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第二十一話 新たな依頼、そして異変

新しい朝。

ギルド《黎明の旗》の扉が、勢いよくバンッと開いた。


「おはようございまーす!!!」

「うるさい! まだ始業五分前だろ!!!」


 いつもどおり、律の声が朝から元気すぎる。

 机の上には昨日の書類がまだ山積み。セレナが眉をひそめ、ルナが溜息をつく。


「直樹、ええ加減“書類放置プレイ”はもうやめときぃや」

「いや、昨日は…“残業禁止デー”だったからな」

「ルールだけはちゃんと守るんかい……ホンマ、社畜のお手本やで」


 皮肉を言いつつも、ルナの口元は少し緩んでいた。

 そんな空気の中、ギルドのドアが控えめにノックされた。


「失礼します……《黎明の旗》さん、ですよね?」

 入ってきたのは、煤だらけの服を着た初老の男。鉱夫らしい風体で、手には依頼書を握っている。



「最近、うちの鉱山で……人が次々と倒れていくんです。原因がわからなくて」

「倒れていくって……魔物の襲撃とかじゃなく?」

「ええ、最初は病気かと思いましたが、医者を呼んでも治らねぇ。疲労だと片づけられて、誰も調べようとしないんです」


 男の手は震えていた。

 聞けば、その鉱山はこの地方でもっとも大きな採掘場で、働く者の数は二百を超えるという。だが――


「休みもなく働かされ、給金も減って……倒れた者は“自己責任”だと」


 その言葉を聞いた瞬間、直樹の眉がピクリと動いた。


「……自己責任、だと?」


 ギルド内の空気が一瞬で張りつめた。

 律が「お、またきた」とぼそりと呟き、ルナはそっと身を引いた。

 直樹の“社畜スイッチ”が入る音が聞こえた気がした。


「その現場……俺たちが見に行きます」


 男は涙ぐみながら何度も頭を下げた。

 依頼金は少なかったが、直樹は即答した。


「金じゃねぇ。ブラック労働の臭いがする場所は、放っておけねぇんだ」



 昼過ぎ、直樹たちは西の鉱山へと到着した。

 山道を抜けた先に広がるのは、巨大な坑道と、煤にまみれた男たちの姿。


「うわっ、みんな顔色悪すぎじゃね? マジやべーって」

 律がつぶやく。

 鉱夫たちは疲労困憊の様子で、無言のままツルハシを振っていた。

 中にはふらついて倒れかける者もいる。


「休憩は?」と直樹が尋ねると、男は苦笑して答えた。

「そんなもんねぇですよ。休めば給金が減るんで」


「……減給システム!?」

 直樹の目が見開かれ、青筋が浮かぶ。


「しかも倒れたら“労災ゼロ”って顔してんじゃねぇか……!」


「ちょ、ちょっと直樹、声がデカい!」

「いいんだよ、むしろ広報だ!!」


 セレナが呆れたようにため息をつくが、その目には同情が浮かんでいた。

 ルナは坑道に手をかざし、風の精霊を放つ。


「……空気、汚れとるな。ちょびっとやけど、魔力の瘴気を感じるわ」


「やっぱり何かあるな」

 直樹が真剣な表情で頷く。



 坑道の奥は、まるで生き物の体内のように湿っていて、時折“ドクン”と脈打つような音が響いた。

 壁の岩には黒い結晶のようなものがびっしりと生えており、光を受けると不気味に鈍く光る。


「なんだこれ……鉱石か?」

「魔力帯びとるわ。普通の鉱脈ちゃうで」ルナが直樹に対し即答する。


 そのとき――セレナの足元から、淡い黒い靄が立ちのぼった。

 ルナがとっさに風で払うが、セレナの顔が一瞬青ざめる。


「ひゅ、ひゅっ……! こ、これ……息が……っ、苦しい……!」


「戻るぞ、一旦!」直樹が叫ぶ。


 坑道の外に出ると、空気が嘘みたいに澄んでいた。

 律がハァハァと息を吐きながら、地面に座り込む。


「はぁ……僕、もう鉱山勤務無理。転職希望」


「お前の職種、もうとっくに冒険者だろ」

「冒険者の中でホワイトな部署希望」


「ない!」


「ブラック過ぎるぅうう!」


 律の悲鳴に、緊張が少しだけ和らいだ。

 しかし、直樹の目は鋭いままだ。


「……ルナ、さっきの黒い鉱石。調べられるか?」


「せやな。けど……嫌な予感がすんねん。あれは“自然にできたもん”ちゃうわ」


 直樹は拳を握りしめる。

「誰かが……意図的に、あんな環境を作ったってことか」



 夕暮れの鉱山。

 坑道の奥、誰もいない場所で――

 黒い鉱石が“脈動”するように光を放った。


 ボン……ボン……と、まるで心臓の鼓動のように。

 その中に、一瞬だけ“赤い目”のような光が浮かび上がる。


 そして風に混じって、低い声が響いた。

 

 ――「労働を……続けろ……」


 闇に溶ける声を、誰も知らない。

 だがその日、《黎明の旗》の戦いは、また新しい“現場”で始まろうとしていた。


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