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第116話 未知なる呼び声 その3

◆ ハンターネスト ◆


 巨大という言葉すら飛び越えてしまうほどの巨大。ウィザードキングダムで戦ったジーチが巨人だとすれば、あの竜はその巨人を見下ろせる。頭からガブリと食らいつけそうなほどの差があるし、なんだかジーチがかわいく思えた。


「竜神様……申し訳ありません……」


「動けぬならば寝ているがいい」


 ダイガミ様と違って、こっちはきちんとあの竜の口から声が出た。ただし、その声量は耳を塞ぎたくなるほど鼓膜を攻撃してくる。声だけですべての生物を震撼させて制圧するほどの暴力。たった一言で竜神がどれだけ凶暴で理不尽で破壊的か、ボクの頭の中に想像として広がった。

 倒れている竜人達を心配する素振りすらない。それどころか、この竜神ならそのまま踏み潰してしまいかねない。


「クリンカはそこにいる娘だな」


 黒とも青ともつかない、深淵をイメージさせる鱗に包まれた頭が真っ直ぐこちらを見下ろす。ドラゴンハンター達や命からがら家から脱出した人達の半分以上が逃げようともしていない。股を濡らして、ただその異質な巨大から目を離さない。呆然とするその様子は言葉どころか意識すらほぼ失っているように見える。


「今日からお前はワシの嫁だ。来い」

「い、嫌です……」

「ここが荒野と成り果てるか、来るか。特別に選択の余地を与える」


 このやり取りだけで、こいつが竜人以上の聞く耳持たずなのがわかる。それが脅しでも何でもないのは、鷲のような足で踏みつけているハンターネストの惨状がすべて物語っていた。荒げる鼻息だけで、家屋の残骸や人が吹っ飛ばされそうだ。

 今、ボクが考えている事はこいつを倒せるかどうかだ。はっきりいってここまでとは思わなかった。大きさがすでに途方もなさすぎる。この巨体でソニックスピアをかわされたらもうどうしようもない。おまけに上空からブレスを吐かれたらボクはともかく、間違いなくすべての生物が死に絶える。

 そう、何よりこれ以上被害を広げたらダメだ。今はセイゲルや、動ける人達だけでがんばっているけど、あの竜神の気が変わったらどれだけ遠くに逃げても意味がない。


「数千年ぶりに、我が物にしたいと考えた。その金の頭髪、曇りなき純粋な瞳、白く汚れなき肌……。数十年前に眠りにつき、そして半覚醒状態で見たその姿はワシを覚まさせるほど眩しかった。

生涯の伴侶となってもらい、繁栄を築く。それ以外の腹積もりはない」


 好きだから自分のもの。相手の事なんてまったく考えない。これが竜神、というより竜人含めてこういうものだと思った。

 どうせ話なんて聞いてもらえそうにないし、踏み潰されているハンターネストから早くどかすべきだ。


「竜神様は……滅多に起きられない……。その浅い眠りから覚まさせたのは他ならぬクリンカ様なのです……」


 アニマが貫かれたお腹を押さえて血を流しながら膝立ちする。息を荒げながらも竜神への敬意を忘れないこの竜人達は何なんだろう。そこまで竜神を慕っているのか、それとも怖いだけなのかな。

 それよりアニマの言葉通りだとすると竜神はいつもは寝ていて、ねぼけて起きたところでクリンカを見た事になる。

 ダメだ、やっぱり竜神は許せない。なぜかって、そんなの。


「竜神、クリンカは渡さない」


「クリンカよ、ワシの背に乗れ」

「嫌です!」

「お前を惑わしているのはワシの足元にいる虫か。ならば踏み潰そう」


 竜神の前足が高く上がり、そこから急降下する。ようやく各方面から悲鳴を上げて逃げる人達が現れた。これが落下したら誰も生き残れない。

 ボクは両手を頭の上で広げて、そのままジャンプした。落下する竜神の足を目がけて跳ぶ、それはその威力を殺す以外の目的はない。あの大きさだしさすがにボクでも止められるかどうかわからなかったけど、何とかできるのはボクだけだ。ハスト様の言う理不尽を打ち破る力がボクにあるなら、止められるはずだ。


「ぬッ……?!」


 結果で言えば竜神の前足を落下とは反対の方向、つまり上に弾き飛ばす事には成功した。でも予想しない抵抗によろめいた竜神の巨体が倒れそうになった時は、さすがに心臓が止まりかけた。

 そのまま倒れる前に竜神は翼を羽ばたかせて空中に移動してくれて助かった。でも、その風圧でまた建物が屋根から壁までほとんど飛ばされて。この竜神がいるだけで被害は広がる一方だ。

 ここで初めて竜神の視線がクリンカからボクに移った。普通の人がその眼光で睨まれたら、それだけで卒倒しそうなほどの格を秘めている。


「凄まじい力よの……まるでそこにいる忌み子のようだ」

「……いみご?」


 もっと驚くかと思ったら、竜神から予想してない言葉が飛び出す。鼻から空気を吐き出し、その高い位置から見えるだろう風景を見渡した竜神。

 意地でもクリンカを連れていくつもりなんだろうか。大体、こんなに大きな竜がクリンカをお嫁さんにしたいだなんておかしいにも程がある。竜なら竜同士で結婚すればいいのに。いや、クリンカも竜なのかな。


「問おう、娘。そのクリンカが今まで通り、人間界で生きていけると思うか」

「思うよ。この翼の事を言ってるなら、後でいくらでも方法は考えるし」

「無駄な事だ。人間界にその娘の居場所はない」

「なんでさ、お嫁さんにしたいからっていい加減な事ばっかり」

「クリンカは人間ではない。この世の(ことわり)をも超えた忌むべき子だ。人でありながら、人にあらざる血を持つ存在……」


 このやり取りのおかげか、辺りにはすっかり人がいなくなっていた。もしこいつがすぐにでも暴れ出したら、逃げる暇もなく壊滅していたはず。手際よく避難できたのは多分、誘導していたセイゲルのおかげだ。人の命の為だけじゃない、いざという時にボクが思いっきり戦えるようにしてくれたと思いたい。


「クリンカ、あんな奴の言う事なんて聞いちゃダメだ」

「へ、平気だよ。昨日と違って気持ちがだいぶ落ち着いたから」


 こんな時でも笑顔を作って答えてくれるクリンカがたまらなく愛しい。でも、かすかに声が震えている。本当は怖くて不安でたまらないんだ。当たり前だ、こんな大きいのに結婚しろなんて迫られて平静でいられるはずがない。

 抱きしめたいけどまずはあの竜神をどうにかするほうが先だ。


「かつて、この世界には様々な種族がいた。人間に似て非なる種族、されど遥かにそれを超越した種族。何故それらが今の世に存在しないか。それは人間によってすべて駆逐されたからだ。

自分達と姿形が違うもの、あらゆる面で秀でたもの、人間にそれらを許容する器は今も昔もない。すべて根絶やしにされた。あるいは欲望の元に乱獲され、絶滅した種は計り知れない。

そこで寝ている竜人族もかつては追われた身だ。生き残りもわずか、受け入れてくれる場所などこの世界のどこにも有りはしない。

少しばかり事情は異なるがクリンカとて同じだ。娘、貴様はクリンカを不幸にしようとしているのだぞ」

「不幸になんかさせない! クリンカはボクが守るし、一緒に幸せになるんだ!」

「石を投げられ、蔑まれても生きる精神があると豪語するか!

いかに並外れた力があろうとも、精神は別だ! いずれ磨耗し、力尽きる! 生きる事さえ苦痛になる! 行き着く先は破滅だ! 何故それがわからぬか!」

「全員がそんな人じゃないでしょ! わかってくれる人はいるよ!」

「ならばその力を受け入れる人間がどれほどいたか、数えてみよ」

「そ、それは……。セイゲルさんだってアイ達だって……あと、ガンテツさんだって」


 化け物、唐突に投げかけられた言葉が反響した。辞めた冒険者達、そして今日のドラゴンハンター達。知らない人まで離れていく。認めたくないけど、今まで目を逸らしていたけど今になってそれを受け入れるしかなくなった。

 冷たいものがじわりと胸の奥で広がるような感覚。今まで考えもしなかった不安に押しつぶされそうになりながらも、ボクは竜神から目を逸らさない。そうしてしまうと竜神からも現実からも逃げている気がするから。


「思い出すのだ、クリンカ。竜となって殺戮にふけったあの日の事を」

「や、やめて……」

「ドラゴンハンターなどという肩書きに心酔し、金儲けの為に命を狙ってくる愚かな人間どもを殺したあの快楽を思い出せ。それがお前の本能だ」

「いや……リュアちゃん、私平気だから……ね、だから見捨てないで……」

「見捨てるわけない! 竜神! これ以上、クリンカを苦しませたらボクが相手になってやる!」


「引き裂け、貫け、潰せ、焼き尽くせ! ワシにその姿を見せてみぃ!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 淡い光と共にクリンカの背中の翼が倍近くまで広がる。幽霊船で見た光がクリンカを包み込み、そして眩しい発光体のようなものになった。白から金へと変わる光が少しずつ形を作っていく。

 コウモリのような大きな二枚の翼、竜の頭と首、ずっしりとした二本足と短い腕。ボクがイメージする竜と何も変わらない金色のシルエット。


「そう、それがお前の本当の姿だ」


 満足そうな竜神が見下ろした先にはボク、そして隣にいた竜になったクリンカだった。全身が金色の鱗に包まれ、ボクの三倍くらい大きい竜。竜としてはそこまで大きくはないけど、これはあくまでクリンカだ。

 竜の頭を支える首をしならせて、クリンカは微動だにしない。


「ク、クリンカ……」

「無駄だ、もはや貴様の言葉は届かん。これでわかっただろう、そやつはお前とは相容れない存在なのだ」

「……クリンカ、ねぇボクだよ」


 堅い竜の鱗に手を当てて、目に涙を溜めて訴えかけた。こうなってしまったクリンカがボクを拒絶するのが怖い。竜になった事で何もかも忘れてしまったなんて、考えたくもない。


「せめて、人であった時の名で呼んでやろう。クリンカ、こちらへ来い」


 クリンカはまだ動かない。翼をかすかに羽ばたかせようとしているという事は一応、意識はあるみたいだ。そんなクリンカからボクは離れない。抱きついたまま、このままどこかへ行っちゃわないように。絶対に離さない。


「手始めにそいつを振り払え。竜であるお前には不用の存在だ」

「クリンカ! お願い、行かないで! ボクがわからないの?!」


 クリンカの頭がようやく上がった。見つめる先は竜神。クリンカの細い瞳と竜神の眼光が交差する。


「さぁ、来い」


 小さく羽ばたいていた翼が大きく動いた。そしてクリンカの足が地面から離れ、金色の体は宙に浮く。クリンカはしがみつくボクを振りほどこうともしない。でも受け入れようともしない。


「ダメだ、行っちゃダメだ!」


「無駄だ」


 竜神の冷たい一言に反応したクリンカは更に高度を上げた。ゆっくり、ゆっくりと竜神の頭の位置にまで飛び、また止まる。


「これでいい。これでもう人間の事など」


【クリンカは炎のブレスを吐いた!】


「なッ……」


 クリンカの口から一直線に放たれる炎の塊。魔法ともつかないその形は放射状になって竜神の頭に直撃した。


【竜神にダメージを与えられない!】


「……そうか」


「クリンカ……?」


 状況を飲み込めないボクを置き去りにして、竜神は一人で納得している。クリンカは今度はゆっくりと地上へと下りる。静かに着地したクリンカは長い首を曲げて抱きついているボクを見る。


「……平気」


 やわらかく透き通るような聞きなれた声が竜になったクリンカの口から聴こえる。姿形こそ竜だけどそれはクリンカだった。そんな事を理解するのにボクは数秒もかかってしまった。


「クリンカ……。ボクがわかる?」

「うん……」

「よかった……。ホントによかった……てっきり竜になっちゃってボクの事忘れるんじゃないかって……」

「ちゃんと翼も動かせるよ。ほら」


 パタパタと聴こえてきそうなほど可愛らしく翼を動かしてくれたのを見て、ボクは堪えきれなくなってより一層強く抱きついた。抱きしめられないほど大きいけど温かい。上からクリンカの頭がボクに擦り寄ってくる。知らない人が見たら、人になついている竜みたいになってると思う。

 でもボクとクリンカは二人とも、人間だ。竜神が何か言ったところでそれは変わらない。ここにきてボクは我慢できずに涙を流してしまった。悲しいからじゃない、うれしいから。だって、竜だろうが何だろうがクリンカはクリンカだから。


「……愚かな」


 恐ろしく低い声に乗って竜神の怒りが伝わってくる。竜人がやっていたように腕や足の爪が大地を鷲づかみにでもするのかというほど鋭く伸びる。そして息を大きく吸い込んだと思った次の瞬間。


「馬鹿な奴だッ! やはりあの時、無理にでも我がねぐらへ連れ込むべきだったわ!

ワシを嘲りよって! ここまで侮蔑の扱いを受けたのは何百年振りかわからぬ!

このワシの怒りをどうする! もはやこの大地が受けきる他はあるまい!

この地上にのさばるすべての種よ! 恐れろ! 滅べ! 絶滅しろ! 己の無力を自覚せぬまま、地上最高の力を目の当たりにするがいい!」


【激震の支配者竜神が現れた! HP 1023000】


 耳を塞いでも無意味なほど、凄まじい咆哮が地上を震撼させた。地上最強の生物の怒りを受けるのはこの大地じゃない。


「お前の相手はボクだよ」

「私はリュアちゃんと一緒なの! だーれがあんたなんかに! ベー! だ!」


 あっかんべーをしたクリンカと怯まないボクを見下ろす竜神の口が大きく開いた。

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