第140話 裁かれし時 その4
◆ マテール本社 隔離部屋 ◆
「ネリーさん、無事だったのか!」
「気がついたらあなただけいなくてどれほど心配したか……」
ベッドも何もない、殺風景な部屋に押し込められていた人達はネリーとの再会を心から喜んでいるようだった。というかネリーって名前だったんだ。
「この子達のおかげですよ。すごいんですよ、あの警備マシンを素手で破壊しちゃうんだから!」
「ごめん、ちょっと何言ってるかわからない……」
こんな時に冗談を言うわけないのにあんまり信じていない。ネリーを無事にここまで連れてきたんだから、少なくとも実力は認めてもらっているようだけど。
「避難場所はここだけなんですか?」
「ここだけだ。おっと失礼、名前を名乗ってなかったな。私はノーツ、ここで長い間専務として働いている者だ」
「センム! ノーツさんは専務なんですか?!」
「クリンカ、せんむって何? すごいの?」
「リュアちゃんに説明してもわからないから簡単に言うけど、会社ですごく偉い人」
「ひどい」
ひどいけど事実なだけに言い返せない。そのすごく偉い人がいたところで何がどうなるっていうんだろう。それどころかマテールと一緒に悪い事をやってきたなら、この人も王様に首を刎ねられちゃうんだけど。
「外はどうなっているんだ?! 信じられないけどここまで来たという事は君達、相当強いんだろ? 王国軍はどういう出方を? 俺達も殺されちまうのか?」
「そんな……それじゃ私達は社長の奴隷として一生を終えた事になるよ! そんなの絶対いや!」
状態異常の混乱にでもかかったかのように、それぞれがヒステリックに喚き散らしている。収集をつけようにも、これだけ大勢の人達をまとめられるはずがない。明らかに数百人はいるし、まずこの人達をここから安全に脱出させるとなると、もう穏便な方法が思いつかなくなる。
「皆さん! 私達と王国軍はマテールの悪事を白日の下に晒す為にやってきました! 王国側はこのマテール商社と彗狼旅団との繋がりを疑っています! この会社が運営する工場では多くの人達が奴隷同然として扱われてきましたが、最後には自由を勝ち取っています! あの、なんていうか! ご協力お願いしまーす!」
声がかすれるほどに大声を室内に響き渡らせたクリンカはすぐさま我に返った。大勢の注目を浴びるのは今回が初めてじゃないんだし、ボクの後ろに隠れる事ないのに。
「……この会社と彗狼旅団が、ね」
クリンカが狼狽した理由の一つがわかった。すわった目で粘つくような視線を送るノーツはこの会社の偉い人、つまりマテールの味方だ。そんな人の前で証拠もない事を大声で話せば、どうなるか。まさかこの人が襲いかかってくるとは思えないけどパワードスーツの例もあるし油断できない。ノーツはしばらくボク達に視線を這わせた後、乾いた唇を開いた。
「どれが決め手になるかはわからんが、持っていきなさい」
平たい厚い革の入れ物を静かに手渡してきたノーツ。クリンカがそれから取り出したものは紙の束だ。細かくて小さな文字でビッシリと埋められていて、ボクにはまったく理解できないものだった。
「これは……?」
「私はこれまで身を粉にしてマテール社長を支えてきた。地に足がつかない商人だった頃、あの方に声をかけて頂いた日を思い出すよ」
質問に答えないで天井を見つめ、自分の世界に入り始めた。答えてほしいけど催促して機嫌を悪くさせたら大変なので黙っておく。
「戦争に利用されるだけでは? 人が人を傷つける事だってあるのでは? そう問うとあの方はこう答えた。武器がなくとも戦争は起こるし人と人との争いはなくならない。もしそれらに利用されたとしても、誰かの利になるならばそれは商売として十分に意味のある事ではないか。あの方の貪欲なまでの商魂に当時の私は感動した」
「はぁ……」
なんか心なしか、涙まで浮かび始めたのは見なかった事にしたい。すべてを一身に受けるかのように、ノーツは両手を広げて目を閉じた。
「いろいろな意味で私は若かった……だから少しくらい後ろめたい事をやっていても商売として正しい姿勢であり、利益に繋がった時は小躍りしたものさ。だがね……そんなものは空しいだけだ。数値の上昇だけに気を配り、あらゆる部分を切り捨てる。数値だけに捉われたモチベーションにこそ、何の意味がある。それはもはや、自分のやりたい事ではない」
「そ、そうですよ! ねぇリュアちゃん!」
「うんうん」
前までのボクなら、なんでボクに振るのと真面目に突っ込んでいたところだけど最近では流れに流されたほうがいいという事も学んだ。クリンカ風に言えば、空気を読むという事。でもこれは思ったより、苦痛かもしれない。心にもない事に同意しなきゃいけないなんて。
「私は……もう我慢ならん」
ついには涙を流して震え始めたところで、本格的にボク達には何も言えなくなる。いや、この人にとってすごく大事な出来事だろうし、重要な内容なのはわかる。乗れていないボク達が悪いだけ。だってほら、他の人達ですら涙を流しているもの。
「ノーツさん……!」
「そうだ、金さえ稼げれば誰かを不幸にしていいのか!」
「やりたい事をやって充実するのが一番だよな?」
「多少貧しくても、幸せの形なんて一つじゃないんだから!」
「ノーツさん、俺間違ってた! 悪事に加担しちまうなんて!」
「いいんだ、君達は何も悪くない。本来なら私が最初に立ち上がらなければいけなかったんだ……」
「ノーツさん! ノーツさん!」
これで全員に完全に熱が入った。お互い抱き合ったり、ノーツを取り囲んで誰彼構わず握手したり。何かの歌まで歌い出す人まで出たところで、引き返そうかなと本気で考えた。完全にボク達は蚊帳の外だし、ムードが異様すぎる。
「そう、私の足りない勇気を彼女達は持っていたんだ。あんな子供達が!」
「おおぉぉ! 耐久テストに参加した冒険者を歯牙にもかけずに葬った警備マシンの中をあんな子供がくぐり抜けてくるなんて!」
退き返す間もなく巻き込まれた。しかもさらっと恐ろしい事まで口にしてるし。というか今更そこなのって感じ。もういいよ、ボク達はこの資料を持って王様のところへ行くから。それで本来の依頼は終了なはず。なんだけど。
「……しかし、やはりここにいるのは危険だな」
「そうですよ。もしあの警備マシンがここにも来たら……」
「そうではない。私は知っているのだ、一部の上層部しか知らない、この会社の大きな秘密を……」
「秘密?」
「それは……」
「あー! テステス! 平社員諸君! なにやら大盛り上がりの様子だが、下らん希望は持たんほうが賢明だブロック!」
天井から思わず耳を塞ぎたくなるくらい、うるさい声が放たれた。その声の主は天井に潜んでいるのかと思ったけど、そんな様子もない。天井から声が聴こえる、たったそれだけの事実しかここにはなかった。
「ザロック、すべて聴いていたのか」
「あなたの離反も含めてですよブロック、ノーツ専務。非情に残念だ、この会社の成長に大きく貢献したあなたがまさか裏切りなど……。社長が知れば、大変お怒りになられる事でしょうブロック」
「お前ほどの優秀な人間ならば、わかるはずだ。人の生き血をすすって数字を伸ばす事の空しさと愚かさに気づくのだ」
「かーーーーーっ! 理解できない! 本当に何故! あなたほどの! 人材がぁ! 偉大なるあのお方をぉ! 裏切るなどブロック! 私はね! この会社のセキュリティ統括を任されて以来、それはもう退屈な日などなかったブロック! 社内の会話、映像、女子トイレに至るまで全てチェックしてきたブロック! それもすべてはマテール社長の為! 己の欲望を殺してまで日々の業務に従事してきたブロック!」
「ちょっと待ってよ! 女子トイレってまさか……」
「ウソーーーーー!」
いよいよ収集がつかなくなってきた。声の主、ザロックとかいう奴にひどい罵声を浴びせる女の人達。怒りに身を任せて野次を飛ばす男の人達。ちょっと羨ましがってそうな極少数。何をどうチェックしてきたのかは知らないけど、すごく最低な事なのはわかる。
「ノーツさん、このザロックって奴はどこにいるの?」
「恐らくはセキュリティ管理室だろう。それにしてもまさか女子トイレなど……どうやら彼に対する評価を改めねばならんようだな」
「死ね! 死ね! 糞豚!」
「変態野郎!」
「今すぐそこに行って○○○○引きちぎっててめぇの口にぶち込んでやる!」
可愛らしい顔をしてものすごいセリフを言った子がいた気がした。よくわからないけどそれはとても残虐な事だろうな。
「吠えろ吠えろ! どーせお前達はここから生きて出られる事はないブロック!」
「ど、どういう事?!」
「離反する輩は徹底して処分しろとの命令だブロック! つまり、お前達は選択を誤ったのだブロック! 偉大なるあのお方に逆らおうなどという神をも恐れぬ愚行を選んだのだからなブロック!」
また神か。偉大なる武器商人だの神だの、どれだけ偉くたってやっちゃいけない事はある。あいつが神と崇めてすべてを許しても、ボクが許さない。たとえ相手が神だろうと。
「ブロックさん、悪いけどそれを聞いた以上は絶対に誰一人死なせないよ」
「ブロックじゃねぇ、ザロックだブロック! お前達には少々驚かされているブロック! いわば社内すべてがこのザロック様のテリトリー! 殺すのはやや難しいが、その資料もろともここに封じるくらいは可能だブロック!」
「ノーツさん、建物が壊れちゃうけどいいかな?」
「な、なんだって?」
「脱出するから、建物壊していい?」
「あ、あぁ……」
曖昧な頷きだけど、偉い人がいいっていうなら大丈夫。それなら遠慮はいらないし、こうやって。
「ていっ!」
緩く振るっただけで壁が爆散して吹き飛ぶ。正確には風圧だけでぶっ飛ばしてるんだけど、まぁいいか。
「……リュア君?」
「え、今何が?」
「壁が消えた?」
なんで君。ノーツだけじゃなくて、他の人達もその場から一歩も動かない。驚いている暇があったら、早く歩いてほしい。あのザロックとかいう奴が何を企んでいるかわからないし、ボクは平気だけどこの人達まで巻き込まれたらちょっと忙しくなるんだから。
「いいから皆、リュアちゃんに続いて下さい! 絶対に安全ですから!」
「そうそう、ボサッとしてる暇はないよ。とりゃっ!」
ここは4階なので、この人達を安全に地上まで逃がすには普通に階段を使うしかない。階段まで壁を破壊して最短経路を作ればいい。たったそれだけの話だから、小刻みに震えだすのはやめて。
「なんだこれ……なんだこれ……」
「もしかして私は今日ここで死ぬんじゃないか……」
「いいから早くっ! とぅっ!」
一つずつは面倒なのでまとめて奥の壁まで吹き飛ばしてみた。途中にいたマシンも巻き添えで壊れてくれてお得。
「や、やめろ! やめろって! なぁ、おかしいぞ?!」
「余計な事は考えないで、ザロックさんはそこで見ていてよ。邪魔したらここの4階から上を一気に破壊するから」
脅しじゃない証拠として、天井に軽く一振りして2、3階分貫通させた。多分弁償できないけど、偉い人がいいって言ったから平気平気。あれだけうるさく響いたザロックの声が完全に消えた。まさか今ので死んじゃったんじゃないかと心配になる。
「セ、セ、セキュリティレベル上昇! 本社内のマシンをすべて迎撃に当たらせて……あ、すでにレベル最大だった。こいつめっ、ハハハッ……ハハッ」
多分これで邪魔をする気はなくなったはず。さてと、王様達は無事かな。
◆ マテール本社前 ◆
【カシラム王の大戦斧風! 堅牢なる守護機獣に3711のダメージを与えた!
堅牢なる守護機獣を倒した! HP 0/7440】
心配なんていらなかった。そこら中に散らばる機械の残骸、そして最後の一匹を無数の斬撃で豪快に引き裂いた王様は本当に楽しそうだった。
「下らん。このような人形を量産したところで何の意味もないぞ。何故ならこいつらには闘志がない。与えられた命令をただこなすだけ、そこには戦いたいという意志すらないのだ。そんな奴らに本気で戦っている私が負けると思うか?」
「理解できない……理不尽極まるこの惨状……。戦力比からはじき出した計算は間違っていないはず、勝率は92.36%。誤差±0.22……。こんなの、私は認めないッッ!」
あんなに冷静だったレイディが騎馬隊に圧迫される形で追い詰められて、髪を振り乱しながら何度も呟いている。計算がどうとか、そんなのより自分の身を心配したほうがいいのに何を考えているんだろう。あの王様なら容赦なく殺しちゃうのに。
「しかし思ったより死傷者が出ました。最初の奇襲を除けば、各隊それぞれ数名程度ですが」
「ふむ、まだまだ鍛えが足りなかったようだな」
「カシラム騎馬隊……これほどまでの相手だったなんて……」
地面に膝をついて座り込んでしまったレイディは、俯いたまますすり泣いた。パワードスーツの人達も見事に斬り殺されていて、戦いは騎馬隊が終始優勢だったみたい。それにしても平気で殺しちゃうなんて、ボクには出来ない。
わかった、騎馬隊じゃ殺さないように戦う事が出来ないんだ。それなら確かに鍛えが足りない、うん。ヴァイスはまだまだがんばったほうがいいよ。
「これで我らを阻むものはなくなった。レイディといったか、こうなった以上は覚悟は出来ているな……ん?」
王様がようやくボク達に気づく。後ろにいるたくさんの社員達にも少しは驚いたみたいで、眉をつりあげて目を見開いた。
「レ、レイディさん!」
「ノーツ専務……」
「レイディさん、これでもうわかっただろう。悪はいつか滅びる、この会社も報いを受ける時が来たのだよ。だから……」
「……マテール社長、見ていますか」
「レイディさん?」
「やれやれ、最新型のマシンがまるで相手にならないとは、蛮族というものはつくづく戦いを取り得にしているようだ」
ザロックの時と同じく、どこからともなくマテールの声と思われるものが聴こえた。騎馬隊が辺りを見渡すけど、当然マテールはどこにもいない。社員達だけが冷静にその声に耳を傾けている。結果的に会社を裏切った事になるわけだし、その声に反応して体を震わせている人がかなり目立った。
「マテール社長、今までの悪事はすべてこのノーツが記録させて頂きました。盗賊との取引現場の音声もすべてここに記録しております。売り上げ台帳の不正も何もかも、その証拠がここに揃っています。ザロックを初めとした一部の役員もそこにいるのでしょう。お願いです、もうこんな事は終わりにして下さい」
「冴えない工具商人だったお前を拾ってやった恩を仇で返されるとは思わなかったな。いいか、この世界はすべて信頼で成り立っている。信頼がなければ取引相手も利益も獲得できん。私がお前の行動を一切監視しなかったのはそういった信頼があったからだ。ノーツ……失望したよ」
「……申し訳ございません」
静かに謝るノーツに嘘はなさそうだった。マテールには本当に信頼されていたんだろうし、ノーツも同じだったと思う。それでも意を決して行動に出た時はものすごく心が痛んだはず。ノーツがどれだけ苦しんだ末の判断だったか、この短いやり取りですべて伝わってきた。
「なるほど、内部にさえ裏切られる惨状とはこれまた恐れ入る。所詮はその程度の安い成り上がりだったか。ハッハッハッハッ!」
ちょっと王様は黙ってほしい。ボクもマテールは嫌いだけど、これは本気でカチンと来るような言い方だ。ヴァイスも小さく頷いているのがまた腹立つ。
「さて、マテールよ。すぐにそこから出てきてもらおうか。今この場で命令に従えば、減刑を考えてやらんでもない。応じなければ死罪。選べ」
「はてさて……盗賊と取引をしてはいけないなどという法がこの国にあったかどうか」
「私が法だ、従えないというのであればこの国から出て行くべきだったな」
「フン、所詮は蛮族の成れの果てか。国とはいっても、歴史を紐解いて元を辿れば盗賊と変わらん。法もなければ脳もない、か」
「それは従わないという意思として受け取っておこう」
「構わんよ、元よりここで終わるつもりもない。さ、見せてやろう……このマテール商社が磨き上げてきたそのすべてを」
地面の下で何かが爆発したような揺れ。騎馬隊はともかく、その場で立つ事すら出来ない社員達は悲鳴を上げて這いずり回る。
「な、何をしたのさ!」
「冒険者風情がここまでやってくれるとはな……私の人生の半分も生きてない糞ガキがッ! 正義の味方ごっこは楽しんだか?! マテール商社よ! 今こそ、その真の姿を見せる時だ!」
白く高い建物が等間隔で分離、崩れ落ちるのかと思いきや、それらがまた小さく分裂を繰り返してはくっつき、その一つ一つが何かを形作っている。それが人間の体の一部だとわかった時には、ここにいる大多数の人達にもその全貌が理解できたはず。
手、足、胴体、巨大な建物が巨大な人に。白く輝く表面に黒の線が入った肩から生える角のようなもの、黒いメガネに鉄のマスクの頭。その頭がボク達を軽々と見下ろしていた。
「社長……。それをついに……」
「せめてもの情けだ、ノーツ。これを見てから逝くがいい」
「あぁ……」
ノーツが地面にへたりこみ、社員の人達は恐怖のあまり黙って巨大なそれを見上げるしかなかった。
【超甲機神マテリアルが現れた! HP 48400】
「カシラム王国は今日で終わり、その跡地にはマテール王国が建国される」
優越感と野望を篭めたマテールの声は楽しそうにはずんでいた。
◆ シンレポート ◆
しんは しってますです
これは ぞくにいう ないぶこくはつ
まてーるは しんらいしていたからとか いいわけしてますが ぶかのかんりは
とっぷの しごとなのです
そのてん まおうさまは すばらしい あっちこそ かみ
しかし これは
べつに しょうこなんかなくても なるべくして なったじょうきょうです
いったい せんにゅうとは なんだったのか
たてものが へんけいして おおきなましんに なったのは もはや
おどろくべきことじゃ ないのです
こちとら きょだいごーれむを みてきた
あれしきのことで びびるか
びびってない びびってない
ああ このせなかが たのもしい ぬくぬく




