第153話 瞬撃少女 終了
◆ アバンガルド王都 ◆
【リュアはソニックレインを放った!
六六の王×83294に4099367のダメージを与えた! 六六の王×83294を倒した!】
「これで何匹目だろう?」
さすがに60万以上もまともに相手にしていられない。一匹ずつ倒すとなるとボクの体力と根気のほうが先に尽きる。さて、そこでどうするかと考えて編み出したのがソニックレインだ。ソニックスピアの要領で突きを何度も放ち、分散させる。威力はだいぶ落ちるけど広範囲に拡大できるから、こういう相手の時には重宝するスキルだ。
あとはソニックリッパーをたまに混ぜてやれば更に範囲が広がるし、クリンカのスピードフォースがあればもう怖いものはない。もちろん今はスピードフォースをかけてもらっている状態なんだけど、この六六の王。偽者を分散してかく乱してくるから面倒臭い。
【六六の王のテラーボイス!】
さっきからこうやって音の衝撃で攻撃してくる。声のような声じゃないような、象の鳴き声を低くしたような。あらゆる生き物を不快にさせる上に衝撃だけで家々の屋根が剥がれ飛んでいる。
【リュアにダメージを与えられない!】
「うるさいっ!」
【リュアはソニックレインを放った!
六六の王×99173に4209520のダメージを与えた! 六六の王×99173を倒した!】
『オオオオオ……何者ダ……憎イ……憎イ……コノワタシガァァァァァァ』
やっと言葉を喋ってくれて安心した。という事はなんだかんだいって、こいつも意志のある魔物という事になる。魔界というのが何なのかよくわからないけど、奈落の洞窟みたいなものなのかな。でも面倒臭さでは奈落の洞窟にもここまでの奴がいたかどうか。
「戦っているのはリュアか……?」
屋根の上から下を見ると、そこには地べたに座り込んでいる正気を失いかけたガンテツがいた。隣で耳を塞いで転げまわっているグリイマンを見ていると、あの人はやっぱり強い。でも涎を垂らして呆けている姿を見ると、一度は正気を失ったのかもしれない。
熟練のAランク冒険者でさえあの様子だし、あまり時間をかけてはいられないな。もう半分以上、青空が見えているしもうひとふんばり。
「ろくむのおうさま、だっけ? 降参は……しないよね」
『憎イ……憎イ……』
「しないんだねっ! じゃあ、遠慮はしないよ!」
ソニックレインよりも手っ取り早く、大胆に。より広範囲に。考えると今のボクに出来る事は一つしかない。あの時はバスタードソードだったけど今はディスバレッド、威力も反動もどうなるかまったく予想できないのが少し怖くもあった。
別にソニックレインだけで倒せるだろうけど、これはボクにとって一つの試みでもある。自分がどこまでやれるのか、それを知っておくだけでも今後必ず役立つはず。
「空の上にはもちろん、誰もいないよね。だったら遠慮はいらないよね」
あんな顔だらけの化け物に向かって喋ってるわけじゃない。あいつは言葉を喋っているけど基本的にこっちの問いかけにはまったく反応しない。猛獣が唸り声の代わりに言葉を喋ってるだけだ。だから降参なんてするはずがなかった。
反動に備えて力の限り空高く跳ぶ。クリンカに乗らなかったのはその反動がどうなるかわからないからだ。王都がどんどん小さくなるにつれてボクは覚悟を決めた。
「ここから落ちたら痛そうだなぁ……」
さすがのボクも今回ばかりは久しぶりにヒヤリとした。でも、こんな事で死ぬもんか。ボクは今のボクを超えなくちゃいけない、強くなる事をやめるような意志で奈落の洞窟で生きられるはずがない。あそこ以上の相手は今のところほとんどいなかったけど、それなら出来る範囲で鍛えるだけ。
これを乗り越えたら確実にボクは今より強くなる。限界を知って、それを超えようとする度に積み重ねてきたこの力。魔界がなんだって? そんなの知らない。
「ッてやぁぁぁぁぁぁぁ!」
腹の底から、中身が飛び出すんじゃないかと思うほど声を上げた。ソニックスピアの要領で剣を空に突き立てて一気に。
【リュアはソニックインパクトレインを放った!】
耳に突撃してくる破裂音のようなもの。それは長い時間じゃなくて、ほんの一瞬だったけど多分あいつの声以上にボクにそれ以降の音を聴こえなくさせるほどだった。そこにあった顔だらけの暗黒が、消えてなくなった。
放ったボクでさえその速度を認識できなくて、ソニックリッパーの斬撃のようにまったく見えない。六六の王が突然消えてなくなった。そうとしか言いようがない現象を引き起こしたのは紛れもなくボクのソニックインパクトレインだ。
竜神の巨体でさえそのほとんどを消し飛ばしたソニックインパクト、その雨。そんなものを放ったんだから消えてなくなるのは六六の王だけじゃないのは当たり前だ。
【六六の王×484199に360349326のダメージを与えた!
六六の王が完全消滅した! HP 0/666666】
王都周辺の雲が綺麗さっぱりなくなっていた事に気づいたのは力尽きて落下している最中だった。
◆ アバンガルド王都 中央通り 城門前 ◆
「……ちゃん! リュアちゃん!」
気がつくとボクはクリンカに頬をぺちぺちと叩かれていた。涙で濡らしたその顔を見てボクはぼんやりとしながらもあの後、気絶してしまったんだと気づいた。ボクの目が覚めた事でクリンカは暗い穴の底から救い出されたような、どこか眩しそうな顔をしてからまた涙をこぼした。
「クリンカ……ボク、気絶しちゃった?」
「空から落ちてくるリュアちゃんを受け止め切れなくて……大変だったんだよ……」
「皆の前でドラゴンに……?」
「当たり前でしょ!」
「……ごめん」
当然の事を聞くなという意味でクリンカが怒ったわけじゃないのはわかる。ふと見ると周りには見知った人達が何人かいた。五高やカークトン、リッタ達。兵隊やガンテツを初めとした冒険者だけでなく、城下町の住民達がボクを見下ろしている。
「リュアちゃん……また、あのスキル使ったでしょ」
「え、うんまぁ……」
「そうしないと倒せない相手だったの?」
「いや……。でも被害が広がるのを少しでも防ぎたかったし……それにボク自身の限界も確かめたかった」
「それで死んじゃったらどうするの! 強くなりたいとかリュアちゃんなら考えるのはわかってる……。でもね、死んじゃったらそれでお終いなんだよ? もう二度と……冒険できないし……ふぇ……」
すすり泣くクリンカを見ているうちに胸が痛くなってきた。無茶をして困るのはボクだけじゃない、ボクを大切にしてくれる人まで悲しませる。クリンカをここまで泣かせてしまったのはボクだ。こういう時、どうしたらいいんだろう。
「ごめん……」
二度目のごめん。今はこれしか言えない。少しでもクリンカが泣き止んでくれるなら、ボクは何度でも謝る。
「皆を助けたいっていう気持ちもわかるの……被害が広がったらもっと大変な事になってたと思うし……。リュアちゃんがいなくなったら、ていうのは私のワガママだけど。それでも……」
仰向けのボクに覆いかぶさってきたクリンカは力の限り、ボクの胸の上で泣きじゃくった。この震えを感じているうちにボクまで悲しくなってくる。ようやく自分がどれだけ危ない事をしたのか、わかってきたから。
奈落の洞窟ではボク一人だったし強くならないと生きていけなかった。でも今は違う、ここではそれだけがすべてじゃない。今はこんなにもボクの為に泣いてくれる人がいる。ボクは一人じゃない。勝手な行動で誰かを、クリンカを悲しませる事だってある。強くならなきゃ、という理由で危険な事をするのはボクの自己満足に過ぎない。
ボクはそっと、クリンカの後頭部を撫でた。さらっとした金髪をゆっくりと、それが謝罪であるかのように。二度とクリンカをこんなに泣かせたりはしないと、言葉には出来ないけどそう伝えた。
「お願い、もう二度と命を危険に晒すような事はしないで……」
「うん……約束する」
口約束だけの軽いものじゃない。これからもボクは本当にあんな真似をするつもりはない。だってクリンカの泣き顔がこんなにも辛いものだとわかったから。
「コホン、そろそろいいかな?」
周りに大勢人がいるのを途中からすっかり忘れていた。クリンカも我に返ったのか、急ぐようにボクから離れてローブの腕の裾を押さえてモジモジしている。気まずそうなカークトンの様子を見ていると、さぞかし声をかけにくかったに違いない。
「また君に助けられたな。おかげであの異様な化け物は跡形もなく消え去った。これが適切かはわからないが、この場を代表して礼を言う。ありがとう」
「見ろ! お前のおかげでこの綺麗な青空! 雲一つありゃしねぇ! ガッハッハッ!」
ガンテツが大笑いする横で、カークトンが丁寧にお辞儀をしている。それなのにボクだけ寝そべっているわけにはいかない。何とか起き上がろうとしたら、全身に痛みが走ってよろめいてしまった。
「あ、危ないよ。無理しないで……」
クリンカに支えられたボクを訝しげな顔で見る一部の人達。五高だ、カークトンと違った想いを抱いているのは何となくわかる。あの憎たらしいシンブでさえ軽口を叩いてこないところが反って不気味だ。
「邪を払いて少女が天から落ち、竜が救う……」
ボクを杖で叩いてきたあのおじいさんだ。ふるふると震えて驚愕したような表情で立っている。嫌な予感がする。
獣の園戦、ボクのせいで冒険者をやめた人達が大勢いる事を思い出した。それを考えると五高のあの様子も納得がいくし、ボクに対してどんな目でこの人達が見るか。それにクリンカは皆がいるのにドラゴンに変身してしまった。恐怖であの時の記憶がなくなっていればいい、ひたすらそう願うほどこの場が不安でしょうがない。今度こそ追い出されるんじゃないか。嫌だ、ボクはそんな事の為に。
「真の勇者じゃ……邪を払う、そのお力こそ……勇者!」
「あ、あのさ! 追い出そうとしてすまなかった!」
突然おじいさんは一人で熱狂し、ボクを追い出そうとしたあの3人の冒険者が深く頭を下げてきた。それに釣られたのか、拍手の音が大きくなってくる。
「よくわからんが救われたんだな!」
「ありがとう! ありがとう! リュアちゃんバンザーイ!」
「バンザーイ! バンザーイ!」
「これが瞬撃少女だぜー! いいか! お前ら、よーく拝んでおけよ! 俺みたいなチンケな冒険者なんか及びもつかない英雄なんだからな!」
拍手喝采、それに混じってオードが槍を空にかざして信じられない事を言っている。あれだけ調子に乗っていたオードとはかけ離れた、意外な言葉だ。
「レベルは?! どこで鍛えた!」
「どういうスキル!? あれどういうスキル?」
「教えてくれ! 頼む!」
冒険者からは謎の人気だし、この様子だとクリンカがドラゴンに変身したところは忘れてるのかもしれない。詰め寄られてもみくちゃにされて押しつぶされそう。いつの間にか張り付いていたシンなんか、どさくさに紛れてクリンカのローブの中に入っていってるしそれだけはダメだ。後で言ってやらないと。
「ど、どういうって……こう構えてバァァンってやるだけで……」
「つまりどういう事だ?!」
「俺、何となくわかった気がした!」
「マジで?!」
冒険者がボクをよく思っていないなんてウソだった。だってこの様子だと。
「ケッ、いい気になりすぎっしょ」
いや、一部違う。ムゲンは腕を組んで眺めているものの、シンブはあからさまに悪態をついてるしローレルやユユも神妙な顔つきだ。
「どうせ金にモノを言わせて高価な装備でも買ったんだろう。戦いは装備の差で決まるからな」
「ワハハッ! それならお前さんにも同じ芸当が出来るはずだな! 今度、武器を貸してもらって試したらどうだ?」
グリイマンを初めとした、ランクの高そうな冒険者にはあまりよく思われていない。ガンテツの応戦が心の底から救われるような気がした。確かに武器の影響は大きいけど、今度本当に貸してやってもらおうかと本気で考えるくらい憎たらしい。
こういうの、なんて言うんだろう。憎まれているとも違うし、不思議な感情だ。ボク自身もそういうところがあるから余計にそう思う。仮にボクより遥かに強い人がいたとしたら、あの人達と同じようになりそう。
「リュアさん! 助かりましたぁ! 第24小隊を代表してお礼を言いますっ!」
「さっきカークトン隊長がこの場にいる人間を代表したんだけど……」
「いいの! 少しは隊長らしいセリフを言わせなさい!」
リッタと友達、いや部下達のじゃれあいを見てるとどんどん日常に帰ってきたという実感が沸く。さっきまで恐怖に包まれていた町とは思えない活気だ。
「リュアさん、この度は私からもありがとう。うふふ……今度、私もそのスキルを教わっちゃおうかしら」
「ティフェリアさんはあんなにたくさんスキルがあるんだし今更じゃ……」
「遠距離系のスキルはたくさんあるんだけど、さすがにお空の雲まで消しちゃうのはねぇ……」
この人、なんでも大概のスキルは見ただけで真似できるらしい。膨大なスキルの中でもそうやって習得したものがあるみたいで、剣聖というすごい人のスキルも一瞬で盗んだとかすごい逸話がある。どっちかというとボクはそういうのは苦手だ。だからこそ、そういうものに憧れてしまう。
「何の礼にもなってないかもしれんが、二人とも。今日のところは城で休んでくれ、食事もこちらで提供する」
「え、えー、でも」
「いいんですか? お言葉に甘えちゃいます!」
「クリンカ……!」
「わかってる、でもあの件についてはこっちから近づかないとわからない部分も大きいと思うの」
そう耳打ちしてくれて納得した。普通なら殺気を放ってきた相手の申し出なんて断りたいけど、ここはあえてその懐に潜り込む。さすがはクリンカ、と思ったけどどうにもこれはそれだけじゃない気がする。なんだろう。
「ちなみに食事はどんなものが?」
「うん? 何せ今回も国を救ってくれた英雄だからな。粗末な物は出せんよ」
「わぁ! 楽しみです!」
そういう事だった。もういいや、クリンカだし。確かにお城の食事なんて普段は食べる機会がないし、別にいいかな。とにかく疲れたし、早く寝たい。散々寝たけどまだ寝たい。
「こりゃ、何の騒ぎだ? ふぁぁ……」
「もう、いくらなんでも寝すぎですよ! 勇者様!」
「まったくだ、付き合わされる私達の身にもなってみろ」
頭をぼりぼりと掻き、だらしなく大口をあけてあくびをしながら歩いてきたのはアレイドだった。勇者の登場だというのに誰一人として見向きもしない。もしかしたら気づいているのはボクだけなんじゃないか。
「いやぁ、糞みたいな嵐なのに外出る気になんかなるかよ。俺はいつだってそういう日はベッドの中で過ごしたの」
「だからってあんなに何度も……」
「もう一回するか?」
「バカッ!」
「……悪くない」
女の子達二人とこんなよくわからないやり取りをしても、誰も勇者達に気づかない。当の勇者も興味なさげだしボク達としても関わりたくないから、すぐにお城に案内してもらう事にした。
◆ シンレポート ◆
しんは いやな よかんがしたのです
このまま せなかにはりついていたら けしとぶ と
そしたら あんのじょう どかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! そらは きえた!
それにしても りゅあも きぜつするなんて あるですか
べつに しんは あのろくろくのおうに まったく びびってなかったですよ?
ぜんっぜん こわくなかったですよ?
このしんが ゆうしゅうなのは あたりまえです
それが です りゅあが きぜつした
つまり これは しんのほうが あっとうてきに うえ!
ううん なんだか れぽが まとまらない
まさか ろくろくのおうのせいで しんまで
いやいや そんなはずは
だって しんは りゅあさまの ゆうしゅうな あれ
ちがう まおうさまの
しんは しんだ なんちて えひゃらえひゃら
魔界大戦記 図鑑
【六六の王 HP ??????】
魔界大戦記に登場する異形の王。
神に逆らった男が天から魔界に落とされ、そこで人間界の負の感情を集めているバズドラの箱の中に落ちてしまう。人間が捨てた汚い部分を一身に受けた男は憎悪の化身と化した。
男はいくつもの魂を食らい、命を一つ、また一つと得るがいつしかそれは男の感情を消す。
それから数百年後、人間界に現れるが一人の英雄に男の命だけを貫かれて消滅してしまった。
各著者が書いた物語によって結末や内容が異なり、不浄な魂を浄化して男は元の人間に戻ったものも存在する。




