第二十二話 鉱山の真実
西の鉱山に朝が来た。
だが、その光は薄く、どこか濁っていた。
坑道の入り口には、疲れ切った鉱夫たちの列。
咳き込みながらツルハシを握る彼らを見て、セレナが小さく呟いた。
「……なんだか、いのちを削っているお仕事場、みたいですね……」
「まるでじゃない。まさにそれだ」
直樹の声には怒りがにじんでいた。
※
ルナが坑道の岩を採取して分析する。
淡い青の光を放つ風の魔法陣が、岩の表面をなぞった。
「やっぱりなぁ……これ、“魔瘴石”や。めっちゃ濃い魔力毒出しとるで」
「魔力毒?」律が首を傾げる。
「ずーっと吸い続けたら、魔力の流れがぐちゃぐちゃになって、命そのものが削られてまう。ふつうやったら掘るの禁止になるレベルやで」
直樹の拳が音を立てた。
「つまり……あの男たちは、知らないうちに“死に向かって働かされてる”ってことか」
坑道の空気が一段と重くなる。
セレナが唇をかみしめた。
※
鉱山の奥にある簡易事務所。
革張りの椅子にふんぞり返っていたのは、鉱山主のバルトンだった。
太い金鎖を首にかけ、手には帳簿。顔には油のような笑み。
「なんだね、君たちは?」
「この鉱山の異常を調査に来た冒険者だ」直樹がまっすぐ言う。
「労働者が次々倒れてる。採掘を止めるべきだ」
「止める?」
バルトンは鼻で笑った。
「冗談を言うな。止めたら損失が出る。倒れた奴が出たら、代わりを入れればいいだけだ」
その一言で、直樹の中の何かが“キレた”。
「人を、部品みたいに扱うな……!」
「なんだと?」
バルトンの側近たちが立ち上がり、棍棒を構える。
直樹が一歩踏み出しかけた瞬間、ルナがそっと腕を掴んだ。
「落ち着きーや、直樹」
その時だった。
横に立つセレナの肩が震えたのを、直樹は感じた。
彼女の翠瞳が、ゆっくりと赤く染まりはじめる。
「……どうして……どうしてそんなに平然と人を踏みにじれるの……!」
次の瞬間、熱が押し寄せた。
怒りに呼応するように部屋の温度が急上昇し、木机が歪み、天井のランプが爆ぜる。
焦げた空気の中で、誰もが息を呑んだ。
※
「セレナ、やめろっ!!」
律が彼女の前に立ちふさがる。
熱風が吹き荒れ、律のマントが焦げる。
「は、離れてくださいっ! わ、わたしっ、もうとめられそうにないんです……!」
「止められる! お前なら!!」
律の叫びが、轟音の中で響く。
セレナの瞳が揺れた。
脳裏に、ジークの声が蘇る。
――『炎は心の映し鏡だ。怒りで燃やせば暴走する。守る意思で燃やせば、力になる。』
セレナは目を閉じた。
深く、深く息を吸う。
「……この炎は、誰かを傷つけるためじゃない。守るために、燃えるんだ……!」
その瞬間、荒れ狂っていた火の奔流が静かに形を変えた。
セレナの周囲に、柔らかな炎の翼が広がる。
それは怒りではなく、決意の光だった。
「……大丈夫。もう暴れない」
「よっしゃ、セーフ!」律がその場にへたり込む。
「今度から暴走前に“火気厳禁”の張り紙出そうぜ」
「……それ、お前の仕事な」直樹のチョップが律の頭に入った。
※
混乱の中、バルトンが怒鳴る。
「お前たちが余計なことをするから、鉱山の稼働が――」
そのとき、坑道の奥から地鳴りが響いた。
ズズズ……と、岩を引き裂くような音。
「な、なんだ!?」
「みんな、外に出ぇや!」ルナが叫ぶ。
しかし次の瞬間、坑道の闇から何かが這い出してきた。
それは人のようで――人ではなかった。
皮膚は黒い鉱石に覆われ、片腕はツルハシのように変形している。
そして、ぼろぼろの冒険者ギルドの紋章が胸に貼りついていた。
「まさか……あれ、“人間”なの?」
「いや……“だった”だな」律が顔をしかめた。
ルナが低く呟く。
「魔瘴石にやられた元冒険者か……魔力吸い取られて、魔物になってしもうたんやな」
直樹の目が見開かれる。
「つまり、この鉱山は――“搾取”だけじゃなく、“命を喰う現場”だったってわけか」
魔物化した元冒険者が、口のない顔で咆哮を上げる。
直樹が剣を構え、セレナの炎が再び灯る。
「――この現場、徹夜覚悟で是正する!!」
「社畜用語で戦闘宣言するなぁ!!!」律の叫びが響いた。
闇の鉱道を、希望の炎と笑い声が照らす。




