第173話 真実への道 その7
◆ 魔王城 最上階 魔王の間 ◆
【魔王のパッシブスキル発動! ノーモーション!】
直立の姿勢から何の予備動作もなしに目の前まで迫られたら、ボクだって焦る。瞬間的に移動してきたかのようなスピードで大腕を振るい、いや。振るう直前の動作すらなしに、剣みたいな爪を生やした指が貫こうと迫ってきた。
すべてが瞬間移動のごとく、気がつけば攻撃が直前まで迫る。息をつく暇もないなんて言うけど、もしかしたらこれに近いのかもしれない。
「魔王のノーモーション……。すべての攻撃やスキルの初動が消え去る最強スキルの一つだ。だが、それを捌き切るあいつのほうがもっとやべぇな……」
イークスさんが何かブツブツ言ってる。ボクのほうがやばいとか、なんか素直に喜べない。なんでそこで『すごい』じゃないんだろう。まさかイークスさんまでクリンカと一緒になってボクを化け物呼ばわりするんじゃ。
嫌だよ、ボクは化け物じゃない。人間だ。あの魔王軍と同じだなんて信じたくない。
「そんなの嫌だ!」
「何が?!」
「クリンカ! スピードフォースを!」
【クリンカはスピードフォースを唱えた! リュアの素早さが上がった!】
ノーモーションだか知らないけど、それなら速さで圧倒してやる。
【リュアの攻撃!】
バトラムを倒した時みたいに迷う事なく、刃で魔王の背後を突く。ノーモーションでも反応速度までは変わらない、それがこの状態を表している。魔王でもボクの速さには対応できない、それなら勝負は決まったようなものだ。
【魔王のフェイタルミラー!】
「……!?」
【リュアは4695のダメージを受けた! HP 37265/41960】
おかしな現象だった。刃が突き刺さったのは魔王の背中じゃなくて何もない空間。ディスバレッドの尖端から消えていったと思ったら目の前にディスバレッドの刃が迫っていた。あまりに突然の事でボクとした事が反応が遅れてしまい、深手とまでいかなくてもダメージを受けてしまう。
つまりボクは自分が放ったディスバレッドの突きで自分の脇をえぐってしまった。久しぶりに痛いと思えたのが、まさか自分の攻撃だなんて。
「ヒール!」
【クリンカはヒールを唱えた! リュアのHPが全回復した!】
得体の知れないスキルが存在する場合は一度、距離を取るに限る。だけどのんびりはしていられない、すぐに魔王を高速で取り囲んで逃げ場を与えない。少しずつ斬り込み、下がって。その繰り返しの過程でもやっぱり刃は返ってきた。まるで魔王の周りだけが別の世界にでもあるかのように錯覚してしまう。
「ここまで辿り着いただけはある。だが、足りんな」
余裕の冷笑、さっきまでの荒れ狂った様子とは一転していた。足りないっていうのはボクの実力の事かな。
「聞けばお前はあの穏健派の元で生まれた子供だそうだな。だとすればその身体能力も察しがつく……」
「違うよ! ボクは人間だ!」
「違うな、お前の体の中には魔物の血が流れている。あの連中によって埋め込まれた、薄汚い細胞を持った人間から生まれたのだ」
「違うって言ってるでしょ!」
「我々と共に来い。今ならまだ間に合う。お前も感じた事があるだろう? それほどの力を目の当たりにした人間達の負の感情を」
「……ッ! でも!」
【魔王はテンペストを唱えた!】
暴風と雷が一塊になって、それがいくつも宙に浮いている。それぞれから一斉に放たれた雷と大嵐。それがこの広間全体を一瞬で破壊しつくし、それどころか魔王城の最上階すべてを綺麗さっぱり失くしてしまった。
天井や壁がなくなり、むき出しになった魔王城にはもちろん外の吹雪が容赦なく吹き付ける。これじゃクリンカがまたコキュートスでやられちゃう。
【リュアは823のダメージを受けた! HP 41137/41960】
「だ、大丈夫?!」
【クリンカはレインボーバリアを唱えた!
魔王のテンペストでクリンカは1733のダメージを受けた! HP 18667/20400】
「うん……今度は足手まといにならないから……」
いつの間にかドラゴンに変身していたクリンカでも、今のは防ぎきれなかった。考えてみればレインボーバリアならある程度、コキュートスに耐えられるかもしれない。だけどそれだけじゃ説明がつかない、そもそも魔王城に入る直前にクリンカの意識が戻ったのがまずおかしい。
「チッ……ドグラめ。何を考えている」
魔王が見上げると、まだあのドラゴンがくるくると回っていた。もしかしてあのドラゴンが助けてくれたのかな。でも、なんで。
「漆黒の地竜ドグラは見たものに幸福を与えると言い伝えられてきたが、実際には奴が認めたものだけだ。フン、どういうつもりか知らんが……逆らうならッ!」
【魔王はブラックスピアーを放った!】
「!! 何してるのさ!」
魔王の手の平から黒い槍のような細い一閃。煙をまとっているかのようにも見えるそれがドグラめがけて飛んでいく。あのドラゴンがどういう魔物で何を考えているのか知らないけど、少なくともボク達を一度も襲ったりしなかった。
それどころか、助けてくれたのかもしれない魔物を見殺しになんてできない。
【リュアはソニックスピアを放った!】
あんな槍なんかボクのソニックスピアなら一瞬で捉えられる。槍の真横にソニックスピアが直撃し、跡形もなく消し去ったところでドグラの安全が確保された。
「なるほど、同胞である魔物は見殺しに出来んか」
「そんなんじゃないよ。やっぱりお前は血も涙もない魔王だね」
「だったらどうするというのだ?」
「倒す」
「不可能だな。私のフェイタルミラーはあらゆる物理スキルを反射し、魔法を無効化する。これに成す術などこの世界には存在しない」
「ただ一つ……勇者の剣を除いては、だろ?」
イークスさんがそう付け加えると魔王の眉間にわずかに皺が寄る。魔王は勇者じゃなきゃ倒せないというのはそういう事だったのか。でも単に勇者の剣だから、という理由なのも変だ。勇者の剣がどういうものかは未だによくわからないけど、要するにフェイタルミラーが強力すぎるというだけの話にも思える。
前の魔王、つまりあいつのお父さんも同じスキルを使ったんだ。だけど勇者がフェイタルミラーを破った。だから魔王は勇者じゃなきゃ倒せない。そう結論付けたんだと思う。
「じゃあ、そのフェイタルミラーを破ればいいんだね」
「その考えの浅さ……。どことなく、あいつを思い出すな」
「あいつ?」
【魔王はインフェルノを唱えた!】
「知る必要はない。お前が私の下につかない以上は敵だ。ここで殺す」
特大の火の玉に赤い蛇のような炎がまとわりつくかのように踊っている。多分、あれがそのまま発射されるんだろうけど、例によってノーモーションのせいで気がつけばすぐ近くにそれがきていた。だけど。
「なにっ……!」
火の玉を一刀両断したボクに驚く魔王。形のない炎を斬れた事に驚いたのか、それとも斬って二つに割れた火の玉が消えてなくなった事なのか。ダイガミ様の時だって同じだ、ボクに斬れないものはない。あれに比べたら、今の火の玉なんか。
「イークスさん。イカナ村の近くにあった、奈落の洞窟というダンジョンを知ってる?」
「奈落……? いや、聞いた事がないな」
「な、奈落の洞窟だと?!」
魔王がマントを翻して、何故かより警戒した様子で構え直す。ハスト様の他に奈落の洞窟を知っていたのは魔王だった。あの驚きようからして、あそこにいる魔物は魔王よりも強いという事にもなるはず。それとも別の理由があるのかはわからないけど。
「ボクはね、10年かけてそのダンジョンを攻略したんだ。とんでもない魔物も大勢いたし、当然だけど物理スキルが効かない奴だっていたよ。だけどボクは攻略した」
にじり寄るボクに魔王はわずかだけど後ずさりした気がした。
「魔王……ボクに足りないとか何とか言ってたけどさ。本気でそう思ってるなら、戦闘経験がなさすぎるよ。多分だけどさ、魔王は生まれてからほとんど戦った事がないんじゃない?」
「何を戯言を……」
「違うならそれはそれでいいんだけど……」
「子供が調子に乗るんじゃない……!」
【魔王のカオティックフレア!】
もう自分の城の事なんてどうでもいいのか、魔王は大規模破壊のスキルを遠慮なく放ってくる。黒い爆発に飲まれた城の床は無惨にも消失し、それでも収まらずに下の階すらも飲み込む。爆発に次ぐ爆発が連鎖して、その勢いはまるで止まらない。
とんでもない威力だ。素直にそう思う。城全体を破壊し尽すまで止まらないんじゃないかとさえ思える。
「ま、魔王の最大クラスのスキルだ! 逃げろ! 巻き込まれたらお前でも……!」
「それならイークスさんも一緒にね」
「な、なに?」
「クリンカ! イークスさんを乗せて離れて!」
イークスさんの了承も聞かずに行動に移してくれてありがたい。黒い爆発の連鎖が迫ってきてるし、あと少しで巻き込まれるところだった。だけどボク自身は逃げる気なんてない。
【リュアはソニックリッパーを放った!】
爆発の波に向けて一直線、雲の隙間から顔を覗かせた太陽のように奥の光景が見える。そこにいる魔王はどうせフェイタルミラーがあるから、と余裕なんだろうな。ソニックリッパー自体は見えていないかもしれないけど、爆破を切り裂いた瞬間は魔王にもわかっていたみたい。
一瞬の驚きの表情を見せた後に魔王に迫るソニックリッパー。直前でフェイタルミラーに刺し込み、まさにスキルとスキルがぶつかり合う。
「ぬぅッ……! フェイタルミラーが……」
まだわからないの? ボクはこうやって戦い抜いてきたんだよ。
「これはいかん!」
叫びながら魔王はそこでようやく、体を反転させて回避姿勢に移った。
【魔王に2041028のダメージを与えた!】
わき腹から裂け、胸の辺りまでしか消し飛ばせなかったのは魔王の回避がわずかにでも間に合ったからだ。あそこまでダメージを負っているし間に合ったかといえるかはわからないけど。
【魔王を倒した! HP 0/204000】
「がはぁッ!」
「ま、魔王様!」
いつの間にか目を覚ましていたバトラムが魔王の元へ走った。あれだけ痛めつけられて瀕死の状態だったのに頑丈すぎる。ギリギリ真っ二つにならなかった魔王を見て、ボクはシンとの約束をすっぱり忘れていた。あれじゃ殺しちゃいかねない。
でも無理だよ。あのフェイタルミラーはかなり強力なスキルだし、あれを破るだけで全力を出さないといけない。それに守られている魔王に傷を負わせるにはこれしかなかった。
「魔王さまぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ぐ、ぐふっ……バトラム……シン……」
「回復魔法をおかけします! どうかご無事で……」
「すまない……」
泣きじゃくるシンと必死に魔王を助けようとしてるバトラムを見てると、何とも言えない気分になる。散々世界各地で悪さをしてきた軍団の親玉にも、こうやって心配してくれる人達がいるなんて。元々は人間だったから? 十二将魔達とどこか違うのは、魔物になってもいい奴とそうでない奴がいるから?
ボクの中でどうにも答えが出せない。それはボク自身もあの魔王達と同じという事実を知ってしまったからでもあった。
「ままならぬものだな……。復讐も果たせず、結局は人外の身としてこうして朽ちるしかないとは……」
「魔王様……あなたにはまだ人の心が残っています。何故ならあなたは完成化をしなかった。やれば勝てたかもしれない戦いだというのに、あなたはどこか悩んでいたのでは?」
「完成化か……。確かに私だけは最後まで踏ん切りがつかなかったものだ……」
「完成化。人として終わり、身も心も強さも化け物として完成する……魔王、あんたはまだ人間だよ」
戻ってきたクリンカの背から降りたイークスさんが付け加えた事実。あいつらが変身したのはそういう事だった。魔物になった後の非道っぷりもそれならわかる。どいつもまるで心まで化け物に染まっていたように思えたのは、錯覚でもなんでもなかった。あいつらは人を捨てたから、そうなったんだ。
「10年前、イカナ村で負傷した俺を助けてくれた時……そう、あんたはかつての仲間の様子が気になってあの日、村に現れた。だがそこにはすでに滅んだ村しかなかった。自分と一緒にこの世界を壊さないか。そんな勧誘に乗った俺も俺だが……。その時ですら、あんたは流していたんだよ……涙をな! 化け物じゃありえねぇだろ!」
「魔王様はいじめられているシンを助けてくれたんです! とっても優しいですよ!」
魔王にすがりつくシンの姿が妙に胸にくる。ここに来てボクは多くの事を知りすぎた。イークスさんの話、世界を脅かす魔王軍の過去、そしてボク達の事。はっきりいって全然整理できない。もうどうしていいのかわからないほどに。
「魔族に力の使い方を教わり……それが段々と制御できるようになるうちに……。私達はいつしか、人の心を失ってしまった。憎しみが人間全体に広がるまでにな。目の前で友が死に、親が死に……過酷な環境で生きるうちに募らせた憎悪がまさに完成したのだ……」
魔王が語りを聞いているうちに胸が張り裂けそうになる。本当に、ボクはどうしたらいいんだろう。他人事じゃない、ボクだって人間じゃないんだから。お父さんとお母さんはこんな事、一言も話してくれなかった。ボク達が傷つかないように、平和に暮らせるように。そんな風に思っていたからに違いない。
「ま、魔王……ごめん……」
涙が止まらなくなっていた。何で謝ってるのかわからないけど、それしか言葉が出てこない。今はただ、何も知らなかった自分が恥ずかしい。
「魔王、聞いてほしい。あんたはリュアに負けたんだ、だったら潔くこいつの言う事を聞いてくれるよな?」
「え、ボ、ボクの?」
「そうだ、お前は魔王に何をしてほしい? それとも殺すか?」
「殺さない! 殺さないけど……」
こんな時、クリンカは何も言わない。あくまでボクについていくという事なんだと思う。魔王もバトラムも、ただ黙るだけで何をするわけでもない。反撃してくるわけでもなく、ボクの返事を待っている。
「リュア、よく聞け。イカナ村の」
「ちぇすとぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
遥か上から高速で何かが降りてきた。この場にいる誰もがまったく反応できていない、何かが来たという事すら認識できていない。でもボクにはわかる、刃を下に向けた無精ヒゲの男の人がにやついている。そいつが魔王目がけて攻撃してくるのを。
「危ないッ!」
魔王達をどかす暇なんてない。振ってくるそいつのわき腹を蹴り、軌道を逸らす。こいつに関しては思いっきり蹴っても問題ない。何故ならこいつはボクに一撃食らわせて、そこそこの距離までぶっ飛ばすような相手だ。
わかっていた通りでそいつは蹴られはしたものの、すぐに体勢を整えて着地した。申し訳程度にわき腹をさすっているところを見ると、今の一撃も大したダメージにはなってない。わざとらしく溜息を吐き、ボク達を見下すかのように見渡す。
「マジかよ、今のはやれたと思ったんだけどな。やっぱりお前怖いわ」
「アレイド……!」
相変わらずヘラヘラと気持ち悪い。こいつが何をしにきたのかなんて聞かなくてもわかる。一応は勇者としての役目を果たしにきたんだ。
「見事に先を越されちまったと思ったが、そうでもないみたいだな。じゃあ、そいつはきっちり俺が殺すぜ。問題ないよな?」
「も、問題は……」
ボクは何を迷っているんだろう。アレイドはボクが迷っているのを見透かしているかのように、乾いた唇を歪ませている。
「リュア、知り合いか?」
「こいつはアレイド……勇者だよ」
「ゆ、勇者ぁ?! こいつが? 冗談よせって……」
「失礼なイケメン野郎だな。ちょっと顔がいい奴って、すぐそうやって見下すんだよ。ムカつくなぁ……ここにいるって事はお前も魔王の仲間なんだろ? じゃあ殺しても問題ないよな」
バトラム、イークスさんが二人とも構える。それに対してアレイドはだらりと両手をぶらさげたまま、無防備に立っているだけだ。
「アレイド、話を聞いてよ。魔王軍は本当は」
「なに、お前も邪魔するの? じゃあ、殺すか」
だらけていたアレイドが剣先をこちらに向けた瞬間、その瞳に誰もが戦慄する。硬直するイークスさんとバトラムは瞬間的に自分の死を想像しているようにすら思えた。




