第100話 灰色のメタリカ その1
◆ メタリカ一般用飛空艇 ◆
「マモナク メタリカ西部 メタリカ西部」
飛空艇の壁から聞こえてくる無機質な声。外から見ると、楕円のような見た目に羽が少しだけ生えた鉄の乗り物。メタリカ国本土へ行く為の唯一の移動手段がこれ。
はっきり言ってロエルがいなかったら、ボクだけじゃここまですら来られなかった。まず理解が追いつかない。
メタリカ国は島国だし、今までみたいに船で行くと普通は思うはず。でもどこの大陸からもメタリカ行きの定期船はまったく出ていない。じゃあ、どうやって行くのかな。この時点でボクにはお手上げ。
答えは各大陸にあるメタリカポートの飛空艇を利用する。ボク達の生活面を助けているメタリカ国の技術。それを提供する代わりというのが、このメタリカポートの設置だ。
そうじゃなきゃ、普通は他国の領土内に自国専用の発着所を置かせてもらえるはずがない。メタリカ国は技術や物を提供する報酬をまったく要求してこない。ただこのメタリカポートの設置のみ。
これらを自国への玄関としているおかげで、メタリカ国はより強固にあらゆるものから守られた国になっている。
ちなみに普通に船でメタリカ国に行こうとしても、入れてくれない。それどころか、警告を無視して一定の海域に侵入したら、問答無用で射殺される。
だからメタリカポートで飛空艇に乗る為の正式な手続きをする以外にメタリカ国に入る手段はないと、ここまでがロエルが説明してくれた部分だ。
「なんだか、すごい国だね」
「人によってはメタリカ国が実質、世界をコントロールしているとも言うからね……」
「ボク、疲れちゃったよ……。何、あの手続き」
持ち物検査、出身、年齢、入国の目的、何から何まで全部洗い出された気がした。少し言いよどんだだけで、それに2つも3つも突っ込んでくるし、ロエルのおかげで切り抜けたようなものだった。
途中で彼女がジーニアとプラティウの名前を出したおかげで、相手の態度が一変してくれた時は助かったな。それでも、厳しい顔をされて10分くらい待たされた後だったけど。
「あれがアズマかな。いや、あっちかな」
「リュアちゃん、窓際がよっぽど気に入ったんだね」
「うん、だってこんなの初めてだし。ボク達が住んでいる大陸を上から眺めたらあんな風になってるんだね」
上空から見た景色はボクの中の世界を変えるほどだった。青と緑が織り成す地表、そしてとんでもなく高い位置に自分達がいるという事実。最初に飛空艇を見た時、こんなものが空を飛ぶなんて信じられないと飛ぶ直前までは思っていたくらいだ。
ラフーレと戦った時にも大きく跳んだけど、それとは比べ物にならないほどの景色だ。ボクもがんばって強くなればここまで跳べるかな、なんて。
「ジーニアさんとプラティウの名前を出した時にあの兵士の人がイソイソと使ってたヤツあるよね。あれ何かな?」
「ムセンっていってね、あれで遠くの人とも会話できるんだって。多分、ジーニアさんに私達の事を聞いたんじゃないかな」
「へぇ、ハスト様の言霊魔法みたいな?」
「あっちは一方的だけど、それとは違っていつでもやり取りできるみたいだね」
「信じられない……ハスト様の魔法よりもすごいんじゃ……」
メタリカポートからこの飛空艇まで、何度驚いたかわからない。何をどうやって、そんな事を可能にしてるんだろう。説明されてもまったく理解できない自信があるけど、それでも気になる。
「それも分けてほしいな、そしたらいつでもウィザードキングダムにいるトルッポとでもお話できるのに」
「……そうやって少しだけ提供する、ってのがミソな気がする。
自分達の恩恵と脅威の両方を見せ付ける事でより自国の存在を確立しているみたいな」
「ふーん? そんな事して面白いのかな」
「いや、面白いとかつまらないじゃなくて……もういい、リュアちゃんだし」
そうだよね、ボクだし。もう慣れたよ。
「ふぁ」
「前方ヨリ 魔物 襲来 オ客様各位 席ヲ オ立チニ ナラナイデ下サイ」
突然、無機質な声がとんでもない事実を告げた。
「ま、魔物だって?!」
「快適な空の旅を約束するとか言っておいて! おい! どうなってんだ!」
「落ち着いて下さい、皆様。これより、ショーをご覧頂きます」
当たり前だけど、乗客はパニックに陥る。それを肌に張り付くような銀色の服を着た女の人が落ち着いたトーンで切り返したと思ったら、ボク達全員が見える位置に何かが表示された。
鉄の板に映し出されたのは巨大な翼を羽ばたかせている翼竜だ。
「ま、魔物が! おいコラァ! 何のつもりだ!」
「あれが当飛空艇を襲おうとしている魔物です。これより、あの魔物を撃退致します。
皆様はどうか、落ち着いてご覧になって下さい」
撃退、という言葉で少しは落ち着いたのか、罵声交じりだった乗客達の声がざわめきに変わった。撃退って一体誰がどうやって。ボクも今は武器を持っていない。飛空艇に乗る時に取り上げられて、今はどこかの倉庫に放り込まれている。
降りた時に返してもらえるらしいけど、なんだか武器が手元にないというのも落ち着かない。仮に今、この状況であの魔物と戦ったとして勝てるかな。さすがに素手じゃソニックリッパーも放てないし、どうしようか。
「それでは迎撃します」
壁から流れてくる声じゃなく、女の人がまるで闘技大会の試合でも解説するかのような口ぶりで画面を指した。
【ワイバーンが現れた! HP 1330/1330】
映し出された翼竜が段々とこちらに接近してくる。これだけだとゆっくりに見えるけど、実際にはかなり速い。大きく口を空けて、飛空艇ごと丸呑みにでもする勢いだ。
「それでは当飛空艇の標準装備の一つ、対空レーザーです」
【飛空艇は対空レーザーを放った! ワイバーンに361のダメージを与えた! HP 969/1330】
二本の青く細い光が槍のように翼竜の羽を打ち抜いた。丸い風穴を翼に空けられても翼竜は多少動きが鈍りはしたものの、まだ飛空艇を目指してくる。
「続いて対空ミサイル」
【飛空艇は対空ミサイルを放った! ワイバーンに753のダメージを与えた! HP 216/1330】
細長い鉄の玉が火を吹いて翼竜に突進して爆発した。爆発の瞬間だけが映し出されていて、後は光に飲まれて翼竜の姿が消える。数秒後に映し出されたものは胴体が焼け焦げ落ちた瀕死の翼竜だった。
翼を失って今まさに落下しようとした瞬間、追い打ちをかけるように無数の対空レーザーが翼竜の全身をくまなく撃ち抜く。
【ワイバーンを倒した! HP 0/1330】
「迎撃完了。お楽しみ頂けましたか? 我が国メタリカの飛空艇はこのように、魔物への装備も万全です。よって皆様の空の旅は必ず快適なものとなるでしょう」
「す、すげぇぇぇぇぇぇ!」
「なにこれ! どうやってやっつけたの?!」
「マジかよ!」
さっきまでのパニック状態がウソのように今度は歓声に包まれた。あの魔物とここで戦うとしたら、どうしようかなんて考えている間の事だった。
どうしようもこうしようもない、この飛空艇は優秀な飛び道具を持っている。ジーニアとプラティウが乗ってきた船と同じような、強力な攻撃手段をかね揃えている。あの翼竜も決して弱い部類の魔物じゃなかった。むしろ空を飛べる分、ポイズンサラマンダーよりも強いかもしれない。
冒険者パーティですら手を焼きかねないレベルの魔物を一瞬で撃退するほどの攻撃。それほどすごい事をやってのけたのにあの女の人は笑顔で一部始終を解説していた。
「いつかの船旅の時も驚いたけど、これなら誰だって安心するよねぇ……すごいなぁ、メタリカ」
「ボ、ボクだって剣があればあんな魔物……」
「別にリュアちゃんよりすごいなんて思ってないから安心して。リュアちゃんなら、パンチの風圧であの魔物を消し飛ばせるもんね!」
「……がんばる」
がんばれない。無理だから。それが出来たら剣なんか使ってない。あ、でも修業すれば出来るかな。
「まもなく、着陸の態勢に入ります」
外に見えた景色はとてつもない灰色だった。灰色の円形の内側に立つ無数の建物らしきもの。
その中心に見える一際目立つ、鉄の塔。何本もの塔が中央にある一番大きな塔を囲むようにして聳え立っている。
多分、あれがメタリカ城だ。城には見えないけどボクは直感でそう確信した。あそこにプラティウとジーニアがいるのかな。
「着陸先はあそこじゃないんだよね。まずは西部ターミナルからあの中央都市クリッドに向かわなくちゃ」
ロエルが言うように、これからこの飛空艇が着陸するのはあそこじゃない。メタリカ国には4つの玄関があってボク達はそのうちの一つ、西部ターミナルに向かっている。そこからトレインという乗り物に乗って中央都市を目指すんだけど、ここら辺はもう完全にロエルに任せている。
「ええと、まずは西部ターミナルの6番線ホームに向かって……」
案内が書かれた紙を片手に頭を抱えるロエルを見ているだけでもう眠くなる。がんばって、ロエル。ボクにはどうしてあげる事もできないけど、応援はする。
「皆さん、お疲れ様でした。メタリカターミナル西部です。着陸して完全に停止するまで席をお立ちにならないで下さい」
ゆっくりと高度が下がり、気がつけば地上だった。こんなに大きなものが空を飛んで、しかもこれだけの人達を運ぶなんて。どうやって動いてるんだろう。
◆ メタリカ国 西部ターミナル ◆
「はい、これをつけてね」
ターミナルの出口でメタリカ兵士っぽい人がぶっきらぼうに渡したのは鉄の首輪だった。首輪というだけでも驚くのに、こんなものをつけろだなんてどういうつもりだろう。
「これ、何ですか?」
「あー? 向こうのポートで説明されてないわけ? ったく、めんどくせぇなぁ……。
入国時には全員、これをつけてもらうんだよ。それは発信機代わりになってるから、お前らがどこへ行こうがすぐにわかる。
おまけに何か怪しい動きを見せれば、こちらの判断で遠隔爆破できるからな。
それをつけなければ、入国は認められないんだよ」
「なにさ、それ! ムチャクチャすぎる!」
「嫌なら回れ右して帰りな。次の帰りの便は4時間後だ」
銀色の服と鎧に包まれた兵士はあくびをしながら、不精髭をかいた。テーブルに肘をつきながら、ボク達を見ずに明後日の方向を見ている。そんなところで駆け寄ってきた別の兵士が耳打ちしたところで事態は一転した。
眠そうにしていた兵士が叩き起こされたように背筋を伸ばすほどに。
「こ、これは失礼! ジーニア様のお客様でしたか! 無礼な態度をお許し下さい!」
「じゃあ、そのヘンテコな首輪はつけなくていいの?」
「いかにお客様といえども、特例は認められません」
「あ、そう……」
しぶしぶとボク達は首輪を装着した。不思議と見た目ほど邪魔にならない。首に何かがついているという、違和感があまりなかった。でもいい気分にはならない。
「私達、犬みたいだね! ワンワン!」
「なんで喜んでるのさ……ボク、こんなの嫌だよ」
ワンワンと犬の真似をしてはしゃいでいるロエルの気持ちがまったくわからない。それどころか、握りつぶして破壊したい衝動に駆られる。
「中央都市への行き方はご存知ですか?」
「あ、大丈夫です」
さっきとは別人のような兵士だ。ジーニアの客だとわかると、途端に敬語まで使い出した。あのジーニアってそんなに偉いのかな。王様の次くらい? 確かぎじゅつなんとかかんとかって言ってたけど。
「じゃあ、6番ホームに行こうか」
なんとかホームへはロエルと手を繋いで行く事にする。うっかりはぐれて迷子にでもなったら、ボクだけじゃ永遠にロエルと再会できない。天井からぶら下がっている鉄の掲示板に表示されている何通りもある案内のせいで、脱出不能の迷宮のように思えてくるほどだ。
絶対にデンジャーレベルは100を超えている。これほどボクに不安を与えてくれた場所はない。
大体、メタリカポートからここまでだけでもボクの理解を遥かに超えている。飛空艇のおかげで今更、地上を走る鉄の箱が連結した乗り物には驚かないけど。
◆ メタリカ国 中央都市クリッド行きトレイン ◆
驚かないけど、これが無限に広がってそうなこの荒野を走る原理もまったくわからない。そしてこれに乗るよりも、ボクがロエルをおんぶして走ったほうが速い。
赤と突起、高台らしきところだけで構成された風景を見ていると、さっきまでの灰色がウソのように思えてくる。メタリカポートやターミナルはあれだけ栄えていたのに、なんだかギャップがすごい。
「中央都市へはこのトレインじゃなきゃ入れないの。
この荒野を歩けば辿り付くだろうけど、もちろん一定の領域に入れば射殺……怖い国だよね。
うっかり各国の要人を殺しちゃったりしたら、どうするんだろ……」
こんな首輪をつけさせる国だし、お構いなしだと思う。ここまでの印象だけだと、ボクはこの国を好きになれない。徹底管理された世界、発達した技術。確かにすごいんだろうけど、イメージは灰色だ。
あの首輪をつけた人達は旅行かな。家族揃ってあまり楽しそうには見えない。それはそうか、こんな首輪をつけさせられて何を楽しめという話だ。
飛空艇やトレイン、便利な乗り物だけが効率よく行き交うのを見てなんだか冷たい感じがする。
アバンガルド城下町みたいな賑わいもない、人の温かみがない灰色。灰色の国、メタリカ。
「クリッドまで2時間だって。一眠りできそう……うとうと……」
向かいに座っているロエルの瞼が落ちかけている。やがて寝息が聴こえたところで、ボクも寝ようと思った。これ以上荒野ばかりの風景を見ていても面白くないし、やる事もない。
「この国はこんなにすごい技術を持っているのに、どうしてもっと他の国に歩み寄らないんだろう……」
他の国だってほしがるものだし、狙われてもおかしくない。聞けば、メタリカポートにも難民が溢れかえったらしいけど、そのほとんどが追い返されていたとか。
しつこく居座って抗議した人達もいたけど、足元に銃で狙撃したら蜘蛛の子が散るようにいなくなったという話を聞いた時からかな。印象がよくないのは。
「ちょっとでも素性が知れない人は入国できない……か。その人達は今頃、どうしてるだろう。
魔物がいる中、ようやく辿り着いたはずなのにあんまりだよ……」
そんな思いとは裏腹に揺れる空間が子守唄のように心地よく、やがてボクも眠りに落ちた。
魔物図鑑
【ワイバーン HP 1330】
コウモリのような翼が特徴のオーソドックスな翼竜。
普段は群れで行動しているが、稀にはぐれて単独でいる事がある。
単体でもその戦闘能力は高く、高い機動性を活かした戦いを得意とする。




