第148話 瞬撃少女 その2
◆ アバンガルド王都 中央通り ◆
「各自、近くの建物に避難しろ! 嵐が過ぎるまでは外出禁止だ!」
「瞬撃少女はどこだ! あの子を追い出さないともっと被害が広がるぞ!」
「馬鹿野郎! 本気であんなの信じてるのかよ!」
嵐も噂もすぐに広まってしまった。木々が折れそうになるほどの強風、それに流されるように降ってくる雨。定期的に雷で光る空も皆の不安を加速させる。そんな中で兵士達が皆を建物の中に誘導していた。 それより何よりボクにとってはあの占い師の言う事を信じた人達がいたのがショックだ。そんなのでたらめだと言う人達とボクを追い出そうとする人達で乱闘になるし、その騒ぎを見た近くの人達が周りに言いふらして今や中央通りまで波紋のように広がっている。
「頼む、君さえ出て行ってくれたら皆が助かるんだ!」
「怨みはないがこれ以上、言う事を聞かないのなら実力行使に出るしかないぞ」
3人の冒険者パーティがこんな事を言って追い出しにかかってくるし、なんであんなの信じちゃうんだろう。皆に感謝されたくて、評価されたくて冒険者をやってきたわけじゃない。もちろん今までやってきた事が結果的にそれに繋がるなら、こんなにうれしい事はない。だけどやってきた事を否定されたり、嫌われるのは我慢ならない。
「クリンカ、ボク達間違ってないよね?」
「間違ってるわけないよ……」
ボクがしっかりしなきゃと思っていたはずなのに、涙がどんどん止まらなくなってきた。濡れて涙なのか雨粒なのかわからなくなるくらい。目の前にいる冒険者達も武器は取り出していない、あくまでボク達が自主的に出て行く事を願っている。
実力行使でやれるものならやってみろ、なんて言い返す元気もなかった。騒ぎを取り押える兵士達にもごめんなさいをしたくなる。ボクが、ボクが占い師のところへ行かなければこんな事にはならなかった。
「悪いのはあの占い師だよ! あんなの信じちゃって馬鹿みたい!」
「あの人どこいったんだろう。いつの間にかいなくなっちゃったけど……」
騒ぎが起こってちょっと目を離した隙に占い師もテーブルも綺麗さっぱりなくなっていた。素早く避難したともとれるけど、絶対にあいつは怪しい。なんかもう初めからこうするのが目的だったんじゃないかと思うくらい。
「は、早くそのガキどもを追い出すんじゃ!」
知らないおじいさんまでが、唾を飛ばす勢いで冒険者の3人にボク達を追い出すよう促している。明らかに困惑してる3人の背中を杖で叩いてかなり偉そうだ。
「ワシは50年以上この町に住んでおるが、急にここまで天候が変わるなんて事はなかった! それなのにあの占い師がピタリと言い当てた途端、これじゃ! 偶然と片付けるのか?!」
「わ、わかったわかった。今追い出すから引っ込んでいてくれ……」
「貴様らがやらぬのならワシがやる! きえぇぇぇぇ!」
ついには杖を振り回して襲いかかってきた。癇癪を起こして涎まで垂らしながら、おじいさんは時々よろめきながらも果敢に攻撃してくる。ボク達を追い出そうとしていた冒険者達でさえ引くほど、おじいさんには鬼気迫るものがあった。
更には追い出そうとする人達とそうでないボク達を信じてくれている人達がついには殴り合いの喧嘩を始めてしまうし、冒険者も一般の人達も揉みくちゃになって。ただでさえ忙しい中、兵士達がそれを取り押えて。本当はボク達が何とかしなきゃいけないけど、黙って見てるしかなかった。何かすれば火に油を注ぎそうだし、こういう場合ではどうしたらいいんだろう。
「こりゃ、何の騒ぎだ?!」
「このグリイマンが来たからにはもう大丈夫だ! さぁ敵はどこだ!」
ボク達が雨に濡れながら立ち尽くしていたところに駆けつけたのはガンテツとグリイマンだった。住民や冒険者同士がピタリと乱闘をやめたくらい、この二人にはそれだけの影響がある。Aランク冒険者が二人もこの場に現れたんだから、当然どうにかしてくれると思ったんだと思う。
「ガンテツさんにグリイマン!」
「なんで私だけ呼び捨てなのだ!」
「実はこんな事に……」
ボクには絶対に真似出来ないほど冒険者は華麗なほどの簡潔な説明をした。冷静にそれを聞いたガンテツはボク達二人を見据える。グリイマンはさっきまでの威勢がなくなったのか、ちらちらとボク達を見ながらも皆の前では空元気だ。敵はどこだなんて張り切っていたのにその相手がボク達だとわかったからだ。
「事情はわかった。二人とも、この城下町を出る必要なんかないぞ。そのキナ臭い占い師をとっ捕まえれば疑いは晴れるはずだ」
「あの占い師、やっぱりインチキだよね?!」
「初めから二人をターゲットにするつもりだったんだろう。そもそも、その占い師の話はどこで知った?」
「海賊料理のあの店、知ってるよね。そこで冒険者二人が話していたのを聞いた」
「恐らくそいつらもこの為の仕込みだ。占い師に雇われたか何かしてわざと大声でお前らの前でそんな話をしたんだろう。問題は……そんな事される相手に心当たりがあるか?」
「ないよ、そんなの……」
ガンテツがいるおかげで皆はドシャ振りで濡れながらも、この場を静観している。雨の音でよく聴こえないだろうし、ガンテツがボク達を説得しているとでも思ったのかな。グリイマンは何をしにきたのか、歯がゆそうに見ているだけだ。
「この荒れ狂った奴らを収める方法は一つしかねぇ。占い師を見つけろ」
「どうやって?」
「その足があるだろ、お前ならこの城下町を一周するのにそう時間はかからないはずだ。オレはオレでまずはこの場をどうにかしなきゃならん。もちろん、グリイマンにも手伝ってもらうがな」
「……それしかないよ、リュアちゃん。あの人が何者かはわからないけど、そうでもしないと解決しないと思う」
ずぶ濡れになりながらボクは考えた。もしあの占い師が本当にボク達を陥れようとしているとして、どうすればいいんだろう。まさか殺すわけにもいかないし、ボク達の無実を証明してくれと頼んだところで素直に聞いてくれるのかわからない。
「この嵐にしたって、明らかに出来すぎだろう。まるでその占い師が呼び寄せたかのようだなぁ。ハッハッハッ!」
「いくらガンテツさんでも言って良い事と悪い事がある。あの人は本物だぞ!」
「あんな胡散臭い奴を信じるようじゃ誰に騙されても不思議じゃないな」
「何だと!」
争いも激化しているし時間がない、久しぶりのクリンカおんぶ駆けだ。まずはあの占い師がいた西通りから探そう。
「むぎゅっ! あの占い師、思い出したーーーーー!」
「あ、ごめん……」
クリンカがお腹でボクの背中に張り付いているシンを押しつぶしてしまった。これにさえ気づかなかったなんて、ボクはよっぽど焦っているらしい。というか邪魔なんだけど。
「思い出したって? シンはあの占い師を知ってるの?!」
「あ、いや。そうではないです……」
「シンちゃん、知ってるなら教えてほしいな」
「ひゅーひゅひゅひゅーひゅー」
「ヘタクソな口笛で誤魔化してもダメ! これはボク達だけの問題じゃないんだよ! もしこの嵐をあの占い師が起こしたとしたら、早く止めないと被害が広がっちゃうんだから!」
シンの小さな体を握りつぶさないよう、両腕ごと掴んでも顔を逸らすだけ。この子はあの占い師を知っている。だとしたら、何としてでも教えてもらわないと。
「シンは大勢の人達が犠牲になっても平気なの?」
「へ、平気に決まってるです」
「本当に? シンちゃんが今日食べた海賊料理おいしかったよね? 作物を作る人がいて、素材をとってくる人がいてそれを運ぶ人がいて作る人がいて、初めて出来るものなんだよ。人と人との繋がりってそういう意味でもあるの。この嵐が続いたらこの国で作ってる作物だってダメになるし、当然あの料理だって食べられない」
「お、大袈裟です……」
「ノルミッツ王国にだって近いし、あの国が打撃を受けたら大部分の食料が台無しになっちゃう。シンちゃんは……悪い子なの?」
「悪い子……」
口を必死に噤んだシン。この子は魔王軍だし、ボク達とは敵なはず。言いたくないのはわかるし、期待するボク達もおかしい。ん、魔王軍って。
◆ アバンガルド城下町 東通り ◆
「瞬撃少女の持つ剣だ! あれこそがこの国に災厄をもたらしておる! 皆の者、助かりたくば何としてでもあれを奪うのだ!」
「そこまでだよ!」
大雨だというのに大勢の人達があの占い師の前に集まっていた。ボク達の登場と共に殺気立った人達が一斉に振り向く。占い師の隣には相変わらず、あの不気味な二人が佇んでいた。
「ひぇぇぇ! は、早くどうにかするのだ! さもなくば、災害は広まる一方だぞ!」
「もう、そういうお芝居はやめようね? 新生魔王軍十二将魔、デビルマスター・ガノアスさん」
「な、何を……」
クリンカは笑顔を作ってあの占い師、いやデビルマスターに向ける。暇な時は十二将魔早数えなんてものをやっていて、いつも最後まで思い出せないのがあのデビルマスターだったらしい。影が薄いのか何なのかはわからないけど、そんな寂しい遊びを繰り返してるシンに少しだけ同情した。友達いないのかな。
「ま、魔王軍だって? あの占い師が?」
「言うに事欠いて私を魔王軍呼ばわりとは! やはりその子は悪魔だ! 皆の者、惑わされるな!」
事前にクリンカが言った通り、簡単には尻尾を出さない。ここまでは予想していた通りだ。でも今はこれで十分、あいつが魔王軍かもしれないとだけ皆に思ってもらいたい。何せボク達の目的は他にある。いっそガノアスを倒しちゃえばいいとボクは提案したけど、そんな事したら罪のない占い師を殺した罪人として本格的にボク達の立場が悪くなるとクリンカが指摘してくれた。
「この人が魔王軍な訳ないだろう! 私は何度も占ってもらったし助けられたぞ!」
「そうよ! 悪魔を払ってもらったおかげで私は無事に元気な赤ちゃんを生んだのよ!」
「この人の言う通り、君達が悪魔だというのも本当かもな……いくらなんでも、言いすぎだ」
雷の光に照らされた皆の形相がまるで悪魔のように見えた。占い師を頑なに信じ切った顔がアレだ、これ以上何かを言っても今度こそあの人達は襲いかかってくる。
「はいはーい! そこまで! 皆さん、速やかに建物内に避難して下さいね!」
この嵐の中、元気よく仲裁に入ってきたのはリッタとその部下達だった。イリンとシュリ、他数名。いつの間にか増えている。さすがに王国の兵士達の前では皆も、状況を悪化させにくいはず。その証拠に皆は苦い顔をしてわずかに下がった。
「占い師さん、この嵐はあなたが呼んだんですよね」
「戯言を……。私にそんな力があると思うか。第一、そんな事をして何になる?」
「ないですよね。だってこの嵐、あなたの仲間が引き起こしてるんだから」
「な、にぃ!?」
言葉を詰まらせながらも占い師の片目が吊りあがる。図星だ、いやクリンカもわかってて質問したんだけど。
「皆さん! これから瞬撃少女がこの嵐を消してみせます! そうすれば疑いは晴れますよね? 嵐だけに」
クリンカのギャグがつまらなかったわけじゃないはず。そんな事、突然言われたところで誰も何も言いようがない。だけどそれを伝えるだけで十分だ。そう、ボク達は今から嵐を引き起こしている奴を倒す。それもただ倒すだけじゃない、空を覆う暗雲と一緒にボク達への疑いも晴らすんだ。
「そうそう、リッタさんにもお願いがあるんです」
「は、はい?」
ガンテツ、そしてリッタにも同じお願いをしてからボク達は城下町の外へと駆け出した。瞬撃少女が、クリンカはあえて自分を含めていない。まさか自分がドラゴンになってボクを乗せているだなんてバラしたら、それこそどうなるかわからない。
だからここはあえてボクと謎のドラゴンという名目で働く事にする。人目のつかない場所でドラゴンに変身したクリンカに乗せてもらい、暴風と雨で荒れ狂う空に飛び立った。
◆ シンレポート ◆
このれぽ いったい どうしたものか
しんは いったい だれのみかたなのか
まおうさまは だいすきだし やくにたちたい
だけど しんは しんは
これいじょうは なみだで めが




