第57話 その子のこと、本当に好きなんだろ?
「それで、お前は逃げるようにして教室を後にしました、と」
「なんだよ三谷、それだけでも十分な功績だろ?」
「お前……そこは連絡先の一つや二つ、交換してからじゃないと」
三谷、と呼ばれた目の前の男子大学生は「ついでにデートに誘うくらいできればなお良しだったんだがな」などとブツブツ呟きながら、呆れたようにため息をついた。
「俺はお前みたいにナンパじゃないんだよ」
「ナンパだと? 俺は今の彼女が本当に好きなんだぞ!」
ほれ見ろ、と言って差し出されたのは、ケータイ画面いっぱいに映し出されたツーショット写真。
彼の隣には、彼といかにも気が合いそうな(軽そうな)明るそうな女子が映っていた。
「三谷は高校のときから相変わらずって感じだな……」
高校の頃から仲が良かった三谷とは、同じ大学に入ってからというもの、こうしてよく一緒に学食を食べている。
明るくて、誰とでもすぐに打ち解けて話すことのできる三谷は、高校の頃から大勢の友達がいる。
一方の俺はそんなに目立つタイプでもなく、むしろこいつとは正反対と言っても過言ではないのだが……なんだかんだこいつとは長い付き合いになる。
「この子はな、俺が今まで付き合ってきた子の中で一番可愛い子なんだぞ!」
「……その台詞、前にも聞いたことあるんだが」
付き合う彼女が入れ替わる度に、俺はその言葉を聞いているぞ。
「そういうお前は今まで誰とも付き合ったことないくせに」
「な……!」
手榴弾でも投げ込まれたかのような突然の爆撃に打ちのめされた俺は、何とか体勢を整えようと、反撃の言葉を探す。
しかし、衝撃のあまり――俺は返す言葉が見つからなかった。
確かに、奴の言う通り……自分の彼女いない歴は、自分が今まで生きてきた時間と等しい。
それもこれも、俺の容姿が……容姿が……
「お前、モテてはいるのにな……男女問わなければ」
「……男にモテても嬉しくないんだよ」
俺の容姿が……女子みたいな、ぬいぐるみのような俺のこの容姿が原因なのだ。
「俺だってもっとイケメンに生まれたかったよ」
「おいおい、大事なのは見た目じゃねぇだろ。そりゃあ、今までお前の真の男らしさに気づける奴がいなかっただけの話じゃねーか」
「見た目じゃない、か……」
「まあ俺はルックスもイケメンだけどな」
さっそく前言撤回してきたぞ、この男。
「お前、どうせ自分には無理だとか思って心のどっかで諦めてんだろ」
そう言って、三谷はハンバーグ定食を頬張った。
三谷の言葉が、真っ直ぐに俺の心に突き刺さった。
そうだ。
俺は今まで、確かに誰とも付き合ったことはない。
でも、俺にだって、今までに好きな子はいたんだ。
その時、何度告白しようとしたかしれない。
その子にプレゼントを渡そうとして、想いを伝えようとして……
でも、その度に、俺には無理なんじゃないかって思ってしまったんだ。
高校時代、スポーツも勉強も……三谷は何をやってももてはやされた。
女子からの「カッコイイ」っていう歓声が羨ましかった。
本当は、俺だって「カッコイイ」って言われたかった。
でも、俺がどんなに頑張ったって……俺にかけられる歓声は「カワイイ」しかなかった。
どんなにカッコよくあろうと努力しても、俺はカッコよくなれない。
三谷と同じ部活のバスケだって、必死に練習して同じくらいまで上手くなった。
それでも、三谷にかけられる歓声が、俺にはかけられない。
そのときは、悔しくて仕方なかった。
毎日泣いたし、三谷のことを恨んだりもした。
自分の努力を評価してくれない女子のことも恨んだし、理不尽な世界も憎らしかった。
そして、理解したんだ。
すべての原因は、俺のこの容姿なのだと。
俺のこの、女子みたいなふんわりとした容姿なのだと……
いくら筋トレをしたって、顔のつくりまでは変えることができない。
努力をしたところで変わらない、俺の大嫌いな、この容姿。
きっとどんなに努力したって無駄なのだ、と。
この顔のせいで、この容姿のせいで、俺はどうせ……
「どうせ、とか言って諦めてる奴が男らしいわけないよな」
「…………」
三谷の表情は真剣だった。
その真っ直ぐな眼差しが、俺の脳に焼き付くようで、
「諦めんなよ、お前。その子のこと、本当に好きなんだろ?」
照れくさそうにはにかんだその笑顔が、俺の心を優しく包み込んだ。
そうだ。
事あるごとに三谷のことを羨ましく思って、時には恨んだりもしたけど、
こいつはいつだって、俺のことを真剣に考えてくれる奴なんだ。
それが分かるから、俺はいつだって、こいつの言葉に救われてきた。
悔しいけど、同時に凄く――嬉しかった。
「本当に……俺なんか、上手くいくのかな……」
「当たり前だろ、お前、良い奴だもん」
「本当か?」
「おうよ。俺、嘘ついたことないだろ?」
「…………」
お前が言うと今一説得力に欠けるんだよなぁ。
「とにかく、一回当たってみろって。当たって、盛大に砕け散れば良いだろが」
砕け散る前提かよ!
「まあ、まずはその子に、お前の男らしいところ、見せねーとな」
そう言って、三谷はニカッと笑ってみせた。
その屈託のない笑顔に、俺の心は幾分か救われた気がして、
「おう」
自信のなかった心に、少しだけ、前に進む勇気がもらえた気がした。
「ところで、その子の名前なんていうんだよ」
「あ……」
まだ聞けてないや。
「はぁ? お前、連絡先どころか、名前も聞けてないのかよ?!」
すると、三谷は呆れるようにして笑いながら、「次までの宿題な」と言って俺の肩を叩いた。
ぶっきらぼうな三谷の言葉がどこか温かくて、こいつの励ましの言葉がどこか心地よくて、俺は少し照れながら笑って言った。
「ありがとな、三谷。こんな俺の相談、乗ってくれて」
「なんだよ改まって」
三谷は少し照れながら、「また進捗報告しろよ」と言って頭をかいた。
《当たり前だろ、お前、良い奴だもん》
お前がそう言ってくれても、やっぱり不安になるんだ。
《君を……傍で守りたい》
こんな俺が、人を愛しても良いのだろうか、と。
俺は、決して許されることのない――罪を背負っているというのに。
※死神の名前の付け方は「ずっと前の『あの方』が付けた由緒正しい命名法」に則っています。
由緒正しい命名法:First NameとLast Nameから一音ずつ取って命名
紛らわしいことこの上なく申し訳ありませんが、死神「ミタ」の命名と「三谷」との間には何の関係性もございませんので、ご留意ください。




