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wink killer  作者: 優月 朔風
第8章 少女と「少女」
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第82話 盲信

 学校のチャイムが鳴り、昼食の時間を知らせる。

 満咲ちゃんは早速私の席に来るなり、いそいそと席をくっつけてお弁当を広げた。


 「未玖ー、さっきの数学私難しくてついていけなかったよー。未玖分かった?」

 「うん。……そんなに難しかったかな?」

 「え! 未玖分かったの~、流石ぁ」


 すると、満咲ちゃんが「今度私に数学教えてー」とねだってくるので、私はとりあえず当たり障りのない笑顔を浮かべておいた。


 「それにしても、未玖に数学教えてもらう日が来るなんてね~。この前まで鼻眼鏡先生の個別面談を受けてた人とは思えないよぉ」

 「ふふ、満咲ちゃん私のこと馬鹿にしてない?」

 「あっ、その、そういう意味で言ったんじゃなくて! 教えていただけて光栄の限りです、未玖先生!」


 満咲ちゃんは背筋をピン、と伸ばしてそう言ってから、照れくさそうにはにかんでいた。

 そんな彼女の姿を見ながら、思わず、私の脳裏にある記憶がよぎった。


 《教えていただけて光栄です、(かなで)先生》

 《ふふ、先生、はやめてよ。恥ずかしいじゃない》

 《いいじゃないですか、奏は博識なんですから》


 遠い記憶の中で相手はそう言うと、にこりと穏やかな微笑みを浮かべた。

 相手の銀色に輝く髪が、風に揺れてさらりとなびいた。


 ――どうして、こんなことを思い出すのだろう。

 私には、もう……


 「いいよ、満咲ちゃん。教えてあげる」


 もう私には、友などいないというのに。

 かつて私の信じていた「友情」は――幻でしかなかったのだから。



 昼食を食べ終えると、私達はくっつけていた席を元通りに直した。

 それから、それまで他愛もない話でにこにこと笑顔を浮かべていた満咲ちゃんは、突然「あのね、」と呟き、その表情を一変して真剣なものへと変えた。


 彼女は制服のポケットからスマートフォンを取り出すと、インターネットの画面を開いて私に見せた。

 そこに表示されていたのは、全面黒の背景に赤色で文字が書かれた、見るからに不気味で怪しげなサイト。


 「全員、亡くなっているのは共通して、比較的人の多い都市の裏路地だっていう噂があるの」

 「…………」


 《私、許せないよ。永美ちゃんを殺して、他にもたくさんの人を殺して、傷つけて……未玖に、罪を被せて笑ってる、犯人が》

 《人殺しは人殺し――『救世主』なはずがないのに。……私達で、必ず捕まえよう、未玖》


 以前、満咲ちゃんが言っていた言葉。

 あれから彼女は、私に罪を被せた犯人を捕まえる、と言って色々と情報を集めているようだ。


 私は小さく頷いてから、彼女に言葉の続きを促した。


 「多分、犯人は対象を逃げ場のない裏路地に追い込んで、殺してるんだ」

 「…………」


 私は黙ったまま、彼女の様子をじっと見ていた。

 満咲ちゃんはそこまで喋るとしばらく黙っていたが、やがて両肩を震わせて呟いた。


 「永美ちゃんを殺して、その罪を未玖になすりつけて……私、やっぱり許せない。殺された永美ちゃんのためにも、未玖のためにも、絶対犯人を捕まえたい」

 「満咲ちゃん……」

 「でも……私は臆病で、……ハハ、今でも怖くて震えが止まらないんだ」

 「…………」

 「永美ちゃんが殺されたみたいに、私も殺されたらって考えると……怖くてたまらないよ」

 「…………」


 満咲ちゃんはうつむいていた。

 小刻みに震える彼女の華奢な手足が、私の瞳に弱々しく映った。


 「大丈夫だよ。満咲ちゃんは秘密裏に追ってるだけだから、犯人も危険視してないんじゃないかな」


 私は彼女の細い肩に手を置き、いつも通りの笑顔を顔に貼りつけてそう言った。

 彼女は私の言葉に安心したようにホッと胸を撫で下ろしていた。


 《私も殺されたらって考えると……怖くてたまらなくないよ》


 ――「私達も」、じゃないのね。満咲ちゃん。

 やっぱり甘いのよ。反吐が出る程。


 だってその言い方、まるで……


 「私を信じてくれてありがとう、満咲ちゃん」

 「ううん……あたりまえだよ。だって、未玖は私の親友だもん」


 ――私に殺されるのが怖い、って言っているみたいじゃない。


 《決めたんだよ。私は何があっても、未玖を信じて着いていこうって》

 《私はずっと未玖の味方だよ》


 あなたは、本当は私のことを信じてなんかいない。

 あなたは、心のどこかで私のことを疑っている。


 だから、「殺されるかもしれない」と言った対象の中には、私がいない。

 あなたは、私が殺されることはないと思っているから。


 「未玖のために、私、頑張るから! 絶対に犯人を捕まえてみせる」

 「ふふ。ありがとう、満咲ちゃん」


 あなたはその心の奥の疑念を少しでも誤魔化すために、必死になって蒲田未玖が犯人ではないという理論構成を試みている。

 その甘さが、その矛盾が、あなたを苦しめるというのに。


 《私は大切な人のために、この力を使う》


 そう言って、蒲田未玖(来世の私)はできるはずのない「正義」を掲げ、闇の中へ消えていった。

 人殺しの力を得た人間が大切な人を守る――そんな甘さが、矛盾が、許されるはずなかったというのに。


 《何でですか……!》

 《私は……あなたのために……!》

 《どうして、こんなこと……!》


 かつて、ありもしない理想を追い求めた私は、存在するはずのない「正義」を掲げ、闇の中へ消えていった。

 その人物の中に見出した「正義」という名の幻を、既に一度人間として死んだ際に裏切られたことがあるというのに、盲信するかのようにして真っ直ぐ信じた――そんな甘さが、矛盾が、許されるはずがなかったというのに。



 「ねえ、満咲ちゃん。今日学校帰りに、またいつものアイス食べに行かない?」


 私はいつものように顔に「優しい微笑み」を被り、小首を傾げて満咲ちゃんに尋ねた。

 一方の彼女はというと、最近の私が滅多にこういうことを提案してこなかったからだろうか、明かりのついた白色電球のようにパアッと顔を明るくさせて、こくこくと頷いていた。



 窓の外を見ると、遠くの方が曇り始めていた。

 灰色と黒が混ざったような重たい雲がどんよりと空を覆い、教室の中に差し込んでいた日の光も消えていく。


 私は笑顔を浮かべたまま、ただ淡々と、喜ぶ彼女の表情を眺めながら心中で呟いた。



 会わせてあげる……あなたがずっと探している、犯人に。

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