第169話 真実への道 その3
◆ ガーニス大氷河 ◆
【ブリザードモビーを倒した! HP 0/27300】
あいつらが先に来ているなら、何故このうざったいクジラが放置されていた? レイニスとかいう女は名前こそ出さなかったが、間違いなくあのガキどもの事をほのめかしていた。だとしたらこんなザコなんざ、敵じゃねえはずだ。この鳥共も熊共も歯ごたえがなさすぎて拍子抜けした。世界でも有数の危険地帯と謳っている割には随分とお粗末だな。
まぁ今の俺に危険なんてないか。何せ力が沸いてきてしょうがない。魔王でも何でもかかってきやがれってんだ。だが一応俺は勇者、人の目につくところでは品行方正の振る舞いだ。女子供や年寄りには優しくがモットー。そうするだけで馬鹿どもは勇者という肩書きに加えて、勝手に好評価しやがる。それだけに女に不自由しないと思いがちだが実際はそうじゃない。
ロインやクーデみたいなちょろガキどもならともかく、普通の女を抱けば必ず後腐れする。そうなると面倒だから相手に出来るのは行きずりのあばずれ女だけだ。あーあ、出来ればあのリュアやクリンカみたいなのがいいんだよな。何も知らない世間知らずっぽいガキを抱いた時にどんな反応をするのか、考えただけでも下腹部が熱くなる。だが奴らを力でねじ伏せるのは容易じゃない、いや今の俺ならやれない事もなさそうだがリスクが未知数すぎる。何とか代用品がないものか。
「俺様、実は欲求不満なんだよねー」
あのレイニスとかいう女もよかった。ああいうきつそうな女は一見、鉄壁に見えるが案外内面なんてもろいものだ。一度陥落させちまえば後は好き放題、なんてそんな事は今はどうでもいい。
「魔王討伐なんてちゃっちゃと終わらせますか……いや、待てよ?」
何の前触れもなく、名案が浮かんだ。いや、前触れはあった。あのガキどもが先に魔王城へ行っているなら、少しだけ面白い事になりそうだ。
「うまくいけば、あのガキどもを抱けるかもな……その為には」
すぐにでも魔王城まで辿り付く必要がある。なぁに、造作もない。
「浮遊移動!」
宙に浮き、自在に空を飛べる。そしてその速度はアバンガルド王国程度の広さならものの数秒とかからない。このガーニス大氷河がどれだけ広いのかは知らないが、この速度ならすぐ魔王城なんざ見つかる。
「ひゃっひゃっはぁぁぁ! 待ってろよぉぉぉぉ!」
もはや当初の目的なんてどこへ行ったのか、俺にもわからない。いや、ただ楽しみが増えただけだ。魔王を倒して英雄となった俺が好き放題出来る、それに加わっただけだ。
◆ 魔王城 1階 ◆
「思ったより効果はあったようですな」
私達を取り囲む魔物の群れ、獣からマントを翻した怪人のような魔物までレパートリーに富んだ軍団の奥から現れた白髪のおじいさん。丁寧にオールバックでまとめて身なりはタキシードという、ここが魔王城じゃなかったら、すんなりと受け入れてしまいそうな人物。
そんな人がダークハウンドの頭を撫で、魔物達を率いているという確固たる事実を裏付けながら登場した。
「あなたは……?」
「お初にお目にかかります、私は魔王様の側近を務めさせて頂いておりますバトラムと申します」
「あなたは人間……じゃないの?」
「人の身など当の昔に捨てました。いえ、捨てさせられたというべきか……」
声や仕草、どれ一つとっても魔物には見えない。だけど私にはわかる。ここに揃っている屈強な魔物達が一様に大人しくなり、畏怖と敬愛さえ示している。どんな魔物よりも恐ろしく、強く、それでいて凶暴なのはこの人だ。
私じゃ勝てない、一瞬でそれを悟らせるほどの存在感がこの人にはある。たとえドラゴンに変身したとしても無理だ。この人に勝てるのはリュアちゃんだけ、だからこうやって気づかれないように回復魔法をかけ続けている。
「さて、そんなお喋りをしてる暇はありません。予想通り、カタコンベからの脱出でかなり消耗したようですな」
「あ、あの! イーク……葬送騎士はどこですか?! 私達はあの人に会いたいだけなんです!」
「窮地に陥るまでにその言葉が聞けなかったのが残念です」
「た、確かに……最初から会わせて下さいと頭を下げればよかったんですよね……」
「ここは魔王城ですよ?」
【ダークハウンドの群れの攻撃!】
【マジックバロンの群れはアイスエイジを唱えた!】
【スクリューワームの群れの回転突き!】
バトラムが指を鳴らすと同時に魔物が一斉に襲いかかってくる。こんなところでやられるわけにはいかない、何としてでもリュアちゃんを守らないと。
【クリンカはファイアブレスを吐いた!
ダークハウンドに17023のダメージを与えた!
ダークハウンドの群れを倒した! HP 0/1230
マジックバロンに1929のダメージを与えた! HP 1081/3010
スクリューワームの群れに14503のダメージを与えた!
スクリューワームの群れを倒した! HP 0/3755】
全身の肉が焼けただれて動かなくなったり骨も残らないほど焼き尽くされる魔物達がいる中、マントの怪人みたいな魔物だけはガードの姿勢を保ったまま生きていた。尋常じゃない炎耐性だ、もう一撃浴びせれば倒せるだろうけどその前にあの魔法の猛攻は避けきれない。
【クリンカは678のダメージを受けた! HP 19722/20400】
「冷たっ!」
「さすがです、マジックバロンの最高クラスの魔法をほぼ受け付けていない。ですがいつまで持ちますかな」
あのバトラムの言う通りだ。あのマジックバロンとかいう魔物もまだまだ控えている上に、他にも続々と集まってくる。大概の相手はファイアブレスで倒せるけど、中にはそうじゃない魔物もいる。強くなったとはいっても私はリュアちゃんじゃない、一人で戦うにはまだまだ力不足だ。
だけどここでがんばらないと、私のリュアちゃんが危ない。いくら頑丈とはいっても、無防備な状態でこれだけの魔物の攻撃を浴びせられたらさすがに死んじゃう。いつもは軽口を叩いてはいるけど本当は心配でたまらない。そうする事で今日も一緒にいられる事を実感できるから。
【マジックバロンを倒した! HP 0/3010】
【ケイブギガントのギガントナックル!
クリンカに133のダメージを与えた! HP 19589/20400】
次から次へと、ダメージは大した事がないけど私が本当に心配しているのはこの魔物達じゃない。そこにいるバトラムが本気になったら。一応、全部の補助魔法をかけてはいるけどそんなものは焼け石に水だ。
【クリンカはファイアブレスを吐いた!】
「ふぅ、やはり手下達では手に負えませんか」
【バトラムが戦線に躍り出た! バトラムのジェントルカウンター!】
そこにバトラムが移動した事さえ認識できなかった。気がついたらバトラムが体を回転させるような動きで私の炎を払い、体に巻きつけるようにして。
【クリンカは16345のダメージを受けた! HP 3244/20400】
「ぁッ……あぁぁぁッ!」
炎耐性には自信があったはずなのに私の体は自分の炎によって焼かれている。喉から熱気が侵入し、体内が蒸すように熱くなる。床で転げまわっている私はとっくに人間に戻っていた。熱い、助けて。涙を流しながら懇願したくなるほど苦しい。声にならない声を発し、呼吸さえ出来ないほどに。
「苦しいですかな。それこそが貴女が私の手下達に与えていた苦痛なのですよ」
かろうじて私は生きてる、いや。このバトラムに生かされている。私の炎を返され、尚且つ炎耐性を無視したこのダメージ。説明されなくてもわかる、あの人は自分への攻撃をこうやって相手にそのまま返すんだ。そう、そのまま。受けるはずだったダメージや苦しみを返す。物腰柔らかなあのバトラムらしい戦い方だ。
決して自分からは手を出さず、降りかかる火の粉だけはきっちり払う。相応の痛みを相手に返す、そうする事で相手がやろうとしていた事を徹底的に思い知らせるんだ。
「たとえ女子であろうと、痛みは知るべきです。これぞ紳士の教育……さて、次はそちらの女子、リュアといいましたかな。大変心苦しいものがありますが、この私自らが止めを刺しましょう」
「リュア……ちゃん……」
全身の痛みが激しすぎて身動きがとれない。指一本すら動かせない中、私を数匹の魔物が取り囲む。ダメだ、私は何も守れなかった。クイーミルで出会った時からずっとそうだ。ずっとリュアちゃんに守られてばかりいる。
ただリュアちゃんと一緒にいるだけで、私自身はすごいわけでもない。一緒にいるから強くなれた、お礼なんて一生かかっても返しきれないほどなのに。それなのに、目の前で殺されそうになってるリュアちゃんを守れない。リュアちゃんの防御力なら、たとえ無抵抗でもそこらの魔物じゃ一切傷をつけられない。だけどあのおじいさんだけは別だ。仮に起きてまともに戦ったとしても勝てるかどうか、あの返し技は無敵すぎる。リュアちゃんのソニックリッパーなら、とは思う。だけど今の私には前向きな考えが出来ない。
「起きて……」
だってこんなにも涙が溢れてるんだもの。
「リュアちゃん、起きてッ!」
「無駄ですな、この少女には一切の手心を加える気はありません……とどめッ!」
バトラムの手刀がリュアちゃんの心臓を目がける。そしてバトラムの爪先がリュアちゃんの心臓の辺りで止まった。
「ぬ……? ぬぬっ……これは……」
登場した時から冷静だったバトラムがここにきて、うろたえ始めた。何せ、手刀がまったくリュアちゃんの体に食い込まない。二度、三度と突いたり斬ったりしてもダメだった。服だけがズタズタにされてるから、起きたら大変だ。
「痛いなぁ……何するのさ」
まるで朝を迎えた寝起きのリュアちゃんそのままだった。反応しきれないバトラムの腕を掴み、そのまま投げ捨てる。勢いよく柱に激突したバトラムは受身らしい姿勢をとっているものの、明らかに面食らっている。
「おはよう、クリンカ……うわぁ! どうしたの、その傷! 早くヒールを!」
「えへへ……ちょっとこっぴどくやられちゃった」
◆ 魔王城 1階 ◆
魔物よりクリンカがひどい重傷を負っている事のほうが重要だ。奈落の洞窟ではなるべく安全そうな場所を選んで寝ていたものの、どうしても襲われる時がある。最初の頃はぴりぴりして全然寝れなかったけど、そのうち危険な魔物が接近した時だけ起きれるようになった。今回のはソニックインパクトの反動だし、反応が大きく遅れてしまった。
クリンカがまったく動けない状態なので道具袋の中から回復アイテムを取り出す。中にいるシンが邪魔すぎて、思わず放り出してしまった。
「ぎゃんっ!」
「あ、ごめん」
「……シン、久しぶりですね」
「バ、バ、バトラムゥ!」
ボクがさっき投げ飛ばしたバトラムが全身の埃を手でほろいながら立ち上がる。この中であいつがぶっちぎりに強いのはわかってた。だけどあんなのより、今はクリンカだ。回復アイテムのおかげで何とか自分でヒールを使えるようにはなってくれた。
クリンカのヒールはどんなに重傷でもすぐに治してしまうのに、自分の事となるとなかなかうまくいかないものだなと思う。実際、回復アイテムがなかったら危なかった。ボクは回復魔法が使えないし、こういう時に予備を充実させていて本当によかった。
「シン、レポートを見せなさい」
「ほぇ?!」
「あなたに頼んだものです」
「こ、これはー……」
「クリンカをここまで痛めつけたのは誰さ」
自分でもビックリするくらい声が低い。バトラムも魔物達も、一瞬で警戒態勢に入ったのがわかった。
「侵入者に対して相応の対処をしたまで。バトラム様のジェントルカウンターで、その小娘は哀れにも自分の炎で身を焦がしたのさ。ヒヒヒッ!」
マントの魔物が挑発的な笑みを浮かべつつ、ボク達の前後を塞ぐ。何なの、こいつら。えい、ディテクトリング。
【マジックバロン Lv:72 クラス:マジックバロン HP 3010】
別に単なる魔物だった。やるまでもなく大した魔物じゃないのはわかっていたのに、ボクは何をやってるんだろう。
「じゃあ、お前達じゃないんだね。それなら用はないよ、どけて」
「バトラム様が出るまでもない……アイスエイ」
【リュアの攻撃! マジックバロン×2に4627655のダメージを与えた!
マジックバロンを倒した! HP 0/3010】
弱すぎる、こんなのに本当に用はない。用があるのはあそこのバトラムとかいう奴だ。優雅に構えて、いつでもボクを迎え撃てる姿勢でいる。独特な構えだけど、それがどうした。許さない、クリンカをここまで痛めつけるなんて。絶対に許さない。
「何やらお怒りのようですが、非難される筋合いはございませんな」
「きちんと謝るなら今からでも遅くないよ」
「謝るなら、ですか……」
周りの魔物達ですら後ずさりするこのバトラムの威圧感。古い造りなのかは知らないけど、上のほうからわずかに亀裂の入った音が聴こえた気がした。
「尻の青い小娘には相応の振る舞いというのがございます、僭越ながら今からこの私自らが教育してあげましょう」
【戦執事バトラムが現れた! HP 54600】
「リュアちゃん……気をつけて……その人、攻撃を……」
せっかくのクリンカの忠告だけど、負ける気がしない。それどころか怒りで収まりがつかない。壊してやる、クリンカを傷つける奴はみんな全部、何もかも。壊してやる。
殺してやる。




