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第126話 新しい時代の武器を見せてやろう

◆ マテール商社カシラム工場 炉エリア ◆


 一度、流れ出せば止まらない。川の濁流みたいになった人達は鞭男一人に3、4人でひっついて根を上げるまで離れない。武闘派といっても実力的には冒険者でいえばBランクくらいだ。とはいっても、こっちにもそれなりに実力のある人は少なくないし、研磨エリアの武器を持てば十分に戦える。

 そして異様な興奮で場を沸き立たせたのは、作業服を脱いで半裸になったAランク冒険者のタターカの踊りだ。敵でさえみとれるほどの踊りだし、これで劇団を追放されるなんてどれだけ厳しい世界なんだと思わざるを得ない。それにしても薄着一枚で男達の中で踊るあの子の姿は絶対にハンスには見せられない。


「ハルトさん、無事かな?」

「うーん……。あの人が元気ならいい勝負が出来るかもしれないけど、ちょっと厳しいかな」


 最初にクリンカをかばったのは自分だからケジメをつけさせてほしいと言って聞かなかったハルトを置いてきたのは失敗だったかもしれない。あの傷だらけの筋肉質な体を見ると、シャクチもそれなりに経験を積んでいるはず。それに純粋な一対一の戦いならいいけど、あのシャクチは何をしてくるかわからない。卑怯な手でも使われたらますます勝ち目がなくなる。


「この炉エリアのチーフとかいう人はあれかな?」


「スキル……アイアンボディッ!」


 角刈りのおじさんが大の字みたいなポーズを決めると、その全身が鉛色に染まっていった。全身に武器を突き立てる人達を物ともせず、全員殴り倒してしまったところを見るとどんなスキルなのか、よくわかる。でも体が硬くなるのか、体が鉄になるのか。どっちでもいいように思えるけど、もしアレと戦うなら必要な情報だと思う。


「け、剣がまったく通らない?!」

「愚か者めがッ! このアイアンボディは俺の体を鉄にする! 剣で鉄が斬れるか!」


 そんな情報をあっさり喋ってくれた。言わなきゃいいのに、どうして自慢しちゃうんだろう。でも気持ちはなんとなく、わからないでもない。鉄になる、なるほど。またしてもアレはボクでも出来ないスキルだ。でもあんまりうらやましくないのはなんでだろう。やっぱり見た目かな。水の上に立つ鬼神衆はかっこよかったのに。


「まったく、研磨エリアのシャクチは何をやっていたのだ。まぁ奴はチーフクラスの中でも、何のスキルも武器も持たない最弱の男だが……」


「そう、チーフクラスはほぼ全員が固有のスキルを持っている。この工場の社員が武器らしい武器をあまり持たないのは、奪われて反乱に利用されるのを防ぐため。つまり全員が一人で武器も持たずに反乱を鎮圧する戦力が」

「てぇいっ!」

「ぶふぉっ!」


 必死に早口で説明した後、ボクに何か言おうとしたタターカが絶句するのも無理はない。クリンカの杖の一撃であの鉄頭に亀裂が入って、そのまま重い音を立てて倒れてしまった。タターカに続いて誰もが一切音を立てなかったのは、何かすれば殺されるとさえ思わせてしまったからなのかな。

 クリンカは優しいし、そんな凶暴じゃない。たまに頭を叩かれるけど。武器も持たずに反乱を鎮圧する戦力がうつ伏せの大の字に倒れていて、その傍らでガッツポーズをとる女の子の光景。恐怖と好奇の入り混じった視線を投げかけられるのはある程度慣れたけど、クリンカはどうなんだろう。すぐ近くにいるあの人なんか、まるでお化けでも見たかのような顔だよ。


「皆! もうすぐ自由だよ! がんばろう!」

「お、おぉー……」


 クリンカの激励に続いたのは半分もいない。見よう見まねで仕方なくやってみたみたいな感じになってて、ここまでくると少し面白いかも。


「研磨エリア、炉エリアは制圧した! 合わせて100人以上! この戦いが終われば我々は自由になれる! しかし忘れてはならない! この戦いは小さな勇気がきっかけであった事を!

そう、ここにいるクリンカさんだ! この幼い体でたった一人、悪漢に立ち向かったのだ! その勇姿に我らは活力をもらった! 私は恥じなければならない……小さな勇気さえ、忘れて諦めていた事を!

立ち上がる力がある事を思い出させてくれたのはここにいる少女なのだ!」

「「「「おおおぉぉぉーーーーー」」」」


 微妙な空気になった中、活気付けたのは一人のおじさんだった。何故かあの人がリーダーみたいになってるのが気になるけど、頼もしくて助かる。ボクじゃあんな気の利いたセリフは思いつかないし、クリンカでさえあの様だ。


「そこまでだ」


 怒りに満ちた様子があるわけでもなく、散歩でもするかのようにゆったりと歩いてきたのは工場長だった。沸き立った人達の表情が一瞬で凍り付いて静かになったところから、あいつが他のチーフとかいう奴らと比べても別格なのがよくわかる。

 普通の大人と比べてもかなり大きい上にあの鉄兜に鉄仮面、見た目だけで威圧感と不安を与えるには十分だ。ハルトが恐れていたあの工場長の実力はというと、多分かなり強いほうだと思う。なんでマテール商社なんかにいるのかわからないほどに。もちろん竜人達や魔王軍を除けば、だけど。

 さっきまで皆を激励していたあのおじさんも、すっかり萎縮して武器を握る手が緩んで床に落としてしまってる。


「役に立たん奴らばかりだな。生産も遅れ、果てには反乱まで起こされて止められず……!

今日、この無駄な時間の間にどれだけ生産できたと思うか! どれだけの利益が見込めたと思うか!

理解できているのか、このボンクラどもがぁッッ!」


 手甲に覆われた左手から異様な振動音が鳴った。ハエの羽音をかなり大きくして、更に暴力的に仕立て上げたような不快な音だ。その左手を向けられた人達の中には今までの熱気はどこへいったのかと思えるほど、子供みたいに膝を抱えてうずくまる人もいる。

 ごめんなさい、すみません、と何度も呟いて自分がどれほどの過ちを犯したのか気づいたみたいな感じだ。


「扇動した者は名乗り出ろ。さもなくば、この場にいる人間の命はない」

「あ、私です」


 何の躊躇もなく、さっと手をあげたクリンカ。出会った頃のクリンカからは考えられないほどの勇敢さだ。今はあんな意味のわからない左手の大男の前に、まったく恐れる事なく踏み出している。でもクリンカ、いくら強くなったとはいってもあの左手だけは警戒しなきゃいけない。あんな音を立てているものがまともなもののはずがないし、何かボク達に想像できない効果があると考えたほうがいいと思う。とはいってもボクが言えた話じゃないか。


「工場長、こちらは片付きました」


 全身汗だらけのシャクチが、まるで猫でも運ぶかのようにハルトの首根っこを掴んで運んできた。それを投げ捨てたのを見て満足そうに無言で頷いた工場長。

 工場長の前から駆け出して、ハルトの元に駆け寄るクリンカと一緒にボクもその様子を見た。血だらけな上に体中、痣だらけで相当いたぶられたみたいだ。でもシャクチの息を切らしているところを見ると、それなりに接戦ではあったみたい。

 まともな食事も与えられず、ひどい環境でずっと働き続けたのに大健闘だ。


「す、すまない……これじゃやっぱり、冒険者やめて正解だったぜ……」


「工場長が手を下すまでもありません。こんな奴ら、オレ一人で十分です」


 ハルト一人に苦戦してた奴の言うセリフじゃない。工場長に好かれたくて必死なんだなとさえ思える。でもそんなシャクチの媚びを他所に、工場長は左手の異音の音量を上げた。クリンカをないがしろにするわけじゃないけど、ここはボクがやるって決めたんだ。すぐに終わらせる。


「娘、このクラッシュアームを恐れないのか」

「それってメタリカ国のキカイってヤツだよね? 前にも似たようなの見た事あるもん」

「ほう、子供だと思っていたがこれはあなどれんな。そう、これはメタリカのとある会社との提携商品、現在我が社が水面下で取り組んでいる新事業でもある」


「あれが工場長の必殺武器……何人、あれの餌食になったか……」

「す、水面下で取り組んでいるのにバラしていいのか……?」


 恐れおののく人達の中にやけに冷静な突っ込みをしている人がいるけど、ボクもそう思う。メタリカ国といえばジーニアとプラティウだけど、まさかあの二人が関わってるのかな。だとしたら、こんなひどい会社に手を貸すなんて見損なった。

 でもメタリカ国の会社っていってたから、どうなんだろう。


「炉エリアのチーフ、カンタックを倒すほどの相手だ。こちらも本気でやらせてもらう……クラッシュアーム、バトルモォォォォドッ!」


 左手がバナナの皮みたいに開き、それらが工場長の全身を覆い始めた。むき出しの上半身を銀色が包み、元々大きかった体が倍以上になる。鉄の鎧に鉄の鎧を重ねて着たような、完全な機械。そう、あいつはメタリカ国の機械将軍(マシンジェネラル)ブランバムと同じで体が機械なんだ。

 皆が恐れるのもしょうがない。左手が機械になっていてそれがそのまま武器になる奴なんて、普通の人からしたら魔物と変わらない。


「これがメタリカ最新型兵器……パワードスーツシリーズの一つ、プロトフルアーマー・クラッシュタイプだッ!」


【フルアーマードウマが現れた! HP 5360】


 あの鉄兜と鉄仮面は元々、機械の鎧の一部だったみたい。それにしても、こんな狭いところで動き回れるものなんだろうか。クラッシュタイプとか、さっぱり訳がわからない。クラッシュじゃないタイプもあるのかな。どうでもいいか。


「メタリカ国ではこれの前身となったタイプのものをSランクの冒険者が使っていると聞いたが……。

フフ、こちらは恐らくソレとは比べ物にならんほどのパワーを秘めている。いいぞ、この工場の利益が上がれば私はもっと……フフフ、フハハハハッ」


 という事はプラティウのアレと同じものなのか。でもあっちはワクワクしたけど、こっちは何も感じない。なんていうか、ゴテゴテしすぎていて不恰好だ。プラティウのはなんかこう、スラッとしていてかわいいしかっこいい。いくら強くても、あれじゃ羨ましくもなんともない。

 それより今のボクには武器がない、素手であの装甲を打ち抜けるだろうか。ちょうどよかった、剣がなくてもある程度戦えるよう、練習台になってもらおう。こいつが竜人より強いとは思えないけど。


「なんだありゃ! 魔物だー!」

「工場長は魔物だったのか!」


 事情を知らなかったら、本当に魔物にしか見えない。ウィザードキングダムを襲ったゴーレムの中にあんな感じの奴が混じっていたし、工場長は見た目とかそういうの気にしないんだろうか。

 皆が逃げ惑うのも無理はないと思う。でもこれ以上、こんな場所でパニックになったら怪我人が出る。


「消し飛べぇ! ガトリングナックルッ!」


【フルアーマードウマはガトリングナックルを放った!

クリンカはダメージを受けない!

クリンカは15のダメージを受けた!

クリンカはダメージを受けない! HP 1105/1120】


「い、痛い……」


 親にゲンコツを受けたかのように、頭をさするクリンカ。というかボクが戦う気満々だったけど、さっきクリンカが名乗り出たんだから狙われて当然だ。

 何がガトリングナックルさ、クリンカが怪我したらどうするの。


「なにぃ? まさか出力が足りんのか?」

「そんなんじゃボク達は倒せないよ」

「身体能力を数倍にまで引き上げるはずだ。プロトタイプとはいえ、これはどうもおかしい」

「それってそんなに強いなら、遠慮はいらないか」

「何を馬鹿な」


【リュアの攻撃! フルアーマードウマに3719のダメージを与えた! HP 1641/5360】


 結構硬い。割と本気を出したはずなのに、拳が中のドウマのところ寸前で止まった。

 でもバチバチと雷みたいなのが鎧全体からあふれ出しているし、もうこれは使い物にならない気がする。


「ななな、なぜぇぇぇぇぇぇ?! 動かん! 故障したか?! クソッ、とんだ粗悪品をををあぁぁぁぁぁ!」


 肩や腰の辺りが小さな爆発を起こし、ものすごい炸裂音がフルアーマーの内側から鳴り響いた。工場長を中心に爆破が起こり、果てには近くの炉も巻き込んでしまって更に爆発が連鎖した。


「ク、クリンカ……なんかすごい事になっちゃったけど……」

「もう! だからやりすぎないでって言ったのに! 皆を避難させるから!」


 まったく言われてないけど謝るしかない。あの変なスーツよりも大変なのは後始末だと気づいた時には、炉エリア全体が炎に包まれようとしていた。


「リュアさん、クリンカさん! こっちに非常口があります!」

「他のエリアの人達も逃がさないと! タターカはそっちをお願い!」


「もう、なんでこんな炉なんか! 武器を打つならもっと」


 やぶからに押し付けちゃったけど、この状況だしがんばってもらうしかない。武器への拘りのあまり、設備に不満を漏らしながら行動するタターカを見て、絶対にこんなところで死なせちゃいけないと誓った。

 完全にボクの責任のように見えるけど、元はと言えば悪いのは工場長のドウマだ。あのメタリカ国がマテール商社なんかに技術を渡すはずはないし、一体全体何がどうなっているのやら。ジーニアはこの事を知っているのかな。今度会ったら聞いてみよう。


◆ マテール商社カシラム工場 炉エリア 外 ◆


「はぁ……はぁ……。ぜ、全員無事かな? もう、戦いよりも疲れちゃったよ……」

「リュアちゃんがもっと、おしとやかに倒さないから……」

「なにそれ、どうやってやるのさ……」


 各エリアの人達で点呼をとったところ、逃げ遅れた人はいないみたい。幸い、火事も今は炉エリア内だけで止まっているみたいだ。壁が全部、金属だしそう簡単には全焼しないだろうけど、いずれは消さなきゃこの辺りの森にまで燃え移っちゃう。ボクは水系の魔法が使えないし、消す方法がない。

 頭を抱えるのはここからだった。


「ぶふぅ……き、さまらぁ……」


 燃える炉エリア内からよろめいて出てきたのは、全身真っ黒にした工場長のドウマだった。あの爆発を受けて更に炎の中を突破してきたなんて、とんでもない奴だ。元々殺すつもりはなかったけど、いざこうして生きて出てこられてもどうしていいかわからない。


「ぜ、んいん……ころ…す……」


「あ、あれって……」


 本当なら迫るドウマに驚く場面だけど、それ以上に皆の注意を引きつけたのは大量の蹄の音だった。馬じゃない、もっと特殊な生物パシーブの蹄。それが工場の入り口に迫ってくると、その人達がカシラムの兵隊だとようやくわかる。

 その中で一際目立つ、金色の装飾をまとったパシーブに乗る二人の男の人。


「ここがマテール商社の武器工場か。しかしこれはどういう状況だ?」

「陛下、これは只事ではありません。オイッ! 誰か説明出来るものはいないのか!」


 荒々しく大声を上げた男の人と陛下と呼ばれた人。ここまでくればボクでも察しがつく。この人達はきっと。

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