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wink killer  作者: 優月 朔風
第5章 友達
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第44話 現実

 ――翌日。

 今日も、学校へ向かう私の横にミタはいなかった。


 「大丈夫。きっと、永美は今日笑顔で私を迎えてくれるんだ。『何変なこと言ってるの、頭おかしいんじゃないの』とか言って」


 私は小さくハハ、と笑い、前を向いた。


 「ミタは今少し疲れて眠っちゃってるから寂しいけど、大丈夫。……昨日のことは全部夢だったんだ。そう、全部悪い夢」


 私は周りに誰もいないことを確かめてから、大きく深呼吸と伸びをした。


 「教室に着いたらきっと、永美が笑ってくれるはずだもん」


 私はにっこりと笑った。

 すっかり晴れた空に、再び黒い雲がかかろうとしていた。



 学校へ着いた私が目にしたのは、信じられない光景だった。


 「なん……で……」


 それは私が一番見たくなかったもの。

 拒絶していた真実。


 教室の角の机の上に置かれた花瓶。

 門田永美の席に、白い光が差し込んでいた。


 門田永美は事故で亡くなった――それが、私達クラスになされた説明だった。

 担任の突然の話に、教室の中でざわめきが広がっていく。

 私は教室の一番前の席に座って、一人取り残されたような気持ちがしていた。


 ――永美は事故で死んだ。

 事故……

 それじゃあ、昨日の夢は……昨日の悪夢は、一体……。


 「未玖……」


 呆然とする私に後方から声をかけてきたのは、満咲だった。


 「どうして……永美ちゃんが……」


 満咲の弱々しくて掠れそうな声。

 満咲が私の制服の袖の端を掴んだ。その小さな手に込められた力は、まるで赤子が必死に母にしがみつくかのように強かった。


 満咲のすすり泣く声が聞こえる。

 一方で、私は何の言葉をかけることもできなかった。

 ただひたすら呆然と立ち尽くし、彼女の声を聞いていることしかできなかった。


 頭がぼんやりとする。一体何が起こっているのか分からなかった。

 周りのことがすべて遠くのことのように感じた。


 そんな私を無理やり現実世界に引き戻したのは、満咲の次の一言だった。


 「永美ちゃんは……本当に事故だったのかな」


 その瞬間、私の頭から一気に血の気が引いていった。

 私の顔がみるみるうちに青ざめていく。


 「ねぇ、未玖、私……」

 「なに……言ってるの、満咲……?」


 咄嗟に、私は満咲の言葉をさえぎった。


 《私を殺せば、父だけじゃない――確実に、花や満咲もあんたの敵に回る》


 手足が震え出す。

 私の震えに気がつき、満咲が声をかけてきた。


 「私はね、未玖のこと……」

 「ちが……違う」

 ――わ、私じゃない……


 《確実に、花や満咲もあんたの敵に回る》

 「違う……違う」

 ――私は……私は……!


 《あんたの敵に回る》

 「違う……違う違う違う」


 ――永美を殺し……

 殺したのは……

 わ……私じゃ……



 『未玖が殺したんだよね。永美ちゃんを……友達を』

 満咲が、そう言っているような気がした。


 「違う……私は……」

 「……未玖?」


 満咲が私の顔を覗き込んだ。

 私を、問い詰めようとしている。


 『未玖が、私達の関係を壊したんだ』

 「私じゃ……」


 目の前に浮かぶ情景。

 昨日の夢。

 私の目の前で、突如全身の力を失い、なすすべもなく崩れ落ちる永美の姿。


 『何もかも全部、未玖のせいなんでしょ』

 「違う……わ、私は……」

 ――私のせいじゃ……。


 蘇る悪夢のような光景の中で、最期の瞬間――

 永美は――それは自分が死ぬことに対する悔しさと、もはやこの世に執着することを諦めたような悟りと、何か掴めずにいたものがようやく掴めたかのような一種の達成感とが混じったような表情で――

 彼女は一言呟いたのだ。


 《やっぱり私のこと、殺すんだ。――この殺人鬼》


 目を開けたまま倒れる永美。

 その光景を、確かに私は目に焼き付けていた。


 倒れていく友人を前に、私は現実から目を背けることしかできなかった。


 友人が死んだこと。

 自分が、友人を――永美を殺したこと。


 左目に眼帯をしていたわけでもない。

 あのとき右目だけを瞑ったのは、確かに自分の意思だった。


 ――あの瞬間、私は自分の意思で、友達を殺したんだ。


  ☆★☆


 教室を抜け出す。

 後ろで満咲が、皆が、私を睨んでいるような気がした。


 逃げるようにして家へと向かった。

 走る。走る。走る。

 朝は晴れていた空には黒い雲がかかり、今にも雨が降り出しそうだった。


 「はあ……はあっ……」


 肺の奥が締め付けられるようになるのを荒い呼吸で紛らわす。

 時折息が切れて苦しくなりそうになるのも、

 疲れて足がもつれ転んでしまいそうになるのも気にせず、

 私はとにかく家まで駆け込んだ。


 「はあ……はあ……」


 自分の部屋に辿り着くや否や、私は荒い息遣いのまま、カーペットの上に崩れ落ちた。

 荒い呼吸の中思い出すのは、先程の悪夢――永美の最期の一言。


 《――この殺人鬼》


 「私は……わ、私は……」

 

 永美はもういない。

 永美は死んだ。

 私が――


 呼吸が早まっていく。


 使わないと決めた力。

 大切な人を守るために使おうと決めた力。

 誰かの心を救うために使おうと決めた力。


 なのに、なのに、なのに――

 どうして……

 どうして私は、友達を――大切な人を、殺してしまった……?


 大切な人を、この力で、殺してしまった……?



 涙で視界が霞んでいく。

 目の前に突き付けられた残酷過ぎる現実は、私に逃げることを許さなかった。

 吐き気が止まらない。


 私は友達をこの手で殺した。

 救うはずだった永美を、私は殺したんだ。


 私が、私達の関係を壊した。

 花や満咲は、永美を――かけがえのない友人を殺した私を憎んでいる。

 母親はもう私のことなど見ていない。

 それに、今はミタも――


 部屋の隅で眠って動かないミタを見た途端、涙が溢れそうになった。


 「ミタ……助けて……お願い……」


 彼の返事はない。

 それどころか、ほとんど呼吸も聞こえなかった。


 彼が生きているのか、死んでいるのかを確かめる勇気は、私にはなかった。

 私は依然としてピクリとも動かない彼を見て、その場で泣き崩れた。


 「お願い、ミタ……助けてよ……。私を独りにしないで……ねぇ、ミタ……」


 ひとりきりの部屋に、私の声だけが寂しく響く。

 どうしようもない不安が私を襲い、肺が潰れてしまいそうな気持ちだった。


 「どうして……こんなことに……」


 ――どうして私は、こんな力を手に入れたの。

 その言葉が、私の頭の中を埋め尽くしていく。


 始まりは、私が堀口裕太に殺されそうになったとき、たまたまミタが私の近くにいたこと。

 私がたまたま死神の力を奪って、生き永らえるようになったこと。


 友達を守るために、この力で人を殺したこと。

 弟を殺した犯人を、この力で葬ったこと。


 そして、

 ――自分を守るために、この力で友達を殺したこと。


 今、私の周りには誰もいない。

 家族も、友達も、皆いなくなってしまった。

 そして、私を支えてくれたミタも、今は――


 「どうして私は……こんな力……」


 《この力はきっと、神様からもらった力だから》

 「神様、教えて下さいよ……」


 《これがきっと、私のやるべきこと》

 「どうして、こんな力を私にくれたの……?」


 そんな答えなど返ってくるはずもなく、私の掠れた声は空しく消えていく。

 嗚咽交じりの泣き声が、暗い部屋の中に響く。

 外はすっかり荒れた天気で、時折窓の外で雷が轟く。

 窓に打ち付ける雨音が次第に激しさを増していき、湿気の篭った雨の臭いが部屋に充満する。


 散らかったままのトランプ。

 伏せられた写真立て。

 座る人の居なくなった椅子。


 孤独に打ちひしがれながら、私は目的を見失い、ただただ泣いていることしかできなかった。


 ――その時だった。

 窓際の壁にうずくまっていた彼がふと目を覚まし、顔を上げたのだ。

 彼は私の姿を目に入れると、小さな声で呟いた。


 「未玖……?」


 彼の声に気付き、思わず私の涙が止まる。


 「ミタ……」


 ミタが目を覚ました。

 彼は生きていた。

 彼はまた、私の傍に――。


 突如、空っぽになってしまった心に温かいものが流れてきたような気がして、

 気がつけば、私は彼にしがみついて泣きじゃくっていた。

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