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第110話 追憶の彼方より その3

 高い山々と木々に囲まれた小さな村。

 この村には子供は少ない。私とお友達の子、それと4人ほど。私はあまり他の子と馴染めず、いつも一人でいた。そんな中、女の子が私に話しかけてきた。その子はいつも男の子と泥まみれになって遊んでいて、とても女の子らしいとは言えなかった。

 引っ込み思案な私に積極的に話しかけてくれたので、いつしか私はその子と楽しくお喋りするようになった。村の事、大人の事、そして村の外の事。私は村の外に出た事がなかった。外に出てはいけないときつく言われ、村の外へ続く道にはいつも大人の人が見張っていた。

 その子と私は村の外についてたくさん話した。外はどうなっているのか、どんな楽しい事があるのか。

 ある日、村の外から人がやってきた。その人は私達よりもだいぶ大人で、優しい人だった。村の外で冒険者をやっていたらしく、私達はその話を夢中になって聞いた。

 その人はしばらく村にいた。お友達の女の子は冒険者というものに憧れたらしく、目を輝かせていた。


 いつか村の外に出たい、お友達の女の子が冒険者になるなら私も。最初は考えられないと思ったけど、お友達といられるなら、私も一緒にいく。怖くて危険でも、この子となら。


いつか。きっと。


「お前だけは逃げろ!」


 燃える家々。必死に私を逃がすお父さんとお母さん。

 そこからどうしたか、まったく覚えていない。

 走って、走って、とにかく走って。

 ブーツが脱げて、裸足になっても走った。


 どのくらい走ったのか、まったくわからない。お腹が空いて喉が渇き、歩く事すらも出来なくなった。なんでこうなったのか。なんでだろう。

 ついに私は木にもたれかかり、その場から動く事すらしなくなった。いや、出来なかった。








 目の前にまばらに広がる武器をもった人達を見渡す私。剣、槍、弓、斧、杖。絵本で見た事があるものを手に持って、その人達は私を殺そうとしている。

 でも私にはそれをぼんやりと眺める事しか出来なかった。意識が途切れて、まるで夢と現実を行ったり来たりしているみたいで。つまり今、何が起こっているのかもまったくわからない。

 住む所を焼かれて。食べ物もなくて。履物も擦り切れて。裸足で歩いて。どこをどう歩いたのか、それすらも覚えていない。気がつけばここにいた。

 すごい形相で私を見る人達。私が何をしたの。そう聞きたいけど全身どころか、頭もいう事をきかない。


 襲いかかってくる人達。私の体は傷ついた。血がたくさん出た。


 痛い。どうしてこんな事を。


 私が何をしたの。


 やめてってば。


 やめてって言ってるのに、もう本当に。


 目の前が燃え盛った。私に襲いかかって来た人達の半分以上は炎の中でのた打ち回りながら焼かれた。それでも武器を手放さない人は斬り裂かれて死んだ。まるで絵本を見るかのように、ここで起こっている事を眺めている私。

 最後の一人が絶叫して逃げた時、私の中で言い知れない高揚感が生まれた。何故かうれしくて、叫ばずにはいられない。

 夜の空、私は思いっきり大声を上げた。


「随分と派手に暴れたな」


 そんな私の前にまた一人現れた。炎が大地を焦がしている中、その人はまったく構う事なく立っている。黒い髪、握られた大きな剣。さっきの人達の仲間か、そう判断した私は早速その人を睨んだ。


「気が進まないな」


 それが最後に聞いた言葉だった。私を激痛が襲い、それに耐え切れず倒れてしまった。そして地面に頭を横倒しにしている私の目の前にはあの人がいる。

 あぁ、そうか。私、この人にも攻撃されたんだ。私、何もしてないのに。そうとわかった時、私はすべてがどうでもよくなった。

 村を焼かれ、大切な両親や友達も失い。生きる希望すらなくなった。ここで殺されてもいいや。私はそっと目を閉じた。もうこれ以上、痛い思いをしたくない。







 

 私は藁の上に寝かされていた。

 起き上がろうとしたら、全身がものすごく痛かった。私は悲鳴を上げてすぐにまた横になる。すごく怖い思いをした気がするけど、思い出せない。どうしてこの人は私に優しくしてくれるんだろう。


「怖がらないでくれ。これ以上、危害を加えるつもりはない。

それどころか、怪我が治ったらお前は自由の身だ」


 おじさんは私を安心させようと、武器を落として両手を広げている。皺が入ったその顔で笑顔を見せて、おじさんはリンゴを2、3個ほど私の顔の前に置く。

 最初はためらったけど驚くほどの空腹に耐え切れず、私はかぶりついた。食べ終えた後、それを黙って見守るおじさんを見る。おじさんは笑みを浮かべていたと思ったら、急に俯いて影を作った。


「世間じゃ凄腕のドラゴンハンターだなんて騒がれているが、ただの虐殺さ」


 何も言わない私を相手に、おじさんはどんどん語りかけてくる。目を瞑り、おじさんの静かな低い声が私を安堵させた。


「この小屋はオレしか知らない秘密の場所だ。他の連中に見つかったらお前は殺されてしまう。

だから決して暴れたりするんじゃないぞ」


 私は頷く事もなく、おじさんから目を離さなかった。この狭い小屋には私の下に敷いている藁とおじさんが座っているイスしかない。

 ここがどこなのかも、なんでここにいるのかもわからない。この人は怪我している私を助けようとしてくれている。それだけは理解できた。


「ここ、ドラゴンズバレーには数百じゃきかない種類のドラゴンが生息している。

詳しい生態系は知らないが、どれもオレ達人間より遥か昔から住み続けているものばかりだろう。

それを何だ? 後からやってきたオレ達が嬉々としてドラゴン狩りを始めた。

住みかを荒らし、金の為に虐殺し、返り討ちにあえば敵討ち。お門違いもいいところだ。

オレは今までの自分を疑問に思う。今までの自分はどうかしていた」


 両目を片手で覆い、おじさんは深い溜息をついた。この人、何かおかしな事を言っている。

 村から逃げて、あれから私は。

 あれ、それからどうしたんだっけ。なんでここにいるんだっけ。何もかもがあやふやで思い出せない。


「金の為、ロマンの為。若い頃の自分が抱いていたのはそんなものだったかな。

かといって、息子がオレに憧れてドラゴンハンターになるのは止めない。息子がオレくらいの歳になって同じ思いをするかもしれないが、だからといってあいつの人生はあいつのものだ。

父親として出来るのはそれを見守る事だけだ。

なんて、お前に愚痴をいってもしょうがないか。人間の言葉なんか通じないだろうしな」


 この人は何を言ってるんだろう。私は人間なのに。


「じゃあな、また明日来る。静かにして待っているんだぞ」


 その日からおじさんは毎日、私のところへ来るようになった。食べ物を持ってきてくれて、お話してくれて。

 でも来る度におじさんはいつもどこか疲れていた。私の怪我が完全に治ったら、この人とお別れなんだろうか。寂しい、それなら怪我なんか治らなくていい。

 村を出てからずっと一人だった私はその寂しさがおじさんによって紛らわされていた。こうしてずっと一緒にいれたらいいのに。


「お、親父……それ、どうしたんだよ?」


 そんな日々の中、ついにここがおじさん以外の人に見つかった。その人はおじさんの子供らしく、最初は私を警戒していた。でも、やっぱりおじさんの子供だ。その人はすぐにわかってくれて、私の世話をしてくれるようになる。


「でさ。この前、あの子に告白したんだけど見事にフラれちゃって」


 他愛もない話だった。年上だけど、こういう話を聞いていると私とそう変わらないように思える。


「もうオレ決めたわ。これからは男を磨いて、多くの女の子から好かれるよう努力する。

その為には親父みたいなドラゴンハンターにならないと……親父も相当モテているらしいからなー。

あれ? そういえばお前、どこかで見た記憶があるんだが……」


 時々、おかしな事を言うけど一緒にいて楽しかった。よく頭を撫でてくれて、私も自然と擦り寄る。

 怪我がだいぶ治りかけて久しぶりに立ち上がろうとした時、私は初めて気づいた。


「お、元気になったな。そろそろ、自由に動けるんじゃないか?」


 私は立ち上がって背伸びをしようとした。でも、変だ。背筋が思ったより伸びない。


「おいおい、なんだか人間みたいな事しようとしてるな」


 どうして私の爪がこんなに長いんだろう。どうしてこんなに太いんだろう。


「おっと、ここで羽は動かすなよ。小屋が壊れちまう」


 鱗に覆われた太い腕、足。そして背中に生えた翼。曖昧だった記憶だけど、私は自分が何をしたのかようやく思い出した。


「それにしてもお前、この前暴れまくっていたドラゴンにそっくりだな。同じ種類か?

いや、だからオレも最初は親父に反発したんだけどさ……。あの時は見事にやられたな。

他の大人連中も全滅だし……オレだけ逃げちまった。ま、いつか絶対倒してやるけどな」


 そうか、私は人間じゃなかった。なんで今まで思い出せなかったんだろう。なんで今まで気づかなかったんだろう。リンゴを手渡しするのじゃなく、直接私の口に近づけてくれた事。話かけてくるおじさんに返事すら出来なかった事。


「まだ子竜なのに凄まじい強さだって親父もお前を褒めていたぜ。

何せいくら攻撃しても再生しちまうんだからな。でもさすがに親父の一撃は効いただろ?

対ドラゴン用装備に親父のスキルが加われば、大抵のドラゴンは沈むんだが。

それなのにお前、すげぇわ」


 そう、私は自我を失って暴れていた。なんで皆が自分を攻撃してくるのかも理解できてなかった。無意識のうちに反撃していた。

 それどころか村を出てから、ここまでの間の記憶が一切ない。どうやって今まで生き延びたのか、まったく覚えていなかった。


「ドラゴンハンターの親父がお前を助けたと知られたら、大変な事になる。

だからここで大人しくしてるんだぞ」


 この爪、腕、体、金色の鱗。どうして。私は人間のはず。なんで。どうして。

 私は絶望した。竜になった自分がこれからどうやって生きていくのか、もう人間として暮らしていけないのか。

 なんで私がこんな目に遭わなくてはいけないのか。何もかも失った私に誰がこんな仕打ちを。ひどすぎる。あんまりだ。


「お、おい、泣いているのか? 傷が痛むのか?」


 違う。そう言いたかったけど、呻きのような言葉にならない声しか出てこない。私は竜だから、話す事も出来ない。

 すべての現実を認識した瞬間、また私の頭の中は真っ白になった。







「怪我もよくなってきたな」


 おじさんはいつものように私に果物をくれる。それにかぶりつく私。そしてやってくるおじさんの子供。相変わらず、変わらないいつもの日常だった。

 でも私は幸せだ。おじさん。いや、キリウスさんはとても優しい。どうしてこんなによくしてくれるのか、わからないけどとにかく私はおじさんが好きだった。


「でも、親父。いつまでも、ここに置いておくわけには……」  

「わかってる。夜中のうちに野に放つしかない」

「……また悪さでもしたら?」

「それは……」


 私が何をするっていうんだろう。悪さなんてしない。それに野に放つってどういう事なのか。


「この子竜の死体がない事を怪しんでる連中がいる。

まさか私がかくまっているとは思ってないだろうが、ここが見つかるのも時間の問題だ」

「……親父。オレ、ドラゴンハンターやめようかな」

「どうしてだ?」

「親父に憧れて始めたけどさ。なんかこいつ見てたら、いろいろ疑問に思ってしまった。

ドラゴンズバレーだって元々は竜達の巣、そこへオレ達が踏み込んで狩りを始めた。

あいつらにしてみたら、とんだ迷惑だよな」

「しかし、ドラゴンズバレーの竜が人里を襲う事があるのも事実」

「という大儀名分が立つだろ?」 

「うむ。なぁ、セイゲル。オレはお前がどういう道を選ぼうと、口出しするつもりはないが……。

もしお前がドラゴンハンターをやめるなら。その時はここを離れて、どこかで静かに暮らさないか?」

「いいな、それ。何なら、今すぐにでもやめるか?」

「こいつを逃がしたらな」


 二人は笑いあっている。何をいっているのか、半分以上わからないけどこれだけは言える。この二人とお別れする時が近づいていると。

 嫌だ、この楽しい時間を終わらせたくない。私はこの二人が大好きだ。それなのにどうしてこの二人は私から離れようとするんだろう。


「お前はもうすぐ自由の身だ。まずはドラゴンズバレーから離れろ」


 そういってキリウスさんは私の頭を撫でてくれた。







 燃える小屋。赤に照らされた夜の風景はこの世の終焉かと思えるほど、揺らめいていた。そう、終わり。その時が来た。


「……ゴフッ!」


 血を流したキリウスさんは地面にうつ伏せになりながら私に何かを言おうとしている。手を伸ばし、私を掴もうとしているように見えた。

 目の前で何が起こっているのか、まったくわからない。なんでこうなったのか、キリウスさんはどうなってしまったのか。

 ふと、私の腕を見ると爪先から始まって腕全体が赤く染まっている。血だ。生臭い血の香り。


「ゲ……」


 声にならない声をあげて、キリウスさんはそれっきり動かなくなった。その体の下から少しずつ広がる血の海。その広がりが私にキリウスさんの体から命が抜けていくとようやく認識させた。

 どうして。どうして。どうして。私が殺したのか、どうして。でもこの血は。


「お、親父ッ!」


 キリウスさんの息子、セイゲルが息を切らして走ってきた。そしてすぐにキリウスさんの死体に気づいたセイゲルはゆっくりとした歩調でそれに近づく。膝をついて、体を揺さぶり。その現実から逃れようとするように。何度も揺さぶって。そして。


「う、ウソだ……ウソだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 涙と絶叫がいつまでも続いた。キリウスさんにすがりつき、いつまでも。いつまでも。永遠に続くと思われたその光景は突如、変貌する。セイゲルの首がゆっくりと上がり、その瞳に溜まった涙の奥底に宿る憎しみ。その先にいた私。


「お前……お前が……! チクショウッ! 殺してやる! 殺してやるぞッ!」


 揺らめく様に立ち上がり、静かな動作で剣を抜き。天に向かって雄叫びを上げて。その刃は私の目前にまで迫った。






◆ ハンターネスト ◆


「セイゲルさん、どう?」

「こっちもダメだ……」


 フレアドラゴンの前で不思議な光を放った後、気絶して倒れたロエルを宿屋に担ぎ込んだ。そして夜、ふと目を覚ますと隣で寝ていたロエルがいなくなっていた。

 ボクの中を冷たい何かが広がる。長い事、味わっていなかった感情がボクを襲う。不安、恐怖、悲しみ。それらが一気にこみ上げてきて、走る気力もない。今でも現実とは思えない。どうして、なんで。どうして。


「ロエル……どこ……」


 そんなボクとは別に、ハンターネストには変わらず夜が訪れていた。

魔物図鑑

【フレアドラゴン HP 10200】

赤い鱗が蛇のような体を覆う竜。

灼熱の炎の中で生まれたと言われ、その体表も並みの金属を一瞬で溶かすほどの熱を持つ。

その実力はAランク冒険者が数十人でパーティを組んでも壊滅する可能性が高いほど。

鱗は市場に出回ればすぐに高値がつくほどの需要があるが、剥がす処理を間違えると熱湯以上の熱を持った血を浴びてしまう。

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