第151話 瞬撃少女 その5
◆ アバンガルド王都 城門前 ◆
【ガノアスはファイアブリッドを唱えた!】
奴の魔法の発動の瞬間すら俺は認識できない。だが五高は違った、すでに手を打っていた。何故俺がそれを理解したか。それは奴の魔法が五高に届かなかったからだ。虹色のバリアの前でかき消える炎、その結果だけが俺の目に写った。
【ユユはレインボーバリアを唱えた!】
【ローレルは勇み足の音色を奏でた!】
「私の音色でレインボーバリアは強化された。もう属性魔法なんて届かないよ」
長い髪を揺らしながら五高の一人、ローレルは悠然と言い放った。細い指で奏でている音色はまるで兵隊が一定の歩調で行進しているかのようにも聴こえる。聴いているこっちまで勇気が沸いてくるかのようだ。
いや、あいつの説明の通りなら俺には何の効果もないんだが。それでもこれだけ気持ちを高ぶらせてくれるという事は、それだけローレルの奏でる音には人の心を揺さぶる何かがあるという事。スキル抜きにしても、あいつにはそれだけの力があるというわけだ。
「なるほど、これが最高クラスの人間か。烏合も集えば巨鳥となりえるよなぁ、クワッハッハ……」
あいつの笑いからして、あくまで攻撃手段の一つが封じられた程度でしかないとよくわかった。俺にだってわかる、あいつはまだまだ何かを隠していると。それも、この場を震撼させるようなとんでもない切り札を隠し持っているような気さえする。
「すぐにその口が開けんようになるぞ……ムゥンッ!」
【ムゲンの羅刹闘気!】
ハゲのおっさんの全身から淡く黄色い煙ともつかないようなものが溢れ出る。ああいうのをオーラっていうんだろうか。何にしても見てるだけで寒気さえする。そしてあの宙に浮いている数珠、おっさんが首からぶら下げていたヤツだ。一つ、一つに意志が宿っているかのように上下左右に揺れている。
「何をしようと無駄だ、デモンガーディアンは破れん」
「ならば、試させてもらおうかッ!」
【ムゲンの羅刹呪縛! デモンガーディアンは金縛り状態になった!】
「ギギッ?!」
あれだけ強固だったデモンガーディアンが情けない鳴き声をあげて、突然動かなくなった。さすがのガノアスも異変を感じたらしく、二匹を交互に見比べる。
「これは……奇怪な」
「恐らく麻痺耐性があろうその悪魔二匹とて、呪縛からは逃れられん。悪いが決めさせてもらう」
【ムゲンの千手鳳凰拳!】
「むぉぉっ!」
ガノアスの情けない悲鳴が聴けるのも、ムゲンの迫力あってのものだろう。ただのラッシュと言ってしまえばその通りだが拳一つ一つが重なり、まるでムゲンの腕が千本もあるように見える。それらがガノアス目がけて高速で繰り出されるのだから対応できるはずがない。
見たところウィザードに近い魔物のようだし、これじゃさすがのガノアスも一溜まりもないだろう。ガノアスの全身に拳がまったく間隔を空けずに打ち込まれる。
【ガノアスに3221のダメージを与えた! HP 5279/8500】
「こ、このッ!」
「睨み返してる暇なんかないっしょ」
【シンブの冥殺!】
いつの間にかガノアスの背後に回り込んでいた、ひどい服装センスの男シンブ。ガノアスの背中から血が噴き出したと思ったら、今度は前の胸辺りにも斬り傷が水平に広がるようにして表れた。もうどういうスキルなのか、俺には理解できない境地だがこれが五高なんだろう。
【ガノアスに1296のダメージを与えた! HP 3983/8500】
「頭に……乗るなァァァッ!」
【ガノアスのフェイタルブロウ! シンブに1095のダメージを与えた!
シンブは倒れた! HP 0/564】
「ヅッ!」
ガノアスの右手がシンブの胸を貫く。手応え有り、ニヤリと笑うガノアスが勝利を確信している。五高の一人Aランク3位、"ファンシーキル"シンブが殺された、もうダメだ。しかし、シンブは俺達がそんな絶望に陥らせる暇さえ与えない。
貫かれたシンブの他にもう一人のシンブがガノアスの背後に落ち立ち、頭から縦にまるでハムでもスライスするかのように裂いた。
【シンブの即冥殺! ガノアスの息の根を止めた! HP 0/8500】
「お前みたいな、すっとろい奴が一番やりやすいっしょ。即死耐性だけにかまけているからそうなるっしょ」
「フフ、シンブさんの即冥殺は即死耐性すらも無視しますです事よ」
裂かれたガノアスの背後でシンブは両手を逆手にして、敗者であるガノアスを愚弄する。解説をこなしたユユは昼食後のひとときでも楽しむかのように優雅な雰囲気に満ちていた。
つまり、だ。こいつらにとっては魔王軍幹部ですら敵じゃない。そういう事になる。さっきまでリュアが晴天を取り戻すという離れ業をやってのけたのに、すでに周囲は五高の鮮やかなパーティプレイに魅了されていた。
いや、どう見てもリュアのほうがすごいだろ。そう言いたくはなるが、考えてみれば当然の事だ。何が起こったか理解できるものとそうでないもの、人はどっちを賞賛するか。それでいて見た目が美しければ、それだけで人の心を掴む。ここにいるティフェリアや五高クラスの強者なら、リュアに対しては速すぎるという認識が持てるかもしれないが俺を含めた他の凡人にそれはなかなか難しい。
「不甲斐ない姿を見せて申し訳ない。本来ならば国を守るのは我々役目だというのに」
「なんのなんの、カークトン殿やその部下達も立派に国を守った。それより安心するのはまだ早い、残った魔物達を処分せねば」
「そうですな……おや?」
カークトンや皆がソレに気づいたのはほぼ同時だった。死体になったガノアスの体が大きく痙攣し、収まったかと思うとまた痙攣。一安心といったところで、またこの場は緊張状態へともつれ込んだ。そこでさすがは五高、その異変に胸騒ぎがしただけの俺達とは違う。すでにそれに対して攻撃を仕掛けた。
「おのれ、まだ息があったか!」
「即冥殺で仕留め切れないなんて初めてっしょ」
【ムゲンの攻撃!】
【シンブの攻撃!】
「……完成化」
二人の攻撃は完了しなかった。二人の反応速度を上回ったガノアスの異変、あの死体から何か鋭利なものが飛び出してくるなんて、さすがのムゲンやシンブも予測が出来なかっただろう。針金のような鉄線が無差別に攻撃を開始すると同時にユユが何らかの防御魔法を唱える。物理障壁か何かが兵隊や冒険者達を包み込みはしたものの、鉄線の狙いは俺達じゃなかった。というよりも、不規則に荒れ狂ってる。
ガノアスの死体から鉄線が何本も突き出て、今度は背中を裂いて大腕が飛び出す。死体を完全に千切り飛ばして出てきたのは大腕が生えたムカデだった。間髪入れずムカデの背中からさび付いた巨大な十字架が飛び出し、そこへきて手足に杭を打たれて貼り付けになっている全裸の男だ。男はその両目にも杭を打たれて大量の血を流している。
「なんだよ……これ」
理解が追いつかない。いや、腹の底から湧き上がってくる否定しようのないこの感情、間違いなくこれは恐怖だ。足がすくむとか腰を抜かすだとか、それさえない。その恐怖を受け止めるだけの自分がここにはいない。半ば、気絶寸前で立ち尽くしているようなものだ。とりあえず、体中の震えがまったく止まる気配はない。
「あ、あらぁ……これってぇ」
あのティフェリアですら戸惑っている。そんな状況なのに俺が正常でいられるはずがない。
気づけば俺は内臓を搾り出す勢いで悲鳴を上げていた。悲鳴の大合唱、あの屈強な兵隊や冒険者までもが絶叫している。
「あのぉ、皆さん落ち着いて下さい」
ただ一人、ティフェリアだけが指を耳に突っ込んでいる。この絶叫の大合唱という異常事態も、彼女にとってはその程度の事でしかない。つまり、戦えるのは彼女だけだ。いや、五高もかろうじて脂汗を流しながらも堪えている。しかし、それだけだ。戦えるとは言ってない。
「デビルマスター、ガノアス……いや、こやつは何なのだ?!」
「「「悪魔だ」」」
老若男女が重なった声がムゲンの疑問に答える。もはや何者でもない、その声。いや、悪魔だ。こいつは悪魔以外あり得ない。俺達が恐怖しているのは悪魔だ、悪魔という名の恐怖だ。
「悪魔とは個に有らず」
今度はまた別の声だ。
「人は何かに脅かされた時、それを悪魔とする。それが悪魔だったりそうだったり或いは悪魔でもあったならそうかもならない遊び殺し死る事ヲ権利それが死悪と魔悪魔アクマ悪魔だから一つではない有らず非ず予めあくあくあく魔マ」
貼り付けにされている男が喋りだしたと思ったらその下にいるムカデが、その足から伸びる生首が。縄を首にくくりつけられている女が。十字の頂点から生える腕が、そこについている口が。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
限界だった。どうやら俺の脳はこいつを許容できないらしい。そういえば聞いた事がある。人は理解不能なものを視界に入れた時、それを認識できずに自我が崩壊すると。俺もちょうどそんな感じなんだろう、つまりここで終わりって事だ。
◆ アバンガルド王都 城門前 ◆
「あ、あ、あぁぁぁぁあぁぁああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「うぉおおおおおおあぁぁぁぁ!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「くるなくるなよるなぁぁわああああああああああああ!」
【オードは恐怖状態に陥った!】
【リッタは恐怖状態に陥った!】
【イリンは恐怖状態に陥った!】
【シュリは恐怖状態に陥った!】
【カークトンは恐怖状態に陥った!】
「ぬ、ぐぅぅ……!」
「ありえないっしょ、そりゃないっしょ、俺はシンブ、Aランク3位にして」
【ムゲンは気合いで耐えている!】
【ユユは気合いで耐えている!】
【シンブは気合いで耐えている!】
【ローレルは気合いで耐えている!】
「これは速やかに決着をつけなければいけませんわねぇ。ねぇガノアスさん」
【ティフェリアは平然としている!】
これは一体何がどうなっているんだろう。耳を塞ぎたくなるような大絶叫の嵐だ。カークトンや兵隊達がまるで子供みたいに駄々をこねるように座り込んで耳を塞いでいる。首を左右に振ってイヤイヤとでもするように、涙を流している。
「リュアちゃん、アレなんなのぉ……?」
「き、気持ち悪い……多分アレのせいだと思う」
「あー、アレは……ガノアス、完成化しちゃったですか」
ボクの肩からひょっこりと顔を出したシンはあの醜悪な化け物とも言い難い何かを指で差した。泡を吹いて倒れている人達もいるし、どう見ても普通じゃないのはわかる。
「警告するです、アレを倒せばもっとひどい事になるです」
「なんで? 何か知ってるなら教えてよ」
「それは……言えないです」
「なんでさ! シンはやっぱり悪い子なの?」
「言えないです! 言えないです……」
アレの影響かわからないけどシンまで涙腺が緩んでる。また漏らされたらどうしようとほんのり考えちゃったし、これ以上追求はしないほうがよさそう。
「リュアさんにロエルさん、アレをどうにかしたいのよね。でもね、ちょっと私だけじゃ危ないかもしれないのよ」
「わかってる、一緒に戦おうよ」
「あらあら、話が早くて助かるわぁ。でもね、また私鎧置いてきちゃったの。アレがないと本気出せないのよねぇ」
「闘技大会の時も獣の園が攻めてきた時も忘れてなかったっけ……」
ボクからしたら戦いに必要なものを忘れるなんて神経が信じられない。それでも、この人が今日まで生きているという事はそんな間抜けな話も実力を裏付ける事実になってしまっているのが何ともすごいというか。
見た感じ、今まともに戦えそうなのはこのティフェリアさんだけだ。あそこにいるムゲン達は完全に固まってるし、今は放っておくしかない。
「ウフフ、お二人と共同戦線ですか。アレが何なのかはひとまず考えないようにしましょう」
「え、ガノアスだよね?」
「考えちゃダメなのです! あいつを理解できずに崩壊した奴らがそこにいるです!」
「と、いう事で参りましょうか」
シンの存在にも突っ込まずにティフェリアさんは悠然とトワイライトブリンガーを水平に構えた。シンの言ってる事が気になるけど、倒さない事にはどうしようもない。
「リュアとクリンカ、悪魔とは悪魔ではあらずあくまで中にいる事を悪承知マして魔」
【深淵より出でし混沌ガノアスが現れた! HP 66666】
【深淵より出でし混沌ガノアスが現れた! HP 66666】
【深淵より出でし混沌ガノアスが現れた! HP 66666】
【深淵より出でし混沌ガノアスが現れた! HP 66666】
【深淵より出でし混沌ガノアスが現れた! HP 66666】
何となくわかる、こいつは一匹じゃない。それどころか。
◆ シンレポート ◆
しんは みてしまったのです
あのひ がのあすが
あれを あれを あ あれを
しんは いえないです いえば しんは きっと




