第123話 偉大なる武器商人の息子
◆ カシラム王都 武器屋 黒金の刃 ◆
揉み手をしながら頭を何度も下げる店主の様子からして、社長の息子というだけでもマテール商社にとってはものすごい存在なんだな。それに優越感を感じているフォーマスも偉そうだ。店内なのに銃を親指に引っ掛けてクルクルと回している。
「きっちり売ってんのか? もし売り上げが伸びてなかったり、赤字を叩き出すようなら……もちろん、わかってるよな?」
「はい! それはもう! 見ての通り、好評ですよ!」
「ふーん……。お? あそこの客、何も買わずに出て行ったぞ?」
「ひぇぇぇぇ! お、お待ちくださいいいいい!」
フォーマスがわざとらしく、そそくさと出て行った客を見ると店主が転びそうになりながらそれを追いかけた。肩を掴まれた男の人の冒険者は心の底から迷惑そうに振り返る。
「なんだよ」
「あ、あの。あちらのハルバートなんかお勧めですよ」
「いや、なんとなく立ち寄っただけだし……」
「そう言わずにお安くしておきますから……」
「まぁまぁ待て、オヤジ。なぁ、お兄さんよ」
フォーマスが割って入ると、冒険者の顔が更に訝しげに歪む。多分だけど、あの人はフォーマスが入ってきたから出て行ったんじゃないか。
「その槍、刃が欠けてるぞ?」
「……なに?」
「その先の部分、見てみろよ。槍ってのはな、尖端部分が少しでも欠けると寿命はあっという間だ。
一見、わからないがこういうのは体全体のバランス取りにも関わってくる。あんた、最近魔物と戦っていてヒヤッとした事はないか?」
「そ、そういえば……」
「その槍が原因だよ。壊れかけの武器を気づかずに使い続けて死ぬ奴の割合は冒険者の中でも4割に届く。だから出来るヤツは頻繁に武器を買い換えるか、一気にいいモノを買っちまうのよ。
思えば、オレもAランクになるのに苦労してな……」
「そのカード……あんた、Aランクなのか?! 俄然、信憑性が出てきたぞ」
「悪い事は言わない。すぐに買い換えたほうがいい、自分の命を守る為だからな」
「わかった! アドバイスを頼む!」
クリンカとハンスの口が半開きのままだ。多分、ボクもそうなっている。開いた口が塞がらないというのはこの事だ。しかもあの人だけじゃなく、女の子冒険者も巻き込んで武器の談義が始まっちゃってるからとんでもない。
何よりボクが一番驚いたのは、こんな時に冒険者カードを使った事だ。もしかしてフォーマスはこの為にAランクになったのかな。ひどすぎる、こんなのインチキだ。
「完全に詐欺の手口だよ……リュアちゃんはあんなのに引っかかったらダメだからね」
「でも、知らなかったら信じちゃいそうだよね……」
「故障寸前の武器を使っていると命に関わるってのは間違っちゃいないが、あいつの武器がそうだというのはデタラメだ。少なくとも買ってそんなに経ってないだろ。そりゃ魔物と戦ってりゃ、誰だってヒヤッとする事はあるわな。不安を煽って購買意欲を掻き立てる……立派な教育を受けたんだな、まったく」
怒りを通り越して呆れてしまったハンスから笑いが漏れた。その奥ですでに女の子冒険者を虜にして得意になっているフォーマス。気持ちいいところ悪いけど、ボク達はあいつに用がある。いや、あいつじゃなくて。
「ねぇ、フォーマス」
「でまぁ、武器選びはそのまま自分の命に繋がるってわけよ。君のその小剣もだいぶ痛んでるね、この店ならそれよりも遥かに優秀なものがいくらでもあるぜ」
「ホント? じゃあ、どれがいいかご指導してくださいなー」
「ねぇねぇフォーマス」
「オレがバッチリ、コーディネートしてやる。どれ、まずは君の体つきを……」
「やだぁ! エッチ!」
これだけ近づいているのにボク達の存在にはまったく気づいていない。浮かれすぎて女の子しか見えてないんだ。こんなのがAランク冒険者だなんて。いや一人だけこれと似たような知り合いがいたから、今のはナシで。
それよりも、聴こえてないならこうするしかない。
「フォーーーーーーマスッッッ!」
「うおぉぉっ!」
後ろから耳元で思いっきり叫んでやって初めて気づいたみたい。この慌てようといったら、今の今まで女の子の前で格好つけていたヤツとは思えない。
「だ、誰かと思ったら……! それにロエルもいやがるな?
オレを怒鳴りつけるとは随分、偉くなったじゃねえか? あぁ?」
クリンカだよ、と訂正しようと思ったけどこいつにそんなの教えてやる必要なんかない。以前はフォーマスにひどい目に遭わされたクリンカも、冷めた目つきでフォーマスを視界に入れている。前にボクがたまには料理でもするかという事で作ったシチューに対する目と同じだ。なにこれ、そのたった一言でボクがどれだけ傷ついたか。
「フォーマスさん、知り合い?」
「あ、あぁ。まぁな……」
「いきなり人を至近距離から大声で呼びつけるなんて非常識な子ね。
そうだ、フォーマスさん。この子の武器も見てやったら?」
「そうそう! どんなひどい武器か、興味ある!」
なにこの流れ。すでに女の子達や他の冒険者はフォーマスの味方だ。昔なら悲しくて涙が出たところだけど、今のボクにはクリンカがいる。たとえ世界中がボクを嫌いになったとしても、クリンカさえいれば平気だ。なんとでもいえ。
「はい、これ」
「あぁ? なんでオレが……。なんだこりゃ」
「……な、なんだ?」
フォーマスの呆れた声とハンスの搾り出したような声。どっちがディスバレッドをよくわかっているか、一目瞭然だ。でもハンスは意地でもそれ以上、ボクの武器に興味を示さない。必死に腕を組んで我慢している。
「ブッ……。不恰好な武器だな。どこの凡才が打ったか知らねえが、こりゃひでぇ。
たまにいるんだよ、奇をてらって訳のわからんデザインにして利便性を置き去りにした糞武器を打つナマクラ鍛冶師がな。芸術作品でも作ってるつもりなんだろ。君らも、鍛冶師なんかには絶対に頼るなよ」
「ふーん、鍛冶師ってよく知らないけどそうなんだ」
「このご時世、武器なんざいくらでも手軽に作れるのに未だに職人気質だか知らねえが、自分の世界に閉じこもって古臭い技術を妄信している連中だ。作ったモノに文句をつけりゃ、お前に何がわかるの一点張り。そのくせ高い金をふんだくる詐欺師みたいなところがあるから、関わらないほうがいい」
「うわぁ……ひどすぎ。私、鍛冶師はやめておく……」
ハンスの表情がどうなっているか、見なくてもわかる。さっきのクリンカの一言が効いているのか、今は口をヘの字にして茹で上がったタコみたいに真っ赤だ。
フォーマスはもちろん、ボクは周りの人達にも腹が立った。あんな奴の言う事を簡単に信じて、自分で確かめようともしない。ディスバレッドの事もそうだけど、全部デタラメだ。デタラメを信じて次のデラタメを呼んで、デタラメを作り上げる。この武器屋全体、いやマテール商社そのものと似ている。
まだハンスに武器を打ってもらってないし見た事がないけど、少なくとも武器への情熱は並大抵じゃないとさっきわかった。もしあの人がいいものを作るなら、ボクは全力で応援したい。でも、このデタラメを信じきった空間を壊すにはどうしたらいいだろうか。
クリンカが言うように、ハンスの腕は暴力の為にあるわけじゃない。でもハンスはその腕を振るおうとしない。やっぱり鍵はタターカだ、あの子が戻ってくればハンスもやる気になってくれるはず。
「クリンカ、フォーマスに……」
「あ、ちょっと待って。こっちこっち……」
クリンカに口を塞がれたと思ったら、更にハンスから距離を置いて離れた。この様子から、もしかしたらボクはまた無神経な事をしようとしたかもしれない。
「自分の娘があんな人と一緒にいるなんて知ったら大変だよ。特にハンスさんなんか、怒り狂って工房から武器を持ってきて殺しかねない。だから私がそれとなく、聞いてみるね」
そうだ、やっぱりクリンカが正解だ。ちょっと言い過ぎかなとは思うけど、聞かれないに越した事はない。ヒソヒソ話をするボク達を不思議そうに眺めるハンスをちらりと見ながら、ボクは自分の考えを改めた。
「フォーマスさん、今日は二人だけなの?」
「あん? それがどうしたんだよ」
「いや、なんとなく。Aランク昇級試験の時は3人だったし」
「よーし、皆! 今日はオレの奢りで飲みにでもいくか? たっぷりと話を聞かせてやるよ」
「え、いいんですか? やったー!」
ダメだ、無視された上に勝手に盛り上がってる。やったーじゃないよ、もう。こんな人達、魔物にでもやられちゃえばいいんだ。なんて思っちゃいけない。いけないけど、この身の置き場のなさが悔しい。
店にいた冒険者はほぼ全員フォーマスの虜だし、ここでボク達が何をいっても悪者になる。
「店主、物を売る時はこうやるんだよ」
「は、はい……参考にさせていただきますっ」
小さく店主に耳打ちしたフォーマスには誰も気づいていない。その店主はフォーマスが現れてから一度も揉み手を休めないほど、何度もおじぎをしている。
カッとなってフォーマスの肩を掴むと、面倒臭そうに舌打ちをしてからボクの耳たぶを思いっきり掴んできた。
「なんか知らねーがあいつに用があるんだろ? それならマテール商社カシラム工場に行けよ。飽きたし最近聞き分けねーから、あそこに捨てたわ。まぁ行っても、どーせ門前払いだろうけどな。あばよ、レズガキ」
憎たらしいほどフォーマスの囁きが耳の奥にまでへばりついた。大勢の冒険者の心を掴んで、店を出て行くあの後ろを思いっきり蹴り飛ばしてやりたい。飽きた、捨てた。ボクでさえ怒りが収まりそうにないのに父親のハンスが聞いたら、どう思うか。もう想像できない。ボク達にしか聴こえてなさそうなのが幸いだった。
フォーマスまで小声なのは、あの人達に聞かれたくなかったからだ。良く見せた自分のイメージを壊したくないから。たったそれだけ。
「ケッ、どいつもこいつもろくでもねぇ連中ばかりだな」
「ハンスさん、待って下さい」
「なんだよ、武器なら打たねぇぞ」
「一つだけ言わせて下さい。ハンスさんがそうやって逃げても何も解決しないと思います。
本当に鍛冶師の仕事が好きで武器への情熱があるなら、あんな人達に負けちゃダメです。
ハンスさんは戦うべきです、とにかくいい物を作り続けていれば必ず勝てます。だから……」
「うるせぇッッ!」
「私達、必ずハンスさんが気に入る人を連れてきますから! そしたら戦うって約束して下さい!」
ハンスは少しの間、足取りを止めたけどすぐに武器屋の扉を蹴って出て行った。後ろで短く笑う店主が完全に勝ち誇っている。
本当にクリンカの言う通りだ。悔しいなら戦うべきだし、今のハンスは子供っぽい。駄々をこねてるだけじゃ何も解決しないのに、変に意固地になって前へ進もうとしない。もうこうなったら、何が何でもタターカを連れ戻すしかない。
「クリンカ、タターカさんを連れ戻そう。フォーマスが言うには、工場にいるって言ってたよね」
「うん……それに捨てたって言い方が気になる……」
「あー、工場ね。かわいそうに……クックックッ……」
まだ笑う店主にボクの怒りが爆発した。胸倉を掴んで、壁に押し付けたところで悲鳴を上げた店主。ハンスじゃないけど、本当にどいつもこいつも。
「な、な、何を無礼な! おぉい!」
「……お嬢ちゃん、何か不満でも?」
コンボーを連れていった大男が出てきて、指を鳴らして威圧してくる。ちょっと冷静になってきたけどクリンカは止めないのかな。うん、ハラハラした様子で見守ってはいるけど止める気はないみたい。つまり好きにしていいって事だね。
お客さんじゃなくて、お嬢ちゃんって言い方がすでに腹立つ。そりゃこんな大きな人からみたら、子供かもしれないけど。
「ねぇ、工場ってどこにあるの?」
「お嬢ちゃん、その手を……ぐあぁぁぁぁぁぁ!」
「うるさいから黙っててよ。ね、おじさん。工場の場所は?」
「ひ、ひぃぃぃ!」
ボクの肩を掴んできた大男の拳を掴んで捻ってやった。殺されるかのような悲鳴を上げて床に倒れ転げる大男。やり過ぎたとは思うけど、止まらない。
「あの、リュアちゃん。そろそろ落ち着いて……」
「工場の場所は?」
「に、西のブナウール山中……山道の途中に立て札があるはず……お、お助けぇ……」
「う、あぁぁ……腕がぁぁ……いてぇ……うああぁぁ……」
お漏らしする店主に涙を流しながら床で悶える大男、もう阿鼻叫喚だ。本当にやり過ぎた、このままだと賞金首になりかねない。これじゃ我慢したハンスに申し訳ないし台無しだ。その場を取り繕うよりも、この人達が怯えて動転しているうちに出て行ったほうがいいと促したクリンカ。
もちろんこの後、尋常じゃない勢いで怒られたのは言うまでもない。むしろボクが泣きそうになった。




