第115話 未知なる呼び声 その2
◆ ハンターネスト 竜の宿前 ◆
「それでは参りましょう」
宣言通り、またドラゴンズバレーに現れたアニマ。昨日と違うのはアニマ以外にもドラゴン人間が何匹もいる事だ。赤色や灰色、緑の鱗。でっぷりとした体型から蛇のように細長い体型という違いこそあるけど、間違いなく全員がアニマと同じ竜人族だとわかる。
アニマを含めて6人、いや6匹。アニマだけでもここのドラゴンハンターを恐れさせるのは十分だったのに、同じくらいの強さを持つ竜人が5匹も追加されてしまった。こうなると相手がドラゴンでも、ハンター達は完全にハントする気をなくしていた。血の気が引いたとよく言うけど、今のドラゴンハンター達の顔は本当に蒼白だ。
「クリンカ様。こちらへ」
当然のようにアニマがこちらにやってきて、クリンカの手を掴もうとする。こんな尖った手でクリンカに触らせるわけにはいかない。ボクは手を差し伸べるアニマとクリンカの間に割って入った。
「……? あなたは昨日もクリンカ様と共におられましたね?
ご友人ですか? ご希望ならば結婚の儀への出席を検討しますが」
「クリンカは竜神のお嫁さんなんかにはなりたくないって言ってるよ」
「おどきなさい。我々とて、実力行使は望みません」
6匹で来たのは実力行使する為じゃないのか。その証拠に、太った黄色の竜人が指を広げて今にも鷲掴んできそうな気配を漂わせている。緑の細長い竜は体を縄みたいにしならせて、明らかに戦闘体勢に入ったとしか思えない。
その動作に完全に怖気づいたドラゴンハンター達の中には、背中を見せて逃げる人達もいた。
「アニマさん。私には他に大切な人がいます。だから、そのお誘いはお断りします」
「ハッハッハッ……。なるほど、クリンカ様は竜神様に対して不信感がある。今まで人間界で暮らしていた身としては仕方のない話。ですがご安心下さい。
竜神様はあなたとの時間をたっぷりと取るおつもりです。その間でじっくりとお互いを分かり合っていけますでしょう」
今度はドラゴンハンター達が互いに目を合わせる。話がまったくかみ合ってない、このやり取りが竜人への恐怖感を更に倍増させていた。
ボクとしても、これ以上何を言っても無駄だと思った。わずかな時間しか接していないけど、こいつらは自分達の親玉である竜神がすべてだと思っているし、ボク達なんかどうとも思ってない。ボク達が何かを言ったところで、それはこいつらにとって言葉ですらないんじゃないかと思う。
それはこいつらが人間よりも遥かに強いという自信の表れでもあるし、竜神がそれほどの存在だという事。
当然、クリンカの意志なんて関係ない。断ろうが何しようが、自分達にとって都合の悪い答えなんか聞く気がないから。
「クリンカはボクの大切な人だ。連れていかせないよ」
「ですから、結婚の儀への参加を検討しますので。さ、どきなさい」
アニマが片手でどかそうとする腕力は攻撃の意志がなくても、相当なものだった。もしボクじゃなかったら、その威力で全身の骨が砕けた上に風で飛ばされる草みたいに宿屋の前から弾かれていたはず。
もちろんアニマもそのつもりだったから、自分の腕がボクに掴まれて止められた瞬間に黄色の瞳を見開いた。
「ほう、人間にしては並外れた力だ」
それだけを言ってアニマはすぐに掴まれた腕を引き剥がそうとした。手加減していた時よりも数段、力強い。ボクも思わず引っ張られそうになるほどだ。どうやら今までの相手と違って、そこまでの手加減はいらないみたい。
普通の人にやったら腕ごと握りつぶしていた力でも、竜人の堅い鱗は砕けない。そのまま腕ごと破壊するより、まずは相手の出方を見たいのでボクはその腕をあえて離してやった。無闇に傷つけるような事は極力避けたい。これで諦めて帰ってくれるような事はないだろうけど、それでも。
アニマはボクから腕を振り解いた後、その姿勢のまま動かないで少しの間だけ何かを考えている様子だった。そしてバックステップで距離をおいて指で何かを掴むような動作の後、その爪が更に伸びた。
「ヴァルフ、クシオン、イブリ、シブ、ハディス。下がってなさい」
「……本気でやるというのか?」
「えぇ、人間にしては型破りの相手ですから」
やる気になってしまった。ボクとしては問題ないけど、ここであいつが暴れたらどうなっちゃうんだろう。少なくともこのハンターネストは無事ではすまない気がする。
となると、ボクが思いつく方法は二つ。一つは場所を変えて戦う事だけど、アニマがそれを聞き入れるとは思えない。もう一つは被害が出ないように倒す。うん、これしかない。でもボクが悩んでいるのはアニマの実力。加減を間違うと戦いは一気に激しくなるから、これはどうしたものだと頭を抱えてしまう。
もし本気で戦わなきゃいけない相手ならまずい。
「クリンカ様。友人の身を案ずるならば、ご同行してください。
私としては元より人間など、どうでもよいのです。最悪の場合、殺してしまう結果になりますよ」
「クリンカは何も心配しなくていいから。すぐ終わらせる」
「本当は私も戦うべきなんだろうけど……」
ここで戦えばハンターネストに被害が及ぶのはクリンカもわかっている。だからボクの隣に立って杖を握るのもクリンカは我慢している。
アニマ以外の竜人は腕を組み、棒立ち、あぐらをかいて座り込み、様々な姿勢でリラックスしている。その後ろにもドラゴンハンター達が大勢いるのにまったく警戒していない。後ろから不意打ちしても無駄だとわかっているのか、ドラゴンハンター達も無防備な竜人を狙うどころか逆に蜘蛛の子が散るように離れていった。
「アニマ、ボクが勝ったらクリンカは諦めてくれる?」
「戯言を」
「自信がないんだね」
「安い挑発はおよしなさい。程度が知れますよ」
ダメだ、取り付く島がないなんてよく聞くけどまさにこれの事だ。こうなったらいよいよやるしかない。
「いい機会です。かつての大陸の支配者たる竜人の力……数百年の時を超えてこの場を震撼させましょう」
【竜人アニマが現れた! HP 34200】
翼を最大まで広げたアニマの姿は竜というより、やっぱり悪魔だ。そして完全に手加減する気はないとすぐにわかる。
【竜人アニマの熱線!】
赤とオレンジの入り混じった一本。メタリカ国の飛空艇が放ったレーザーとかいうものに似ている。凄まじいスピードで、周りの人達には何が放たれたのかも理解できないほどだ。
こういう得体の知れないものは避けるのが正解だけど、それをすると後ろにある宿屋、竜のお腹に命中してしまう。それにこの威力。
【リュアは1293のダメージを受けた! HP 40067/41360】
「熱ッッ!」
沸かしていたお湯をうっかりこぼしちゃって泣きそうになるほど熱かった記憶が蘇った。というか泣いた。でもあれは予想してない時のものだったからというのもある。実際、あのアニマの口から放たれた熱線は熱いには熱いけど、予め熱いんだろうなぁと覚悟していたからそれほどでもない。
「……ッ! 馬鹿な、アニマの熱線を受けきっただと?」
「驚く事はなかろう、ヴァルフ。俺の雷線ならば仕留められていた」
「そうでもないわよ、クシオン。お前の雷線も私の冷線もアニマの熱線に勝るとも劣らない威力。
そう考えるとあの娘、アニマの手には余るかもしれないわ。まさか人間がこれほどとは……」
「クカカカッ! おれっちの毒線なら関係ねぇさ! お前らの物理的な破壊力しか能のない『ブレス』とは大違いだからな!」
「……思いあがるな、ハディス。この場において、あの娘の実力を測れていないのはお前とクシオンだけだ」
「あぁ?! たまに口を開いたと思ったら、喧嘩売ってやがんのかぁ! イブリ!」
あの攻撃、熱線を受けただけであの盛り上がり様。どれだけボクが舐められていたのか、それともあの竜人達がその程度なのか。どっちにしてもアニマもブレスを放った時の姿勢のまま動かないし、そこまで驚くほどの事だったんだと思う。
「……これは驚きましたね。しばらく見ないうちにここまで人間が進化していたとは」
「じゃあ、今度はこっちの番だよ」
【リュアの攻撃!】
いつも通りの突進、普通の相手なら倒れるまで何をされたのかもわからないはずだけどさすがは竜人。見事に左に体をずらした。無駄のない最小限の動き、やっぱり竜人は人間とは格が違う。もしかしたらSランクのティフェリアさん達と同じくらい強いかもしれない。
【竜人アニマはひらりと身をかわした!】
「速いですが……。腑に落ちませんね。もっと本気を出したらどうです?」
おまけに本気じゃない事もバレてる。そして間髪入れず、アニマの爪が一直線に向かってくる。
【竜人アニマの竜爪! リュアはひらりと身をかわした!】
「意外ですよ。まさか人間相手にここまで長引かされるとは……しかも、何故か手を抜かれる始末」
かわしたと思ったのに爪が突然伸びてビックリした。どうやら更に伸ばせるみたいで、いよいよ手加減の余地がなくなる。空振りしたけど今の一撃は人間の胴体ごと切断するには十分な威力だ。竜の力と速度、そして鱗の強度を持ったまま人型に縮まった竜、それが竜人なんだと思う。
これだけの実力があるのになんで今まで目立たなかったのか、不思議でしょうがない。
「うぉぉい! アニマァ! 遊んでんなら代われや!」
「やれやれ、このままだと暴れん坊のクシオンがしゃしゃり出てきそうなので終わらせます」
【竜人アニマの熱線!】
さっきと同じ攻撃じゃボクを倒しきれないとわかっているはず。それにも関わらずまた同じ攻撃を繰り出したという事は他に狙いがある。
【リュアは1309のダメージを受けた! 38758/41360】
それはボクがこれをかわさないと見抜いた上での攻撃だ。そうなるとあの熱線主体でジリジリと追い詰める方法を取るはず。ソニックスピアで相殺してもいいけど、勢い余ってその後ろにいる人達を巻き込みかねない。それはまずい。だからボクはそのまま突っ込む。今度は本気だ。
「ぬッ……?!」
【リュアの攻撃!】
ぴくりとわずかにでも初動があったのはすごい。防御姿勢を取ろうとしたという事は少なくとも、反応は出来たという事。アニマ、こいつは強い。それは認める。
【竜人アニマに33927のダメージを与えた! 273/34200】
「がはッ……! バ、バガな……ッ」
でもまだ本気じゃない。何故ならボクは剣を使ってないから。武器なしで戦うのは得意じゃないから、その中での本気だ。思いっきり殴らないとこいつの堅い鱗は破壊できない。板のように張り合わせた鱗を突き破ったボクの拳はそのままアニマのお腹を貫通する。内臓の感触が気持ち悪くてすぐに引っこ抜いたけど、アニマを戦闘不能にさせるには十分で安心した。
「馬鹿が、油断するからだ」
【竜人クシオンが現れた! HP 47000】
「いや、あの動き……やはり人間とは思えん」
【竜人ヴァルフが現れた! HP 26600】
「絶対零度に耐えられる生物がいるなら見てみたいわ。あなたはどうかしら?」
【竜人シブが現れた! HP 17300】
「……」
【竜人イブリが現れた! HP 44000】
「クカッカカッ! 最高に苦しませて死なせてやるぜ!」
【竜人ハディス現れた! HP 32900】
アニマが崩れ落ちるように倒れたと同時に残りの5匹が一斉に襲いかかってきた。これはさすがに剣じゃないと危ないかな、それにすぐに倒れてもらわないとハンターネストが本格的に危ない。さっきの熱線一つでここにいる全員が死に絶えるほどの威力なのは間違いない。
竜人、こんな種族がもし本格的に大暴れしたら獣の園なんてかわいいものだと思う。アニマ含めてこの竜人達全員で獣の園なんか滅ぼせる、そのくらいの戦力だ。
◆ ハンターネスト 宿屋 竜のお腹前 ◆
「し、信じられ……ん……我ら竜人族が……手も足も……出ないだと……」
【竜人クシオンに46120のダメージを与えた! HP 880/47000】
黄色のでっぷりした竜人を最後にして、決着がついた。このクシオンとかいう竜人はかなり頑丈だったからかろうじて意識を保ちつつ、寝そべりながらもボクを睨みつけるだけの元気がある。他の竜人はアニマ含めて喋るどころか、ほとんど動けない。
「セ、セイゲルさん……。あの子、何なんだ……? 人間じゃないだろ……おかしいだろ……」
「いや、人間だと思うぜ」
「なんでそんなに冷静なんだよ……。これは夢だ……早く覚めてくれ……」
黙って立つセイゲルに頭を抑えながら、何度も質問をするドラゴンハンターの様子は半狂乱といっていいかもしれない。さっきからどよめきが収まらないし、そんな中で化け物だの気持ちのよくない言葉が聴こえてくる。
アニマだけでもここにいる全員を歯牙にもかけずに殺せるだけの強さはあるのに、それを同時に5匹も相手にして戦闘時間は1分も経っていないはず。
「あれが人間ならオレ達の努力は何だったんだ……」
心の奥にズキンと来る言葉だった。きっと辞めていった冒険者も同じ気持ちだったんだ。増してやこの人達はドラゴンハンター。ドラゴンを倒すのに鍛錬や工夫を何年も、いや何十年も重ねてきたはず。そこへジャグが言っていた言葉も重なる。
「リュアちゃん、ずいぶん怪我したね……」
「あの熱線みたいなのはかわすわけにはいかなかったからね……。素直に剣を使えばよかったかな。でも……」
「わ! バスタードソードがボロボロ……。これじゃいつ壊れてもおかしくないよ……」
「そうなんだよね。この町ならいい武器が売ってそうだし、何か探してみようかな」
「終わり……だ……」
瀕死の状態で横たわっていた竜人クシオンが虚空を見つめるように呟いた。殺すつもりはないし、クリンカの事もすっぱり諦めてもらったら回復してあげよう。そう考えた時だった。
「うん……?」
ドラゴンハンター達が一斉にドラゴンズバレーの遥か上空を見る。小さな点がコウモリのようなシルエットになり、それがすぐに大きくなる。驚いたのはボクだけじゃない。悲鳴と怒声が入り混じるほど、この場を混乱させるほどの存在がそこにあった。
「な、な、なんだあれ……りゅ、竜……ドラゴンなのか! あれが?!」
翼だけでもメタリカの飛空艇を越える大きさ、それを左右羽ばたかせて空を泳いでくる。
空を覆いつくして昼のハンターネストを暗くする巨大な影。
それだけの大きさがあれば、存在するだけでこの場を破壊してしまうんだと事態が起こってしまってから気づいた。翼の羽ばたきで吹き飛ぶ建物、皆が長年かけて作り上げたものをまるで台風のように奪っていく。
抗えずに宙を舞う人々、何かにしがみつくけど結局飛ばされる人。そしてその竜が大地に降り立った時には大地震としか思えない揺れがハンターネストのすべてを壊滅させた。
――――ズシィィ
静かに鈍重な音が反響し、人間のすべてを無視するかのようにそれが降り立つ。足の爪先に潰された建物からは必死に中に住んでいた人が這うように出てくる。
もちろん、降り立ったものはそんなものを気にする様子はない。いや、気づいていない。人間が蟻を踏み潰しても気づかないのと同じように、あいつとボク達人間にはそれだけの差があった。
「や、やべぇ……まさかこいつは……」
かろうじて口を開いたのはセイゲルだけだった。破壊の後、何かアクションを起こす人なんて誰もいない。目の前にいる圧倒的存在を理解できずに身動き一つしないでただそれを見上げている。
「竜神……様……」
クシオンのかすれた声がようやくその存在の正体を明かした。
「リュア……。やめとけ、生物としての次元が違う……」
セイゲルは武器を抜かずにその言葉を搾り出した。
◆ シンレポート ◆
かんぜんに ちびった
魔物図鑑
【竜人アニマ HP 34200】
竜人族の中でもエリートに位置する戦士。
穏やかな口調で他の戦士をなだめる、リーダー的存在でもある。
炎属性の熱線を得意とする。
【竜人クシオン HP 47000】
竜人族の中でもエリートに位置する戦士。
太めの黄竜で、気性が激しい。
雷属性の雷線を得意とし、格闘能力と耐久性に秀でている。
【竜人ヴァルフ HP 26600】
竜人族の中でもエリートに位置する戦士。
アニマに次ぐリーダー気質。
風属性の疾線を主軸に、高い機動力で敵を追い詰める。
【竜人シブ HP 17300】
竜人族の中でもエリートに位置する戦士。メス。
優しい口調ではあるが、生物を凍らせて衰弱させてから食べるという残虐な一面がある。
氷属性の冷線が得意だがあまり格闘能力は高くなく、6匹の中では一番弱い。
【竜人イブリ HP 44000】
竜人族の中でもエリートに位置する戦士。
普段は寡黙だが、戦いで興奮するとよく喋る。
アニマと同じ、炎属性の熱線を得意とする。
【竜人ハディス HP 32900】
竜人族の中でもエリートに位置する戦士。
好戦的でシブ以上に残虐。細長い体をロープのようにしならせて相手を締め付ける蛇のような戦い方をする。
毒属性の毒線は細胞組織の機能を破壊し、そこから全身に瞬時に転移させて
生命活動を停止させる恐ろしい特性を持つ。




