第108話 追憶の彼方より その1
◆ ??? ◆
燃える赤の大地。傷つき、倒れる人達。
諦めず、立ち向かう人達。
巨大な爪が鎧を貫き、また一人。
その人の名前を絶叫する誰か。
人々の刃は巨大に傷一つ負わせられない。
吐き出される炎が大地を焦がし、生命を刈り取る。
死、死、また一人。死。
残りわずかの人達が立ち向かう。
でも、誰一人敵わない。
そして最後の一人も、やがて巨大から逃げる。
走って、走って、走って。
息を切らしながらも、恐怖から逃れて生へとすがる。
振り返る事なく、幼い手で剣を握り締めたまま。
いつまでも走り続ける。
轟く勝利の咆哮が天に響いた時、巨大を打ち倒す希望はすべて潰えていた。
◆ ホテル メイゾン ◆
「うぅ……ぁ……あぁ……」
「ロ、ロエル! ロエルったら! どうしたの!」
「リュアちゃん……?」
汗だくでうなされるロエルをゆすり起こすので必死だった。何かの病気なのかと心配したけど、何か悪い夢でも見ていたみたい。
室内を軽く見渡し、ようやくロエルは自分が目を覚ました事を自覚した。瞼を震わせて、瞳からは涙が流れている。
「ロエル、怖い夢でも見たの?」
「なんだろ……あんまり覚えてないけどすごく怖いというか……嫌な夢だった」
「すごい汗だよ、ロエル」
「うん、ちょっとお風呂入るね……」
ふらつきながらもベッドから下りて、ロエルはバスルームへと歩いていった。
怖い夢といえばボクも見た事がある。村が焼かれる夢、片翼の悪魔。最近ではほとんど見なくなったけど。自分の中でどうでもいいとなりつつあるのか、夢よりそれが怖い。それともロエルやいろんな人達と出会ったり、楽しい事もしてきたからかも。
「昨日はそのまま寝ちゃったし、ボクも入ろうかな」
まだロエルが出てきてないけど、ボクはその場で裸になってお風呂場に突入した。昨日みたいな小さい悲鳴を上げて驚いたロエルだけど時間がもったいない。脱ぎ散らかしてだらしないと怒られそうだけどとにかく時間がもったいない。
今日は冒険者ギルドに行ってドラゴンズバレーの場所を聞くと決めている。まだロエルには何の話もしてない、多分そんな事よりも他の事をやろうと言うはず。でもボクはこれ以上、ロエルに辛い思いをさせたくなかった。ジーニアの変な装置のおかげでドラゴンズバレーという手がかりがわかった。
口には出さないけどロエルはあれから、気になってしょうがないのがわかる。食事をしている時もパンを4つしか食べなかったし、時々ふっと手が止まって何か考え事をしている。
自分の過去がない辛さ。ボクにだって心当たりがないわけじゃない。イカナ村から奈落の洞窟まで辿りついた時の記憶がほとんどないから。
「もう! 脱ぎ散らかしたらダメ!」
やっぱり怒られた。渋々と裸で片付けていたら、今度は先に体を拭きなさいとまた怒られる。なんだかロエルがボクのお母さんみたいになりつつあるのは気のせいかな。
◆ アバンガルド王国 冒険者ギルド ◆
久しぶりの冒険者ギルドだ。前まではお金の為に依頼を漁ったりレベルを計ったり、ちょくちょく訪れていたけどここ最近はゴタゴタが続いてその機会がなかった。
ここは相変わらず冒険者達で賑わっている。中には依頼を出しに来た人達もいるけど、基本的には冒険者達の憩いの場だ。
ボク達が入ると、場が騒然として空気が変わる。そしてなんだかジロジロと見られている気がするけど、もう慣れた。町を歩いているだけで瞬撃少女だ、なんて呟きを小耳に挟むくらいだし、冒険者の間でボク達がどんな風に話されているのかなんて大体想像できる。
そんな中、ボクはあの人がいないか探した。あの人がいればわざわざドラゴンズバレーの情報なんかギルドから聞く手間が省けるはず。
「セイゲルさんはいないみたいだね」
「ねぇリュアちゃん、私の事は後でいいんだよ?」
「ダメ」
「ダメってそんな……」
「俺を探す子猫ちゃん達はそこかな?」
子猫ちゃんだとか背中が痒くなるような恥ずかしい表現、馴れ馴れしい口調。見ると柱を背にしているセイゲルがいた。
「セイゲルさん、お久しぶりです」
「Aランクライフは満喫しているか? そういえば先の獣の園との戦いでは大活躍だったみたいだな。
見ろよ、もうすっかりオレより有名だ。こうなると普通は妬んで絡んでくる輩もいるんだが、それすらないこの雰囲気。別格なのだよキミ達は」
確かにこの静まった室内で、ヘラヘラとからかってくれるセイゲルだけは変わっているというか異質にさえ写る。クイーミルの時もそうだったけど、セイゲルだって冒険者の間じゃかなり有名のはずだ。それなのに視線はボク達に集まっている。
「しかし減った分、オレ達ががんばらないとな」
「減った分?」
「獣の園との決戦に参加していた冒険者の一部がごっそりと引退したんだよ。
でかい戦いの後には付き物なんだけどな。怖くなったとか精神的な理由から、肉体的な後遺症もあるな」
「……はい、登録抹消ですか」
「もう馬鹿らしくなった」
言ってるそばで近くのカウンターで引退手続きをしている人がいた。露出している腕が傷だらけで経験豊富そうなおじさんだ。
「俺がこれまでどんだけ鍛えたと思ってるんだ。この30年間、一度も鍛錬を怠った事はない。
でかいフロアモンスターと戦って何度も死にかけた。それでも俺はBランクにまで上り詰め、そこそこ名通る冒険者になった。
ところが先日の戦いはどうだ。瞬撃少女だか、まだ年端もいかない少女が何十人も殺した魔物を悠々と一撃で斬り倒したんだよ。あんな少女がだ……。
後ろから追いかけてきて、そのまま一瞬で追い抜かれた気分がわかるか?」
「はぁ……。そういった理由で引退される方は多いですから」
「ケッ、やってらんねぇや。あんなのがいるんなら、もう全部任せちまえばいいんだ」
毒づく冒険者のおじさんの言葉がボクの胸に突き刺さる。何も悪い事はしてないはずなのになんだろう、この気持ち。
「リュアちゃん、気にしないで。リュアちゃんはなーんにも悪くないんだから」
「そうさ、ああいうのは毎日のように続出している。別に対象がお前に限ってない、万年BランクがAランクに嫉妬するのなんざ珍しくないし今度はCランクがBランクに、と果てがない。俺だってその対象だしなっ」
「でも……」
「あのおじさんもがんばって強くなったかもしれないけど、リュアちゃんだってがんばったんでしょ」
そうだ、ボクには奈落の洞窟での10年間がある。何もしてこなかったわけじゃないし、それこそ何度も死ぬかと思った。あの苦労があるからこそ、今がよかったと思える。
でも。仮にボクよりも強い人が現れて、しかもその人が年下だったらどう思うのかな。やっぱりあのおじさんみたいに嫉妬すると思う。誰も悪くない、ボクの感覚だけど当然の感情だと思う。
「オレだってうらやましいと思う事は多々あるし、そういうものに対して自分の中でどう折り合いをつけるのかが人生だよな」
そうかもしれない。やっぱりセイゲルみたいな大人がいると安心する。ボクはそういう気持ちの整理がうまくつけられないけど、ガンテツやセイゲルみたいな人達はボクよりも長く生きている分、いろんな事を知っている。
子供みたいなんていつかロエルはいったけど、とんでもない。ボクはまだまだ子供だった。
「それでオレを探していたみたいだが?」
「あ、実は……」
「なるほど、ドラゴンズバレーね。いいぜ、案内してやる」
「いいんですか?」
「ちょうど里帰りしようと思っていた頃だしな。ちょうどいい」
「里帰りって、もしかして……」
「そうだ。ドラゴンズバレーはオレの故郷にしてドラゴンハンター発祥の地。
この大陸の最南端にあるから、結構遠いぞ? 位置的にはカシラムの領土内か」
快諾してくれて助かるけど、ボクは前々から思っていた事がある。セイゲルって実は暇なんだろうか。
◆ カシラム国 国境付近 ◆
アバンガルド王国の遥か南、山々に囲まれたカシラム王国。キゼル渓谷の西側の山間を歩く事3日。
いや、走る事3日の間違いだった。どこへ行くにも船で何日もかかり、陸地を歩けばまた何日もかかる。メタリカ国の飛空艇みたいな乗り物があればすぐ着くのにとじれったい思いをしていた。
そこで思いついたのが馬車だ。ただし、馬車を借りても馬は要らない。馬の代わりにボクが引くからだ。
「リュアちゃんもついに冗談を言うようになったんだね」
ロエルでさえ本気にしてくれなかったし、セイゲルに至っては腹を抱えて笑う始末。涙を流して転げまわるセイゲルを見て、蹴っ飛ばしてやろうかと思うくらいボクは本気だった。
だってアバンガルド王国からドラゴンズバレーまで、地道に移動すれば80日以上もかかるなんて言われたら黙っていられない。
キゼル渓谷だって、のろのろと馬車で移動しなくてもボクが本気で走れば半日で越えられる。それなのにわざわざ時間をかけて移動する意味がわからない。
「はひー……はひー……。べ、便利だしすごいけどあんまり乗りたくないかも……」
「リュア馬の移動は荒っぽすぎるぜ……」
後ろから悲鳴が聴こえてきたけど、ボクは容赦なく走った。途中、すれ違った行商人っぽい人を護衛していた冒険者が魔物かと思ったらしく、パニックに陥って戦闘態勢に入っていたけど気にしない。
「高速人間馬車の魔物の噂なんてものが広まってもオレは知らないぜ……」
失礼な事をずけずけと言うけど、おかげでカシラム国の国境まで3日で着いたんだから感謝してほしい。
「ドラゴンズバレーはあの国境の壁を越えてまだ歩く……いや、走るぞ。まだ日が落ちるには時間がかかるが、今日はあの先にあるケントゥの町で休もう」
ドラゴンズバレー。ドラゴンの生まれ故郷とも言われていて、たくさんのドラゴンが生息している世界でも有数のドラゴンスポット。
ドラゴンスポットって何さって聞いたら、ドラゴンを仕留めるのに絶好の狩場って意味だと大雑把に説明された。その中でもドラゴンズバレーはデンジャーレベル100を超える危険地帯なんだとか。100を超えるダンジョンはほとんどないらしく、それだけにドラゴンハンター達に人気がある場所らしい。
そして未だ奥地まで誰も辿り着いた事のない前人未到のダンジョンだ、と珍しく真剣な顔をしたセイゲル。
「オレの親父も生前は有名なドラゴンハンターだったんだが、奥地にまでは辿り着けていない」
「セイゲルさんのお父さんもドラゴンハンターだったんだ。でも生前って事は……」
「凶悪な大物ドラゴンの牙にかかった。昔の話だけどな。伝説のドラゴンハンターなんて呼ばれちゃいるが、死んで初めて英雄になれるってのも皮肉なものだよ」
セイゲルが一瞬だけ見せた暗い表情。両親がいないのはセイゲルも同じだった。それなのにボク達の前では明るく能天気に振舞っている。ボクはたまに両親が恋しくなる時があるけど、セイゲルみたいに強くならなくちゃダメだ。いつまでも子供のままじゃ、お父さんとお母さんに笑われちゃう。
「止まれッ!」
高い石造りの国境の壁、その門の付近に馬に乗った兵士が数人いた。いや、馬というには首が短すぎる。馬の首をそのまま縮めて足を長くしたような、馬のようで馬でない動物。それにまたがった兵士達がボク達に睨みをきかせている。
止まれといわれるまでもなく国境の壁が見えた段階で止まっていたけど、もしこのまま突っ走ったらどうなるんだろうとぼんやり考える。
「おいおい、随分と警備が厳重な事だな。前までは顔パスで通れただろ? オレとか」
「こ、これは失礼しました。セイゲルさんですね、そちらのお二人は……」
「獣の園との戦いで大活躍だったリュアとロエル、知らないか?」
「あ、あの瞬撃少女?! なんでも数千匹の魔物を千切っては投げ、消し飛ばしたとか……。
はい、皆様なら問題ありません。どうぞお通り下さい」
「一体、どうしたんだ? なんだかピリピリしている様子だが?」
「実は近頃、彗狼旅団の活動が我が国内でも活発になっておりまして……。こうして警備を厳重にしてはいるのですが、虫のごとくどこからか入り込んでいるようでして」
「そりゃ大変だな。ザコはともかく、自己魔法使いの集団相手だと、いくらカシラム騎馬隊とはいえ分が悪い」
「お恥ずかしい限りです……。全力を尽くします」
騎馬兵の一人が馬らしき動物を器用に操り、後退して道を開けてくれた。それよりも瞬撃少女なんて呼び名がこの国にも広まっている事にボクは落胆した。こっちがお恥ずかしいよ。何が千切っては投げ、数千匹さ。そんなに倒してないよ。倒せるけど。
「ここから3時間ほど歩けば、ケントゥの町に着きます。
特に目新しいものはありませんが、休憩するにはちょうどいいですよ。て、セイゲルさんに今更説明してもしょうがないか」
「おう、ありがとな。お前らも、まめに交代して休めよ」
「心遣い感謝します」
快く通してくれた騎馬隊の人達を通り抜け、ボク達はまた山々に囲まれた道を歩き始めた。走ろうかと思ったけど、二人に全力で止められたからやめた。
「この辺りは山ばっかりで整備された道以外は非常に通りにくい。そこであいつらが乗っていたパシーブさ。あれの機動力を見たら、驚くぜ。山の斜面だろうがお構いなしに高速で登っちまうからな」
「あれ、パシーブっていうんだ。馬みたいな変な動物だね」
「気性が荒く、馬よりも数段乗りこなすのが難しい動物だ。それを実用化しちまっているのがカシラム国のすごいところだな」
「あれ、私も乗ってみたいなぁと思ったけどなんだか大変そうだね……」
「オレも以前、少しだけ乗せてもらおうとしたが見事に振り落とされた挙句、大事なところを蹴られて死ぬ思いをした」
「大事なところって?」
「え、そりゃお前……ほら、アレだよ」
何故かそこからセイゲルが押し黙ってしまった。ボクとロエルがきょとんとしていると、セイゲルは何故かあっちを向いてしまう。結局、アレってなに。
「よく悪い奴に騙されずに綺麗に育ったものだ……。オレは感心したよ」
「うん?」
「まぁいい。それより彗狼旅団といえば、オレも妙な噂を聞いたな。
知り合いの冒険者から聞いた話なんだが最近、入った新人のおかげで今まで以上に勢力を伸ばしつつあるとか」
「ふーん」
「ふーんって、反応薄いなぁ……」
「悪い人達ってのはわかるけど、今一魔王軍と違ってピンとこないから……」
「ま、お前からしたら取るに足らん相手かもしれんけどな……。
そいつはマスクをしていて顔はわからないが、大男で瞬く間に幹部の座に上り詰めたらしい。
こんな情報もあるくらいだし、何せ国一つを攻め滅ぼした連中だからあの騎馬隊の連中だって神経質になるってもんさ」
別に彗狼旅団が気にならないわけじゃない。でもボクからしたら魔王軍のほうが遥かに危険だし、イークスさんの言葉通り、魔王城に行かなきゃいけない。
放っておくわけじゃないけど、今はそれどころじゃないというのが正直な感想だ。
「ゲッ、あの雲行きは怪しいな……。うわっ! 降り出しやがった!」
突然の豪雨、馬車の中にいる二人なら濡れる事はないけどボクは別だ。それならやる事は一つしかない。
「あの、まさかリュアさん?」
「せーの……それっ!」
また後ろから悲鳴が聴こえてきたけど、ボクは街道を思いっきり走った。だって濡れたくないもん。
◆ シンレポート ◆
し しん れぽ おぇ おえぇぇ
ばしゃに しがみつくこと 3にち
りゅ りゅあの じゃくてん
は はきそう うっぷ
ばかが ぼうそうすると てにおえないと しんは みにきざみますです
うっ




