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第118話 過去から未来へ

 久しぶりにものすごく痛い思いをした。地面に激突した瞬間、全身の骨が砕けたかと思うほどの激痛、そして息がわずかの間だけど出来なくなった。おまけにソニックインパクトの反動でまだ動けそうにない。

 つまり痛みで悶えてのたうちまわる事も出来ない。痛くて涙が出たのなんて何年振りだろう。きちんと動ける状態だったら大した事なかったんだろうけど。どっちにしても反省点は多い。まずはソニックインパクトを反動なしで何発も撃てるようになる事。そしてたとえ動けなくても、あの高さから落ちても平気でいられる事。

 まだまだやれる、これまでボクは強くなってきたんだから。これからだってそうだ。これまでのペースを考えると一ヵ月後、半年後か一年後にはあの竜神クラスの相手とだってもう少し楽に戦えているようになるはずだ。さすがにあのクラスは滅多にいないだろうけど、ここに来るまでに竜神みたいなのがいるなんて思わなかったし、やっぱり世界は広い。どこでどんな目に遭うかなんて、ボクなんかに想像できっこないんだ。


「竜神様をお守りしろ!」


 ボクが動けないで横になっていると、そこら辺に竜顔がたくさん並んだ。傷を負ったアニマ達かと思ったけど違う。姿や形、色こそ違うけど間違いなく竜人だ。それも数十匹、いやもしかしたら100匹以上いるかもしれない。

 あと少しだけ待ってほしかった。片手さえ動けば、問題ないのに。さすがに身動きがとれない状態でこの数に襲われたら、ちょっと生き残れる自信がない。


「アニマ様、ご無事ですか?!」

「わ、私より……竜神様を……あちらに落ちたはず……」

「今、若い衆が駆けつけております!」


 アニマ達、竜人を取り囲んでいる竜人達とボクを見下ろす竜人達。もちろんその爪は鋭く伸びている。爪先をつきつけて、いつでもボクを殺せるようにしている。


「竜神様をあのような変わり果てた姿にしたのは貴様か!

それほどの力となれば、我らの知る限りでは勇者一族の末裔に違いあるまい!」


「待ってー!」


 上空から降りてきた金色の竜に意表をつかれて、竜人達はボクから離れて散った。さすがの身のこなしだ、アニマ達よりは弱いだろうけどこの竜人達もかなり強い。もしこんな状況でセイゲル達が駆けつけたら大変な事になる。


「リュア! 無事か?!」


 遅かった。セイゲルどころか、何人ものドラゴンハンター達が戻ってきている。もちろん竜のクリンカと大量の竜人達を見て、すぐに息を呑んだ。まずい、このままだと確実に戦いになる。しかもセイゲル達にしてみれば、あの竜がクリンカだと知らないはず。


「リュア……お前がここまでやられるとはな。待ってろ、すぐに助けてやる」

「ちょ、ちょっと待って。竜人達には攻撃しないで……。ね、竜人の人達も話を聞いてよ……」

「問答無用! 覚悟ッ!」


「お待ちなさい……」


 アニマがお腹を押さえながら竜人の一人の肩を掴んだ。ボクに貫かれた傷はだいぶ回復しているみたいだ。竜人だからすぐに傷が治るのか、出血もほとんどない。

 アニマの一声でその場にいる竜人全員がぴたりと止まる。やっぱりアニマは竜人達のリーダーみたいな存在なのか、誰もがボクやセイゲル達からアニマへと向き直った。


「その少女がいなければ、我らは人間と共に竜神様に滅ぼされていました。

あの方の気性の激しさはよく知っているでしょう……現にあの方は私達になど気にも留めれなかった」

「そんな……! ですが、あの方は行き場のない我々を……」

「あの方にとってはそれさえも気まぐれだったのかもしれません。確かに人間界で身の置き場がない我々をかくまっていただいたご恩はあります。しかしそれは自らの命を犠牲にしてまで守り通すほどのものでしょうか。そもそも元を辿れば私達も人間と……」

「あなたはご自分で何を言っているかおわかりか! 我らが神を侮蔑したのですぞ!」

「もちろん今でも竜神様を敬愛しております……あの力を目の当たりにして、私もいささか恐怖というものを覚えてしまったようです……。静めたその少女に感謝するほどに」


 人の話なんか一切聞かなかったアニマにここまで言わせるほど、竜神の力は凄まじかった。実際戦ったボクだから言えるけど、あんなのを野放しにしたら確実に世界は滅んでいた。過去に何度も生物を絶滅させただの言っていたから尚更。

 アニマが竜神の力を恐れたように、ドラゴンハンター達や冒険者もそんな感じでボクを怖がったのかなとふと思った。敬愛しているとは言ってたけどあれだけ敵対心をむき出しにして、人間なんて何とも思ってなかったアニマの心変わりを見るとそう感じずにはいられない。


「オイオイ、アニマァ……なまっちょろい事言ってんじゃねえぜ。何と言おうとオレァ、そこのガキを殺す」

「おやめなさい、クシオン。身動きとれない相手を殺して何が楽しいのです?」

「お前はこのままでいいってんなら黙ってろ、アニマ!」

「その少女は魔法も嗜むようですね、たとえ指一本動かせなくても手は焼くはずですよ」

「ぬっ……」


 なんでバレたんだろう。それとも適当に言っただけかな。確かにいざとなったら不得意な魔法で戦うつもりだったけど。でもさすがに魔法だと素手や剣で戦うよりも、だいぶ威力は落ちるだろうし出来れば戦いたくない。

 竜になったクリンカ一人でクシオンや他の竜人を相手にするのもどうだろうと思う。さすがに危ない。


「それにもしその少女を殺せば、確実に人間との全面衝突は避けられないでしょう」

「そういう事だ。竜神さん達よ、あんた達の崇める神が倒れてご立腹なのはわかるが、こっちだって殺されかけたんだ。それどころか長年築き上げてきたハンターネストがすでにこの有様だ。

怒り心頭なのはそっちだけじゃないんだぜ」


 セイゲルだけじゃない、他のドラゴンハンター達も武器を握り締めている。戦力で言えば、セイゲル達に勝ち目はないけど、それでも相当の気迫だ。あのクシオンがたじろいで下がるくらいには凄まじい。

 それはやっぱりアニマがすごいリーダー格だという証明にもなっていた。あれだけ怒り狂っていた竜人達がここまで大人しくなったのはアニマのおかげでもあると思う。


「アニマ様、竜神様がこちらに……」


 広い布みたいなものに載せられた竜神の頭、それを複数で支える竜人達がやってきた。やっぱりというか、竜神は頭だけになっても生きている。殺すつもりでソニックインパクトを放ったのに、すごい生命力だ。

 あの状態になっても竜神は何かをするつもりなのかな。そうだとしても、そろそろ体が動くようになってきた頃だし、負ける気はしない。


「まさかワシがこのような惨めな仕打ちを受けるとは……」


 竜神は怒っているとも悲しんでいるともつかないような口調で起き上がろうとするボクを見る。それに反応して他の竜人達がまたボクを取り囲もうとするけど、アニマに制止された。


「この怒り、収まりがつかぬ……! かくなる上はその小さな体を食い潰してやろうか!」

「まだ戦うの!? そんな事したら、今度こそ死んじゃうってわからないわけじゃないでしょ!」


 やっぱり怒ってた。竜神は牙をむき出しにして、本当に頭だけのまま飛びかってきそうだ。やるしかないのかな、と剣を見るとバスタードソードがヒビだらけだ。まずい、今までの戦いで酷使しすぎた。元々そんなに高くない剣だし新しい剣を買おうと思った事もあったけど、いざとなったらこの追加効果が面倒な剣を使えばいい。そう思ってほったらかしたままだった。

 襲ってきそうな竜神の頭に備えて背中からもう片方の剣を抜こうとした時、竜神の表情がフッと和らいだ。


「と、怒り猛る気力もない……このワシに死を意識させたのはお前が初めてだ」


 今の怒りが嘘みたいに、竜神は今度は目を閉じた。


「数千年の歳月の間、ワシは幾多の生物に死を与えた。狩人が命を狙われる獲物の気持ちなど考えようか? まるで考えた事のない境地を、お前に与えられた。

自らがこの世から消える……あの瞬間、凍てついた感覚がワシを襲った。恐怖というものを初めて味わったのだ」


 突然の事でボクどころか、竜人達もお互いに目線を飛ばし合っている。あの粗暴な竜神がここまで大人しくなるなんて、長年一緒にいた竜人達も思いもしなかったんだと思う。


「娘よ、それほどの力を一体どのようにして手に入れた?」

「どのようにしてっていうか……。奈落の洞窟っていうか……」


「奈落の洞窟……もしや『災厄の祭典』?!」

「バカな、あそこの結界は普通の人間はまず弾くはず……」

「娘、まさか災厄の祭典に立ち入ったのか?!」


 詰め寄ってきた竜人達がなんか怖い。竜顔がずらりと並んだ上に興奮しているのか、息が荒い。そして臭い。


「ちょ、ちょっと待ってよ! 災厄の祭典だとか知らないし!」

「世界の災厄が封印されているあの地だぞ! どのようにして禁断の地へ!」

「いや、普通に入って中の魔物も倒したと思うけど……。でも、10年もかかったんだよ。この剣だってそこで見つけたし」


「そ、その剣は……ッ!」


 騒がしかった竜人達が今度は絶句した。追加効果が強力すぎてほとんど使わなかったこの剣。竜神の時にも使えばよかったけど、頭に血が上っていて思いつかなかった。

 それよりこの驚きようが気になる。竜の口を顎が外れるんじゃないかと思えるくらい開いて、むしろこっちがビックリする。


「こ、これがどうかしたの?」

「……娘よ、災厄の祭典に踏み入って一体何をした?」

「何って、一番下まで行って来たけど……」

「封印されし災厄をどのようにした?」

「倒したけど……」

「フ……」


 頭だけなのに竜神はなんでこんなに元気なんだろう。普通なら死んでると思うんだけど。


「フハハハハハハハッ! ハァッハッハッハッハッハッ! なるほど、面白い逸材だ! 人間界最強と言われていた勇者一族でさえ、封印が関の山だった化け物共を倒しただと!

娘よ、クリンカと共に我がねぐらへ来るのだ! なに、もうお前達と争うつもりはない! それどころか、クリンカよ! お前に力の使い方を教えてやろう!」


 一体、あの頭のどこからこんな大声が出るんだろう。今まで聴いた笑い声で一番うるさかったのはボートムだけど、こっちは更に上をいってる。何せ頭だけでもボク達が住む家くらい大きいんだから。


「つ、使い方?」

「人間の姿に戻りたくはないか? 力の制御法さえわかれば、お前は竜と人を行き来できる。最も、こやつらには不可能だったがな」


 こやつら、と指しているのはもちろん竜人達だ。そしてこの誘い、どうも受けたくない。何せさっきまで大暴れしていた相手だし、ボクがいなかったら本当に大陸が壊滅していた。それがこの心変わり、ちょっと信用出来ない。


「リュアちゃん……」

「確かにこのままだと不便だけど、あいつ何か企んでそうだよ……」


「信用に足る証としてしばらくの間、そいつらを貸そう。ワシが破壊したこの集落の再生にでも役立てるがいい」

「な、何を言ってやがる! それこそ信用できるか! なぁ、皆?!」

「そうだそうだ! こっちは殺されかけたんだぞ!」


 セイゲルやドラゴンハンター達まで巻き込んで、もうメチャクチャだ。クリンカも頭を垂れてるし、ボクもどうしていいかわからない。竜人達だって同じだ、いくら竜神の命令でもさすがに鱗顔をしかめずにはいられない。


「時間をやろう。その気があれば明日、ドラゴンズバレーの入り口へ来るがいい。ワシはそこで待っている」

「りゅ、竜神様! 勝手に事を進められては……」

「不服か、アニマ?」

「いえ……」


 アニマはそのまま、押し黙ってしまった。そこで待っているも何も、あの姿でどうやって移動するんだ。と思えば、ここに来た時みたいに竜人達が広げている布に運ばれていった。頭だけでもかなりの重さはあるだろうし、なんだか竜人達が気の毒だ。

 竜人達も釈然としないといった様子で、こちらを振り返りながらそれに続いた。後に残ったのは瓦礫や建物の残骸だらけのハンターネストだ。

 静かになって初めて、竜神がどれほど強大な存在か再認識できた。でも、ボクはそれをやっつけた。ヴァンダルシアといいダイガミ様といい、やっぱり世界にはまだまだとんでもないものがたくさんいる。

 ソニックインパクトでもほぼ戦闘不能状態とはいえ、竜神の頭だけを残してしまった。まだまだ、強くならなきゃ。


「災厄の祭典だとか何とか……クリンカ、どうしよう?」


「あー、まぁなんだ。とりあえず、まずはあちらさんに事情を説明しようぜ」


 セイゲルが親指でくいっと指した先には、パシーブに乗った兵隊が並んでいた。すでに迅速にハンターネストを捜索しているし、そんな中でジャグや彗狼旅団が縛られて連行されている。


「報告します! 行方不明者、死者共にゼロ! 軽傷、412名! 重傷者4名です!」

「ただちに保護しろ! 回復魔法を使えるものは率先して行動せよ!」

「ハッ!」


「説明の余地もなかったな……これじゃオレ達は邪魔になりそうだ。リュア、行こうぜ」

「行こうぜってどこに?」

「すまん、野暮用になっちまうしこんな時にアレだが……親父の墓参りでもしようと思ってな。とはいってもこの状況で残ってりゃいいが」


◆ ハンターネスト外れ ドラゴンハンターの墓地 ◆


 名前が書かれた木の板が差してあるだけの簡単なお墓が不規則に並んでいる。墓の前にはお酒のビンや剣が置いてあって、多分それが眠っている人達のものだったとわかる。

 雑木林の奥に進んだ先に寂しげにたたずむこの場所は、まさに死者が眠りにつくのに最適だと思った。虫の鳴き声や小鳥の囀りさえ聴こえない、不思議な静寂に包まれた空間だ。


「ここには戦死したドラゴンハンター達が眠っている……あ、気にするなよ。すまねぇ……」

「ううん、いいの」


 このやり取りの意味が少しの間だけわからなかった。でもわかったところでボクも何も言わなかった。いや、言えなかった。

 セイゲルを無神経だと罵るわけはないし、そうでなくてもクリンカのほうから来たいと言っていたはずだ。


「ここの連中を馬鹿だと罵る奴はたくさんいる。見方によっちゃ間違っちゃいないが、オレはそうは思わない。何せ、こいつらは自分でその生き方を選んだ。そいつにとってそれが最高の人生だったなら、誰にも文句を言われる筋合いなんかねえさ」


 墓地を見渡しながら、セイゲルは大きく深呼吸した。セイゲルが言うように、自分で生き方を選ぶという事はつまりそういう事なのかもしれない。自分の好きなように生きて死ぬ。ボクもそんな人生が送れるだろうか。


「親父の墓はあそこだ」


 キリウスさんの墓は他と同じように簡素だった。だけど他と違うのは、木の板の代わりに剣が地面に刺さっていて、たくさんのものが置かれている事。それを取り囲むように食べ物がたくさん置かれている。


「親父、連れてきたぜ。あんたが名づけたロエル……今はクリンカって名前で、こっちがその友達だ。

あんたが守ったものはちゃんとここにいる」


 錆びた剣に向かってセイゲルは張りのいい声で語りかける。それだけで涙ぐんでしまったクリンカが、大きな竜の頭をすりつけようとした。


「キリウスさん……ごめんなさい、ごめんなさい……私のせいで……」

「親父は最後までお前を逃がそうとしたそうじゃないか……謝る必要なんかない」

「でも……」


「クリンカ、泣かないで」


 クリンカの頭を精一杯包み込むように抱きしめた。竜の翼がぱたぱたと揺れて、すすり泣く。墓地に不意に吹いたそよ風が、まるでその光景を慰めているかのように感じられた。


「ロエル、か。キリウスさんがつけた名前だったんだね」

「えへへ……私、お父さんやお母さんにつけてもらった名前と二つあるんだね。でもキリウスさんもお父さんみたいなものかな」

「クリンカはどっちがいいの?」

「両方好きだよ、リュアちゃんは?」

「ボクもどっちも好きだよ、ロエル」

「あ、ロエルって言ったね」

「うーん、迷うね……」


 金色の竜とボクの間を、またそよ風が通過した。ボク達を祝福してくれているのかな。なんて。


「さて、何か供えるべきなんだが……」

「これ……」

「ん、りんごか? クリンカ、いつの間にそんなもん……」

「いつも食べさせてくれたから、今度は私が食べさせてあげるんだ」


 道具袋から取り出したりんごをクリンカがくわえて、そっと墓の前に置いた。すると今度はボク達三人の間を優しい風が通り抜ける。


「心地いい風だ……もしかしたら親父の奴、喜んでいるのかもな」

「そうだといいけど……」


「ね、リュアちゃん。私、竜神のところに行く」

「え、どうして……?」

「泣いていてもキリウスさんは喜ばないし、いつまでも過去にいないで前へ進まなきゃ。それに何か気になる事をたくさん言ってたよね」

「うーん、確かにそうだけど……。何か企んでないかな」

「もしそうだとしても、私達は負けないよね?」

「……うん、行こうか」


 悩む必要なんてなかった。竜神はあの有様でほとんど戦えないだろうし、竜人達が襲ってきても負ける気はしない。変な罠を仕掛けていたとしても、ボクは災厄の祭典とか言われているあの奈落の洞窟を攻略したんだ。うんざりする罠なんてたくさんあった。災厄の祭典だなんて驚いている竜人の罠なんか屁でもない。


「明日、竜神のところに行こう」

「うん!」


「ま、強い味方もいる事だし……いっちょあいつらを頼ってみますか」


 ポリポリと頭をかいたセイゲル、その様子だと竜人にハンターネスト復興の手伝いを頼む気になったみたいだ。うまくいくかはわからないけど、どうせならやってみてから後悔すればいい。

 ここで眠っているドラゴンハンター達が自分の生き方を選んだようにボク達も後悔しないよう、未来へ進もう。

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