第99話 元S級ハンター、公爵令嬢と再会す
空をそのまま映し取ったような青い瞳が、俺の方を向いていた。
一瞬誰かわからなかったのは、仕方ないのかもしれない。
3年前に頭の横に2つ結ばれた髪は下ろされ、開いていたおでこの前髪を逆に下ろして、切りそろえている。
元々優等生らしい見た目が、さらに極まった形だが、彼女の場合上品さがアップしたような気がした。
白い肌は3年前と変わらず、情熱的な赤いスカートから見えるヒールは高く、さらに驚く程足首が細い。
針金を入れたようにピンと立った姿勢は、教科書に載せて上げたいほど綺麗で優雅だ。
瞳の色と同じブローチの下に、大きめの胸を押し込み、公爵令嬢ラフィナ・ザード・アストワリは微笑を浮かべて、入口に立っていた。
同性であっても、彼女の魅力に引き込まれるものらしい。
パメラも、プリムも、口を開いたまま固まっていた。
それでも最初に口を開いたのは、パメラだ。
「ラフィナさん、久しぶり!」
パメラは席から立って、ラフィナを迎え入れる。遅れて、オリヴィア、ギルドマスター、俺も立ち上がった。
知り合いとはいえ、ラフィナはアストワリ公爵家の令嬢だ。
食事中とはいえ、立って歓待することぐらいの礼節はとるべきだろう。
「パメラ、お久しぶりです。もしかしてお子さんが生まれた時以来でしょうか?」
「あの時は本当にお世話になりました」
「いえいえ。お手伝いできてホントに良かったですわ」
ラフィナは和やかに微笑み、パメラと握手する。
しばし2人は穏やかに笑っていたが、段々と表情が歪んできた。
「あ、あの……。ラフィナさん、痛いんですけど……」
「あらあら。ごめんなさい。パメラさんこそ、どうして手を離してくださらないのかしら。おほほほほ」
俺には見える。
女と女の見えない戦いの火蓋が……。
そしてパメラとラフィナのバックに、竜のブレスのような炎が燃えさかっているのを……。
「あらあら。ラフィナお嬢様、まだ未練タラタラなんですか~?」
ギルドマスターは場を和ませるためにからかったのだろうが、それは竜に重度の酒を注ぐようなものだった。
ラフィナの青い瞳から、凍てついた眼光が射出される。
心なしか、ちょっと部屋の温度が下がったような気がした。
「当たり前ですよ。もう! こんなに早く結婚するなんて。幼馴染みなんてズルいですわ。ゼレット様はもっと奥手で、結婚が遅れると思ってたのに」
プンプンと最後は頬を膨らませる。
その姿を見ていると、どうやら見た目は変わったが、中身まではまだ大人になりきれてない様子だ。
「ま~ま。ぱ~ぱ」
俺たちを呼んだのはシエルだ。
1人子どもの用の椅子に座りながら、手を振っている。初対面の人を見て、ちょっと警戒した様子だ。
「その子はもしかして?」
「俺たちの子どもだ。名前はシエルと名付けた。出産直後に会ってるよな」
「ま~~~~! 可愛い! まるで天使のようですわ」
ラフィナは目を輝かせる。
皆を押しのけ、ヒシッと椅子ごとシエルを抱きしめた。
「お手紙で聞いてはおりましたが、こんなに可愛いなんて。目元のあたりなんて、ゼレット様にそっくり! 可愛いわあ」
軽く頬を突く。
どっちかというと、目元はパメラだと思うんだがなあ。
そのシエルは初対面にも関わらず、じっとラフィナの方を向いていた。
彼女の美しさに見惚れているのか。それとも得体の知れない女性に戦いているのか。もしかして両方かもしれない。
シエルはくりっと首を傾げると、ラフィナを指差し言った。
「おばさん、だれ?」
「おば……」
ラフィナは口を「あ」と開けたまま氷像のように固まる。
いつも舌っ足らずなのに、発音まで完璧だったため、二重にショックだろう。
まあ、シエルからすれば、20歳でもおばさんだわな。
「ぷっくくくく……」
腹を抱えて、笑いを堪えているのはパメラだ。
オリヴィアも頬を膨らませて堪えている。
かくいう俺もその1人だ。
「もう! 笑わないでください!!」
ついにラフィナは切れ、声を荒らげる。
どうやらお転婆なのは、変わっていないらしい。
「昔話に花を咲かせる前に、とりあえず座らないか。それにラフィナが直々にやって来たということは、相当な大物なんだろ、次の獲物は」
と言うと、ラフィナはまさしく狙った獲物を追跡する猟犬のように鋭い眼差しを俺に向けた。
「その通りです。他の部屋を用意させました。ここではドレスに焼肉の匂いが付いてしまいますので」
どうぞ、と俺たちに手を差し出した。
◆◇◆◇◆
パメラとシエル、そしてプリムとリルを残し、俺たちはジャジャ園にあるVIP専用の離れへと向かった。
建物の中に、さらに離れがある構造に驚く。
柔らかなクッションが付いた椅子に座る。朱色のテーブルの真ん中には、焼肉の網を置くための凹みがあったが、今は蓋をされていた。
それぞれ頼んだ飲み物が目の前に置かれた後、店員は頭を下げて引き戸を閉め退散する。
「随分と厳重だな」
「すみません、ゼレットさん」
「別に謝るようなことではないが」
「最近、余所の街の料理ギルドも魔獣料理専門の部署やチームを作ってねぇ。珍しい魔獣の情報収集に余念がないのよ~」
なるほど。硝子に目あり、壁越しに耳ありということか。
「ギルドマスターさんの言う通りです。競合相手は少ない方がいいですから。情報にもお金がかかってますしね」
「とはいえ、相手はSランクだろ? 俺以外に誰が狩るんだ?」
「ヴィッキー・ギャンビネット……」
俺の眉が反射的に動く。
「どうやら、その様子だと知り合いのようね」
「知り合いってほどではないがな」
俺と同じS級ハンターだ。女性ハンターだが、Sランクの魔物の討伐経験もあり、現役の中では3番目に多いはず。
「まさかと思うが……」
「そのまさかよ。彼女、ハンターギルドをついにやめて、あなたと同じく隣町の料理ギルドの食材提供者になってるわ。かなり荒稼ぎしてるわよ」
「Sランクはまだないですが、Aランクの魔物はすでに10体以上倒しています。言わば向こうのホープです」
「女性だから華もあるし、依頼主の評判も上々よ。うちの上得意様も何人か向こうに取られちゃったわ」
ヴィッキーなら、それぐらいはやるだろう。
俺より3つほど年上だったはずだが、腕は確かだ。
元々俺の師匠であるシェリルに憧れて、ハンターになったぐらいだからな。
依頼がバッティングして、よく競争になった。
「へ~。どっちが勝ったんですか?」
「決まってるだろ」
俺の全戦全勝だ。
なるほどな。
この3年で随分とライバルが増えたわけか。面白い。
「タイミングがいいと言ったのは、そういうことか」
「そうよ~。うちが地ならししている間に、派手なことをしてくれたからねぇ。ゼレットちゃんには盛大な戦果を上げてもらおうと思って」
「獲物に寄るがな。……さて、勿体ぶってないで、そろそろ本題に入れ。今回の獲物なんだ?」
「そうですね」
ラフィナがこほんと咳払いをする。
ギルドマスターが立ち上がって、戸の外に誰もいないことを確認してから、ラフィナは口を開いた。
「ゼレット様、『奇跡の魔物』と渾名された魔物のことをご存じですか?」
魔物には色々な渾名がある。
幻であったり、最強であったり、地獄なんて名前がついていることもある。
しかし、実は『奇跡』なんてありきたりな表現が入った魔物は、俺が知る限り一種類しかいない。
「ついに、あのキメラが発見されたのか?」
「はい。その通り、『奇跡』の組み合わせ……」
ドラゴンキメラですわ……。







