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第165話 ガーニス大氷河 その5

◆ フリーシング城 王の間 ◆


「ありがとう! 本当にありがとう! これはもう、総出で祝っても足りん! ありがとう!」


 さっきから何回ありがとうと言われたかわからない。小太りの王様は何度も手を揉みながら、この場で料理の用意を始めた。まさかここでお礼をしてくれるつもりでいるのか、ついには大量の金貨まで持ち出したけどまさか。


「これは感謝の気持ちだ! 受けとってくれい!」

「今年度の予算分ですぞ、陛下!」

「国がなくなれば予算も糞もなかったんだ! ええい、離せ!」

「お気を確かに!」


 臣下達数人がかりで取り押えられた王様は不満そうに玉座に座る。ウィザードキングダムの王様やカシラム王とは大違いだ。


「……すまん、見苦しい姿を見せてしまったな。何せ我々は助けられてばかりいる。先祖代々、この厳しい極寒の地でこれだけの国を作り上げてきたのだが……。どうにもワシの代ではうまくいかなくてな。特にそちらのレイニスちゃんには足を向けて寝れんほどに世話になっている」


 レイニスはシンを抱きしめたまま、用意された食事に口をつけている。レイニスに甘いのはわかったけど、明らかに不思議な生き物を抱えているんだから少しは疑問に思ってほしい。一応、王様なんだよね。


「こんな食事と金貨で満足してもらえるかわからない。これでも足りないというならまだ……」

「あ、別にこの食事だけで十分なんでお構いなく……」


 食事は絶対に譲らないクリンカ。金貨よりも食事。


「ところであなた達、魔王城へ攻め込むって本気なの?」

「そう、だからガーニス大氷河への立ち入りを許可してほしいの」

「だってさ、王様」


「レイニスちゃんが良いというなら……」


 ひたすらレイニスの顔色を伺ってばかりいる王様に、さすがのボクも苛立ちを覚え始めた。カシラム王とまでは行きすぎだけど、王様ならもう少し堂々としていてほしい。国で一番偉いんだから。


「あなたが決める事よ、いちいち私の顔色見なくていいから」

「へ、でもレイニスちゃん……」

「国王はアナタ!」

「は、はいぃぃ! では許可します!」


 レイニス、最初に会った時は傲慢で嫌な奴だったのにすっかり毒が抜けたみたいだ。何でもネントロに文字通り、手も足も出なくて自分なりに反省したらしい。そして何より、これからはもっと自分を好きになってもらって、気持ちよくなりたいんだとか。なんかちょっと間違ってる気がするけど、改心したならいいか。

 この後は許可証の発行だの何だので時間をとられたけど、無事に通れる事になった。最後にガーニス大氷河に入ってきたAランクの冒険者達が未だに帰ってこないと、脅しのようにレイニスに付け加えられる。嫌味ったらしさはあまり変わってないけど、ボク達の冒険者カードを見せた後はすっかり大人しくなった。

 これならネントロどころか魔王すら空の彼方までぶっ飛ばせると真炎の魔女からお墨付きをもらったのでひとまずは安心しておきたい。


◆ フリーシング国 ガーニス大氷河前 関所 ◆


「はい、確認しました。ではどうぞ」


 通行証を一目見ただけであっさり通してくれた。これには、ガーニス大氷河で遭難した場合は一切国から捜索隊は出さないだとかいろいろ書かれているみたい。要するに何があっても自己責任というわけ。

 高レベルのダンジョンは高ランク冒険者に人気があるけど、このガーニス大氷河はあまり人が寄り付いてない。環境がひたすら厳しい上に価値のある素材がほとんど採れないから、割に合わない。来るのは未踏の奥地を目指す冒険者ばかりで、言ってしまえば一部の物好きや無謀な奴には人気だとレイニスに皮肉を込めて説明してもらった。確かにボク達だって、奥に魔王城がなかったら見向きもしなかったかもしれない。


「いい? 私のヒートをかけてあるから大抵の冷気は遮断できるけど奥地となるとわからないわ。この真炎の魔女でさえ手に負えないトチ狂った環境かもしれない。いい、警告はしたわよ? このレベル500超えの私ですら、奥地まで行って帰ってこられる自信なんかない。本当にいいの? ねぇ、シンちゃん?」


 道具袋に語りかけるレイニスをさぞかし、兵士達は不思議に思ったと思う。それにしても、あの自信過剰なレイニスにそこまで言わせるほどの場所だなんて、もしかしたら奈落の洞窟以上かも。


「……あなた達の実力はよくわかったわ。でもね……やり込められて完封させられた気持ちは私自身、今回の件でよく味わった。出来ればこんな気持ちをあなた達にも味わってほしくない。ましてや魔王だなんて、何もあなた達が倒さなくてもいいじゃない」

「魔王はともかく、会わなきゃいけない人がいるから……」

「え……?」


「レイニスさんがそんなに心配してくれるなんて、なんだか拍子抜けだねっ」

「は?! 今のってシンちゃんに言ってたんだけど? 自意識過剰すぎ、馬鹿じゃないの!」


 いつの間にかレイニスをからかうまでに仲が進展した二人。紅潮させた顔でレイニスはムキになって反論する。シンに言ってたなら、そもそもコレは魔王軍だし。というかすっかりなつかれた気がする。


「じゃあね、レイニス。用事が終わったらまた遊びにくる」

「来てもいいけど、シンちゃんも連れてきてね。じゃないと町に入れてやらない」

「わかったわかった」


 心配そうにちらちらと見送るレイニスを背後に、ボク達はついにガーニス大氷河へ一歩踏み出した。見渡す限りの大雪原に今更ながら興奮してきた。


◆ ガーニス大氷河 ◆


 白以外存在しないんじゃないかと思うほどの世界。フリーシング国が見えなくなったのを確認した後、クリンカにドラゴンに変身してもらった。実を言うと雪というもの自体初めてだし、いろいろ遊んでみたい。思いっきり飛び込みたい。雪だるまも作ってみたい。だけどひたすら我慢した。


「レイニスさんのヒートのおかげで全然寒くないね。あ、でもリュアちゃんなら関係ないか」

「最近のクリンカは一言多い」

「べ、別に悪い意味で言ったわけじゃ……」


 そうなんだよね、どうもボクを茶化すような発言ばかりするから敏感になっていた。でもここに来てから寒いと思った事はあまりないし、当たってるかもしれない。

 空から眺めるガーニス大氷河はあまりに綺麗だ。ここが前人未到の地というのはわかるけど、探索した人の命すらも飲み込むだなんてちょっと信じられない。


「あ、ちょっと降ってきたかも」


 空から雪がぱらぱらと落ちてくる。それがみるみるうちに加速し、風も混じって吹雪になるのにそう時間はかからなかった。横殴りの雪に滅多打ちにされて、全身があっという間に雪に覆われる。


「す、すごい吹雪……もう何も見えなくなっちゃったよ。飛んでいけるかなぁ」

「止むまでどこかで休む?」

「こんな状態じゃ、どこにいても同じだよ。私は平気だから進もう……て、なにあれぇ?!」


【ブリザードモビーが現れた! HP 27300】

【ストームバードの群れが現れた! HP 710】


 雪山だと思ってたら、それは巨大なクジラだった。氷のような表面に雪を被せて、それっぽく擬態していたのかわからない。背中から噴射されているのは潮じゃなくて吹雪だ。その吹雪を楽しんで泳ぐかのように旋回している鳥の魔物。

 思わず見とれてしまいそうな光景だけど、これで多くの冒険者が葬られたんだなとすぐに直感した。あの雪の大地に沈むクジラだけでも脅威なのに、この吹雪にあの鳥。前人未到の地と言われた原因の一つが早速目の前に現れた。


「リュアちゃん、あれやっつける?」

「でもあそこにいるだけで今のところ、襲ってくる気配はないね……」


【ホワイトグリズリーの群れが現れた! HP 3660】


 下からは凶暴そうな白い熊がこちらを見上げている。さすがにここまで跳んでくる事はないと思うけど、地上から歩いていったらあれの相手もしなきゃいけない。見たところ、その辺のフロアモンスタークラスの強さはあるし、これじゃいくらAランクでも一溜まりもないわけだ。


「無視しよう。もし襲ってくるなら倒す」

「うん、念の為だけどあれは迂回するね」


 吹雪をばら撒いているクジラを避けるように、クリンカは大きく旋回する。クジラの乾いた瞳だけがこちらにぎょろりと動く。負けじと睨み返し、威嚇をしてみたけど逃げる気配がない。それどころかボク達なんか眼中にもないような感じさえする。


「あの魔物、リュアちゃんを見ても逃げないね。相当強いのかな? でもリュアちゃんに勝てない魔物がいるなら、とっくにフリーシング国もなくなってるよね……」

「うーん、戦ったらボクが勝つんだけどなぁ……って、また一言多い」


【ストームバードの群れが襲ってきた! ストームバードの攻撃!】


 吹雪の流れに沿うように、鳥の群れがクチバシを突きたてて突撃してきた。あのクジラは比較的、大人しそうだけどこっちはそうでもないみたい。それに威嚇しても全然逃げないし、これは強い魔物じゃないな。


「私に任せて」


【クリンカは炎のブレスを吐き出した!

ストームバードの群れに17220のダメージを与えた!

ストームバードの群れを倒した! HP 0/710】


 まるで呼吸のごとく、向かってきたストームバードを焼き殺したクリンカ。ボクが言うのもなんだけど、とんでもない威力だ。あれだけいた鳥の群れが一吹きで全滅するし、もしかしたらこの炎はボクが受けても無事じゃ済まないかもしれない。


「クリンカも人の事言えないよね……」

「うん?」


 なんでもない、心の中でそう返した。ボクはクリンカを化け物扱いしたくない。


「クジラさん、倒さなくてよかったのかな。倒しておけば他の人達も被害に遭わずに済むんだけど……」

「あ、そういう考え方もあるのかな……」


 もしこれからここを探索する冒険者がいるなら、そうしておいたほうが助かる命もある。まったく考えた事がなかった。いつかヴァイスが言っていた事を思い出す。盗賊を見逃した事によって奪われる命がある、つまりはそういう事だったんだ。


「うーん、どうしよう? 見逃しちゃったら彗狼旅団と同じで、誰かが被害にあうかもしれないよね」

「でも彗狼旅団はいろんなところにいって無差別に殺すけど、あの魔物はここに住んでいるだけだよね。言い方はすごく悪いけどこんなところに来るほうが悪いし、死ぬ覚悟だって持つべきだと思うの」

「そう、かなぁ……クリンカ、なんだかだいぶ過激になったね」

「昔とは違うんだよっ」


 昔というのはイカナ村にいた頃か、それともクイーミルで再会した時かな。どっちにしても遥か昔の事に思える。こうして笑い合ってるのがたまに信じられなくなる。幸せを当然と思っちゃいけないし、その気持ちは大事なんだろうけど。


「魔王城、見えないね……」

「ねぇシン、魔王城はどこにあるの?」


「教えるわけねーです、バーカ」


 道具袋の中から憎たらしい返答が返ってきた。このままひっくり返して、雪の中に捨ててやろうかと思えるくらい腹立つ。


「あれ、そういえばシンはこんなひどい場所を通過してボク達のところに来たんだよね。よく無事だったね」

「シンはこうみえても、お前達とは体の作りが違うのです。極寒で体温が奪われて死ぬのが人間、生きるのがシン。悲しいかな、生物は生まれながらにして平等ではないのです」

「そうなんだ、そんなにすごいなら袋から出てきても平気だよね」

「むぎゃー!」


 強がっておきながら頑なに出てこない。さては寒いんだな。


「えへへ……シンちゃんは……強いんだねぇ……」

「クリンカ? なんか高度が落ちてるけど大丈夫?」

「平気、へい……き……」


「クリンカ?!」


 翼の羽ばたきが少しずつ遅くなり、頭が垂れて雪と氷の大地にどんどん近づいている。そしてついには盛大に氷の上を滑りながら着地してしまった。ドラゴンの姿を維持できなくなり、女の子の姿に戻ったクリンカが完全に停止している。


「クリンカ! ねぇ、クリンカ!」


「あー、これはやられたですね。ガーニス大氷河名物、通称"コキュートス"」


 道具袋から出てきていたシンがクリンカの頬をぺちぺちと叩く。何がなんだかわからない。一つわかっているのはこのままだとクリンカが死んでしまう。レイニスのヒートすらも貫く、ガーニス大氷河の恐ろしさをここにきて味わってしまった。

 ボクには回復魔法が使えない、そもそもどうしたらいいのかわからない。


「シン、教えてよ。どうしたらいいの……?」


「ふっふっふ、どうしよっかなー」


 いつもなら腹が立つところだけど、よく知っているシンだけが頼りだ。泣きすがる思いでボクはシンの機嫌を損ねないよう、必死にお願いした。


◆ シンレポート ◆


なつかしき がーにす だいひょうが

おもえば しんも ここをとおったです

あのとりどもには よく おいかけられた

かずをへらしてくれて たすかったです

くじらは こちらから てをださないかぎりは むがい

かなり おとなしいので しんも あんしんしているです


それにしても こんな もうふぶきのなかで いちゃつく ばかっぷるなんて

こんご いっしょう おめにかかることは できないです

こんなばしょでさえ でーとすぽっとにするとは こわすぎる


なんていってたら くりんかの ようすが おかしいです

ははーん いちばん たいせいがありそうだと おもっていた くりんかが

まっさきにやられたですか どれどれ

ここはすこし りゅあを からかってやるですか

しかえしです きしししし

魔物図鑑

【ブリザードモビー HP 27300】

ガーニス大氷河の主とも言える巨大クジラ。氷の山のような姿で見るものを圧倒する。

潮を吹くように吹雪を吐き出しているが害意はない。

非常に大人しい魔物なのでこちらから手を出さない限りは無害。


【ストームバード HP 710】

ブリザードモビーの吹雪の中を飛んでいる鳥。

嵐の日を好んでよく現れる為、この名称が名づけられた。

非常に獰猛で、どんな相手にでも果敢に向かってくる。

シンもよく追いかけられた。


【ホワイトグリズリー HP 3660】

ガーニス大氷河に生息する白熊。ベアーズフォレストのフロアモンスターに

匹敵するほどの強さを持ち、雪原に入ってきた人間を頭からかじりつく。

その上、集団で現れる事が多いのでAランクの冒険者パーティですら壊滅の危険性がある。

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