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間話 黎明の旗・蟹騒動


その日は、不思議なくらい空気がゆるかった。神の監査とかギルド停止とか、そんな重い話題から一瞬だけ解放された“休日”。

 律がぽつりとつぶやく。


「……海、行かない?」


 その一言で、全員のテンションが爆上がりする。


「海ぃ!? 蟹!! 絶対蟹食べたい!!」

「賛成! 蟹は正義!」

「……カニ、食べたことないけど、みんな嬉しそうやからウチも嬉しいわ」


 直樹だけが、胸の奥に嫌な予感を抱えていた。

 ――“このメンバーで、普通に蟹を食べられる日は来ない”。

 経験則がそう囁いていた。



 海に着くと、セレナがすでに網を片手に目を輝かせていた。


「任せて直樹! 蟹くらい私にかかれば一発よ!」


 そのセリフが、今日の悲劇の序章だった。


「捕まえたーーーー!!」

「早っ!? すごっ!!」


 どよめく仲間たち。

 セレナが網をぶんっと振り上げ、誇らしげに叫ぶ。


「見て! 巨大蟹!!」


 直樹は息を呑んだ。


 ……それは蟹ではなかった。

 六本脚、ふさふさの毛、丸い目が二つ、触手のようなヒゲが三本。

 そしてなにより――


「それ……喋ってない?」

「ま、まって!? 喋ってるの!? 蟹って喋るの!?」

「いやいや!! 喋る蟹なんているか!! それ蟹じゃねーーーーよ!!」


「お、お邪魔してまーす……?」

 その“生物”はぺこりと頭を下げた。


「礼儀正しい!?!?!?」


 ルナがそっと首をかしげる。


「……この子、魔海域に住む“カニーモ”ちゃうん? カニやなくて魔獣やで……」


「かにーもって言った!? 蟹の名前に寄せてくんな!!」


「せやけど美味しいらしいで?」


「食う気なの!? 喋ってるのに!? 良心はどこいった!!」



 結局、カニーモは「人間に食われるのは困るので……」と言い残し海に帰って行った。

 そして、残された一同はしょんぼりしたまま浜辺に座り込む。


「蟹……たべたかった……」

「直樹、今日は……カニに出会えへんかったな……」

「いや、出会ったけどな!? 出会ったけど“違う意味”でな!?」


 その時だった。


 パシャッ。


 律がクーラーボックスを静かに開けて言う。


「……実は、買ってきたんだよね。蟹」


「最初に言えよーーーーーー!!!」

「だって……サプライズのほうが嬉しいかなって……」

「優しさの方向性が毎回斜め上なんだよお前は!!」


 気づけば全員声をあげて笑っていた。

 蟹鍋の湯気がふわりと立ちのぼり、夕日が海面にゆっくり溶けていく。


 世界はまだまだ厳しくて、理不尽で、明日もきっと普通じゃない。

 それでも――

 この瞬間だけは、仲間と食べる蟹が世界で一番うまかった。


「……直樹、もう一杯どう?」

「食べる食べる! 今日だけは残業なしで食う!!」


 笑い声が波音にとけていく。


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