第二十七話 ルナの決意
夜の森は静かだった。
月が白く光り、木々の間を渡る風が、どこか冷たく感じる。
ルナは枝の上に腰を下ろし、揺れる月影を見上げていた。
「……神の監査官、か。ほんま、面倒な奴出てきよったな」
小さくため息をつく。
けれど、その瞳の奥には別の影があった。
――カイの言葉。
《神は、転生者を“世界を維持するための部品”として使っている》
《精霊も同じだ。お前たちは“神の歯車”だ》
胸の奥がちくりと痛む。
ルナは、右手に宿る淡い光を見つめた。
それは“契約の刻印”。
神と精霊の間に交わされた、絶対の契約を示す印。
「……うちは、ほんまに“自由”なんやろか。
直樹らと笑っててええんやろか……」
かすかに声が震えた。
あの黒装束の精霊騎士――カイは、確かに言っていた。
ルナの存在は、神の枠組みの中にある。
つまり、彼女が本気で神に逆らえば、“消される”かもしれない。
そんな思考の渦に沈んでいたときだった。
――ザッ。
草を踏む音。
振り向くと、月光に照らされた青い髪が見えた。
「……直樹」
「やっぱり、ここにいたか」
直樹は肩で息をしながら、木の根元に立っていた。
「どうして……来たん?」
「放っておけるかよ。
あんた、さっきから顔が“残業三徹明け”みたいな顔してたぞ」
ルナが思わず吹き出す。
「誰がや、アホ」
けれど、その笑みはほんの少しだけ、寂しげだった。
「ルナ」
直樹が木の幹に手を当て、真剣な目を向けた。
「……俺、最初この世界に来たとき、何も分からなかった。
死んで、放り出されて、ただ生きる意味も分からんまま動いてた。
でも――お前がいたから、生き返れたんだ」
ルナが目を見開く。
「お前が『うちが付いとる限り退屈はさせへん』って言ってくれたから……
もう一度、“働く意味”を見つけられた」
言葉は優しかったけど、そこに嘘はなかった。
ルナの瞳が、じわりと潤む。
「……ほんま、あんたって、ずるい人やな。
そんな真っ直ぐなこと言われたら、泣くやん……」
風が二人の間を抜け、ルナの小さな体が震える。
直樹がそっと手を伸ばす。
だが、ルナは涙を拭ってから、ニッと笑った。
「しゃーない。ほな……決めたわ」
「決めた?」
「うちも、“社畜”として生きてみる」
「お、おい待て、やめとけ! それは呪いの道だ!」
「ふふっ、冗談や。けど――
“働く”って、悪くないなって思えたんや。
誰かと一緒に汗かいて、苦しんで、笑って……
それを“生きる”って言うなら、うちは、それを選ぶ」
その言葉には、かつての軽さはなかった。
精霊としての誇りを胸に、仲間としての決意を刻む声だった。
※
月明かりの下、ルナはそっと直樹の肩に寄りかかる。
「……ありがとうな、直樹」
「おう。残業仲間として、な」
「それ絶対違う意味やろ!」
二人の笑い声が夜空に溶けていった。
けれど確かに、今――《黎明の旗》の絆は、また一つ強くなっていた。




