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第二十二話 鉱山の真実

 西の鉱山に朝が来た。

 だが、その光は薄く、どこか濁っていた。


 坑道の入り口には、疲れ切った鉱夫たちの列。

 咳き込みながらツルハシを握る彼らを見て、セレナが小さく呟いた。


「……なんだか、いのちを削っているお仕事場、みたいですね……」


「まるでじゃない。まさにそれだ」

 直樹の声には怒りがにじんでいた。



 ルナが坑道の岩を採取して分析する。

 淡い青の光を放つ風の魔法陣が、岩の表面をなぞった。


「やっぱりなぁ……これ、“魔瘴石”や。めっちゃ濃い魔力毒出しとるで」

「魔力毒?」律が首を傾げる。

「ずーっと吸い続けたら、魔力の流れがぐちゃぐちゃになって、命そのものが削られてまう。ふつうやったら掘るの禁止になるレベルやで」


 直樹の拳が音を立てた。

「つまり……あの男たちは、知らないうちに“死に向かって働かされてる”ってことか」


 坑道の空気が一段と重くなる。

 セレナが唇をかみしめた。



 鉱山の奥にある簡易事務所。

 革張りの椅子にふんぞり返っていたのは、鉱山主のバルトンだった。

 太い金鎖を首にかけ、手には帳簿。顔には油のような笑み。


「なんだね、君たちは?」

「この鉱山の異常を調査に来た冒険者だ」直樹がまっすぐ言う。

「労働者が次々倒れてる。採掘を止めるべきだ」


「止める?」

 バルトンは鼻で笑った。


「冗談を言うな。止めたら損失が出る。倒れた奴が出たら、代わりを入れればいいだけだ」


 その一言で、直樹の中の何かが“キレた”。


「人を、部品みたいに扱うな……!」


「なんだと?」

 バルトンの側近たちが立ち上がり、棍棒を構える。

 直樹が一歩踏み出しかけた瞬間、ルナがそっと腕を掴んだ。


「落ち着きーや、直樹」


 その時だった。

 横に立つセレナの肩が震えたのを、直樹は感じた。

 彼女の翠瞳が、ゆっくりと赤く染まりはじめる。


「……どうして……どうしてそんなに平然と人を踏みにじれるの……!」


  次の瞬間、熱が押し寄せた。

 怒りに呼応するように部屋の温度が急上昇し、木机が歪み、天井のランプが爆ぜる。

 焦げた空気の中で、誰もが息を呑んだ。



「セレナ、やめろっ!!」

 律が彼女の前に立ちふさがる。

 熱風が吹き荒れ、律のマントが焦げる。


「は、離れてくださいっ! わ、わたしっ、もうとめられそうにないんです……!」

「止められる! お前なら!!」


 律の叫びが、轟音の中で響く。

 セレナの瞳が揺れた。

 脳裏に、ジークの声が蘇る。


――『炎は心の映し鏡だ。怒りで燃やせば暴走する。守る意思で燃やせば、力になる。』


 セレナは目を閉じた。

 深く、深く息を吸う。


「……この炎は、誰かを傷つけるためじゃない。守るために、燃えるんだ……!」


 その瞬間、荒れ狂っていた火の奔流が静かに形を変えた。

 セレナの周囲に、柔らかな炎の翼が広がる。

 それは怒りではなく、決意の光だった。


「……大丈夫。もう暴れない」

「よっしゃ、セーフ!」律がその場にへたり込む。

「今度から暴走前に“火気厳禁”の張り紙出そうぜ」

「……それ、お前の仕事な」直樹のチョップが律の頭に入った。



 混乱の中、バルトンが怒鳴る。

「お前たちが余計なことをするから、鉱山の稼働が――」


 そのとき、坑道の奥から地鳴りが響いた。

 ズズズ……と、岩を引き裂くような音。


「な、なんだ!?」

「みんな、外に出ぇや!」ルナが叫ぶ。


 しかし次の瞬間、坑道の闇から何かが這い出してきた。


 それは人のようで――人ではなかった。

 皮膚は黒い鉱石に覆われ、片腕はツルハシのように変形している。

 そして、ぼろぼろの冒険者ギルドの紋章が胸に貼りついていた。


「まさか……あれ、“人間”なの?」

「いや……“だった”だな」律が顔をしかめた。


 ルナが低く呟く。

「魔瘴石にやられた元冒険者か……魔力吸い取られて、魔物になってしもうたんやな」


 直樹の目が見開かれる。

「つまり、この鉱山は――“搾取”だけじゃなく、“命を喰う現場”だったってわけか」


 魔物化した元冒険者が、口のない顔で咆哮を上げる。

 直樹が剣を構え、セレナの炎が再び灯る。


「――この現場、徹夜覚悟で是正する!!」


「社畜用語で戦闘宣言するなぁ!!!」律の叫びが響いた。


 闇の鉱道を、希望の炎と笑い声が照らす。


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