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wink killer  作者: 優月 朔風
第5章 友達
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第45話 彼の使命は

 ――それは数か月前の天界での出来事。

 その日の宮殿は、騒がしかった。


 「どうだ、そっちにはいたか!」

 「いや、こっちには誰もいなかった」

 「畜生、あの野郎どこ逃げやがった!」


 騒ぎが起こるのも当然のことだった。

 その日、宮殿内の牢獄の扉が破壊され――大罪人が脱獄したからだ。


 牢獄警備兵は、宮殿内でも手練れのエリート達が就く仕事だ。

 しかし、その日入り口の門の前に血を流し倒れていたのは、本来負けるはずのない、手練れの警備兵達の方だった。


 彼らを上回る実力の持ち主など、そういない。

 それに、“あの牢獄”に囚われたが最後、脱獄しようという意思を持つ罪人など、考えられなかった。


 誰も、このようなことが起こるなどとは予想できなかった。


 事件に気がついたのは、その日たまたまその場に訪れた死神だった。

 その死神はいつものように、牢獄の奥の一番大きな部屋に立ち寄ろうとしていた。

 しかし、その日、その場所にお目当ての人物は見当たらなかった。


 入り口の警備兵達が殺されていた。

 間違いない。

 あいつは、逃げたのだ。

 あの生きる目を失っていた大罪人は、何故か、ここから逃げ出したのだ。


 生きる気力を無くしていたはずのあいつが。

 おそらく奴には、目的ができたのだろう。

 俺が見つけ出さなければ――その死神はそう強く感じた。


 一刻も早く大罪人を捕らえよとの命に、宮殿内の死神が一斉に捜索を開始する。

 しかし、目標の人物は一向に見当たらない。

 彼は次第に焦りを募らせていった。


 「あの方」――総督から緊急召令がかかった。

 どうやら、大罪人は下界に逃れたとのことだった。

 知らせを聞いた死神達の浮かべた表情は――


 「お前ら、何で安心してんだよ……」

 彼は隣で安堵の表情を浮かべる同僚に掴みかかった。

 すると、コートの襟首を掴まれた死神は、不思議そうな表情を浮かべながら答えた。


 「何言ってるんですか。あの大罪人が下界に逃げたということは、とりあえずここは安全ってことなんですよ? 良かったじゃないですか」


 ――下界は人間が住む世界。

 別に下界がどうなろうと構ったことじゃない。あいつが暴れるせいで下界の人間が死んだって、それは別に問題じゃない。

 俺は自分と関わりのない奴にそこまで優しくない。


 問題は、あいつを捕らえることが、限りなく不可能に近くなってしまったということ――。


 彼は絶望した。

 天界と下界はもともと隔絶された世界だ。そう易々と行き来できる世界ではない。

 天界から下界に向かうためには、相当なエネルギーを必要とする。それゆえ、下界と行き来するには大きなリスクが伴う。

 普通の死神はエネルギーの消耗に耐えることができず、あっという間に消滅してしまうのだ。


 だから、下界に行くためのルートは、安全のため「あの方」が極秘に扱っている。

 総督が極秘に扱うルート。それをどうやって使ったのかは分からないが――あいつはそれを何らかの方法で利用して、下界へと向かったのだ。


 あいつにそれだけの力があることは知っている。少なくとも警備兵を殺している時点で、あいつの持っているエネルギー量は伺うことができる。

 しかし、分からないことがある。


 あいつは一体何のために、下界へ――?

 そんな疑問が彼の頭の中を駆け巡った。


 それに、生きる気力を失っていたあいつのどこに、そんな強い行動力を生む気力があったのだろう?

 何が奴をそうさせたのだろう?


 彼は総督の元へ訪れた。

 自分に大罪人を追わせてほしい――彼はそう告げた。


 稀に、人並み以上の精神エネルギーを有する者が存在する。

 彼は自分が膨大なエネルギーの持ち主であることを知っていた。


 天界において唯一絶対のはずの牢獄から罪人が抜け出した――宮殿の外に漏れれば、治安を、宮殿の地位を、総督の地位を揺るがす一大事の事件。

 総督自身も、一刻も早い事件の解決を望んでいた。


 宮殿内の死神に厳戒令が敷かれる中、極秘裏に、総督は彼一人にこう命じた。

 「牢獄を抜け出した大罪人を追え」と。


  ♪♪


 「ミタ……良かった……もう目を覚まさないんじゃないかと思って」


 目を覚ました彼が真っ先に見たのは、泣きじゃくる未玖の姿だった。

 暗い部屋の中、明かりもつけず泣いている彼女の姿を見て、彼はとっさに状況の異変を感じ取った。


 「一体、何が……」


 彼の腕にしがみつく彼女の力は弱々しかった。

 膝の上に、彼女の涙がポタポタと落ちていく。


 彼女をなだめようと、ミタが手を伸ばそうとした瞬間――

 窓の外で、今までに感じたこともないほど強い気配がした。

 間違いない、奴のエネルギーの気配だった。


 あいつはすぐ近くにいる。

 下界に降りてからずっと――追っても追っても捕まえることのできなかったあいつが、今、すぐ目の前の届くところにいる。


 ――俺が、見つけ出さなければ。

 捕まえて、今度こそ……あいつから聞き出さなければいけないんだ。


 生きる目的を失っていたお前が、どうして。

 お前が下界に来た目的は、何なんだ――?


 「ごめん、未玖、俺行かなきゃ」

 「ミタ……?」


 未玖の表情が固まる。

 彼女はミタが何を言っているのか分からない、といった顔を浮かべていた。


 以前の彼は、使命を優先した結果、彼女を傍で守ることができなかった。

 彼が選ぶべきなのは、自分の使命か、自分のせいで巻き込んでしまった少女を守るかの二択。


 《あの子ならきっと大丈夫です》

 《ミタには、ミタのやらなきゃいけない仕事があるんだもんね》


 今までに感じたことのない程近い大罪人の気配が、彼の背中を押す。


 ここで使命を選べば、おそらく彼女を傷つける結果になるだろう。

 しかしここで彼女を選べば――おそらく使命は果たせないだろう。

 ――二度と。


 この仕事は、彼が志願した――彼が最後まで果たさなければならない、使命だから。


 彼は一言、ごめん、とだけ告げる。

 突然の宣告に、彼女の表情が次第に青ざめていった。


 「もうすぐ終わるんだ。――今なら思える。俺は下界も……君のことも、大切に思っている」

 「だったら――!」

 「それでも……俺は行かなくちゃいけないんだ」


 彼は未玖の腕を離した。

 窓を開け、窓際に足をかける。


 「どうして、ミタ……っ!」


 彼が窓を開けた瞬間、雨風が勢いよく部屋の中に入り込み、

 氷のように冷たい雨粒が未玖の身体に降りかかった。


 正直、もうどちらを選択することが「より正しい」かは分からない。

 分からないけれど、それでも進むしかない。


 それが正しい道だと信じて、前に進むしかないのだ。


 「これが、俺の仕事だから」

 「ミタ!」


 彼は未玖の叫ぶ声を後に、部屋から出ていった。

 部屋の中でひとり残された彼女は、窓も閉めずに、そのまま嗚咽交じりの泣き声をあげていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 文章力と表現力がすごすぎて物語の中に引き込まれました……! 本当にすごいです! 未玖の心理描写とか本当にすごかったです! いい意味でゾクゾクっとしました。 [一言] これからも楽しみに読ま…
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