにあれだけの気迫があるのか、単にベルムンドが実質No2だから逆らえずにいるわけではない。もっと異質な何かがこの老人にはある。陛下ですら傀儡にして、国の舵取りをする老人に私は心の底で畏怖していた。


「指示はすべて私が出します。あなた達はそれに従うだけでいいのです」

「お、お願いします!」

「そうですな、まずはカムラン殿。すぐにバリスタと投石機の手配を。配置のほうは後ほど私から提案します。次に……」


 次々と指示を出すベルムンドを私は黙って眺めているしかなかった。たとえどんな結末が待っていようとも、私にはどうする事もできない。いや、どうにかする資格すらない。ベルムンドの言う通り、私も同罪なのだ。この国の人道に外れたあの行為を、立場上という理由で黙認してきた。

 従うしかない。それが国に仕える者の使命なのだから。何がどんな正義を掲げて攻めてこようと、私には国を守るという役目がある。


「冒険者ギルドに早急に通達するように。細かい内容は私が提示します。報酬額は5000万ゴールドとしましょう」


 まったく途切れる事のないベルムンドの指示が全体に行き渡る。それはまさに一匹の国という巨大な獣の体内に血が循環し、来るべき相手を迎え撃つ為に起き上がろうとしているようにも見えた。

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