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第104話 獣達の狂宴 その1

◆ スルアード港 西海岸 ◆


「住民の避難は済んでいるな?」

「はい! 防衛ラインの布陣も整っております!」

「よし、いいか! ここを突破されてしまえば、万単位の命が失われる!

我らが守るのは長年築き上げてきた文化、財産、誇り……命だ!

何としてでも死守しろ!」


 海岸に設置された投石機、バリスタ600基。アバンガルドとネーゲスタ連合部隊、総勢21000人。C、Bランク冒険者2000人以上。Aランクの冒険者など、主戦力は東の方面の防衛に当たっている。

 残りカシラムの部隊も遥か西方で布陣を布いているはずだ。奴らがここを襲撃してくるかどうか、不安もあった。東海岸から攻められた時の可能性も考慮はしてあるが、ここほど戦力を割いてはいない。

 ここはちょうど、バラード大陸と向かい合っている海岸だ。だから攻めてくるならここしかない。そう判断したのは宰相ベルムンドだ。迂回して反対側の海岸から攻められる可能性もあるのでは、と私は切り出した。しかし大部隊がそんな迂回をしていれば嫌でも目立つし、何より獣の園の獣がそんな回りくどい事をするとは思えないとベルムンドは言い切った。

 わずかな期間で各国と連携を取り、これほどの部隊を展開できたのは彼の功績によるところが大きい。あの男は正直に言うとあまり好きではないが、その手腕は認めている。


「カークトン殿、我らネーゲスタは近接戦闘を得意とする格闘部隊。可能な限り、我らが前線を維持するが、漏らした分はそちらで引き受けてほしい」

「その手筈だったな、カント隊長。カシラムの騎馬隊も同じ布陣のはずだ。

この戦いで無事に生き残ったならば、ぜひ酒でも酌み交わしたいものだな」

「望むところです。何としてでも勝ちましょう!」


「は、はわぁぁ……き、緊張してきたぁ……」

「しっかりしてよ、リッタ分隊長。大型のフロアモンスタークラスの魔物はAランクの人達が引き受けてくれるし、私達は私達でできる事をするだけ。それに各国のSランクもいるしね」


 普段なら一喝しているところだが、リッタの分隊は仲間内で励まし合ってくれたほうがうまくいく事が多い。そんなやり取りをしている横で、こんな時だというのに大きなあくびをしている我が国が誇るSランク、ティフェリア。

 普段着で剣だけ構えたその姿は、武装した我らの中でも明らかに浮いている。一方、ネーゲスタのSランクはさすがだ。最前線で堂々と仁王立ち、迫る獣に対してもまったく臆してる様子がない。

 拳聖バーラン。1000を超える門下生を持ち、その教えを乞うために国外から遥々やってくる猛者も多い。


「あらあら、あんなに前に出て大丈夫かしら。まぁまぁ……」

「ティフェリア! お前も前に出るんだ! バーラン殿とお前なら、大部分の相手をシャットアウトできるだろう!」

「そういえば、リュアさんはどこにいるのかしら。久しぶりにお話したいわ」

「聞けーーーー!」


 話にならない。しかしひとたび、開戦すれば目覚しく立ち回ってくれるのが彼女だ。私からどうこう言う必要はないとはわかっていても、やはり不安がある。


「……来たかッ!」


 空を飛び、空を泳ぎ、海を泳ぎ。この時点でも遥かに私の理解を超えた化け物揃いだ。恐らく潜っている魔物もいるだろう。


【ヴァンパイアビースト×325が現れた! HP 1120】

【大王エレファント×70が現れた! HP 4050】

【ウイングチータ×450が現れた! HP 1020】

【バーストボア×236が現れた! HP 1870】

【ソルジャーレオ×499が現れた! HP 805】


 数だけ見れば我々のほうが圧倒的に多い。しかし忘れてはならないのが、個々の実力は完全にあちらのほうが上だという事。それに今、迫ってきた魔物達は恐らく第一陣だろう。遥か後方から、まだまだ大量の魔物が迫ってきている。

 ここまで来ておいてこういうのも何だが、非常にまずい。特にあの大王エレファントは単体でも、城壁を軽く破壊して突破する力を持っている。バーストボアは名前の通り、突撃と共に魔法で相手を爆散させるとんでもない魔物だ。

 そんな魔物達が投石機やバリスタの嵐のような射撃を受けても尚、変わらない勢いでついには砂浜を踏みしめた。わかってはいたが本当にないよりはマシ程度の成果だ。バリスタの矢が刺さったところで大王エレファントの厚い筋肉を貫けず、バーストボアに至っては得意の地形でもないはずなのに、悠々と左右にかわしている。


【バリスタと投石機の援護射撃! 大王エレファントに71のダメージを与えた! HP 3979/4050】

【バリスタと投石機の援護射撃! ヴァンパイアビーストに137のダメージを与えた! HP 983/1120】


 ウイングチータやヴァンパイアビースト程度なら、まだ動きを鈍らせるくらいの効果はある。しかし、私もカント隊長も始めからそんなものに期待していない。問題はここからだ。


「若い頃を思い出すな……さぁ、来い! 最初の相手は貴様かぁ!」


【バーランの正拳突き! ヴァンパイアビーストに1899のダメージを与えた!

ヴァンパイアビーストを倒した! HP 0/1120】


 バーランの拳一つでヴァンパイアビーストはその長い牙を砕かれ、猛スピードの接近を殺すと共にその命を終わらせた。


「ぬるい! ぬるすぎるわ! 次ィ!」


【バーランの正拳突き! バーストボアに1926のダメージを与えた!

バーストボアを倒した! HP 0/1870】


 バーストボアの突進を物ともせずにバーランは中腰の姿勢のまま、それらを淡々と迎え撃っていた。あの拳はバーストボアの爆撃を相殺するほどの威力だ。

 破壊力だけならSランクでも1、2を争うと言われているだけはある。一方、我が国のSランクはというと。


「あらあらあら、ちょっと多すぎよ、多すぎぃ……」


【ティフェリアのワンテンポ・キル! ウィングチータの息の根を止めた! HP 0/1020】

【ティフェリアのワンテンポ・キル! バーストボアの息の根を止めた! HP 0/1870】


 気だるそうに投げやりな突きを繰り出しているように見えて、あの成果だ。あくびをしながら、片手でぶんぶんと剣を振るうだけで迫り来る魔物の巨体が次々と制止し、崩れ落ちるのだからこちらも格が違う。

 空中を舞うウイングチータにさえ届くほどの射程。仮にティフェリアと殺し合いをするならば、あのスキルを攻略しないと勝負にすらならないだろう。魔物ごとに違う急所を的確に打ち抜く精度はスキルだけの性能ではない。

 この程度の魔物など、ティフェリアにとっては雑兵に過ぎないという事か。だが、本隊は確実に迫っているはずだ。


「ま、ま、まとまってーくだーさーい! あっちのヴぁんぱりあビーストは弓兵隊に任せて、近づいてきた魔物だけをねりゃってください!」

「……かみすぎ」


 かなり不安だがリッタのほうもうまくやってくれているようだ。一時はどうなるかと思ったが、あの子には素質がないわけではない。むしろ、訓練や努力の量は並みの人間を遥かに上回っている。

 怠けている秀才より努力する凡才とは、前任の隊長の言だったか。だからこそ私も今までリッタを見放すような真似はしなかった。

 だがさすがにヴァンパイアビーストクラスの魔物を相手取るには分が悪い。バーランやティフェリアが一匹撃ち漏らしただけで彼女達にとっては脅威となる。他の兵隊もソルジャーレオくらいならどうとでもなるが、あのクラスとなると。


「ぐあぁ! し、しまっ……た……」

「し、しっかりしろ!」


 前線にいるSランクの二人のおかげで目立たないが、死傷者も続出していた。特に大王エレファントは本来、Bランク以上のパーティが挑むレベルの魔物だ。奴が前足ごと、地面に落ちるだけで数十人は恐れて後退する。

 かくいう私も、あれを相手にするのは厳しいものがある。こうしてヴァンパイアビーストなどの相手をするだけで手一杯だ。その上で指揮系統も徹底させなければいけない。


「一時、後退しろ! 大王エレファントはS、Aランクに任せておけ!」


「人使いが荒いのう……」


【ムゲンの闘神激烈掌! 大王エレファントに1320のダメージを与えた! HP 2730/4050】


 致命傷とまではいかないまでも、ムゲンの一撃は大王エレファントを後ろ倒しにするほどの威力はあった。その後ろにいた多数の魔物達が下敷きになったのだから、思った以上の効果だ。


「ちっとばかり、大人しくしてもらえんかのう」


【ムゲンの呪縛経! 大王エレファント×2は麻痺状態になった!

ヴァンパイアビーストは麻痺状態になった!

ウィングチータは麻痺状態になった!】


「あまり無茶はしないで下さい事ね?」


【エンジェルリカバーを唱えた! 兵隊のHPが全回復した!】


「まずはそのせわしない足をとめさせてもらうよ」


【ローレルの愚鈍マーチ! ヴァンパイアビーストの素早さが大幅に下がった!

バーストボアの素早さが大幅に下がった!

ウィングチータの素早さが大幅に下がった!】


 ムゲンが2匹の大王エレファントの動きを封じてくれただけでもありがたい。

 これほど強力な魔物達を前にして、兵隊が総崩れを起こさないのは後方でサポートしているユユの影響が大きい。彼女の治癒魔法、ローレルの音色の二重サポートのおかげで何とか互角に渡り合えているほどだ。


「こんなゾウに苦戦するようなザコは帰っていいっしょ」


【シンブの分身斬! 大王エレファントに230のダメージを与えた!

大王エレファントに592のダメージを与えた!

大王エレファントに351のダメージを与えた!

大王エレファントに599のダメージを与えた!

大王エレファントに670のダメージを与えた!

大王エレファントに773のダメージを与えた!

大王エレファントに411のダメージを与えた!

大王エレファントに898のダメージを与えた!

大王エレファントを倒した! HP 0/4050】


「さ、さすがAランク3位……」


 シンブの神業とも言える捌きに息を呑む兵士達。

 悲痛な雄叫びと共に巨体を横倒しにする大王エレファントの周りには、シンブの分身が大量に取り囲んでいた。一人の斬るが重なり、斬り刻む。まるで芋の皮でも剥くかのように、削り取る。体表をあっという間に削られてしまえば、大王エレファントとて一溜まりもないだろう。


「戦況は五分といったところか。だが……」


 問題は奴らの数だ。次々と上陸する魔物を見ていると、底なしのように思えてくる。


「キャッキャッキャッ! こいつはぁ、アレか?

オレ達を歓迎する為に集まったわけかぁ? 猿共が集う、集う! キッキッキッ!」

「猿はお前だ、ソゴック」

「おっと、そっかそっか。チョハッカにゴウジョ、派手に暴れるかぁ!」

「おぉッ!」


 恐れていた時がついに来た。人語を話す魔物、それだけで格の違いがわかる。

 まるで水中にいるかのように空中を泳ぐ緑色の体表を持つ人型の魔物。鳥のようなクチバシを持ち、指と指の間には膜のようなものが張られている。

 手足の長い茶色の体毛をした猿型の魔物、でっぷりとしたタルのような体をした二足歩行の豚の魔物。大王エレファントに比べるとスケールは落ちるが、ここからが踏ん張り時かもしれない。


「あらあらあら、とっても賢そうなお猿さんねぇ」


【ティフェリアのワンテンポ・キル! 猿人王ソゴックはひらりと身をかわした!】


 猿の魔物は軽快に飛び跳ねながら、ティフェリアの見えざる一撃をまるで見えているかのようにかわした。そして猿は彼女を避けて、我ら後方を目指してくる。


「あーらら、あらあら……。どうしましょ」

「あっぶねぇあぶねぇ! やっぱり相手にしなくて正解だったぜ!

どうにもネーチャンからはやばい予感がしたからなぁ! キッキッキッ!」


「ティフェリア! 止めろォ!」


「ワシがおる!」


【バーランの空襲脚! 猿人王ソゴックはひらりと身をかわした!】


 バーランの空中を旋回しながらの回し蹴りすらも猿の魔物はブリッジの態勢のままかわして、そのまま砂浜に着地する。

 予感した通りだ。彼らの実力よりもこちらが危惧している事。それは奴らに知能がある事だ。突進しか能のない大王エレファントよりも、よりこちらに大打撃を与えてくるのはああいった魔物だ。守りの固い前衛よりも後方支援を狙う。

 近接戦闘が不得意な者達があの魔物の相手をするのは危険極まりない。


「させんぞッ!」

「おーっと、そりゃニトウリュウってやつか? 二本武器持ちゃ、二倍強くなるって発想がいかにも猿だねぇ! キキキッ!」


【カークトンのツインバインド! 猿人王ソゴックはひらりと身をかわした!】


 一つ目の刃を囮にし、二つ目の刃で仕留める私の自慢のスキルすらも猿型の魔物は身をくねらせて、小馬鹿にしながらかわす余裕を見せてくれた。卓越した身体能力、そして何より我々人間を遥かに上回るもう一つの闘争本能。

 戦闘に特化した生物の恐ろしさを再認識した瞬間だ。


「さぁて、とりあえずは絶望してもらうか。まずはコイツよ」


「なっ! わ、私の武器が!」


 私の部下である兵士の握っていた剣がソゴックによっていつの間にか奪われていた。剣を掲げて、ひらひらと振り回したかと思った次の瞬間だった。

 刀身が私の鼻先まで届き、間一髪でかわす。その際にわずかに頬を斬ってしまったが、それは問題ない。その刃は止まる事なく、私の背後にいる兵士の一人に突き刺さる。


「た、隊……長……」


 急所を貫かれ、すぐにぐったりとする私の部下。誰がどう見ても即死だと判断できる。

 今度、子供が生まれるとはしゃいでいた私の部下。帰りを待つ彼の妻。そんな思いが脳裏をよぎったところで、ここは戦場だ。冷たいようだが、悲しんでいる暇などない。

 私も間一髪で死ぬところだった、その攻撃の正体。猿の魔物が握る剣は元の長さの数十倍にまでなっている。どういう訳かは知らないがあの猿は刃の部分を伸ばし、あの距離から私の鼻先まで届かせた。


「いかんッ! 全員、奴から離れろッ!」


「おっせーよ、デコ猿! キャッキャッキャッキャッ!」


【猿人王ソゴックの攻撃!】


 砂浜を一刀両断できそうなほど伸びきった剣を持ち、回転する。そのシンプルな動作にあの剣が加わる事によって殺傷力は何倍にも膨れ上がる。それを予感し、距離をとった兵士はわずかだ。

 逃げ切れず、胴体を両断された者。跳んでかわすが間に合わなく、足を切断された者。円形の処刑場となった一帯には腕、足、あらゆる部分を切断された者達の死体と血で覆い尽くされた。


「い、い、いた゛い……い……」


 一瞬にして、大勢の部下が死んだ。私の油断か、それとも。

 考えている暇はない。次なる手は。どうしたらいい。奴を倒すには。


「ウキャキャキャ! オレ様はな、あら」


【ティフェリアのワンテンポ・キル! 猿人王ソゴックの息の根を止めた! HP 0/3470】


「後ろがお留守よ、もうお喋りばっかりして……」

「すまない、ティフェリア……」


 ティフェリアに背後から突かれた猿はうつ伏せの死体となった。それだけじゃない、浜辺に上陸する魔物はほぼ彼女とバーランによって仕留められ、さすがの獣達もその勢いを失いつつある。

 Sランク。常人の域を遥かに出た彼らにとっては、剣の尺度を変える猿だろうが関係なかった。一撃で数十人の命を奪った化け物を遥かに上回る人間。

 あの少女リュアといい、どういう星の元で生まれたらそうなるのか。誰もが欲した絶大な力。それを持ちうる者。彼らにはこの光景がどう見えているのか。


「カークトンさん、リッタちゃん達も下げたほうがいいんじゃないかしら」

「む、そうだな……。さすがに分が悪いかもしれん」

「いえ、それどころかね。ほら、あそこ」


「キャーッキャッキャッキャッ!」


 もう聴く事もないと思っていた耳障りな笑い。馬鹿な。ありえない。別の種類の魔物か、そうに違いない。

 何故なら、あそこでC、Bランクの冒険者達の首をねじ切っている猿は一匹ではない。三匹、四匹、五匹。先程、ティフェリアが仕留めた猿が新しい玩具でも手に入れたかのように、はしゃぎ。暴れているからだ。


「話は最後まで聞けよ。オレ様はなぁ、あらゆるモノの長さを変えられる能力があるんだよ。

気ィつけたほうがいいぜ? キャッキャッキャッ!」


「それより、増えているほうが厄介なのよ。もう私だけならどうとでもなるけど他の人達がいちゃ困るわ。えぇ困るわよ。はぁ……」


 まったくだ。隊長がこんなセリフを吐くべきではないが、もうどうしろというのだ。月並みな言い方だが、はっきりいって人智を超えている。


「ソゴック、ニンゲン達は初めて会ったヤツに自己紹介ってやつをやるらしいぜ。

オレ達もやってみようぜ」

「おう、そうするか。聞け! オレ達こそが噂に聞いた……」

「獣の園より生まれし超新星!」

「ソゴック!」

「チョハッカ!」

「ゴウジョ!」


「「「獣の園、三獣士とはオレ達の事よッ!」」」


 猿、豚、緑色の肌を持つ魚人のような魔物。それぞれがポーズをとって、我々に誇示した。


「隊長ッ! これ以上、持ちません! 指示を!」

「隊長ッ! 防衛ラインを突破されました! ご指示を!」

「隊長、後退するべきです! 隊長!」

「カークトン隊長!」


 次なる手。そんなものがあるかはわからないが、私は隊長だ。部下の命を預かっている、アバンガルド王国兵隊長のカークトンだ。私は己を奮い立たせ、再び自らの心を戦場に呼び戻した。


「全分隊、後退しろ!」


「偉いねぇ、隊長サン。部下が大事で、かわいくて仕方がないんだね。

でもね、隊長サン。ここは戦場だぜ? オレ達はね、いかに相手をぶっ殺せるか。それしか考えてないわけよ」


 ゴウジョと名乗った緑色の魚人風の魔物は飛び上がって空中を、まるで水中にいるかのように再び泳いだ。その速度はあっという暇すらない。水を掻き分ける要領で、その鉤爪に引き裂かれる命。浴びる鮮血すら、何かのご褒美とさえ思っていそうなゴウジョの残忍なる笑み。


「ところで、それ何? ぶ厚いの着ちゃって戦いにくくない? あ、わかったぞ!

それ、防具ってヤツだ! ニンゲンは脆弱ですぐ死ぬから、必死で身を守る為にいろいろ身につけてるってパンサード様が言ってた! アハ! アハアハ! アハーハ! アハハハハハ!」

「……人間は」

「あ?」

「人間はあなた達のようなケダモノとは違います! 誇り高く、守るべきものの為にこうして戦っています! 馬鹿にしないで下さい! 私達が守っているのはこれまで育んできた文化や財産、命!

そうですよね、カークトン隊長!」

「リ、リッタ隊長……」


 長い爪を血で濡らしたゴウジョを前に一歩も引かず、リッタは槍を構えている。ゴウジョは首を何度も傾げて、本気で理解できていない様子だ。


「イリン、シュリは支援をお願いします! 残りの人達は背中合わせにして、全方向からいつでも対応できるようにして下さい! 槍の射程をいかして牽制すれば、そうそう間合いに踏み入られる事はないはずです!」


 リッタはやや涙目になりながらも、めげずに自分の分隊を越えて指示を出していた。受けた側も、かつては落ちこぼれだった者の言葉を真摯に受け止めて、陣形を立て直す。

 馬鹿にしていた連中でさえ、この場ではすでに彼女を認めている。それほどまでにリッタの奮い立ては士気を高めるのに十分だった。


「……アハ? あれ、もしかしてオレ、馬鹿にされてる?」


 まだリッタの言葉の意味を考えていた様子だ。人語を話せる割には知能はあまり高くないのか、それとも我々人間の倫理を理解できずにいるのか。どっちにしろ、理解してもらおうとも思わないし、出来るとも思っていない。


「人間ってヤツはよ、気の持ちようとかそんなのですぐに立ち直るってパンサード様が言ってたぜ。

単純で馬鹿猿だからよ、痛めつけてやらねーとわかんねえんだわ」

「アハッ、つまりあいつらが馬鹿って事か?」

「そうだ、ゴウジョ。あいつらは馬鹿で、そして弱い。弱肉強食、その摂理すらも否定してああやって綺麗な言葉で飾り立てる。本当に哀れで愚かで救いようのない連中さ」

「おおー、さすがチョハッカは頭いいなぁ」


「生きる奴が強い、強い奴が偉い、つまりオレ達は偉いのさ。わかったか、馬鹿猿ども!

さて、ちっとばかし数を増やすか」


【猿人王ソゴックが現れた! HP 3470】

【猿人王ソゴックが現れた! HP 3470】

【猿人王ソゴックが現れた! HP 3470】

【猿人王ソゴックが現れた! HP 3470】

【猿人王ソゴックが現れた! HP 3470】


 ソゴックが自分の体毛を引き抜き、息を吹きかえるとそれぞれが彼と同じ猿型の魔物になる。一匹でさえ、手に負えない魔物が更に数匹。今では合計、10匹前後だ。

 息巻いていたリッタも思わず、小さく後退するほどだった。


「本体のオレ様よりも、ちっとばかし力は劣るがな」


 さて、どうするか。そう考えた矢先、更なる絶望が降ってきた。遠くの海から水しぶきをあげて何かが飛び出してきたと思ったら、それが今度は大量の砂を巻き上げて着地。

 すべての砂が落ち着いた後に見せたその姿は二足歩行の虎だった。ただし大きさは三獣士の数倍はある、大虎。尾は三本に分かれ、人間に近い筋肉がついた虎。

 これは三獣士とは比較にならない。直感でわかった。視界に入るだけでも全身の毛が総立ち、無意識に震え出す。あの葬送騎士の時と同様、今の私は完全に恐怖に支配されていた。


「おぉ、お早い到着で! あの、他の大隊の方々は?」

「ゆっくり来る。オレは待ちきれないから、急いで来た。ソゴック、リュアとかいうヤツはどこにいる?」

「いないみたいですぜ。びびって逃げたんじゃないですかね」

「いない、だとぉ?」


 危ないと思う暇すらなかった。大虎の拳が砂浜を直撃、それと共に巻き起こる爆風。まるで巨大な何かが落下したかと錯覚させるほどの威力。

 砂浜が円形にくぼみ、海水が流れ込む。地形を変えるほどの怪力。私は確信した。


「これが獣の園の主戦力……」


 素早く退避したソゴックはその暴虐ぶりに圧倒され、情けない声をあげている。弱肉強食、どうもそれは我々対奴らだけに限定された摂理ではないようだ。奴らの仲間内でさえ、それが垣間見える。


「だったら、俺は何の為に来たんだァ!

十二将魔の馬鹿どもを倒したっつうから、少しはマシな相手だと思ったのによォ!

ザコに用はねぇんだよ! このクソッカスどもがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「お、お、落ち着いて下せぇ! グレイド様!」

「出てこいやぁ、リュアよぉ! オレはもう我慢できねぇぞぉぉぉぉ!」


 奴が暴れ出した時には目に見えるだけで7、8人がその豪腕の餌食になった。いや、奴自身は彼らを殺そうとも思ってない。見境なく暴れた先に彼らがいただけ。そう客観視せざるを得ないほど、私はおかしくなっていた。

 そこに割って入ったバーランとティフェリア。バーランの正拳突きはグレイドの拳と激突するが拳聖でさえもパワー負けし、たった一撃で右腕を破壊された。


【バーランは1939のダメージを受けた! HP 2372/4311】


「う、ぐあぁぁぁ! このパワー、危険極まりない!

ティフェリアどの! カークトンどの! 五高共々、すべてを結集するのだ!

奴は……それほどの相手だ!」


「もう、本当に面倒なのが来たわ。あぁ、もう……」


 ティフェリアの溜息が消えるほどの相手だ。気だるそうなのはセリフだけで、その瞳は真っ直ぐと目の前の怪物を捉えている。闘技大会でリュアと戦った時以来だろうか。

 いや、あの時ですらティフェリアは本気で相手を殺そうとはしてなかった。あれはあくまで試合だからだ。しかしこれは違う、今から行われるのは正真正銘の殺し合い。

 マスターナイト、ティフェリア。彼女が本気になれば恐らくバーラン以上だ。それだけに彼女を本気にさせるのは難しいのだが。


「お、マシなのがいるな」

「……あら。でも、よかったわ」

「……あぁ?」


 ティフェリアが見上げた先。一定のリズムを刻む、独特な人工物の音。上空に浮かぶ飛行物体。太陽の光を片手で遮り、それを確認する。


「あれは……メタリカ国の飛空艇?!」


 楕円形の飛行物体は確実にこちらに向かっている。三獣士、グレイドもそれに気づいた時には、銀色の翼のレリーフがはっきりと確認できるほど接近していた。

 メタリカ国がなぜここに。いや、考えるまでもない。これはもしかすると、もしかしたのだ。


「リュア君、ロエル君……。君達は本当にやってくれたのか。

あのメタリカ国を味方につけるなんて……」


 飛空艇そのものが獣達には異質として見えたのか、ヴァンパイアビーストやバーストボアなどの魔物達が一斉に注目している。しかし当然ながら、それを歓迎するものもいる。


「なーんか、骨のありそうな気配だな?」


 グレイドが拳を突き出し、向けた先はもちろんあの飛空艇だった。

魔物図鑑

【大王エレファント HP 4050】

凶暴化した野生の像が血の味を覚えて、長年かけて進化した魔物。

その破壊力もさる事ながら、厚い皮膚は生半可な刃ならまったく通さない。

小さな町なら壊滅させるほど凶暴なので、一部地域では災いをもたらす神として崇めて、食べ物や人を捧げものにする事によって彼らによる被害を防いだ。


【ウイングチータ HP 1020】

最速の動物が鳥を獲物にしようと、長年かけて進化した魔物。

翼を生やしてはいるが、実際は空を走るようにして移動する。

集団でカイザーイーグルを仕留める姿はまさに空の狩人に相応しい。


【バーストボア HP 1870】

グレートボアの中でも魔力を持った強い個体がこう呼ばれる。

グレートボアを上回る突進力に加えて、魔力をでたらめに爆発させるのでひとたび暴れ出せば、森の木々が壊滅しかねない。

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