第97話 元S級ハンター、磁石を作る
「それで? 久しぶりのハントはどうだったのぅ、ゼレットくぅん?」
料理ギルドのギルドマスターは尋ねる。
3年前となんら――いや、前以上に派手になっているような気がする。
「Aランクとはいえ、今回は実質なところSランクの魔物よぉ。少しは手こずったんじゃないのぉ?」
「まあな」
「あら、珍しく素直ね~!」
「勘違いするな。バズズについては手こずってはいない。まあ、ヤツをあそこまで誘導するのは面倒だったがな」
とは言っても、さほどのことはしていない。
俺がやったことは、バズズの行動予測だ。
ズーは基本的に冬は南で過ごし、夏は北で過ごす習性がある。言わば、魔獣界の渡り鳥だ。
さらに面白いことに同じ航路を飛ぶ習性もあって、これがほとんどズレがない。
同じ所を飛ぶなら狙撃も簡単だと思うだろうが、ズーの風の結界はかなり厄介だ。俺の魔弾すら通さないんだからな。
無論、航路には休憩地が存在するが、ほとんどが大型の魔獣の巣窟で、俺ですら踏み込めない危険地帯になっている。
よっては俺は、その航路を徐々にずらすことによって、今回のバズズをあの沼地におびき寄せた。
「正確無比なズーの航路をどうやって、ずらしたんですか?」
立ち直ったオリヴィアが会話に混じる。
パメラもシエルを抱き上げながら、エルフ耳を動かして俺の話に耳を傾けていた。
シエルはというと、俺の話に興味があるのか、目を輝かせながらパパの口元を注視している。
俺は袋の中から石を取り出した。
「それは?」
パメラが首を傾げると、オリヴィアが答えた。
「方位石ですね」
「方位石?」
「北と南がわかる石よ~。水の上に浮かべると、ゆっくりとだけど北の方へと動いていくのぉ。ゼレットくぅん、方位石がどうかしたのぉ??」
「ズーの体内には、この方位石があるんだよ」
「えええええ?? 生物の中に、そんなものがあるんですか!」
オリヴィアは大きな声を上げる。
バズズを解体している職人達が、その声の大きさに反応して振り返ったが、すぐ作業に戻る。
現在、羽焼きが行われていた。
ズーの毛は硬く、皮膚から剥がれにくい。多分自分が発生させた風によって、羽毛が飛ばされないようにするためだろう。
よく目をこらすと、毛根部分が鉤上になっていて、ガッチリ皮膚に食らいついている。そのまま釣り竿として使えるほどの鋭さだ。
そのため職人達はズーの上で松明を持ち、羽根の根元を火で焼き切っているのだ。
多少皮膚が焼けてしまうが、ズーの皮膚は分厚いため、中の肉に影響を及ぼすことはない。
職人達の仕事に少し視線を注いだ後、説明を続けた。
俺はコートの中から携帯用の底の深い器を取り出す。近くの公衆井戸から水を注いで、方位石を浮かべた。
そっと地面に置くと、方位石がゆっくりと北の方へと動いていく。
「面白いね~。ねっ、シエル」
「おもろい! おもろい!」
パメラが覗き込むと、シエルもキャッキャと喜んでいた。ちょっと舌っ足らず感じでパメラの言葉を真似ようとしているのが、また可愛い。
うん。我が娘はやはり可愛い。
「それで? ゼレットさんはどうやって、この方位石を積んだバズズの航路をずらしたんですか?」
「簡単だ」
俺は方位石が入っていた袋から、もう1つ石を取り出す。
白い方位石に対して、俺が摘まんだ石は真っ黒だ。
さらに俺は黒い石を方位石に近づけていく。
すると、北を指していた方位石が、くるりと向きを変えて黒い石へと近づいていった。
「もしかして磁石ですか?」
「そうだ。俺の手製のな」
「そうか~。ゼレット君の属性は、【雷属性】だから作れるのねぇ」
銅線を巻いたコイルに鉄の塊を突っ込み、雷を流せば、磁石は割と容易に作れる。
といっても、最近知ったことだ。
シエルにとプレゼントされた学習用の図鑑に書いてあって、試してみたら案外簡単にできてしまった。
おかげでもらった本人よりも熟読してしまったことは、秘密だ。
「方位石は近くに磁力の強い物に引かれる性質を持っている。だから、ズーが通るであろう場所に、これよりも遥かに大きな磁石を置いて、あいつを誘導したんだよ」
「なるほど。さすがゼレットさんですね。休んでいても、魔物に対する研究に余念がない」
「魔物の研究と言うよりは、子どもを育てていたら、偶然知った知識だがな」
俺は肩を竦めた。
「それであれはいつ食べるんだ?」
大きさが大きさだけに解体は遅々として進んでいない。やはり羽焼きに時間がかかっているようだ。
「この広場からも明日には撤収しなければならないから~、とりあえず夜通しで作業してもらってぇ、うちの敷地に置けるサイズにしてもらうつもりよ~。そこで改めてかしらねぇ」
「今日は無理か。残念だったな、シエル。ご飯はお預けだ」
「ざんねん~」
シエルは渋い顔をする。
2歳ともなれば、ほとんど俺たちと似たような物を食べている。
昔食ったスカイサーモンも焼いて食べさせたが、「おいし。おいし」と言いながら、おかわりをねだっていた。
うちの1番の食いしん坊だ。
おっとそう言えば、元祖食いしん坊たちもいたな。
そのリルとプリムは、今日食べられないと聞いて、ちょっと黄昏れていた。
「リルー。今日食べられないんだって」
『わぁう』
「プリム……。頑張ったのになぁ~」
『わぁう』
プリムとリルは揃って天を仰ぐ。
仲がいいなあ、お前ら。
「じゃあ、帰るか。時間も時間だし、どっかレストランにでも寄って……」
「レストラン! ししょー、僕! 焼肉食いたい!! 焼肉ぅ!!」
『わぁう!!』
今、レストランって自分で言ってて、焼肉を所望するのかよ。
それにリルまで……。
とはいえ、今日のプリムはよく働いたからなあ。
「わかった。焼肉にしてやる」
「やったあああああああ!!」
プリムはぴょんぴょんとその場を跳ねる。
リルも一緒になって喜び、ぐるぐると犬みたい回っていた。
「なら、私もご同行してもいいかしらん? オリヴィアも一緒に」
「え? 私も?」
「ゼレットくぅんの復帰祝いよぉ。わ・た・し・のポケットマネーでね」
ギルドマスターはギラリと目を光らせる。
パンと懐から出した財布を叩いた。
「いいのか? 奢ってもらって。俺はともかく、あいつらはよく食うぞ」
後ろで後光が差すぐらい光っているプリムとリルを指差した。
「ええ。問題ないわぁ。ただ悪いんだけど、仕事の話もさせてちょ~だい」
「仕事? 依頼か?」
俺は目を細める。
焼肉よりもそっちの方が気になった。
「そっ! ゼレットくぅんが休んでる間、私たち料理ギルドも指をくわえて待っていたわけじゃないのよぉ~」
ギルドマスターは不敵に笑った。
その自信に満ちた顔を見て、俺は察した。
「まさか……」
「そう。今回のズーは固有名を持つSランク。けれど、今回の大物は正真正銘の――――」
Sランクの食材依頼よ。
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ニコニコ漫画でも公開されました。是非お気に入りの方をしていただけると嬉しいです。
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