第二十一話 新たな依頼、そして異変
新しい朝。
ギルド《黎明の旗》の扉が、勢いよくバンッと開いた。
「おはようございまーす!!!」
「うるさい! まだ始業五分前だろ!!!」
いつもどおり、律の声が朝から元気すぎる。
机の上には昨日の書類がまだ山積み。セレナが眉をひそめ、ルナが溜息をつく。
「直樹、ええ加減“書類放置プレイ”はもうやめときぃや」
「いや、昨日は…“残業禁止デー”だったからな」
「ルールだけはちゃんと守るんかい……ホンマ、社畜のお手本やで」
皮肉を言いつつも、ルナの口元は少し緩んでいた。
そんな空気の中、ギルドのドアが控えめにノックされた。
「失礼します……《黎明の旗》さん、ですよね?」
入ってきたのは、煤だらけの服を着た初老の男。鉱夫らしい風体で、手には依頼書を握っている。
※
「最近、うちの鉱山で……人が次々と倒れていくんです。原因がわからなくて」
「倒れていくって……魔物の襲撃とかじゃなく?」
「ええ、最初は病気かと思いましたが、医者を呼んでも治らねぇ。疲労だと片づけられて、誰も調べようとしないんです」
男の手は震えていた。
聞けば、その鉱山はこの地方でもっとも大きな採掘場で、働く者の数は二百を超えるという。だが――
「休みもなく働かされ、給金も減って……倒れた者は“自己責任”だと」
その言葉を聞いた瞬間、直樹の眉がピクリと動いた。
「……自己責任、だと?」
ギルド内の空気が一瞬で張りつめた。
律が「お、またきた」とぼそりと呟き、ルナはそっと身を引いた。
直樹の“社畜スイッチ”が入る音が聞こえた気がした。
「その現場……俺たちが見に行きます」
男は涙ぐみながら何度も頭を下げた。
依頼金は少なかったが、直樹は即答した。
「金じゃねぇ。ブラック労働の臭いがする場所は、放っておけねぇんだ」
※
昼過ぎ、直樹たちは西の鉱山へと到着した。
山道を抜けた先に広がるのは、巨大な坑道と、煤にまみれた男たちの姿。
「うわっ、みんな顔色悪すぎじゃね? マジやべーって」
律がつぶやく。
鉱夫たちは疲労困憊の様子で、無言のままツルハシを振っていた。
中にはふらついて倒れかける者もいる。
「休憩は?」と直樹が尋ねると、男は苦笑して答えた。
「そんなもんねぇですよ。休めば給金が減るんで」
「……減給システム!?」
直樹の目が見開かれ、青筋が浮かぶ。
「しかも倒れたら“労災ゼロ”って顔してんじゃねぇか……!」
「ちょ、ちょっと直樹、声がデカい!」
「いいんだよ、むしろ広報だ!!」
セレナが呆れたようにため息をつくが、その目には同情が浮かんでいた。
ルナは坑道に手をかざし、風の精霊を放つ。
「……空気、汚れとるな。ちょびっとやけど、魔力の瘴気を感じるわ」
「やっぱり何かあるな」
直樹が真剣な表情で頷く。
※
坑道の奥は、まるで生き物の体内のように湿っていて、時折“ドクン”と脈打つような音が響いた。
壁の岩には黒い結晶のようなものがびっしりと生えており、光を受けると不気味に鈍く光る。
「なんだこれ……鉱石か?」
「魔力帯びとるわ。普通の鉱脈ちゃうで」ルナが直樹に対し即答する。
そのとき――セレナの足元から、淡い黒い靄が立ちのぼった。
ルナがとっさに風で払うが、セレナの顔が一瞬青ざめる。
「ひゅ、ひゅっ……! こ、これ……息が……っ、苦しい……!」
「戻るぞ、一旦!」直樹が叫ぶ。
坑道の外に出ると、空気が嘘みたいに澄んでいた。
律がハァハァと息を吐きながら、地面に座り込む。
「はぁ……僕、もう鉱山勤務無理。転職希望」
「お前の職種、もうとっくに冒険者だろ」
「冒険者の中でホワイトな部署希望」
「ない!」
「ブラック過ぎるぅうう!」
律の悲鳴に、緊張が少しだけ和らいだ。
しかし、直樹の目は鋭いままだ。
「……ルナ、さっきの黒い鉱石。調べられるか?」
「せやな。けど……嫌な予感がすんねん。あれは“自然にできたもん”ちゃうわ」
直樹は拳を握りしめる。
「誰かが……意図的に、あんな環境を作ったってことか」
※
夕暮れの鉱山。
坑道の奥、誰もいない場所で――
黒い鉱石が“脈動”するように光を放った。
ボン……ボン……と、まるで心臓の鼓動のように。
その中に、一瞬だけ“赤い目”のような光が浮かび上がる。
そして風に混じって、低い声が響いた。
――「労働を……続けろ……」
闇に溶ける声を、誰も知らない。
だがその日、《黎明の旗》の戦いは、また新しい“現場”で始まろうとしていた。




