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第149話 瞬撃少女 その3

◆ アバンガルド王国 上空 ◆


「すごい雨嵐!」


 地上でさえものすごかった暴風だし、空中となるとそれに拍車がかかる。でもこの場合、面倒なのは雨だけだ。雨は濡れるし後で服も乾かさないといけない。雷に打たれたところで痛くも痒くもない、ボク達に脅威を感じさせるならダイガミ様の神雷クラスの雷が乱れ飛んでいるくらいやってほしい。

 この暴風にしても、竜神が暴れ回っていた時と比べたらそよ風と変わらない。竜神はあの存在だけで天災と言わしめるだけの脅威はあると思う。まぁ実際、世界を滅ぼせるほどの力を持っているんだけど。


「クリンカ、もう少し進んだほうがいいんじゃない? 嵐の起点というならここじゃない気がする」


 シンによると、敵はエレメントマスター・ルネド。精霊という目に見えない存在を操り、天候まで操るというよくわからない奴だ。でも大陸くらいなら滅ぼせるほどの力を持っているみたいで、その証拠がこの大嵐。攻撃範囲なら十二将魔の中でもぶっちぎりで、そいつが存在するだけでアバンガルド王都も混乱状態だ。

 そいつの居場所を探すなら、嵐の激しさを参考にするしかない。そいつに近づくほど天候は大荒れで、離れるほど静まっていくみたい。でもこの大荒れなら確実にこの近くにいる。


「ルネドに戦いを挑むですか? あいつは今までの将魔とは毛色が違うです、リュアじゃ絶対に倒せませんです!」

「そんなに強いの?」

「強いとか弱いの問題ではないのです。まぁ、会えばわかるです。ふふふーり」


 自分の事でもないのに得意げになってる子供にムキになるほど、ボクは子供じゃない。だからこうやって、振り落とす振りをするだけだ。甲高い悲鳴がちょっと可哀想に思えて、しかもまた漏らされたらたまったものじゃないとやった後で思った。


「私をお探しですか?」


 風や雨の音でボクとクリンカのお互いの声すらなかなか届かないほどなのに、そいつの声だけはハッキリと聴こえた。空から地上まで延びる一本の竜巻、ねじれるように回転して一定の形を保っていない。だけどその中心に腕を組んで堂々たる態度で浮く人型。よく目を凝らしたら、それが全身が水色一色で統一されている裸の女の人だとわかった。だけど髪は身長の何倍もの長さがあり、それが竜巻の回転に従って渦を巻いている。


「あ、見つけた! ルネド!」

「初対面の相手に失礼な物言いですね。まともな教育を受けてこなかったのがよくわかります」

「まともな教育を受けた人は大嵐を起こしたりしません!」


 ボクが言い返せなくて頭に血がのぼった頃にクリンカが反撃してくれる。意識しているかはわからないけど、最近のクリンカはボクが困っている事を見透かしてすかさずフォローしてくれてありがたい。

 ルネドはクリンカの口撃(・・)なんて聞き流すかのように、竜巻の中で揺られている。綺麗な裸体を見せ付けるかのように背伸びをした後、ルネドはようやくボク達を見据えた。


「噂は聞いていますよ、瞬撃少女リュアに竜姫」

「りゅーひめ?!」

「すでにカシラム王国内の一部ではその噂で持ちきりですよ。瞬撃少女に付き添う竜のお姫様……フフ、素敵ですこと」

「カシラム王国に行ったの?! まさか……」

「ご心配なさらずとも、手を出してはいませんよ」


 丁寧な言葉とは裏腹に、ボク達を馬鹿にしている態度を隠そうともしない。女の十二将魔といえばラフーレが思いつくけど、あっちとは正反対だ。実力は見た感じ、この大嵐を踏まえてもラフーレと大差ないように思える。攻撃範囲は確かに段違いだけど、ラフーレのあの巨大植物形態も負けてない。


「とにかく、この大嵐を止めてくれないなら倒すよ」

「どうぞ、ご自由に……フフ」

「余裕だね、他の十二将魔なんてボクの相手にもならなかったのに」

「十二将魔というカテゴリでくくり、実力をすべて同一視する……浅はかな思慮でよく今日まで生き残ってこれたものですね」

「だっておばさん、あのラフーレと同じくらいの強さでしょ?」

「あんな小便臭い小娘と一緒にしないで下さい。私なら完成化(エンド)せずとも、あんな小娘程度なら完封できますよ」

「ふぅん……」


 何か罠を用意しているか探ってみたけど、どうもそんな様子もない。単純に自分は負けないと思い込んでるだけだ。息をつく暇もなく終わらせてやる。


【リュアはソニックリッパーを放った!】


 真空の斬撃がルネドを覆う竜巻ごと引き裂き、真っ二つ。分散したルネドの体はすぐに塵も残らず、空中へと消えていった。


「終わったね。これで嵐も止むはず」


「力強い一撃のようですね、しかし無意味です」


【ルネドにダメージを与えられない!】


 消し飛んだと思ったルネドの分散した肉片が集まり、絡み合いながら元の体を形成した。まるで何事もなかったかのようにルネドの体には傷一つない。例えるなら水に何かが落ちても、すぐに波紋が収まって元の水面に戻るような感じ。

 驚いてあげるべきなのか、ルネドはすでに勝ち誇っている。自信満々だったボク達の顔が絶望にまみれるのを期待している。竜巻の回転に合わせてくるくると楽しそうに回り、ルネドは冷笑した。


「リュ、リュアちゃん……効いてないよ?!」

「そうみたいだね。やっぱり実体がないのかぁ」

「実体がない?」

「うん、たまにいるんだよね。雲とか火とか、形のないものが魔物化した魔物。そういう相手にはいくら剣で斬っても無駄なんだよ、クリンカ」

「うえぇぇぇぇ?! それじゃリュアちゃんでも勝てないの!?」

「魔法なら効く場合があるけど、ボク苦手なんだよねぇ」


「フフフフフフ、これまでの功績で思いあがった子供らしくて微笑ましい。まさか相手が自分より強いとは思わなかった、そんな顔をしている。フフフ、愉快愉快。アーッハッハッハッ!」


 です、ますで丁寧に喋っていたのにいきなり口汚くなった。髪をかき上げてから腰に手を当てて、最高に格好つけている。もしかして今のでボクが諦めたとでも思ったんだろうか。


「すでに私は完成化(エンド)済み! まずは手を抜いて様子見なんて馬鹿のする事! さぁ、どうします? どぉぉしますぅぅ?」


【暴嵐の化身ルネドが現れた! HP 50700】


 目の前にいたルネドが気がつけば至る所にいた。一人や二人じゃない、数十人。その中の何人かが透明になり、透けたと思ったら風の刃になって襲ってくる。暗雲が巨大なルネドを形作って、その両手から雷が放たれる。

 こいつは嵐そのものになっていた。雨を降らせる暗雲も雷も暴風も、これら全部がルネドなんだ。ジーチの巨人やラフーレの巨大植物よりも遥かにスケールが大きい。何せ実体がない上にとてつもなく広い、いってしまえばこの空間すべてがルネドなんだ。


「さてさてさて、いつまで持ちますかね? 逃げてばかりじゃありませんか!」


【暴嵐の化身ルネドのキルユーストーム!】


 雨が鋭く尖り、雷が一斉に放たれ、竜巻がボク達を囲む。尖った雨粒と雷すべてが暴風と一緒になってボク達に集中砲火を浴びせる。


「太古の昔、人は災害にあった時にひたすら祈った! 天に許しを乞い、時には生贄を捧げた! 災害を神の怒りとして、人々は恐れたのだ! つまり災害に抗うという事は神に背くのと同じ! さぁさぁさ」


【リュアとクリンカはダメージを受けない!】


「チクチクするなぁ。あまり気持ちよくない」

「えへ、こんなのへっちゃらだよ。だって私、ドラゴンだもん」


 何か必死に喋ってたのがぴたりと止まった。確かに轟音だけでも城下町にまで響いたし、それだけならどこかに大きな雷でも落ちたのかと思うところ。つまり、皆に恐怖を与えるには十分すぎる。でも、くどいようだけど雷でボクにダメージを与えるなら。


「ダイガミ様の神雷くらいものじゃないと全然効かないよ、こんなの」

「ダイガミですって? あんな辺境の土地神風情と一緒にされるとは心外ですね!」


【ルネドのトルネードアウェイ!】


 狙いはただ一つ、この下に大勢いるアバンガルド城下町の人達にボク達の活躍を見てもらう事だ。逃げ回ってここまで誘き寄せる作戦だったんだけど、こんなに大きかったらそんな必要もなかった。

 尖った雨粒が竜巻の中で回転し、それに雷まで加わった攻撃がボク達を飲み込む。ルネドがたくさんいるけど、あんなのは無視。この大空や空間すべてがルネドだっていうなら、それごとどうにかすればいいだけ。


【リュアとクリンカはダメージを受けない!】


「ルネド、実体がないから攻撃が絶対効かないって思ってるでしょ。はずれー、ちょっとコツがいるけど、斬れるんだよ?」

「言うに事欠いて戯言を! これだから子供は嫌いなんです!」


 なんで魔法ならダメージが与えられるのか、ずっとわからなかった。今でもよくわかってないけど。だけどこうすれば斬れるとだけは知っている。


【リュアはソニックリッパーを放った!】


 ディスバレッドでのソニックリッパーの大きさは半端じゃなかった。三日月型の斬撃があの巨大な暗雲に見劣りする事のない大きさだ。それが空気を斬り裂き、黒々とした雲を裂く。


「ガッ……アァァッ?!」


 周囲にいたルネドの動きが今度こそ停止した。一人ずつ水しぶきみたいに拡散して空中に溶け込むように消滅していく。荒れ狂っていた暴風もそよ風になり、そして無風になる。


「そ、そんな、この、ワダシ゛カ゛ァァァ……」


【暴嵐の化身ルネドに5294543のダメージを与えた!】


 暗雲が真っ二つになり、青い空が顔を覗かせた。日の光が差し込み、暗黒の世界に希望が訪れたようにみえる。


【暴嵐の化身ルネドを倒した! HP 0/50700】


「わぁ、やっと晴れた!」


 暴風、大雨、雷、そして暗雲が立ち消えて残ったのは光があるいつもの日常だ。照りつけるお日様がどことなく暖かい。それから吹いた風は、ルネドのものじゃないとわかるほど優しかった。


◆ アバンガルド城下町  中央通り ◆


「や、やりやがったぞ! あいつら!」


 ガンテツやリッタとかいう兵士があの大嵐の中、わざわざ安全を確保してまでオレ達に見せたかったのはこれだったのか。一人の女の子が竜にまたがり、暗雲を斬り裂いて天候を取り戻した。それはこの場にいる大勢の人間が見ていた事だ。そして予め、あそこで瞬撃少女が戦っているとリッタが叫んだおかげで誰もがあれがリュアだとわかっている。


「ほ、本当に嵐が止んだ……あの少女が救ってくれたのか?」


「はい! あれがリュアさんです! リュアさんは災いをもたらしてなんかいません!」


 オレなんかがそれを言ったところで、何の説得力もない。最悪、あの混乱に乗じて袋叩きにされかねないところだ。だがある程度信頼を集めているあの女の子の兵士なら話は別だ。ここ以外にも西通り、東通りでも同じ光景をほとんどの人間が見上げている。

 元々あのガンテツは町の人からの信頼も厚かったし、こういうのはやりやすかっただろう。ガンテツさんがそう言うなら、で信用してくれる。オレも一度は言われてみたい言葉だ。


「すげぇっす! オードさん、マジであんなの育てたんですか?!」

「一振りで雲まで斬っちまうなんて……どういうスキルだ?」


 まぁオレにはこいつらがいるから今は良しとするか。だがオレのほうを見られても解説しようがない。むしろオレが聞きたい。


「晴れたーーー! 晴れたぞぉ!」


 ようやく皆が現実を認識し始めて、誰かの叫びと共に町中から歓声が上がった。抱き合って喜ぶほどうれしいのか。皆ずぶ濡れで気持ち悪いだろうに、お構いなしであのはしゃぎようだ。


「瞬撃少女は天候まで変えちまうのか!」

「瞬殺するから……なるほど、だからこその異名か。フ、面白い……血が騒ぐ」


 面白くねぇよ、アホか。なんでアレを見て戦おうと思えるんだよ。

 妙な大物オーラを漂わせつつ当たり前の事に今更気づいた冒険者の奴とか、どこかずれている気がしないでもないがこれも狙い通りなんだな。

 

「皆さん! これからリュアさんが戻ってきますが決して石を投げたりしないで下さいね!

そういう事した人は牢屋に入れちゃいますから!」

「私の分析によればそれは職権乱用に近いものがあります、リッタ小隊長」

「リッタしょうたいちょーはリュアちゃん大好きだもんね!」

「ちゃ、ちゃいます!」


 頭の軽い女子トーク全開の女兵士達が一番はしゃいでた。小隊長とかいってたけどマジかよ。あんなのでもオレ以上に稼いでるとか信じたくない。そして、ちょっとかわいいのがまた悔しい。割と好みかもしれん。


「あれこそが勇者じゃ……ワシは最初から確信しておった! 城下町に50年住み続けたワシが言うのだから間違いない! 貴様ら、崇めんか! 両手、両膝を地面につけて! 全身で感謝を表現するのじゃ!」

「なんだこのじいさん……」

「有名なじいさんだよ、始末に負えないらしくて近所の奴らも手を焼いてるらしい……」


 杖で冒険者の背中を叩いて荒れ狂ってるじいさんに関わるのが嫌だから、オレはそっとこの場を離れた。


「あれ、降りてくると思ったら門のほうへと行ったぞ? というかあの竜何だよ?!」


 今更気づきやがって。オレも気にはなっていたが、晴れた喜びで皆もそれどころじゃなかったんだろう。ついに竜まで飼い慣らしやがったのか、あいつ。そりゃあれだけ強ければ竜だって服従したくなるわな。


「ルネドが……ルネドがやられただと……実体のないヤツを倒せるなど……こんな馬鹿な……ウ、ウギギギ……」


 晴れた途端、隅で目立たないように丸くなっていた占い師が不穏な事を口走ってる。その言葉が、あの嵐と無関係じゃないと裏付けたようなものだ。もうあの占い師を羨望の眼差しで見る奴はいない。いいところ詐欺師、悪くて魔物だ。

 そしてこの場合は悪いほうに的中したかもしれない。占い師の赤い瞳が真っ赤になり、開かれた口の中には牙が生えている。


「よくもオレ達を騙したな。覚悟は出来ているんだろうな」


「一度、退くか……? 我らが魔王様に事の次第を報告して……いや、ルネドがイーリッヒの前で大見得きった手前、どう処分されるかわかったものではない……クソ、クソクソクソクソチキショォォォ!」


 占い師のローブが弾け跳んで全身があらわになった。後頭部から全身にかけて広がる鱗みたいな体、人でも刺せそうなほど尖った耳。これを見て化け物と叫ばない奴はいないだろう。オレも叫びそうになった。


「ば、化け物!」

「ひぃぃぃっ!」

「皆さん、落ち着いて下さい! イリンとシュリは住民の退路を確保して!」


「初めから……初めからこうすればよかったのだ! こんな弱小国なんぞ、ワシ一人で陥落させられるわい! そうすれば晴れて我らの悲願が……!」


 あいつの護衛か弟子か何かだと思っていた二人もすぐに正体を現した。こっちはあの占い師みたいな半端な魔物じゃない。頭に何本もの角が気持ち悪いくらいに生えている。粘土みたいに筋肉を重ねたかのように盛り上がる腕、牙だらけの口から垂れる涎。誰が見ても魔物、いやどっちかというと悪魔だ。


「悪魔の元で飼われた悪魔どもが! この国と共に滅ぶがよい! このデビルマスター、ガノアスがその身に罪を刻んでくれるわ!」


【ガノアスが現れた! HP 8500】

【デモンガーディアン×2が現れた! HP 4820】


 こりゃしんどいってレベルじゃないな。リュア何してんだよ。早く来てくれ。


◆ シンレポート ◆


よ よった

お おぇっ うぷ

ここで はいたら け けされる

すでに いろいろと はいたけど

なんて うまいことを いってるばあいじゃ お おっぷ


きられる じったいがないやつすら きるやつを おこらせるとか

しんには できない

どういうげんりなのか ほんにんすら わかってないのが こわい


あ まって きゅうに おりたら    うっ

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