第96話 元S級ハンター、子どもを育てる
☆☆ コミカライズ連載開始 ☆☆
本日コミックノヴァにて、コミカライズ開始です。
育休――。
その聞き慣れない言葉に、俺はただただ首を傾げるだけだった。
産休というのは聞いたことがある。女性が妊娠した時に、休みを取る制度だ。とはいえ、ハンターギルドにはそんな生易しい制度はなく、女性ハンターは一旦ハンターを辞めるか、そのまま引退する道しかなかった
オリヴィアは料理ギルドの会則を持ち出し、俺に向かって広げて説明を始める。
そこには以下のような事が書かれていた。
【育休】 料理ギルドの会員が妊娠、あるいは配偶者が妊娠した場合、予定日より2ヶ月前から、生まれた子どもが満2歳になるまで休みを義務づける。その際、会員には当ギルドの貢献度によって、月当たり40万~15万グラを支給するものとする。
「勿論、ゼレットさんの貢献度は最上級なので、月40万グラお支払いさせていただきます」
「4、40万グラ!!」
おいおい。それって、また何もせずにお金が入ってくるってことか。
「いえ。何もせずにではありません」
「そうよぉ~。パメラちゃんに元気な赤ちゃんを産んでもらって、すくすくと育ててもらわないと~。ゼレットくぅんの子どもだから、きっと優秀な食材提供者になるわぁ」
俺の子どもの将来を生まれる前から決めないで欲しいのだが……。
「お子さんを育てることは、魔物をハントすることよりも大変です。40万グラじゃもしかして、安いかもしれませんよ」
オリヴィアは挑発的に笑う。
実際、指摘は当たった。
生まれる前のパメラは常に身体のだるさを訴えていた。これはエルフによくある魔力欠乏症の一種で、予定日前は気を失うほどひどいものだったのだ。
普段は温和なパメラがやたらと攻撃的になったり、イライラしたりと、オリヴィアの言葉ではないが、興奮した魔物をなだめすかす方が、まだマシと思えるような不安定な状態だった。
そんな感じで初産に望んだのだが、夫婦共々不安しかなかった。
だが、後にシエルと名付けられる俺たちの子どもは、拍子抜けするぐらいあっさりと生まれてしまった。
立ち合った助産師が「赤ちゃんがハイハイしながら出てきたぐらい、早かったわ」と言葉を残すぐらい、初産としては希有な例だったという。
出産という山場を迎えて一安心と思っていたのだが、それは見事に裏切られる。
子どもを育てるのは、もっと大変だった。
とにかく何がしたいのかわからない。
予定日前のパメラも理解不能だったが、言葉を喋れる分、コミュニケーションは取れる。
だが、赤ん坊は全く違う。
はっきり言って何がしたいのか、何をして欲しいのか、最初全然わからなかった。
とにかくよく泣く。
泣く。
泣く。
泣く。
最後は俺が泣きたいほどだった。
S級ハンターと持ち上げられ、ハンターギルドを止めてからも、ナンバーワン食材提供者候補と持ち上げられる俺が、1人の赤ん坊にノックアウトされそうになったのである。
しかし、悪いことだけではない。
日々抱き上げるとわかる赤ん坊の重みに、ついつい感動してしまう。
初めてハンターになった時、そしてS級の称号をもらった時、人生の節目で俺は成功を味わってきた。
でも、それとはまた違う。
人として、本能的に悟れる幸せを噛みしめていたことは確かだった。
毎日が戦争みたいな2年が終わり、俺はようやく食材提供者に復帰したというわけだ。
料理ギルドには感謝しかない。
赤ん坊をパメラに任せたまま子育てをしていれば、多分妻はどこかで折れていただろう。
2人で育てることができたから、シエルは健やかに、元気に育ってくれた。今はそう思いたい。
それに収入の面でもかなり助かった。
まあ、いくら1億グラが手に入ったからといって、出産前は物入りだったし、内にはリルとプリムがいる。
『エストローナ』の賃貸収入があるとはいえ、リルとプリムを含めて養うのはさすがに心許ない。2年の間、刻々と変わっていく武器の進化にも合わせないといけなかった。
「うひゃああああああ! 話に聞いてたけど、おっきいわねぇ!」
パメラは声を上げる。
俺が仕留めたズー――固有名『バズズ』を見上げた。
側でボウッと見ていたシエルを抱き上げると、ズーの方を指差した。
「シエル、すごいでしょ。パパが仕留めたのよ」
「お~~~~お!」
言葉がきちんと理解できたのかわからないが、シエルはパメラの腕の中で興奮気味に身体を揺らした。
「ぱーぱ、すごい!」
お褒めの言葉をいただく。
「ありがとな、お姫様」
俺が金髪を撫でてやると、キャッキャと喜んでいた。
「お姫様って、女の子なんですね」
「「見てわからんか」」
俺とパメラは同時にツッコみを入れる。
「なんでわからんのだ、ちびっ子」
「え? え? え?」
「そうよ、オリヴィア。こんなに可愛いのに」
「す、すみません」
「オリヴィアも早く結婚するべきね。いい年なんだし…………あっ」
あらら……。言ってしまったな、パメラ。
知らないぞ。
オリヴィアもああ見えていい年だしな。
そりゃあ結婚願望もあるだろう。
まあ往々にしてネックになっているは、言わずもがなだろうがな。
遠くの方で砂をいじり始めたオリヴィアに、幸多い人生をお祈りするとしよう。
「ダメよ~、パメラちゃ~ん。今のオリヴィアはと~~っても微妙なお年頃なんだから」
「ギルさん! 大きな声で言わないで下さい! 聞こえてますから!!」
オリヴィアは半泣きになりながら、砂まみれになった顔で言い返すのだった。
☆☆ 祝!コミカライズ連載開始 ☆☆
前書きでもお伝えしましたが、コミックノヴァにてコミカライズが開始されました。
奥村浅葱先生によるコミカルでテンポ良いハンターの世界を、
是非ご覧ください。
8月1日11時からはニコニコ漫画でも掲載予定です。
コメント付きで読みたいと思う方は、こちらもどうぞ。
8月1日も更新する予定です。
そして『アラフォー冒険者、伝説になる』のコミックスが重版いたしました。
ここでも宣伝させていただきましたが、買っていただいた方誠にありがとうございます。
すでに続巻も決まっておりますので、是非よろしくお願いします。







