第121話 名工ハンス
◆ カシラム王都 鍛冶師ハンスの工房 ◆
「どこから聞きつけてきやがった? 帰れェ!」
鉄や土混じりの匂いが充満した工房に入るなり、いきなりビンを投げつけられた。それはボク達に命中する事なく、入り口の壁に当たって粉々に砕けたんだけど。それより何よりビックリなんてものじゃない。
「オレはもう武器は打たねぇんだよ! 店じまいなのがわからねぇのか!」
この白髪混じりの髪を頭の真ん中で分けた、不精ヒゲおじさんを訪ねた理由はもちろん、ディスバレッドを打ち直してもらう為だ。セイゲルによるとこのハンスは世界でも三指に入るほどの名工で、3年先まで予約がいっぱいなほどらしい。
ティフェリアさんの武器トワイライトブリンガーを打った名工ボーグと並び、この国のSランク冒険者の槍グランドランはハンス製のものだとか。この二人に限らず、武器を一切使わないネーゲスタのバーラン以外のSランクや有名な冒険者は名工と呼ばれる人に武器を打ってもらってる事が多いとセイゲルが説明してくれた。
ついでに男たるもの、武器に目利きが利かないようでは戦士として失格だと女の子のボクに偉そうに語ってくれた。でもセイゲルの武器も有名な人に打ってもらったのと聞くと、武器屋で買ったものだと言われて少しイラっときたのは内緒。もう、なんなのあの人は。
そこで腕のいい鍛冶師を聞くとセイゲルが挙げたのがこのハンス。鍛冶師はよくわからないけど、入ってきたお客にいきなりビンを投げつけるような人ばかりなんだろうか。赤ら顔でお酒びたり、とても武器を打てそうな状態には見えない。
「あ、あの。私達、ハンスさんに武器を打ち直してもらいたくて……」
「てめぇ、ガキ。人の話を聞いてなかったのかぁ? よし、そこに正座しろ! ぶっ殺してやる!」
「ひえぇぇ! リュアちゃん、こっち来るぅ!」
「あんたぁ! いい加減におし!」
スパァン、と乾いた音を立ててハンスの頭を引っ叩いたのは、奥さんらしき人だった。ハンスと比べてかなり若く見える。健康そうな茶髪を後ろで縛った綺麗な女の人だ。
見た目よりもかなり威力があったみたいで、ハンスはかなり痛そうに頭を両手で押さえている。
「いってぇ……あにすんだろぉ」
「あんな子供相手にまで八つ当たりしてバカじゃないの?! 武器を打つ気がないなら、こんな工房に座ってんじゃないよ!」
「オレの勝手だろぉ! もうホントいってぇんだからぁ! ちょっと脅かしただけだろ!」
「ちょっとって感じじゃなかったよ……。そこら辺の魔物より迫力あったよ……」
クリンカがファイアロッドを取り出すくらいだから、相当なものだ。鍛冶師というのはもしかして戦闘もこなすんだろうか。
興奮状態のハンスを奥さんがまた引っ叩いて、ようやくこの場が収まった。叩かれているうちに涙目になっていくハンスが少しだけ気の毒だったけど、そうでもしないと取り付く島もないからしょうがない。
「ごめんなさいね、あなた達。うちの人ったら、娘が家出してからずっとこうなの」
「余計な事言ってんじゃねーよ、お前! それとは別にオレはもう打つ気はないの!」
「だったら、こんなトコにいるんじゃないよ!」
「ぎゃんっ!」
流れるようなやり取りに圧倒されてついていけない。ゲンコツがハンスの頭の真上を直撃して、ついには子供みたいにうずくまって泣いて。結婚というのは大好きな人とするものなのに、ハンスはあんな凶暴な女の人が大好きだったんだろうか。
「本当に見苦しいところを見せてしまって……。本当、この人の鍛冶の腕は世界に通用するほどなのにねぇ。現に前までは休む間もないほど、お客さんがたくさんいたんだよ」
「どいつもこいつも、武器ってモノをわかってねぇ節穴ばっかりだからな。
その辺で叩き売られてる安いナマクラで満足しちまうんだよ」
「今でも価値のわかる人が、こうしてあんたを訪ねてくるんでしょ!」
「どうだか……」
「もう……。そんなに家出したあの子に跡を継がせたかったのかい。拗ねてる原因の大部分はソコでしょ?」
「あいつは関係ねぇ!」
どうも話が見えない。一つわかっているのは、このままだとディスバレッドを打ってもらえないという事。名工ハンスは呪いの武器ですら浄化する、奇跡の鍛冶師とまでセイゲルが紹介してくれたのに。竜人達は魔族の武器を人間がどうにか出来るわけがないと言っていたけど、ボクは諦めたくない。
ハンスがそこまでの鍛冶師なら、ぜひともお願いしたいくらいだ。
「ハンスさん、どうかお願いできませんか? うちのリュアちゃんの武器、相当傷んでるんです」
「……ちなみにお前ら、オレに武器一つ任せた場合の相場は知ってるのか?」
「あ、それは知らないです……」
「モノと状態によるが、最低10万ゴールドはもらう」
「じゅうみゃん?!」
昔のボク達なら卒倒していた金額だ。それでもクリンカが噛んでいるのが謎だけど、払えない金額じゃなくて少し安心した。でも10万ゴールドっていうと、少なくともBランクの冒険者じゃなかなか手が出ない額だ。それに最低だなんて言うくらいだから、条件次第で更に上がるはず。
アバンガルド王国の武器屋で売られていた、かなり高い武器でも数万ゴールドだった。数万ゴールドもあったら、1年近く何もしなくても暮らせるとボクは思う。それを考えると10万ゴールドという金額は普通に考えたらやっぱり途方もない。
それなのに大した事がないだなんて思えるボクも、Aランク冒険者なんだなぁと実感する。ちなみにセイゲルはかなり稼いでるけど女の子と遊んだりプレゼントしているうちに、ほとんどなくなるみたい。ああいう計画性のない大人にだけはなっちゃダメなんて、何故かクリンカに言われる始末だ。
「あの、これだけあれば足りますか?」
「あぁ? お前、ガキのおこづかいじゃ……ぶっ!」
「へぁ?! 大丈夫ですか?!」
袋の中のお金を見せた途端、仰け反った勢いでバランスを崩して床に叩き落ちた。いちいち大袈裟な人だ。100万ゴールド以上のお金をボク達が持っていたくらいで。
「お、おま、お前らァ! 正座しろ! 正直に言え! どこで盗んだ?! 正直に言ってから正座しろ!」
「盗んでないよ! 失礼なおじさんだなぁ!」
「私達、こう見えてもAランクの冒険者なんです。お金はたっぷりとあるので、お願いできませんか?」
「バカな……いや、確かに最近は冒険者の低年齢化が進んでいるとは聞いたが……」
「お願いしますっ!」
「……Aランクか。まぁ及第点だな」
「どういう事ですか?」
ハンスはさっきとは打って変わって落ち着き払い、丸いイスに座り直した。黒くて太い眉毛を少しだけ釣り上げて、ボク達を射るように見る。
「なんでこのハンス様の工房がこんなにも寂れているか、わかるか?」
「いえ……」
「近年、武器の流通が加速化した。冒険者の増加なんかが主な原因だが……。
最近じゃ軍備強化を開始した国も増えて、武器の需要はますます増えた。武器といえば元々、値も高騰していておいそれと手を出せるモノでもなかった。鉱石が取れる鉱山も限られているしな。
だが最近はどうだ、どの町にも必ず武器屋があって安いモノばかりが並んでいるだろ?」
「そういえば……」
「安い値で簡単に誰でも武器が手に入れられるようになった原因はいろいろある。
その一つとしてそんな近年の事情に目をつけた奴がいたからだ。そいつは各地に武器工場なんてものを作り、次々と武器を量産して市場で売りつけた。
それ自体はいい、だが問題はその質だ。大量生産したものがろくな代物のはずがねぇ。まともな鉱石が使われているかすら怪しいブツだ。
一見してナマクラにみえねぇモノが流通し、おまけにそれを見抜けない馬鹿どもがありがたがる始末。
Sランクに憧れて冒険者を始めましたなんてミーハーもいるくらいだ。そりゃアホな冒険者も増える一方だわな。鍛冶師に武器を打ってもらおうなんて輩は次第にいなくなっちまったのさ」
「そうだったんですか……。でも、私達ハンスさんに」
「黙って聞けや」
ハンスの真剣な眼差しはさっきまで荒れ狂っていた人のものとは完全に別人だ。何を言いたいのかよくわからないけど、ここは黙って聞いたほうがいいかな。なんか打ってくれそうな雰囲気だし。
「Aまで上り詰めているって事は実績は十分あるだろ。けどな、早い話がオレはもうどこぞの馬の骨ともわからん奴の武器なんざ打ちたくねぇんだ。そこで、だ。お前らがどれほどのものか、テストしてやる」
「テ、テ、テスト?! 嫌だよ、そんな難しいの!」
「リュアちゃん、多分違うテストを想像してるよ……」
「見事、テストに合格したら打ってやる。どうだ?」
意地悪そうなハンスの笑みが気になるし、そこまでしなきゃいけないのかなと少しだけ考えた。まずこのハンスがディスバレッドを打ち直せるかどうかもわからないし、ボク達もあまりゆっくりしていられない。すぐにでも魔王城を目指したいのに、こんなところで足止めされていていいのかな。
「リュアちゃん、やろう? なんたってリュアちゃんの唯一無二の剣が蘇るかもしれないんだもん。
こっちはやる気マンマンだよ」
はしゃぐようにガッツポーズをとって、笑顔で催促するクリンカ。
クリンカはボクが勇者の剣を抜けなかった事を気にしている。あれから何度も頭を撫でてもらったし、慰めてもらった。だからこそ、このディスバレッドが正式にボクの剣として蘇るのを喜んでくれているんだ。だったらボクも自分の事だ、ここはがんばってみる。
「どうやら、やるみたいだな」
「はい、出来る限りがんばります」
「まぁ、テストってほど大袈裟なものじゃないんだがな。言った通り、最近じゃ武器なんて打つ気はなくなった。だが、この腕を腐らせるわけにはいかねぇ。
オレも50を過ぎたし、いつまで五体全部動かせるかわからん。そこで、だ」
人差し指を立てて口を閉じたまま笑うハンス。ここまで来ればボクにだって何となく、予想できる。ハンスが吹っかける無理難題がどういうものかを。
「誰でもいい、オレの後取りに相応しい奴を連れてこい。もちろん、生半可な鍛冶のセンスじゃダメだ。オレと同等かそれ以上のセンスの持ち主、それが条件だ」
「……はぁ」
「どうした、気の抜けたビールみたいな返事しやがって。せっかくチャンスを与えてやってんだぞ?」
ダメだ、この意地悪極まりないハンスの笑顔を見て確信した。この人は武器を打ち直す気なんかない。無理難題をぶつけて相手を困らせて、そのまま帰らせる気だ。
ボクは軽く失望した。セイゲルどころか世界が認める腕を持つ鍛冶師がこんな人だなんて、思ってもみなかった。ろくに鍛冶師の仕事もしないでせっかく来たボク達にいきなり怒り出して、わけのわからない難題を用意して。
片手に持つお酒のビンを楽しそうに揺らしている様子からしてよくわかる。ひどすぎる、ボク達だって別に遊びでこの人を訪ねたわけじゃないのに。
「……クリンカ、行こう。もういいよ」
「え、な、なんで?」
「この人、意地悪してるだけだ。ボクの武器を打ち直す気なんかまったくないよ」
「そんな……。あの、ハンスさん。本当にその条件に相応しい人を連れてきたら、武器を打ち直してもらえるんですよね?」
「あぁ、男に二言はねぇさ」
「……わかりました」
横で深く溜息をつく奥さんを尻目に、クリンカはボクの手を引っ張って工房を出た。やけにあっさりしたクリンカの様子からして、諦める事にしたに違いない。
◆ カシラム王都 ハンスの工房 外 ◆
「探そ。私、頭にきちゃった」
「え、諦めるんじゃなかったの?」
「リュアちゃんは腹立たないの?! もう、世界に名を轟かせる鍛冶師の一人があんな人だとは思わなかった! こうなったら何が何でも、条件に合う人を連れてきてギャフンと言わせちゃおう!」
「えー……でも、どうやって……」
「リュアちゃん、戦いでは敵なしなのにこういう時はすぐに怖気づいたり諦めるんだもん。
私達、冒険者だよ? それなら自分の足で歩いて! 探して! 情報を手に入れて! がんばるの!」
おお、なんだかクリンカが燃え上がっている。赤い炎がメラメラと、その瞳にも灯されている。でもギャフンと言わせたところで、あんまりうれしくない。あんなおじさんがギャフンって。
「じゃあ、まずは冒険者ギルド! はい、おんぶ!」
「えぁ?」
「ダッシュ! ダッシュ!」
ウィザードキングダムが転移魔法で移動したように、このカシラム王都ではお金を払ってパシーブに乗せてもらう。その金額といったら食事代一回分と結構バカにならない金額で、それならボクがおんぶして走ったほうが速いしお金もかからない。おまけにアズマの時みたいに他所から来た人からは多くお金をとる人もいるみたいで、油断できないというのも理由の一つだ。
それに限らず、この国全体ががめつい。少し市場を通りかかっただけなのに腕を掴まれて強引に店のほうへ連れていこうとするし、歯の浮くようなお世辞を並べて何とか買わせようと必死な人ばかりだった。もしかして武器屋もあんな感じなんだろうか。
大して良い物じゃないのに言葉巧みに騙して買わせようとするような店なら、ハンスがあんな風になっちゃうのも少しだけわかる。
「食べるとレベルが上がるアメが一つ、200ゴールドなんて子供でも騙されないよねぇ。リュアちゃん」
「えっ?! そ、そうだね」
クリンカには絶対に言えない。200ゴールドなら買ってもいいかなんて思っちゃった。
「あなた達、ちょっといい?」
まさにおんぶしようかというポーズのところで工房から出てきたハンスの奥さん。恥ずかしすぎてそれこそダッシュで二人して何故か直立の姿勢をとってしまった。
「自己紹介がまだだったね。私はハンスの妻のラマ。せっかく来てくれたのにうちの人が失礼な事しちゃってごめんね」
「あ、いえ。気にしてません」
さっきまで燃え上がっていたとは思えないほど、クリンカは綺麗におじぎをした。こういう切り替えというか、使い分けが出来るのもクリンカの地味なスキルの一つかもしれない。
「それで、うちの人が出した条件なんだけど……。あれには実は訳があってね。
あんな風に振舞ってるけどあの人、家出したうちの娘の事が気になってしょうがないのよ。
というのも娘の鍛冶の才能を見抜いたあの人は、跡継ぎにさせようと考えていたんだけど……。
娘は劇団に入ってダンサーをやりたいだなんて言い出して、それで大喧嘩してね。
あの子が家を飛び出してから、もう2年になるかねぇ……」
「あ、話が見えてきました。つまりハンスさんは家出した娘さんを連れ戻したいんですね?」
「そう、あんな性格だから絶対にそうとは言わないんだけどね。
知らないフリしているけど、実はあの人がギルドにいって娘の情報がないか探しているのを知ってるの。だからあの人の突きつけた条件なんだけど……」
「はい、わかりました。娘さんを探して連れてくればいいんですね?」
ラマは無言で頷いた。思わぬところで道が見えて少しだけ安心した。クリンカの言う通り、その娘を連れてくればいいだけならいくらでもやりようはあるからだ。
「どうしてその話を私達に?」
「他の人は条件を聞く前に、みーんな怒って帰っちゃうから。聞いたとしてもやっぱり怒って帰っちゃう。そんな中でやるって決めたのはあなた達だけだからさ」
危ない、ボクだけだったら確実にここまで辿り着けなかった。まさかクリンカはこの事を想定して行動したわけじゃないだろうけど、少なくともボクよりは冷静だった。うーん、やっぱりクリンカなしじゃ生きられない。
「けれど、ここからが問題なのよ。あの子が入りたがっていた劇団についても調べてみたんだけど、どうも娘がいた痕跡はないし……一体、どこで何をしているのやら……」
「娘さんの名前は何ていうんですか?」
「タターカよ」
タターカ。ボク達は顔を見合わせた。どこかで聞いた事がある名前だ。どこだっけ。どこだっけ。
「ねぇ、リュアちゃん。タターカって」
「お、思い出した。確かフォーマスと一緒にいた……」
光明が見えたはずなのに、素直に喜べないこの気持ちはなんだろう。それどころか溜息さえ出る。
「あぁ……。どこかで悪い男にでも引っかかってなければいいけど……あの子、昔から騙されやすい性格だったから……」
ラマの気苦労を考えると、ボク達が知っている真実を突きつけるのはあまりに残酷かもしれない。だからこそ、喜べない。ボク達はもう一度、揃って溜息をついた。
◆ シンレポート ◆
ぱしーぶ ぱしーぶ ぷぷ なんて かっこわるい いきものなのです
うまのあたまがちぢんで あしがながくて ぷぷぷ
なんて ばかにしていたら おもいっきり つばを ひっかけられた
とれない におい とれない
あのまけんを にんげんに うちなおしてもらうなんて ばかなやつ
あれは にんげんに あつかえるものでは ないのです
というか りゅうじんたちの はなしを きいてなかったですか
むだなどりょくばかりして ぷぷぷ
ましてや あんな にんげん
「オォイ! どこ行ったあの羽ガキィ! 人の工房覗きやがって!
正座させてからぶっ殺してやる! 出てこいやぁ!」
いきおいあまって こうぼうのなかに かくれてしまった
あたま おかしい たすけて




