第152話 瞬撃少女 その6
◆ アバンガルド王都 城門前 ◆
貼り付けにされて手足に杭を打ち込まれている男、その両足にすがりつくような二人の女、その腰辺りから伸びる棒のようなもの。その棒の先には巨大ムカデみたいな虫の背中に繋がっている。どう言い表していいのかわからないというより、言い表せない。
見れば見るほど気味の悪いこの魔物はどうやらガノアスみたい。今まで倒した十二将魔みたいに変身したんだろうけど、こいつに関しては魔物とすら呼びたくない。なんかこう不快感が先に来るような、まさにおぞましいという言葉がピッタリだ。
「私も少しはいいところ見せないと、お給料もらえなくなっちゃうわ」
マスターナイト、ティフェリアは闘技大会の時ですら本気を出してなかった。というより、本気を出す前に決着がついた。だからこの人が100以上の剣技を扱うと言われているのも、よくわからない。獣の園の時ですらほとんどスキル一つで戦ってたし、ありきたりな言い方だけど底が知れない人だ。
「では……参りますよ?」
【ティフェリアはワンテンポ・キルを放った!】
【ティフェリアのソードワルツ!】
【ティフェリアはサウザントスライスを放った!】
【ティフェリアはスプラッシュソードを放った!】
【ティフェリアは狂真紅月を放った!】
【ティフェリアはデッドオアデッドを放った!】
【ティフェリアはプラズマ波斬を放った!】
【ティフェリアはプロミネンストラストを放った!】
【ティフェリアは大豪切斬を放った!】
【ティフェリアはパニッククラックを放った!】
【ティフェリアはスクリュードライブを放った!】
すべてが同時だった。溶岩の槍、回転する剣、水しぶきのような剣、踊るティフェリアさん。更にスキルが増えていく。あのよくわからない生物は大人3人分以上の大きさがあるけど、ティフェリアさんのスキルはそれさえも飲み込む勢いだ。
溶岩の槍に電撃が纏わりつき、それが踊るようにしてあいつを取り囲む。全包囲からのスキル総攻撃。更にその過程で更にスキルが増えていく、回転して踊るような剣舞にボクはすっかり見とれてしまった。
【深淵より出でし混沌ガノアスに16169のダメージを与えた! HP 50497/66666】
「あらぁ、かたーい。ねぇリュアさんもロエルさん、手伝ってちょうだい。あんなの私一人の手には負えないわぁ」
「い、いや別にさぼってたわけじゃ……」
「リュアさんなら楽勝でしょ」
背筋に何かが走った。いつもの間の抜けたティフェリアさんの口調じゃない、早口でそれでいてよく聞き取れる冷たい声。口元がかすかに歪んで、ボクを嘲っているようにも見える。意地悪く目が据わっていて、まるで別人のようだった。
「……ティフェリアさん?」
「はい?」
「何でもない……」
確認をとったところでどうしようもない。ボクが悪く受け取ったせいかもしれないし、考えてみたらボクはこの人の事をほとんど知らない。だったらそういう一面があるのかもしれないから、気にしてもしょうがないか。
「リュアちゃん、アレ倒せる……? 私、触りたくない……」
「触らなくてもクリンカは杖の炎があるでしょ……まぁボクがやるけど」
【リュアの攻撃!】
ソニックリッパーだと加減を間違えれば中央通りにまで被害を与えてしまう。あの綺麗な並木だって破壊したくないし、町の中での戦いだと無茶が出来ないんだなと今更ながらに思った。だから軽く跳び、体を半回転させながらゆっくりと斬り裂く。斜めに一刀両断されたあの不快な魔物から男とも女ともつかない悲鳴があがった。
【深淵より出でし混沌ガノアスに4396480のダメージを与えた!】
深淵より出でし混沌ガノアスを倒した! HP 0/66666】
「アア゛アア゛ァァァッ!」
欠片も残さずに斬り刻み、消し飛ばす。再生でもされたら厄介だ、奈落の洞窟でも肉片一つから完全に再生した魔物がいたし、こいつもそんな感じがしたから。完全に消滅させればどんな奴だって再生も出来ない。
「速度アップ魔法で支援しようと思ったら、そんな必要もなかったね。どうにかしてリュアちゃんの役に立ちたいなぁ……」
「そんなの気にしなくていいよ。クリンカには普段から助けられてるし」
「そ、そう?」
「うん、いちいち例を挙げたら切りがないくらいにね」
「え、えーへへ……」
杖を両手で握って半回転する仕草はクリンカがうれしい時によくやる。不機嫌な時には頬を膨らませる。子供の頃から何一つ変わってない。出会った時に気づいてもよさそうなのに、ボクは気づかなかった。あれから10年も経ってるし無理もないとは思うけど、今はちょっぴり悔しいなとは思う。
なんて安心していたらシンが背中をつっついてくる。いや、つっつくというよりは突き刺すといったほうが近いかもしれない。どうも、この子はボクに対して容赦がない。
「なに安心してるですか! あいつは……いや、あいつらはまだ死んでないのです!」
見ると、完全に消したはずのさっきの異形な魔物が姿を変えて陽炎のように揺らいでいる。さすがにこれには息を呑んだ。この瞬間、ボクは直感した。こいつはただの魔物じゃない。いや、魔物かどうかすら怪しい。
【深淵より出でし混沌ガノアスが現れた! HP 66666】
「ええー?! なんでぇ?!」
「うーん、なんだろう。この手の魔物となると本体がどこか別の場所にいたりするんだけど、どうもそうじゃない気がするよ」
「あらぁ……リュアさんで倒せないなら、私の手にも負えないわね。これは困ったわ」
困ってなさそうな間延びした口調で言われたら、絶対この人は危機感なんて抱いてないと思える。その証拠に構えすら解いてるし、完全にボクに丸投げする気だ。
いや、気のせいならいいんだけど何だか観察されているような。ウフフ、なんて笑いながら細めた目の奥から鋭い視線を感じる。ふと、カークトンやムゲンの殺気の件を思い出した。ボクの気にしすぎだと思いたい。
「シン、こいつどうなってるの?」
「ガノアスは……禁忌に手を出してしまったです」
「きんき?」
「これは罰なのです、魔王様の目を欺いてあんなものを呼び出した罰……あんな、ものを……」
シンの震えが大きくなってきた。一体何を知ってるのか、今一わからない。あんなものを呼び出したって一体。
【深淵より出でし混沌ガノアスはストンピィワイヤーを放った!】
なんて油断していたら、いくつあるかわからない男女の口から鉄の細い刺々しい線が飛び出した。周囲を無差別に攻撃するつもりなのか、これは放置したらまずい。
被害が広がらないように周囲を高速で包囲しながら鉄線を斬り裂いてもその動きは止まらないし、こうなったらもう一度倒すしかない。
「頼むからこれで倒されてよ!」
【リュアの攻撃!】
さっきよりも思いっきりディスバレッドを振った。使っていて気づいたけどこの剣、ボクが追加効果だと思っていたあの爆発がなくなっている。単に不安定だからあんな事になっていただけなんだと、改めてボクはハンスに感謝した。おかげであの程度の相手なら、触れるだけで何の感触もなく斬れる。前にクリンカの横で料理の手伝いをした時にすごく柔らかい肉を切った事があるけど、あれよりも断然斬りやすい。ぶつ切りにしてと言われたのに、いつもの要領で塵も残さず斬り刻んだら烈火のごとく怒られた。おかげであれから二度と手伝いをさせてもらえない。
【深淵より出でし混沌ガノアスに46004914のダメージを与えた!】
深淵より出でし混沌ガノアスを倒した! HP 0/66666】
「今度こそ……!」
「オ゛アァァァァァァァァァ!」
【深淵より出でし混沌ガノアスが現れた! HP 66666】
何もない空間から揺らめいて這い出てくるように、異形の魔物は何事もなかったかのようにまた姿を現した。今度は裸の男女が絡み合っているような、そこへ獣が食らいついているような。もう何て言っていいかわからない姿で。
「……もしかしたらアンデッドかもしれない。私、やってみる」
クリンカの体が淡く光り出し、幽霊船で見せたような光景が広がる。でもあの異形の魔物には何も変化がない。つまり、あいつはアンデッドですらない。こうなったら復活しなくなるまで攻撃し続けるしかないのかな。ボクの体力が持つかどうか。
「あいつは……あいつは……」
「シン、あいつは何なの?」
「ガノアスはあいつに取り込まれたです……シンは偶然、見たのです。ガノアスが魔界から何かを呼び出す儀式にふけっていたところを……魔界は……絶対に触れてはいけないのです。
人間の世界では魔界は架空の世界と思われてますが……実在するのです。するのです!」
「マカイ?」
「ガノアスは手を出してはいけないものに触れてしまったのです! なんてモノを連れてきたですか、ガノアス! 人間がわざわざ蟻の巣を潰そうなんて思わないのと同じで……魔界もこっちから触れなければ問題ないのに! リュア! どうしたらいいですか! シンは……シンは怖い、です」
するするとボクの背中から正面に回ってきてすすり泣き始めたシン。魔界というものをどれだけ怖がっているか、そしてあいつに対する恐怖がひしひしと伝わってきた。こういう時、やっぱり抱きしめたほうがいいのかな。
「魔王様でさえ恐れる魔界ですよ……? そんなところから来たあいつ……あいつは、六六の王……666666の命を持つといわれている……人間界にも架空の存在として伝えられてるはずです……」
「わっ! それって小さい時に絵本で読んだ事がある! 66万の命を持つ王を英雄が倒すお話! 子供心ながらハラハラして読んだ事があるけど……じ、実在したなんて」
「66万?! それってつまり、あいつが66万人もいるって事?」
「頭の悪い解釈ですが、そうなのです……」
なんでそうやってすぐ馬鹿にするの。もうホント、助けてあげないよ。
「六六の王……そんな奴がガノアスにとりついちゃったんだ……」
「馬鹿な奴です……そんな事しなくても、十二将魔の中でもトップクラスの実力なのに……影薄いけど……」
「クリンカ、その絵本の中ではどうやって倒してたの?」
「確か、一つだけ六六の王本来の魂があってそれを突いて倒してたよ……それで」
「ボワァァァァァァァァァァァァァァァ!」
【深淵より出でし混沌ガノアスの姿が変化する!】
煙のようにガノアスの頂点から噴出した黒い何か。それがアバンガルド王都全体を覆うのに数秒とかからなかった。
「わっ! さっきまで晴れてたのに……」
まるでいきなり夜が来たような暗さだ。それもこれも空一杯にあの気持ち悪いのが広がってるんだから、いよいよまずい。五高や歴戦の冒険者、兵隊ですらあんな状態なのに普通の人があれを見たらどうなるか。
「いぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「わぁぁぁ! ああぁあぁあああああ!」
「あわ、あわわ! アアァッ!」
空を見上げて失神する人や放心状態になった人、痙攣してる人達で中央通りは埋め尽くされた。こんな状態なのにボクは何をやっているんだ。もうこの場であれをどうにか出来るのはボク達だけだ。
『人の世……オイシイ……食ベル……』
今まで聴いてきた誰よりも低く、くぐもった声。人の顔面やいろんな生き物で埋め尽くされた空はボクでさえ、見てるだけでうんざりする。
「あの中に本物の魂があるのかな」
「絵本だと六六の王の声を英雄が聞き分けて、本物を見極めていたよ。現実的じゃないよねぇ」
「いいよ、そんなの」
きょとんとしたクリンカとティフェリアさんを無視して、ボクは決心するようにディスバレッドをより力強く握る。
「いいよって……いい方法でも思いついたの?!」
「無理です! 器であるガノアスを斬った事によってあいつが出てきたのです! リュアは……事態を悪化させただけなのです! もうお終いなのです! なのです! わぁぁぁぁん!」
パニック状態で張り付かれると、うるさい。とにかく今はガノアスが自分の為にあんな化け物を呼んで、こんなひどい事態に陥っている。腹が立ってきた、というよりもう腹が立ってる。馬鹿なガノアスも許せないし、あんな感情もないような化け物に好き勝手にされている状況も。
「リュアちゃん、どうするの?! あんなの、どうしようもないよ!」
「たった600000でしょ?」
そう、たった60万。
『ワレハ王、ワレハ王、ワレハ王、ワレハ王、ワレハ王、ワレハ王、ワレハ王、ワレハ王……』
【六六の王×666666が現れた! HP 666666】
「60万回、斬る」
他の三人に何かを言わせる前にボクは行動に出た。




