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第156話 獣帝の咆哮 その1

◆ 獣の園 南 上空 ◆


「うわぁ、あの小さな虫の大群みたいなのが全部魔物?」

「だねぇ。キキィさんが言っていた事は本当だったみたい。あんなの、とっとと倒しちゃおうよ!」


 遠くから見ると、光に集まって飛び交っている虫みたいだ。水平線の彼方に見える大陸の上には、それだけで人間を震え上がらせるだけのインパクトはあった。

 バラード大陸の中央にはミズカルという国があって、その中心に商業都市が栄えていた。獣達に占領される前は世界中にある国々の流通の拠点とまで言われるほどだったんだけど、あんな風になってからはそれもぷっつりと途絶える。

 交易なんかにも大きな影響が出ていて、いくつもの商会が潰れていろいろ大変みたい。クリンカも大変だねぇなんてどこか他人事みたいな感想を言っていたんだけど、食料の流通にも打撃を受けて潰れた飲食店も多くあると知ってからはもうご立腹だ。とっとと倒しちゃおうよなんて、普通のクリンカの口からはまず聞けない。


「あそこにソニックインパクトレインを撃てばすぐだよ!」


 こんなのクリンカじゃない。イーリッヒが化けてるんじゃないかと半ば本気で疑ったくらいひどい。ボクの反動も考えてよとかそういう悲しい想いもあるけど、何よりそんな事をしたらまだ生きているかもしれない人達まで殺しちゃう事になる。それどころか大陸がまともな形を保っていられるかすら怪しい。

 あのスキルはまだ六六の王に向けて撃っただけだし、実際にはどのくらいの破壊力があるかはボク自身も把握出来ていない部分もある。普通に考えて、過去に世界を破壊して回っていた竜神すら殺しかけたソニックインパクトに耐えうる物がそんな簡単にあるとは思えない。


「気持ちはわかるけど、狙いはあくまでビーストマスターパンサードだよ。ボスのそいつさえ倒せば、他の魔物も逃げ出すでしょ」

「そうなの?」

「奈落の洞窟でも、獣みたいな魔物は大抵集団を作っていてその中にボスがいたからね。群れの中で一番強いボスが倒された後は意外と脆かったよ。本能的に勝てないと察知するのかな」

「それなら、リュアちゃんが威圧すればいいんじゃない?」

「それでもいいけど、普通の人までびびらせちゃいそうで……」

「……生きてる人、いればいいね」


 本当、その通りだ。あんな中に生き残っている人がいるのかどうか。ボクだってそれは絶望的だとは思うけど一人でも生きているとしたら、その人だけは助けなきゃダメだ。


「このまま突っ込むの?」

「コソコソと忍び込むつもりはないよ、突っ込もう」


 森林、ジャングル。いろいろ言われているように、バラード大陸は海岸の砂浜や絶壁を残してほとんどが木々で生い茂っている。何をどうしたらこんな事になるのかはさっぱりわからないけど、ここはもう人間が住む場所じゃない。

 空から旋回するように斬りこんだ先には虫みたいに見えていた魔物の群れが一斉に襲い掛かってきた。


◆ 獣の園 ◆


「空からじゃわからないなぁ。やっぱり降りて探さないとダメなのかな」

「ミズカル王都があった場所に行ってみる? パンサードもお城にいるのかもしれないよ」


 空にいる目に見える範囲の魔物は全部片付けた。とんでもない数だったけどソニックレインで串刺し、あるいは消し飛ばせばかなり効率よく片付く。ソニックレインを習得してよかった。ソニックリッパーじゃどうしても一直線の範囲が限界だし、ソニックスピアは集団相手にあまり向かない。あまりクリンカに飛び回ってもらうのも悪いし、これは本当にいいスキルだ。自分で言うのも何だけど。


「すっごい森……ここを歩き回るのはどうなのかなぁ」

「やっぱり飛ぼう。こんなのやってられない」


 降りたり飛んだり、今一定まらない。大体バラード大陸中をボク達だけで探し回るなんて最初から無茶だったんだ。要するにパンサードを倒せばいいんだから、余計な体力を消耗する必要なんてまったくない。


「じゃあ、また飛ぶよ」


「おーっと! 今そこを動くと、どうなると思う?!」


 あーあ、なんか変なのに見つかっちゃった。木陰からのっそりと出てきたカバ人間。よくあんな大きなカバの頭があの丸い胴体にくっついているなと思うくらい、変な魔物だ。ボク達よりも大きくて、あの口を開けば一人くらいは丸呑みに出来そう。


「出たぁ!」

「それはこっちのセリフだ! 何が来たかと思えばパンサード様の仰った通りだ! そこの短パンで素足丸出しという舐めきった格好のガキがリュアだな?」

「なんでこれが舐めてる事になるのさ。ボクの勝手でしょ」

「まさかこんな軽装で乗り込まれるとはな……おっと、何故お前がリュアだとオレが見抜けたと思う?」


「いや、それよりリュアちゃん。パンサードに私達がここにいる事が何故かバレてるみたいだよ」


 あ、言われてみればそうだ。ついさっき来たばかりだし、あの空の魔物の群れなんてものの数秒とかかってない。そしてこの広い大陸だし、騒ぎを聞きつけてなんていうのは無理がある。


「何故わかったと思う?」

「なんで?」

「クハハッ、それはな。パンサード様はこの大陸全域の音を拾えるほどの聴覚をもつからだ!」

「うわ、すごいね」

「恐ろしいだろう? あの方は五感に至るまで、すべてがお前達人間を遥かに凌駕しているのだ。だから何が攻めてこようが一切焦る必要はない。あの方一人ですべてが事足りるからな」


 それはわかったけど、これ以上このカバの魔物とお喋りしていても仕方ない。こんなの調子に乗らせても面白くないし、ボクは無視してクリンカの背にまたがる。


「オレの話を最後まで聞かないと、どうなると思う?」

「知らないよ、じゃあね」

「知らないでそのまま行くと、どうなると思う?」

「知らないよ、じゃあね」

「そうか……オイッ!」


「ハッ! 出番ですか、ヒーポ様」


 豹柄の二足歩行の魔物二匹が木陰から出てくる。体は驚くほど細いけど、全身から殺気があふれ出ている。その長い爪と牙が凶暴性を隠そうともしていない。


「おっと、いきり立つと後が怖いぞ?」


 ボク達が行動を起こす前にヒーポという魔物はボク達を牽制するように、短い腕で通せんぼする。


「ここ獣の園はな、まぁ人間がいたわけだ。だが今は見る影もなくこの状態、元々いた人間達はどうなったと思う? お前達人間だって犬や猫をペットにするだろう? 暇つぶしに狩りの獲物になってもらうか。使い道はいろいろあるんだ。つまり」


【大食らいの口獣ヒーポを倒した! HP 0/4190】


「ヒ、ヒーポ様……?」


 ついカッとなってやってしまった。あんなの最後まで聞けるわけがないし、こんな事してる場合じゃない。


「リュアちゃん、ちょっとまずいかも……」

「なんで? あんなの、生かしておく意味ないよ」

「そうだけど、そうじゃなくて」


「まさかヒーポ様が一撃で?! 第二大隊屈指の実力者だぞ! やはりこいつが例の……!」


 今更、気づいた。だけど二匹の獣は鋭い爪や牙をむき出しにして、あくまで戦うつもりみたい。それよりあの二人をどうにかしないと。


「何が実力者さ」


 ボクが二匹の魔物を睨むとわずかに後ずさりしたものの、逃げる様子はない。だけどすぐに襲いかかってこないところからして、薄々勝ち目がない事はわかっている感じだ。


「生きている人達はどこにいるの?」

「バ、バカが! まず貴様らはそれどころではないと、ヒーポ様が伝えようとしたところを……。いいか、この事はすべてパンサード様のお耳に入っている。生き残っている人間の生殺与奪の権利もあのお方が握っている。つまり、貴様らは今からオレ達が言う事に従わざるを得ないのだ」

「嫌だよ」

「だ、だから話を最後まで聞け! いいか、先程ヒーポ様が仰ったようにパンサード様の聴力はここでの会話すらも聞けるほどのものだ。ここで貴様らが何かすれば、人間の命はない」


「リュアちゃん、まずいよ。嘘の可能性もあるけど、もし本当だったら私達の行動一つで人の命が失われるかもしれない……」


「お、来たようだな」


 二匹の魔物が指した空の彼方から何かが向かってくる。大きく羽ばたいて、さほど時間をかけずに近づいてきた怪鳥が枝を折り、木々をなぎ倒しながら喧しく降りてきた。この毒々しい紫の体毛の鳥、どこかで見た事がある。


「来たか、デモンガルーダ! よしよし、パンサード様から授かった例のものは持ってるな?」


 怪鳥がクチバシにくわえていたものを魔物の一匹が取ると、それをボク達に突きつけた。一枚の紙切れと布、いやあれはただの布じゃない。どこかで見た事がある、独特なデザインのあの国の着物。アズマ国の着物だ。

 ボクは瞬時に理解したけど、それを受け入れられなかった。なんでそんなものをあの怪鳥がくわえているのか、それを着ていた人は。だけどそんなものが目の前にある以上、認めるしかない。


「こいつを読んでみろ。クックックッ……」

「ク、クリンカ。読んでみて」

「えっと……」


"ようこそ、獣の園へ。歓迎するぜ、瞬撃少女リュアにロエル。いや、クリンカ。好き勝手に暴れようと安易に考えていたんだろうが、残念だったな。ここは俺の国だ、よってこれから君達には俺の指示に従ってもらう。

もし俺という法に背けば大勢の人間、そしてその着物の中身の命もないと思え。この双子がお前の知り合いなのはすでに調べがついている。死なせたくないだろう?"


「ふ、双子ってまさか! なんで!」

「つ、続き読むよ?」


"まずは武器をそこにいるデモンガルーダの背中に乗せろ。そいつの背中には特別な金属製のカゴがある、放り投げればかなりでかい音が鳴り響くはずだ。そいつを俺に聞かせろ"


「こ、こんなの……」


「いいんだぜ、別に無視しても。ただしお前達の大切な友人はパンサード様に食い散らかされるだろうけどなぁ! クックックックッ!」


 こんなの、こんなの、こんなの有りなの。ノルミッツ王国にいたはずのナノカとコノカは獣の園の魔物に連れ去られて、今はパンサードのところにいる。二人を人質にしてボク達にこんな理不尽な要求を突きつけている。

 どうしよう、怒りが抑えられない。従う必要なんか。


「……言う通りにしよう、リュアちゃん。ここでムキになってあの二人が殺されでもしたら……」

「で、でもこんなのデタラメかもしれないよ!?」

「だから、デタラメじゃなかったらどうするの?! あの子達の命は一つなんだよ! ここは獣の園で完全に敵の支配下! 私達、軽率だった……まさか、無関係な人達まで巻き込んでくるなんて……」


「ヒャッヒャッヒャッヒャッ! 相談もいいが早くしないとあの方の機嫌が変わるかもな? 何せこの国の人間の軍隊どもに降参を促しておきながら、ほんの少し躊躇しただけで気が変わって皆殺しにしたくらいだからな!」


 ボクよりもクリンカのほうが冷静だ。頭を冷やそう、そしてこのディスバレッドをあのカゴに放り投げよう。

 投げやりにそれを行うと、思った以上に大きくて耳障りな甲高い音が鳴った。ここからパンサードの元までとはいかなくても、この一帯には響き渡ったはず。クリンカの後でボクがそれをやったのを確認した二匹の魔物は完全に勝ち誇っている。殴りたい。あんな二匹じゃなく、無関係な人間を巻き込んだパンサードを。この手で。


「……まだ続きがあるね」


"その次は君達に一切の抵抗を禁止する。この獣の園には万を超える飢えた魔物が徘徊しているし、もちろんそれらが襲いかかってくるだろうが反撃は認めない。ドラゴンに変身するのも禁止だ。その状態で徒歩でミズカル城まで来るんだな。そしたら次のお題を用意してやる。

道中での君達の行動はもう一匹の魔物、ブラストキマイラが上空から監視している。もし君達がこれらの禁止事項に触れたら即雄叫びを上げるように指示してある。その時点でゲームオーバーだ。

そうだ、ブラストキマイラを殺そうと試みるのもいいかもしれないな。素手で太刀打ちできるほどヤワな魔物じゃない上に、万が一倒せたとしても当然ゲームオーバーだ。どうやってそんなの知るんだってお怒りかな? まぁ知りたければやってみればいいさ。

特にリミットは設けないがあまりにも遅ければそれもゲームオーバーだ。それでは健闘を祈る"


「獣の園の王、ビーストマスターパンサードより……」

「クリンカ……もう我慢できないよ、こんなの……」


 紙を握るその手が震えているところからして、読んでいるクリンカのほうがもっと耐え難いはずだ。クシャクシャになりそうなその紙を持ったまま、完全に止まっている。


「デモンガルーダ、ミズカル城に戻りな。パンサード様にそれを届けろ」


 豹の魔物の指示でデモンガルーダはまた空へと飛び立っていった。あの方角にミズカル城があるんだろうか。


「というわけだ。内容は理解できたな? じゃあ、始めるかぁ!」


【八つ裂きチータ×2が現れた! HP 760】


 あの二人には悪い事をした。ボク達と関わらなければ、こんな事にはなってなかったかもしれないのに。今頃、怨んでいるのかな。何の戦闘経験もないあの二人からしてみたら、さぞかし怖い思いをしているに違いない。今こうしている間にも震えているはずだ。考えれば考えるほど、胸が締め付けられる。


「なぶり殺しだぜぇぇぇぇ! ヒィィヤッハァァァァァァァ!」


【八つ裂きチータのスピードファング!】


ビーストマスターパンサード。本当にどうしてやろうかな。


◆ シンレポート ◆


そのかみ よこしやがれです

まだ なにか かいてあるです まったく


P.S.

裏切り者のシンもそこにいるんだろ?

たっぷりと可愛がってやるから覚悟しな。




ひ ひいいい

ひぃぃぃぃぃぃやっはぁぁぁぁぁぁぁぁ あはあは あは 

魔物図鑑

【八つ裂きチータ HP 760】

ウイングチータと違って知能を持つ人型の獣。

獣系の魔物の中でも小柄だがその分、地上戦に特化している。

森の中では木々の間を飛ぶようにして戦う為、彼らのテリトリーでは決して戦ってはいけない。


【大食らいの口獣ヒーポ HP 4160】

獣の園の主力、第二大隊の一匹。人型のカバ。

縄張り意識が強く、普段は獣の園内での防衛に徹している。

見た目ほどの鈍足ではなく、凄まじい突進力で獲物に食らいついてそのまま丸呑みにしてしまう。

「どうなると思う?」などが口癖で、相手にプレッシャーを与えて精神的に弱らせようともするようだ。

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