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wink killer  作者: 優月 朔風
第7章 死神の過去
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第61話 私は、他人を信じられない

 ――数日後、食堂にて。


 件の授業もすっかり固定席のようになって、俺と紗英ちゃんは示し合わさずともいつもの席に座るようになっていた。

 そんな授業を終え、昼食に誘ってくれるのは、いつも決まって彼女の方だった。


 「紗英ちゃん……また、それにするの?」


 しかし、相変わらずの彼女は、いつも冷たい口調で言うのだ。


 「ラーメンは塩以外ありえないから」

 「いや、そういうことでなく……」

 君にはカレーとか、うどんとか、ラーメン以外の選択肢はないのかい……


 「何か問題でも」とこちらを見上げる紗英ちゃんの視線が思いのほか鋭かったので、俺は誤魔化すようにして笑ってみせた。


 ――紗英ちゃんは、俺のことをどう思ってくれているのだろう。


 件の授業ではいつも俺の隣に座ってくれるし、昼食もわざわざ向こうから誘ってくれる。

 それでも、彼女が俺に対して心を開いてくれているのかどうかは、彼女の態度を見れば明らかであった。


 それなら何で俺のことをいつも昼食に誘ってくれるのか――それを聞いてしまえば、紗英ちゃんとのこの関係はここで終わってしまうような気がして、俺はそれを聞くことができないままだった。


 「君はいつも、塩ラーメンなんだね」


 はは、と笑う俺に対し、紗英ちゃんは黙ってラーメンをすすっていた。

 彼女は相変わらずの塩対応だったが、それでも、細い髪の毛を片耳にかけ、下を向いて静かに麺をすする彼女が可愛らしいことは変わらず、俺はいつも彼女から目を離すことができないまま。


 「うどん、伸びちゃうんじゃない?」

 「えっ」


 そしていつも、彼女に指摘される頃には、俺の食事には何らかのアクシデントが起きている。

 困ったように笑いながら慌てて食べる俺に対して、彼女は一切笑うことはなかった。


 紗英ちゃん、俺と一緒にいて本当に楽しいのかな。

 どうして、こんな俺と一緒にいてくれるんだろう。


 俺はまだ一度だって、君を笑わせることができていないのに……。


 「さっ、紗英ちゃんはさ、何でそんなにラーメンが好きなの?」

 「…………」


 彼女は俯いたまま、しばらくの間黙っていた。

 そして、小さく口を開いたかと思えば、「別に」と呟いてから、そのまま麺をすするのだった。


 「そ、そっか……そうだよね、好きな食べ物に、理由とかないよね。はは、ははは……。変な質問して、ごめんね」

 「…………」

 彼女は一瞬、驚いたようにこちらを見てから、再び下を向いて黙っていた。


 紗英ちゃん、何でこんな俺なんかと。

 俺は君に笑ってもらえる方法すら、分からないよ……。


 しばらくの間、沈黙が二人を包む。

 何とか話を繋げなければ――俺の中で、焦りだけが募っていった。


 三谷に、倉元……

 こんなに俺のことを応援してくれる奴らがいるのに。

 ここで俺が頑張らなきゃ、あいつらに向ける顔がないじゃないか。


 何か。何か話を振らなければ。


 「そっ、そういえば、紗英ちゃん、試験の資料――」

 「愛想がない人間、って思われてもしょうがないでしょうね」


 思わず口から「えっ」と声が漏れた。

 紗英ちゃんは俯いたまま言葉を続けた。


 「ごめんなさい。せっかくあなたが話をしてくれようとしているのに」

 「なっ、何言ってるんだよ、紗英ちゃん」

 「せっかくあなたが、話しかけてくれているのに……こんな私に」


 彼女は俺から目を逸らしたまま言った。


 「私は、他人を信じられない……他人が、怖いの」


 それは、初めて彼女が俺に見せてくれた本音であった気がした。

 それが、初めて彼女が見せてくれた――弱さであった気がした。


 学生食堂は賑やかな声で溢れかえっていた。

 数人の学生のグループが遊び騒ぐ声や、試験勉強を共に乗り越えようとする真面目な学生同士の会話。

 食堂のおばちゃんの世間話、教授の愚痴……


 二人でいる間、何とも気にすることのなかったその声達が、

 何故だか急に、煩く耳元にまとわりついてくるように感じた。


 俺も、ずっとそうだった。


 自分のこの容姿に自信がなくて、格好良くあろうとしても「可愛い」と声を掛けられる度に、俺は自分が否定されたような気持ちがした。


 そして何度も何度も否定されるうちに、何も信じられなくなった。

 どうせ何をやってもダメなのだと、他人に期待することをやめた。

自分に期待することをやめた。


 何かを発言しようとする度に、「可愛い」と言われそうで怖くなった。

 何かをしようとする度に、自分が否定されそうで怖くなった。


 自分の周りを取り巻く人々の笑い声が、自分を嘲笑っているように感じた。

 その声は自分を否定しているようで、自分が存在してはいけないことのようにすら感じて、

 

 他人が、怖くなった。


 だけど、そんな闇から俺を救ってくれた奴がいた。

 その親友が、俺のことを肯定してくれたから。


 人殺しの力を得た俺が、周りの人々の笑い声に押し潰されそうになっていたとき。

 周りが俺を否定しているような気がして、自分ですら自分を否定していたとき。


 そんな闇から俺を救ってくれた奴がいたんだ。

 その死神が、俺のことを肯定してくれたから。


 俺は良い奴だからと、俺にも存在する価値があるのだと、俺のことを認めてくれたから。

 だから、俺は立ち直ることができた。


 「俺は、その……みっ、味方でいたいな」

 「……え」

 「さっ、紗英ちゃんに何があったって、俺は……紗英ちゃんのこと信じたいし、味方でありたい」

 「…………」


 彼女は驚いたようにこちらを見ていた。

 俺は真っ直ぐに彼女のことを見つめて言った。


 「紗英ちゃんが他人を――俺のことを信じられなくても、俺は紗英ちゃんのこと、信じたい……なんて」


 俺は照れくさそうに頭をかきながら、「ちょっとカッコ付け過ぎかな」と笑って誤魔化す。

 彼女はしばらくの間黙ってこちらを見ていたが、再び下を向きラーメンを一口食べてから言った。


 「そんな歯の浮くような台詞、よくこんなところで言えるなと思って」

 「そっ、そうだよね……はは……ご、ごめん……」

 「……ありがとう」


 紗英ちゃんは相変わらず下を向いたままだった。

 表情はよく分からないけど、彼女の声が少し震えているような気がした。


 「分かるんだよね。俺もそういうとき、あったからさ」

 「…………」

 「でもそのとき、俺のこと支えてくれる奴らがいたんだ」


 あいつらが俺のことを認めてくれなければ、俺はずっと自分を認めることができなかった。


 「そいつらのおかげで、俺も少しずつ、前を向けるようになった」


 あいつらがいなかったら、俺はずっと周りの声に怯えたままだった。


 「だから、少しずつ克服すればいいんじゃないかな。俺は紗英ちゃんの味方だし」


 あいつらが俺を支えてくれたように、俺も紗英ちゃんのことを支えることができたら。


 「優しい人……なのね」

 紗英ちゃんは残りのラーメンをすすってからそう言った。


 彼女はしばらくの間口を閉じていたが、伸びきってすっかり美味しくなくなった俺のうどんをチラリと見やると、ハア、とため息をついた。

 彼女の視線に気がついた俺は、誤魔化すようにして笑いながら、ふにゃふにゃになったうどんを慌ててかき込んだ。


 「優しい……お人好し」

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