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第161話 ガーニス大氷河 その1

◆ ガーニス大陸前 上空 ◆


 ガーニス大陸。世界でも最も北にある大陸で最も気温が低い。ボクにはその程度しか理解できなかった。この大陸にあるガーニス大氷河は、未だ奥地まで誰も到達した事がないデンジャーレベル100超えの難所らしい。そして、その奥地にあるのが魔王城だ。

 後は息を吸ったら吐けないとかバナナで釘を打てるとか気がついたら足がもげてるとか、いかに恐ろしい場所かを淡々とクリンカに語られた。実際、どのくらい寒いんだろう。奈落の洞窟では息を吸った瞬間、体の内部まで凍りつく迷宮があったけどそのレベルなのかな。だとしたらちょっと面倒かも。


「見えて来たよ。あそこが世界最北の国、フリーシング王国」


 最北という事はこれ以上、北には人が一切住んでいないという事。なんだってそんな場所に人が住んでいるのか疑問でしょうがない。その劣悪な環境のおかげで他国からの侵略をまったく受けていないだとかで有名らしく、なんと一番魔王城に近いのに未だにその侵攻で滅んでいない。でも誰も好きであんな場所に行きたくないし、名産品も特にないから誰も行きたがらないだけであまり誇るべきじゃないと思う。


「うわっ! これが雪?!」


 目の前に広がる白銀の世界。砂浜や森なんてものは一切なく、すべてが白で覆いつくされている。その広大な大地にポツンと置かれている巨大な建物。あれこそがフリーシング国だ。聞いた通り、あの国はあの中にある。こんな地域だから、建物の中に城下町が広がっているとか。なるほど、寒いから町ごと中に入ってしまおうという事か。感心した。

 そして遠目からだと小さく見えたけど実際には雪の大地を横断するかのような建物から伸びた城壁。それもそのはず、ガーニス大氷河への立ち入りはあの国が管理している。アバンガルド王国でもデンジャーレベルが高いダンジョンは国が管理していたし、それ自体は不思議じゃない。でもあの強固な壁は異常に見える。ボクなら軽くジャンプで飛び越えられるけど、普通の人にはまず無理だ。


「ねぇ、このまま飛んでいってもいいんじゃない?」

「私達、冒険者だよ? 成り行きでアバンガルドの王様達とはあんな風になっちゃったけど、一応ルールには従わないと」

「面倒な事にならなきゃいいけど……」


 ボクの経験上、新しい国ですんなり事が進んだ試しがない。ウィザードキングダム、ノルミッツ王国、カシラム王国。どれも必ず何かしらトラブルがあった。通してくれるといいけど。


◆ フリーシング国 ガーニス大氷河前 関所 ◆


「ガーニス大氷河の前ではAランクなど何のステータスにもならん。帰れ」


 ほらね、絶対こうなると思った。大きな壁にトンネルみたいなものが掘られていて、そこを通過すればガーニス大氷河。だけどその途中で温かそうな毛皮のコートを着込んだ兵士達が険しい顔で通せんぼしている。両サイドの洞穴みたいな部屋では、暖炉やベッドが備え付けてあってとても温かそうだ。


「見てよ、このレベル。これでも信用できないの?」


 レベル999の表示を見るなり、険しい顔つきが一気に崩れる。厚手の手袋で顎を撫でながら、三人の兵士達はカードに穴が開くくらい見つめていた。


「馬鹿な、もしや他の国ではこれほどまでに冒険者のレベルが進んでいるのか?」

「このレベルならもしや……」

「いや、どう考えてもおかしいだろうこのレベル……何かの間違いであってほしいが……」


 兵士達がボク達から遠ざかって何やらボソボソと相談を始める。聴こえそうで聴こえない、頭を捻るほど白熱した話し合いになってるのは確かだった。

 数分ほどの話し合いを終えた兵士達は落ち着いた様子でボク達を交互に見比べる。


「そのカードが偽造でない事は確かだが、ガーニス大氷河はレベルだけでは生き残れん。魔物の強さもさることながら、恐るべきはあの環境だ。生物の存在を一切許さない、過酷という言葉ですら足りん地獄なのだよ。君達が死ねば、悲しむ人達がいるだろう? その歳で冒険者なんぞやらんでも、もっと他に生き方があろうに……」


 なんかしみじみとお説教をされた。怖そうな顔つきをしていたと思ったら、案外いい人かもしれない。


「これ、レベル999って書いてあるけど本当は2000以上なんだよ。ディテクトリングで証明するよ」

「何だ、その玩具は……。いや、正直いってそのレベルには驚いたよ。うちのSランクよりも上とはな……」

「え、どういう……」


「誰よりも上ですって?」


 いつの間にか後ろの壁に寄りかかっていたのは赤一色のストレートヘアー、そしてまるで水着のような肌が露出した服装の女の人だった。この寒い地域であんな格好、一目で普通の人じゃないとわかる。細く鋭い青色の瞳が、まるでボク達を威嚇しているかのようだ。


「こ、これはレイニス様! 申し訳ございません……」

「うちのSランクって、まるで自分のペットのような言い方だったんだけど。誰のおかげで今日まで、生活してこれたかわかってるの?」

「それはもう……」

「もう、何よ?」

「レイニス様のおかげです……」


 まるで兵士を萎縮させて楽しんでいるかのようだ。他の兵士達もまったく言い返せずに押し黙っている。


「喉が渇いたわ。何か冷たい飲み物持ってきて」

「それは……ここには温かいティーしか置いてありません故……」

「じゃあ、町まで走って」

「へ?」

「走って」

「そ、そ、それはご勘弁を……何せ勤務中でして……」

「どうせ寝てたって成立するような仕事のくせに、それを盾にするわけ? あーあ、こんな国なんか冷えちゃえばいいのに(・・・・・・・・・・)


「か、買ってきます!」


 血相を変えて転びそうになりながら、ほとんど氷と化した雪道を走っていく兵士のおじさんを見て冷笑するレイニス。ダメだ、すっごい腹立ってきた。クリンカなんか口をへの字に曲げて、今にも何か言い出しそうだ。


「で、あなた達はガーニス大氷河になんか行きたいわけ?」

「そうだけど」

「ふーん。ダメだわ」

「な、なんでさ」

「私、今すごく機嫌悪いから」

「……は?」


 もうなんか、張り倒したくなる。会話にすらなってない。


「あなたは何なんですか?」

「私はレイニス、この国でSランク冒険者をやってあげているの。おかげでこのおじさん達なんか、毎日暖かな生活を営めているのよ。ねぇ?」

「は、はい。レイニス様の魔力でこの国の火元がすべてまかなわれています」

「ウソ?! たった一人の魔力で!」


「そうよ、例えばあの部屋にある暖炉」


 レイニスが細い指で暖炉を指すと、激しく燃え上がっていた火が消えた。まだ薪も残っているのに煙すら上げずに綺麗さっぱりと火の存在だけがなくなったみたいだ。赤い唇を舐め、冷笑するレイニス。何を言わんとしているかはわかる。


「あ、まさか……真炎(しんえん)の魔女?」

「あら、田舎娘にも私の名は知れ渡っているのね」

「なに、クリンカ。その真炎の魔女って」


「炎魔法のエキスパート、じゃなくてすべての炎そのものを操るとさえ言われている世界でも何人といないほどのウィザードだよ。あの若さでウィザードキングダムのハスト様と並ぶと言われている魔法の使い手」


 ハスト様と、なんて間抜けな声を出しそうになる。それを引っ込んだのはあのお姉さんを優越感に浸らせたくないから。でもボク達より年上だけど、そこまで離れてもいない女の人でハスト様と同等だなんて。


「この国の火元を一人の魔力で維持するなんて……」

「失礼ね。私から言わせれば、あなた達凡人がだらしなさすぎるのよ。生まれ持った資質の違いはあれど、ね」


 話によるとこれまでにも新生魔王軍はこの国に攻め込んできたみたい。だけどこの人だけで毎回撃退しているのが現状で、もはや王様ですら頭が上がらない存在になっている。おまけに今まで人間の手で薪をくべて火を起こしていたところを、この人の魔力一つですべてをまかなってしまっている。

 こうなるとさっきのあの兵士の態度もわかる。この人を怒らせてしまえば、今の生活が維持できなくなるどころか今度魔王軍が攻めてきたら守ってもらえない。真炎の魔女だなんて大層な通り名だけど、やってる事は魔王軍や彗狼旅団とあまり変わらないように思える。人の弱味につけこんで好き放題、これのどこがそうじゃないと言い切れるのさ。


「か、買ってきました!」

「あら、遅かったわね。……えー! 私、コレ嫌いなんだけど!」

「そ、そう言われましても……」

「何よ、最初に言えっての?」

「いや……そういう……わけでは」


「さっき、あそこの火消しちゃったからそのままにしておくわね。がんばって薪でも燃やしてちょうだい。数少ない資源を消費してね」


 また大慌てで走り出す兵士をレイニスはケタケタと笑いながら見送っている。横でクリンカが灼譚の杖を振るい、わずかな炎がほとばしったと思ったら兵士が走る道の雪がじわりと溶け出した。瞬時に地面がむき出しになった自分の足元を見て、兵士はすぐにこちらを振り返る。多分、レイニスがやったと思ったのかな。直立して何度も腰を曲げて礼をしている。


「……あなた、なに余計な事してるわけ?」

「あなたの炎じゃ人は助けられないかなーと思って」

「この国は助かってるわ。もう私なしじゃ生きられない」

「そうかなぁ……」

「そうよ。もしかしてあの程度の芸が挑戦状なわけ?」

「私は戦いが好きってわけじゃないし、ましてや弱い人に挑戦なんかしない」


 ついにもう片方の横部屋にある暖炉の火も消えた。防寒しているとはいえ、この寒さで火元を失った兵士達は本格的に震え始める。


「今、この国全部の火元を消したわ」


 周囲が一瞬だけ暖かくなり、外の雪が溶け始める。あの人があんな格好でいられるのはこのおかげだったんだ。自分の周りだけを常に暖かくしておけば、あの人にとってはここも暖かい地域と変わらない。それでいて、今この人は何をやったんだ。


「あなたのせいよ、私を怒らせたりするもんだから……。どうぞ、ここをくぐればガーニス大氷河よ。誰も止めないしとっとと行ったら? 知ってる? 暖かそうな見た目だけど、あの中って実はそうでもないのよ。火がなければそれなりに寒いわ……クスクス」


 ボク達のせいでこの国は滅ぶ、平然とそう言ってのける様はもはや魔物か何かとしか思えない。ボクだってこんな時くらい冷静になれる。怒りにまかせてこの人、いやこいつを攻撃すればそれこそ永遠にこの国から火は消える。


「あなたは……このままずーっと、そうやって生きていくつもりなの? これから新生魔王軍だって絶対に攻めてくるし、いつか絶対に終わりがくるよ」

「魔王軍なんて私の敵じゃないわ。現に何度もあしらってるもの」

「十二将魔や四天王が率いる部隊が攻めてきたら終わりだよ。あなたは多分、魔王軍の本当の強さを知らない」

「何がこようと敵じゃないって言ってるでしょ」


「さ、さ、寒い! 寒い寒い……! 火を……早く火を!」


 うろたえながら兵士の一人が魔法で火を起こす。だけど、それもすぐにレイニスに消されてしまう。何度かいたちごっこをやった後、涙目でレイニスにすがり始めた。


「この情けない人達はもう私なしじゃ生きられないの。こんな地域だし、多少は魔法の心得はあるみたいだけど燃えるものがないのに延々と燃え続けさせるなんてこの人達じゃ無理。私を怒らせるという事はこいつらを殺すも同然。謝るなら今のうちよ」

「謝ればあなたのプライドは保たれるの?」

「そう、その気なら仕方ないわね」


 何のためらいもなく兵士達を無視して、レイニスは城下町のほうへと歩き出した。本当にこの人達はどうなってもいいんだ。


「かわいそうと思うなら、あなた達が助けてあげたら? あーあ、喉かわいちゃった。また酒場でたらふく飲ませてもらおうかしら」


 何をどうやったらこんな事が出来るんだ。どれだけ強かったら傲慢になれるんだ。怒りに身を任せてボクはディテクトリングをあの恥ずかしい格好の女に向けた。


【レイニス Lv:537 クラス:フレイムマスター ランク:S HP 3455】


 537、ボクよりずっと低いとはいってもさすがに驚いた。奈落の洞窟にいたわけでもないのに、このレベル。レベルアップなんかの成長速度には個人差があるとは聞いていたけど、あのレイニスは本物の天才なんだ。


「とりあえず、火を何とかしよっか」


 抑揚のない声でクリンカは薪をくべて火をつけた。今度は消えないみたい、何せクリンカが灼譚の杖でつけたんだから。でも加減を間違えると大変だ。


「おじさん達はあんな人の言いなりにならなくていいです」

「だ、だけど火が……」


「この国にはあの人がずっといたんですか? そうじゃないはずです、この厳しい環境にも屈しないで先人達は今を築き上げてきた。出来ないわけがありません」


 クリンカの言葉で何かを思い出したようなおじさん達はしばらく考え込んだ後、無言でもう片方の部屋の暖炉に火をつけた。あの人がいつからこの国に居座って、こんな状態になっているのか。どっちにしても放っておけない。


「リュアちゃん、レイニスの事は心配しなくてもいいよ。私が何とかするから」


 これほどまでに澄んだクリンカの声は初めて聞いた。もしかしてボク以上にクリンカが怒ってるなんて思いもしなかった。何をどうやるかは知らないけど、少しの間だけこの国に留まる事になりそうだ。ほんの少しだけ。


◆ シンレポート ◆


ついに ここまで きやがったですか

まおうさまの おひざもと がーにすだいひょうが

ここはひとすじなわでは いかない なんしょちゅうの なんしょ

いつもみたいに そにっくりっぱー! でかいけつできるとおもったら

おおまちがいです

じょうしきが いっさいつうようしない だいしぜんの おそろしさ

たっぷりと あじわうがいい です


とおもったら なにやら また あしどめのごようす

よくもまぁ つぎつぎと まきこまれる やつらです

このしんですら はやく まおうさまのところに いくがいい! なんて

おもうくらいです

もし しんのほかに だれかが みていたら もんくたらたら です

だらだらだらだら しやがって

れべる537で おどろくとか おまえ じぶんの れべるをみやがれです

おまえが いっぱつ どつけば こんなもの すぐにかいけつする です

それを だらだらだらだら なにを なやむひつようが あるですか

まー こんかいは くりんかが なんとかするみたいです

だらだらだらだら ならないよう せいぜい がんばるです


はっ!?

いったい しんは なにを

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