第106話 獣達の狂宴 終了
◆ スルアード港 西海岸 ◆
「戦いにおいて何が必要なのか。これから教えてやる」
【金色の闘王バロッファが現れた! HP 16900】
金色の曲がった角を光らせた黒い巨大な牛。グレイドよりも大きな体、太い腕に足。あのまま思いっきりジャンプすればプラティウのいる位置まで届くはずだ。これはさすがに危ない。
見たところ、あいつが3匹の中で一番強い。蛇人間みたいなのがニヤニヤしているのが気になるけど、まずはプラティウを助けてあげないと。
「ダメ」
「な、何が?」
「助けなくていい。プラティウだけでじゅーぶん」
「で、でもあいつはさっきの羊より段違いに強いよ?」
「平気だから」
傍らに寄ってきたジーニアもボクの腕を掴んで首を振っているし、こうなったら仕方がない。今のところソゴックを始めとする他の魔物もこの戦いに注目しているから、他の人達は今のところ安全だ。
「朗報だ。フロン・カシラム連合部隊が無事、獣の園の部隊を殲滅したようだ。
後はこちらだけだが……」
カークトンがちらりとプラティウとバロッファのほうを見る。やっぱりこんな戦い、見守る必要なんてないとカークトンも思っているはず。
その間に負傷者を運び込んで治療してやったりなど、地味に救助も進んでいた。
「お前達ニンゲンは戦いに向いていない」
「……ん?」
「歴史上、ニンゲン同士の争いは幾度なくあった。しかし、それは何の為だ?
富や地位、領土、財産、技術。それらなくしては起こりえない。
そんなものは、純粋な戦いではない。薄汚い動機によって引き起こされる闘争本能に何の価値があろうか?」
「うん? うん……」
空中で腕を伸ばしたり今更準備運動めいた事をしている様子からして、多分話を聞いていない。でもバロッファはお構いなしに語り続ける。
「オレ達は違う。戦い、純粋にそれのみを欲している。
飽くなき戦いへの道……わかったか、お前達に決定的に欠けているもの。
それは闘争本能だッッ!」
バロッファは少し踏ん張り、太い足をバネにして跳んだ。まさかここまで跳んでくると思わなかったのか、プラティウは慌てて旋回して避けようとする。でも反応の遅れた相手をバロッファが逃がすはずがない。
【バロッファのクラッシャーハンド!
プラティウはリフレクターを展開してダメージを軽減する!
プラティウは301のダメージを受けた! HP 527/828】
「うぁッ……!」
「プラティウッ!」
プラティウの前に現れた薄い壁のようなもの。ウィザードキングダムで皆が使っていた障壁魔法と似ている。物理衝撃を和らげるものなんだろうけど、それすら貫くバロッファの怪力。
グレイドと違って竜巻を起こしたりはしない分、こっちのほうが身体能力が数段上だ。
幸い武装を破壊されるには至ってないけど、それを着ている人間は別だ。中身はあくまでも子供なんだ。本来、こんな戦いに出るべきじゃない。それなのにプラティウは一人でやるっていうし、ジーニアは笑顔で見守っているし。
「ジーニア、やっぱり無茶だよ。ボク、助けるね」
「……終わったようですよ?」
「終わった?」
【プラティウのヒーリング! HPが全回復した! HP828/828】
「プラティウの生命活動を停止させるなら、一撃でリフレクターを完全に貫通して息の根を止めないといけません。
外傷を感知してオートで発動するヒーリングは、死亡状態以外ならばすべてカバーするといっていいでしょう」
つまりプラティウにダメージの蓄積はありえないと、ジーニアは続けて説明してくれた。それでも、子供があんな怪物の攻撃を受けたら一溜まりもないと思うんだけど、そこはレベル112。
そして獣の園の中でもかなり強いはずのバロッファ相手にも、まったく物怖じしていない。相手を冷ややかに見下すわけでもなく、プラティウはただ眠そうな目を向けている。
「妙な防御手段を持っているようだが、まったく無意味な事だな」
「パワー、スピード、行動パターン、解析完了。スキャンデータ更新」
「……何?」
なに?
「一撃もあれば十分です。その猶予をプラティウに与えてしまったあの魔物の敗北は決定しました」
自分が戦っているわけでもないのにさっきから、ジーニアがやたら偉そうなのが気になるけどそこは置いといて。
またバロッファが何か仕掛けてくるけど、本当に大丈夫かな。腕をクロスして、足腰を踏ん張り。そして大ジャンプ。
【金色の闘王バロッファのハイパーホーン!】
「おぉ、すごい。さながら、大陸弾道ミサイルといったところでしょうか」
「た、たいりくだんどー?」
バロッファがいくら跳んでも届かないように更に上空へ逃げたはずのプラティウ。なんとかミサイルというのはよくわからないけど、多分バロッファの持ちうるスキルの中で最も威力が高いはず。突進は直線に攻撃するという単純な攻撃方法だけど相手の動きを読んだりだとか余計な事を考慮しない分、身体能力があればこの上ない威力だ。
そこにいる相手目がけてただひたすら突撃。加えてあの巨体をぶつければ、速さに応じて威力が更に跳ね上がる。ボクの目にはバロッファの角が今まさに、プラティウのお腹に突き刺さらんとしているところが映っている。
【プラティウはひらりと身をかわした!】
「……! なにィ……?」
プラティウから外れたバロッファはもうこうなったら、空中から一旦離れて着地するしかない。今のはなんだろう、ごく最低限の動きでかわしたように見える。さっきの攻撃を受けた時とは別人みたいだ。
「行動パターン04、突進。回避完了。想定到達時間との誤差0.003。回避プログラム修正完了」
「バカな……」
「迎撃」
【プラティウはエタニティーノヴァを放った!】
誰もが唖然とした。当のバロッファでさえ、何が起こったのかわからなかったと思う。ボクが見た限りでは極太の白いレーザーみたいなものが、この場にいる誰の目にも止まらないとさえ思える速度で放たれた。
その威力は凄まじく、バロッファを跡形もなく消し飛ばしただけに止まらないで、その後ろの砂浜と海さえも引き裂いた。裂かれた海が一時止まって、少ししてから海水がその地割れ部分に流れ込む。
地形さえ変えてしまうほどの光の斬撃。そう、あのレーザーは光速で放たれた斬撃といったほうがしっくりくる。敵どころか、大地すらもえぐり取る理不尽。
【金色の闘王バロッファに19047のダメージを与えた!
金色の闘王バロッファを倒した! HP 0/16500】
「クールダウン、全武装一時凍結」
「あぁー……。もう、なんでここでとっておきを使っちゃいますかねぇ」
羽から噴出されている炎のようなものが弱まり、プラティウは地上に降りた。
「い、今何が起こった?」
ようやく誰かが口を開いた。中には逆に開いた口が塞がらないみたいな人もいて、戦場だというのに完全に静けさで満ちている。
得体の知れない存在への恐怖。それは強くなればなるほど、敏感に感じ取れるもの。ボクも奈落の洞窟の終盤では嫌というほど感じた。理解できない、それでいて圧倒的な力。それを目の当たりにした時、頭の中が空っぽになる。
そして時間が経つにつれ、全身が震え出す。
「同じ人間とは思えない……。メタリカ国は、ば、化け物の国だ……」
「機嫌を損なったら、オレ達もあんな風に跡形もなく……」
「ま、まだ戦いは終わってない! 気を引き締めろ!」
そういうカークトンですら声がかすかに震えている。これだけの魔物相手にこれだけの人数を率いて戦ったカークトンでさえ、この有様。あのシンブも棒立ちの状態から動かない。
「プラティウちゃんの今のスキル、なんていうのかしら」
「恐ろしき技よ……。まるで魂すらも滅したようだ……」
ティフェリアさんとSランクのおじさんだけが唯一、感心しているだけ。魔物達も呆気に取られて、プラティウが戦闘不能みたいになってるのにその場で黙って立ち尽くしている。
「あんなのがいるなんて聞いてねぇぞ!
オイ! こうなったらあのガキだけでもぶっ殺すぞ! 獣の園、最後の意地を見せてやろうじゃねえか!」
これはまずいんじゃないかな、と思った矢先。今まで傍観していた魔物達がチャンスとばかりに一斉にプラティウに襲い掛かった。
プラティウもだけど、駆け寄ったジーニアが危ない。あの人こそプラズマレールガンを持ってはいるものの、実際ほとんど戦えないんじゃ。
「馬鹿めが」
ブランバムは嘲るように口元を歪め、胸から発射されたバルカンとかいうスキルを魔物達の足元に放った。慌てて勢いを止めた魔物達はその攻撃を放った主に殺気の篭った視線を向ける。
「リュア、プラティウ強いでしょ」
「え、まさかボクにあれを見せる為だけに?」
「うん。とっておき」
うん、じゃなくて。そんな事をして何になるのさ。一歩間違えたら死んでいたかもしれないのに。
「……褒めてくれない?」
この子はボクに認めてほしかったのかな。認めてほしいから、最大威力のスキルを放った。自分のすべてをボクに見せたかったのかな。やや泣きそうになりながら、プラティウはボクを小動物のように見つめてきた。
「そんな風に動けなくなるなら極力使っちゃダメだよ」
そんなセリフしか出てこないけど、ボクはプラティウの頭をそっと撫でてあげた。プラティウは子供らしく無邪気にはにかみ、頬をピンク色に染める。
ボクを調べたいだの何だの、理由をつけていたけど本当はただ仲良しになりたかっただけなんじゃないか。ジーニアの元でずっと遊びもなしに働いて、子供らしい事もしてこなかった。そうしてるうちに表情も消えてしまった。
暗い奈落の洞窟で10年も過ごしたボク。地上に出てロエルと出会い、ようやく笑えたボク。プラティウもボクも、あまり変わらないのかもしれない。
全部ボクの予想だけど、今のプラティウは心の底から笑っているような気がする。
「ね、プラティウ。今度、ボクと」
「ウオォォォォイ! なに、オレ達を無視してやがんだぁ!
二匹まとまってんなら、好都合だ!」
【冷酷なる蛇手サーペンターが現れた! HP 11490】
「……まだやるの? もうそっちもそんなに数はいないんだし、ボクだって無駄な戦いはしたくないよ」
「なんだそりゃ? 見逃してやるとでも?
そりゃあ……こっちのセリフだよッ!」
【冷酷なる蛇手サーペンターのサモン・スネーク!】
砂を跳ね上げて一斉に飛び出してきた蛇、蛇、蛇。それらがとぐろを巻きながら、負傷した兵士や冒険者達を締め上げる。
腹立つのは、ティフェリアさんや五高みたいな手強い相手は避けているところだ。
「うあぁぁ……は、離せッ……」
「痛い痛いやめてくれぇぇ……!」
「ヒヒヒヒヒッ! バカが、つけあがるからだ! おい、リュアとかいったな?
お前、大層強いみたいだからな。この状況、わかるよな?
そいつらの命が惜しかったら、お前のその剣で自害しろ」
「第3大隊だとか、結構すごそうだなと思ったのに随分と卑怯な事するんだね」
「オレは力馬鹿どもと違って利口なだけさ。真っ向勝負だけが勝負じゃねえんだよ」
「リュアさん! 私達の事はいいから」
【リュアの攻撃! シールスネーク×46に5129341のダメージを与えた!
シールスネークを倒した! HP 0/270】
ざっと2秒ちょっと。さすがに広範囲にやられると、どうしても隙が出てくる。締められている人まで斬らないよう、ちょっと気を使ったからそれなりに時間がかかった。
まともな相手に2秒なんか絶対に与えられないけど、口ばかり動かしているこんな魔物相手なら楽勝だ。目の前にいるボクが消えたと思った時には、すでに人質にしていた人達は自由になっているんだから。
それとリッタが何か言いかけていたけど、見捨てるわけないよ。あの自分の足元に落ちている切断された蛇を見ている様子から、まだ何が起こったのかわかってないみたい。
「なっ、あ、ありえねぇ……!」
「ボクはそういう卑怯な事が大嫌いなんだ。ボクと戦いたかったら正々堂々としてよ。
次にまた変な事したら……殺すよ」
「ひっ……!」
焦って後ろ歩きで足早に下がった蛇男。長い蛇の頭が胴体よりも後ろに下がっているところから、脅しは効いたらしい。
「仲間を連れて帰ってよ」
「ナメやがって……オレは……オレは獣の園、第3大隊サーペンター様だぞ?
ニンゲンの国を滅ぼした時だってオレはいつも賢く、冷静に立ち回った……。
ナメるなよ……ナメるなぁぁぁぁッッ!」
【冷徹なる蛇手サーペンターのダブルスネークハンド!】
「ひと噛みだ! ひと噛みでお前は猛毒でのた打ち回る暇もなく」
【リュアはソニックリッパーを放った! 冷徹なる蛇手サーペンターに623728のダメージを与えた!
冷徹なる蛇手サーペンターを倒した! HP 0/11490】
勢い余って、大陸を切断しかねないほどの亀裂を作ってしまった。風圧だけで周囲の兵士や冒険者が砂煙と一緒に吹き飛びそうになり。分断された海は空高く波しぶきを上げた。
悲鳴か怒号ともつかない叫びが至るところから聴こえてくる。その威力に驚いたのか、自分達を巻き込んだ事への怒りなのか。どっちにしても、ごめんなさいと謝るべきかもしれない。
「機械武装のエタニティーノヴァを軽く超えた威力ですねぇ……。
私の計算ですが、半月もあればリュアさん一人でこの大陸を破壊し尽くせますよ」
「しないよ!?」
なんて失礼な事を言うのさ、ジーニアは。そりゃちょっとあの蛇男に腹が立って力が入ったのは事実だけど、大陸を破壊するなんて無理だよ。なに、計算って。本当にしたの。
「獣の園よりよっぽど危ないだろ……」
ジーニアの冗談を真に受けて本気で怯え出す人まで出てくるし、やめてほしい。それならまだしも、中にはボクを見る目に明らかに怯えが含まれている人達も少なくない。
絶対的な差を感じたのか、持っていた武器を思わず落とした人までいる。そして全員に共通しているのが誰も言葉を発さないところ。
負傷している人達を見ると予想以上に激しい戦いだったみたいだし、相手もそれくらい強いのもわかる。でもボクだって何もしないで、ここまで強くなったわけじゃない。そこだけはわかってほしい。
「ソ、ソゴック。オレ達、三獣士だけになっちまったぞ……」
「待てよ? 生きる奴は強い、強い奴は偉い。だが今のオレ達は逃げようとしている。偉くない。
つまり、弱いって事かぁ? キッキッキッ、こりゃ猿すぎだろぉ……」
「いいから撤退するぞ、ソゴック」
三獣士とかいう魔物達がボク達を正面に捉えながら、ジリジリと海のほうへと後退していく。いや、ソゴックは30匹くらいに増えているから正確には32獣士かな。どうでもいいか。
「カ、カークトン隊長。どうしますか?」
「……私の部下に奴らを追撃できる実力者はいない。つまりはそういう事だ」
「それならティフェリアやあのリュアという少女に……」
「彼らを初めとした冒険者は元々協力者であって、私の指揮下にある者達ではない。
彼らがどうするか、今はそれだけだ」
ティフェリアさんはてっきり、アバンガルド王国の命令で動いているのかなと思ったけど。そのティフェリアさんは笑顔で手を振って見送ろうとしているし、少なくともあの人にその意志はないみたい。
やる気満々なのは五高くらいだ。
「逃がすはずないっしょ」
【???の攻撃! 猿人王ソゴックは3927のダメージを受けた!
猿人王ソゴックを倒した! HP 0/3470】
シンブが攻撃体勢に入った時、一匹のソゴックが縦に斬り裂かれた。そしてまた一匹、二匹と縦、横、斜めとまるで料理でもするかのように作業的に倒されていく。
この間、誰もが何が起こっているのか、認識できていない様子だ。ボクが見たあの黒髪の男の人はマントをなびかせながら、すべてのソゴックを倒した後に短く口笛を吹いた。
「……これだけか?」
男の人が残り二匹を一瞥する。その問いかけはその二匹に対してなのか、それとも。
「な、なんだお前は……」
「オレか? オレはな……」
【???の攻撃! 空を泳ぐ者ゴウジョに4410のダメージを与えた!
空を泳ぐ者ゴウジョを倒した! HP 0/3130】
【???の攻撃! なぎ払う剛豚チョハッカに4021のダメージを与えた!
なぎ払う剛豚チョハッカを倒した! HP 0/3900】
「勇者だよ」
振り向いたその男の人はお兄さんというよりおじさんといったほうが近い。セイゲルよりは年上に見える。白い歯を見せて笑うその顔には自信が満ち溢れている。
その手に握られている、いつかボクを弾いたあの剣がキラリと光った。
魔物図鑑
【金色の闘王バロッファ HP 16900】
獣の園の主力、第3大隊の一匹。同種にミノタウロスという魔物がいるが
それが突然変異した姿。
人語を話せる高い知能を持ち、その巨体と豪腕であらゆる生物を蹂躙する。
最大威力のハイパーホーンは世界一の高度を持つと言われるオリハルコンにすら亀裂を入れるほど。
戦い以外には興味がなく、純粋に強い相手との戦いを望んでいる。
【冷徹なる毒手サーペンター HP 11490】
獣の園の主力、第3大隊の一匹。
人間の胴体から伸びる蛇の頭と手足を持つ蛇人間のような容姿。
人語を話せる高い知能を持ち、両手の蛇手の毒は大王エレファントすら即死させるほど。
シールスネークを大量召喚し、陰険に追い詰める戦法を得意とする。
子供を人質にとり親の目の前で死なせるなど、獣の園の中でも最も残忍な性格。
【空を泳ぐ者ゴウジョ HP 3130】
獣の園三獣士の一匹。アズマに伝わる魔物、河童に酷似した姿。
空中を自在に泳ぎ相手を翻弄しつつ、長い鉤爪で仕留める戦法を得意としている。
相手を小馬鹿にする態度をとる事が多く、仲間の怒りを買う事も。
【なぎ払う剛豚チョハッカ HP 3900】
獣の園三獣士の一匹。同種のオークという魔物が突然変異したもの。
薙刀のような武器で力任せに戦う戦闘スタイル。
その容姿とは裏腹に意外と冷静な性格をしており、ゴウジョやソゴックをたしなめる事も多い。




