第63話 そんな資格、必要ないんじゃねーの
「で、お前そろそろキスしたのか?」
「しっ、してねーよ!」
学生食堂に、すっとんきょうな俺の声が響き渡る。
はあ、とため息をついて言葉を続けるのは、高校からの付き合いの三谷クンだ。
「お前、紗英嬢のこと好きなんだろ? んでまだしてねーんだよ」
「すっ、すきだけどっ! そういうのはもっとこう、仲良くなって、付き合うようになってからじゃないと……」
「まだ告白してなかったのか……」
三谷は肩を落としながら、呆れたようにして言った。
「お前は慎重なヤツだからなー。それはある面、お前の良いところでもあり、ある面、悪いところでもある」
「三谷はフットワークが軽すぎなんだよ……」
「そろそろ告白してみたらどうだ」
そう言うと、三谷は頬杖をついて小さくニヤリと笑った。
一方の俺は、突然の言葉に動揺を隠し得なかった。
「まっ、まだ早いって! 俺……まだ、紗英ちゃんとそんな仲良くなれてないし……」
「でもこの前、紗英嬢に男らしいところ見せられたって嬉しそうに語ってきたじゃねーか」
「それは……」
「このままじゃいつまで経ったって、お前は『良い人』のままだぞ」
「うっ……」
確かに、三谷の言う通りだ。
《紗英ちゃんが他人を――俺のことを信じられなくても、俺は紗英ちゃんのこと、信じたい》
どんなに素敵な台詞を言えたとしても、紗英ちゃんが俺に惚れてくれるなんて奇跡としか思えない。
このままじゃ、俺は紗英ちゃんにとってただの「良い人」で終わってしまう。
俺が、前に進めなくちゃ。
でも――
紗英ちゃんは、まだ俺に対して一度も笑ってくれたことがない。
《せっかくあなたが、話しかけてくれているのに……こんな私に》
いつも昼食に誘ってくれるのは紗英ちゃんの方だったし、紗英ちゃんが冷たいのは恐らく、俺が嫌いだからではないはずだ。
それならば、彼女が心を開いてくれないのは、他人を信じられない彼女にとって、それが難しいことだからなのだろう。
そんな状態で告白なんかしても、上手くいくのだろうか。
紗英ちゃんだって、余計に混乱してしまうかもしれない。
それに、俺は――罪人なんだ。
《ゼミで一番頭の悪いお前達に構っているうちに、娘や息子みたいに思えてきたからかもしれないなぁ》
《ぱぱ、だいすき!》
お世話になった教授をこの手で殺め、その家族の幸せを奪った、どうしようもない……大罪人なんだ。
頭の中でぐるぐると不安が渦巻く。
俯く俺に、三谷は呆れたようにため息をついて言った。
「お前まだ、自分なんか上手くいかない、とかくだらねーこと悩んでんじゃないよな?」
ジトリ、とこちらを睨む三谷の視線が、心に突き刺さるようだった。
真っ黒なものを抱え込んだ俺の一方で、真剣に俺のことを考えてくれる三谷が、真っ白で眩しく見えた。
「俺にはそんな資格、ないから……」
「資格? なんだ、それ」
そう言うと、先程まで俺のことを睨みつけていた三谷は、突然吹き出したようにして笑いだした。
「な……なんだよ、三谷」
「お前、また自分の容姿が、とか言い出すのかと思ってたけど、今回はベクトル違うから思わず笑っちまった」
「容姿は……もう、いいんだよ。この前お前と倉元に励まして貰ったし」
「それ、後輩ちゃんにまで相談してたんだ」
《お前、良い奴だもん》
《先輩の気持ち、優しさ……少なくとも私にはちゃんと伝わってますから》
お前らは、俺のことをそう言ってくれる。
だから、俺も自分の容姿は気にせずに頑張れた。少し前に進めた気がした。
《大切なのは中身なんです、先輩》
でも、俺の中身は……
《お前らは……俺を裏切ったからだ》
俺の本当の中身は、最低な人殺し野郎なんだよ……。
「ははっ、お前、なんて泣きそうな顔してんだよ」
「…………」
俯いていた俺が顔を上げると、そこには笑った三谷がいた。
「まああれだな、いつもの『見た目問題』じゃないとすればもう正直俺にはよくわかんねーけどさ」
照れくさそうに笑う三谷の笑顔は、とても温かかった。
「誰かを好きになったり、誰かに告白したり、そういうことに資格とか必要なのかよ」
「…………」
「お前が紗英嬢を守りたいって思うことに、そんな資格、必要ないんじゃねーの」
三谷は、いつも俺のことを認めてくれる。
俺の言いたくないことは無理やり問い詰めて聞き出そうとはしてこない。
こいつの飾らない優しさが嬉しくて、
嘘のない笑顔が温かくて、
俺はこいつに励まされると、少し、ほんの少しだけ、心が軽くなる。
「……ありがとな、三谷」
俺に資格があるのかどうかは分からない。
それでも――
俺が紗英ちゃんのことを好きになって、彼女を守りたいと思うことがたとえ正しくないことだったとしても、
正しいことが分からないなら、もがきながら進むしかないんだ。
自分の信じた道がたとえ、本当は正しくないことだったとしても。




