第137話 裁かれし時 その1
◆ カシラム王都 ハンスの工房跡地 ◆
「今度あのクソジジイがノコノコと俺の前に出てきたら理屈抜きでぶっ殺しちまうわ」
ハンスの家に隣接した丸みを帯びたオシャレな形をした工房は見るも無惨に瓦礫に変わっていた。抱き合ってすすり泣くタターカとラマも見てられないほど可哀想だし、ハンスに至っては嵐の前の静けさといった感じだ。地面に落ちていた瓦礫の破片を片手で握りつぶし、砂状に変えた握力でそのままクソジジイを殺してしまいかねない。いつもは怒り狂っても本当に殺すような事はしなかったけど今度ばかりは別だ、それがハッキリと確信できた。
「こうして突っ立っていてもよ、何も変わらないのはわかってる。けどよ……足が、手が動かないんだ。これからの事よりも、怒りと屈辱で腹の中いっぱいだッ!」
拳で地面を殴りつけ、そこに遅れて落ちた涙の雫。あれだけ自分の弱さを見せなかったハンスの無念がそれだけで伝わってくる。ハンスという雫が、マテール商社という地面に吸収されていく。そんな悲壮な発想さえしてしまうほど、この光景は見ていて辛い。
「お母さん……私達が何をしたのかな……私はただ……ただ、ここでやり直したかっただけなのに……」
「あんた達は悪くない。悪くないから……」
やり場のない怒りというのは本当に困る。ここでハンスみたいに地面を殴ったところで、破壊されるのは地面だけだ。それじゃあ、マテール商社を殴りに行けばいいのかというとそうもいかない。ボクだって真っ先にそれを考えた。だけど証拠がまったくない状況でそれをやってしまうと、ボク達が悪者になってしまう。最悪、賞金首にさえなりかねない。そう冷静に言ってくれたクリンカだって辛いだろうに。
「誰か、誰か見ていた人がいるなら!」
「そんなもん、とっくに対策済みだろうよ。多分、ここら辺の奴らはすでにあの屑に買収されちまっている。その上でもし俺達に肩入れするような事をすれば、この工房よりも悲惨な姿になるだろうな」
「うーー! もう腹立つなぁ! どうにかできないの、クリンカ!」
「そんな私に言われてもぉ……」
本当にクリンカに言ってもどうしようもない。気持ち的にはマテール商社の建物に行ってソニックリッパーを撃ってやりたいほどだ。だけどそれをやってしまうと、魔王軍や彗狼旅団と変わらない。ある意味、やりたい放題やってるあいつらのほうが楽しく生きているのかもしれない。認めたくはないけど。
結局、この日は工房の復旧を手伝って一日が終わった。お金はたくさんあるし、必要なものを買ってあげようかと思ったら、ハンスにそんな施しは受けないって静かに断られた。いつもなら怒鳴り散らしてもおかしくないのに、今回の件でだいぶ弱ってるみたい。
そろそろ本格的に魔王城を目指そうかと思うけど、野放しに出来ない相手がまだいる。マテール商社にはボク達も困ってるし、お金と地位を振りかざして弱者を虐げるあのおじさんを許したくない。ハンスの家で何か手はないかなと毛布の中でくるまって考えているうちに眠ってしまった。
◆ カシラム王宮 王の間 ◆
本当はあまり来たくなかったけど、盗賊退治の報酬をくれるというから仕方なくやってきた。あれから盗賊のアジトを探ったところ、凄まじい量の金品が出てきてその配当作業に追われているらしい。
あれからヘカトンは殺されずに済んで、今は拘束されて地下牢に閉じ込められている。どうしてもボク達が譲らないところに王様がやってきていよいよ修羅場だったんだけど、報酬から減額してもいいからという条件をつけたら飲んでくれた。でも結局地下牢から出す気はないだろうし、どのみち。
「先日の働き、見事だった。出来れば我が国の専属冒険者として尽力頂きたいほどに、私はお前達を評価している」
「専属ってつまり……ヴァイスさんと同じ、Sランクに?」
「そうだ。というかアバンガルド王国が未だにこんな優秀な子達を放っておいているのが信じられん。そういった打診があっても不思議ではないが……」
「うーん、よくわからないです」
ボク達もティフェリアさんと同じSランクに。それはすごい事できっと皆に自慢できるだろうし、昔のボクなら喜んで飛びついていた。でも今は違う、Sランクというものの実態を知って思ったほど魅力を感じなくなった。きっと今までみたいに自由に冒険が出来なくなるし、何より王様の言いなりになってばかりというのも嫌だ。
それに忘れちゃいけない、アバンガルド王国ではカークトンとムゲンがボクを殺そうとしたんだ。気のせいだと信じたいけど、あれのせいでどうにも信じられなくなった。ハスト様に教えてもらった勇者の件についてもそうだし、あの国はどこか変だ。
「その気があればいつでも歓迎するぞ。ヴァイスにとっても、いい競争相手になるだろう」
「いざという時に覚悟を決められない者では荷が重いでしょう」
尊敬する王様の前なのに嫌味たっぷりで言い放つほど、あの事が気に入らないらしい。いろいろと悩んだけどクリンカのおかげでどうにか吹っ切れそうだ。
「あんなのただの逆恨みだし、リュアちゃんが気に病む事ないよ。リュアちゃんが簡単に人を殺しちゃうような子だったらここまで仲良しになってなかったし……だから、その。私はそういうところを含めてリュアちゃんが大好きだから!」
他にもいろいろ言われたけど、クリンカの大好きの一言がボクを温かくさせた。大好き、どうしてたった一言でボクはこんなにも安心できるんだろう。抱き合った時の胸の高鳴りといい、やっぱりボク達は恋人みたい。
「まぁ、それはまたの機会として……。ところでもう一つ、お前達に依頼したい事があるのだが。もちろん一国の王としての命令ではないし、断ってくれても構わん。その場合は他を当たるとする。どうだ、急ぎの旅でないのなら話を聞いてくれるか?」
「クリンカ、あんな事いってるけど」
「うーん、話を聞くだけなら……」
正直いってハンスの工房やマテール商社の事もあるし、この王様に付き合ってる暇がない。辛辣な態度をとるヴァイスがあまり好きになれないし、王様は王様で考え方そのものが嫌いだ。大体、そんな依頼をしている暇があったら闇市の奴隷をなんとかしてほしい。
盗賊討伐もいいけど救わなきゃいけない人達がたくさんいるのに、本当に何をやってるのかわからない。話を聞くだけでもボクはうんざりなんだけど、ここはクリンカの判断に従ってみる。
「先日、討伐した彗狼旅団の奴らの武器がな。どうも真新しいのだ。盗賊の武器なんぞ真っ当な入手経路なわけがないから、ほとんどの場合は誰かの中古品だったりする。そんな中、奴らの新品な武器の数々はどうだ。あれだけ大量の新品をどう仕入れたのか、いくつか考えられるが可能性の一つとして私はマテール商社が怪しいと思うのだ」
「マ、マテール商社がですか? まさか盗賊相手にまで商売をしているとは考えにくいです……」
「察しがいい子だな、やはり気に入った。私もまさかと思うところだが、あれから使用されている鉱石や表面などを分析したところ、どうもマテール商社製のものと酷似している。断定は出来んが、もしあそこが盗賊と繋がっているとしたら……」
そこで区切ったと思ったら王様は突然、自分の左手の平に拳を思いっきり打ちつけた。張りのいい音が清涼感のある王宮内に響かせた後、王様は首を左右に鳴らしている。盗賊に対して、それだけの思いを込めているのが十分に伝わってきた。
それより王様までクリンカを気に入ったってどういう事。まさか誰かさんみたいに自分の嫁になれなんていうんじゃないよね。クリンカに人を惹きつける魅力があるのは喜ぶべき事かもしれないけどジュオといい竜神といいカシラム王といい、どうも相手に恵まれていない。いや、この人に関しては絶対勘違いだろうけど。
「盗賊もろとも潰れてもらう他はあるまい」
さっきまで笑っていたと思ったら今度は獲物を食い殺す魔物みたいな目つきになったり、忙しい王様だ。
「それで潰す……といっても、私達が何を?」
「なに、ちょっと共闘してほしいのだ。盗賊との繋がりの疑いがあると判明した以上、本社に踏み込んでも国の体裁は保てる。話し合いに持ち込んでも十中八九、奴らは抵抗してくるだろう。その際にお前達には本社内部に乗り込んで、売り上げ等を管理している書類を持ち出してきてほしいのだ」
「そ、そんな乱暴な! 協力できません! 大体、それって彗狼旅団の人達とやってる事が同じじゃないですか?!」
「盗賊に組みするならそいつも盗賊だ! その時点でマテールは商人から盗賊へと堕ちたのだ! いいか、私は盗賊とそれに加担するものは絶対に許さん! 絶対にだ!」
「何故そんなに盗賊を……」
それ以上は王様も何も言わなかった。ただ、フッと変化したその表情からは哀愁が漂うほど悲しげだ。ヴァイスなら何か知っているかもしれないけど、わざわざ聞いてまで知りたくない。ボクが片翼の悪魔に復讐するように、もしかしたらこの王様もそれなりの理由があるのかもしれないなと思った。
「……とにかく、これはお前達にとっても悪い話ではないと思うがな。マテールの奴に目をつけられているのは知っている」
「知ってたんですか……でも、マテール商社はただの会社、彗狼旅団みたいな戦力はないと思うんですが……。私達が協力しなきゃいけない理由はなんですか?」
「奴らの保有する戦力を甘くみるな。奴は何食わぬ顔をして他国からの技術を元に次々と新型の武器を開発している。ただの武器商人上がり面しておいて、とんでもない奴なのだ」
この話だと、彗狼旅団と戦ったようにマテール商社とも戦わなきゃいけなくなる。ソニックリッパーを撃ち込むチャンスだなんて一瞬でも考えた自分が怖い。もしこれがうまくいけばボク達への圧力もなくなるかもしれないし、あの親子も安心して生活できる。乗りたいのは山々だけど、この王様の言いなりになるのが何か気に食わない。
「わかりました、引き受けます」
「クリンカ?! いいの?」
「ただし条件があります。これを受け入れていただけるのなら」
「聞こう」
「一つはこの国の奴隷を解放する事、その際には奴隷達の生活も保証してあげる事。もう一つはマテール商社の圧力を受けているハンスさん一家を救済してあげる事。これを受け入れていただけないのならば、私達は一切、この国に関わる事はないです」
「……! クリンカ……」
「貴様ぁ! 無礼な口を叩くなッ!」
予想通り、ヴァイスがいきり立つけどクリンカは目もくれない。真っ直ぐと王様を捉え、どこか威圧しているかのようにも見える。
「隣国のアバンガルド王国は魔王軍の被害にあった地域から流れてくる難民を受け入れています。私達はあの国にはお世話になっていますし、それ以上の器と覚悟を見せて下さい」
「小娘、調子に乗るのも大概にしろ。貴様らの手など借りなくとも、今回の件に支障はない。それどころか、陛下への不敬罪で即この場で投獄する事も出来る」
「私は今、カシラム王とお話をしています」
「ッ……! こ、このッ!」
綺麗に整った顔立ちに皺を作り、長い銀髪を振り乱して今にもグランドランを片手に襲いかかってきそうなヴァイスをクリンカはあくまで視界に入れない。クリンカがこんなに度胸のある子だなんて。ボクと出会うまでは冒険者としてまともに活動できていなかったクリンカが。幽霊屋敷で怯え、フォーマスには怯えて背を向けたクリンカが。今、世界最強とも言える闘王を揺さぶっている。子供の成長を喜ぶ親の気持ちってこんな感じなのかな。うれしくて頼もしくて、ボクは今感動している。凛としたその表情に思わず見とれてしまいそう。
「よせ、ヴァイス」
「しかし! まさかこの無礼も陛下は許容なさるおつもりですか?!」
「この私相手にここまで物申した者など未だかつていない。その闘志ともいえる意気込みを買おう」
「そ、それではまさか陛下……」
「そちらが提示した条件を飲もう」
「陛下! いけません、このような……」
「ヴァイス、少し黙っていろ」
尊敬する王様に軽蔑ともとれる眼差しを向けられて、さぞかしショックだったに違いない。口うるさいヴァイスという子供をお父さんのカシラム王が黙らせる。そんな構図が違和感なく頭に浮かんだ。ヴァイスを始め、衛兵までもが萎縮している。ヴァイスでさえ黙ったのにこの場で誰があの王様に文句を言えるのかというと、誰もいない。
疑問や不満の篭った表情が並んでいる中、王様は薄く笑った。
「ただし、それはお前達が決定打となる活躍をしたらの話だ。さっきは売り上げ管理の書類などと言ったが、もしかしたらそれでは決め手に欠けるかもしれん。マテールは金の管理は部下に一切やらせない、社の金のやりくりはすべて自分で管理している。書類などなくともすべて頭の中に入っていると噂されるほどのやり手だ。そうなると、他に何が必要だろうな?」
「とにかくやってみます……」
「それに実はこれも噂なのだが、社内の人間ですら社長室の場所は知らないらしい。社の保身に関しては病的なまでに用心深い事で有名な奴だ。社内に侵入したとしても、無事発見できるかどうか……」
「や、やってみます!」
心なしか、さっきまでの頼もしいクリンカがどこかいってしまったようだった。勢いで王様を押し切ったものの、それを上回る切り返しで逆転されたみたいな状況だ。やっぱりあの王様のほうが一枚も二枚も上手かもしれない。
◆ シンレポート ◆
まてーるしょうしゃの いやがらせで ついに きれた むすめふたり
そこへ やってきた まてーるつぶしの さんだん
まてーるしょうしゃのせんりょくというと どうまとかいう でかぶつが きていた
ぱわーどすーつ ですか
あんな せんすぜろの すーつを まとって まけたら もうはずかしくて
おもてをあるけないなと しんは おもいました
あれが ずらりと ならぶこうけい
ぷぷっ ぷーくすくすくすくす
いけない いけない
それにしても まてーるが とうぞくと つながってるですか
これで けっぺきだったら おういはくだつものです
しんが まてーるなら たくさんおかねもってるし とうぞくとなんか
かかわらないのです
そのじてんで まてーると とうぞくの つながりはない!
ふふふ しんは あたまがいい あのばかおうも みならえ です
りゅあが まてーるしょうしゃに そにっくりっぱーを
うちたがってると おもいましたが さすがに きのせい
いくらなんでも そこまで きょうぼうじゃない
うんうん このしんの しんびがんも みがかれたものです
やつを じゅくちしている しょうこなのです
ふっふっふ このちょうしで じゃくてんを どんどん あらいだしてやるのです




