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【コミック発売中】魔物を狩るなと言われた最強ハンター、料理ギルドに転職する~好待遇な上においしいものまで食べれて幸せです~  作者: 延野正行
第3部

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第92話 元S級ハンター、怪鳥仕留める

 もうガンゲルがやれることはない。


 強いて言えば、もはや巨大スライムとズー、さらに最強のS級ハンターであるゼレット・ヴィンターとの三竦みを見届けることぐらいだろう。


 風はさらに強くなっていく。


 空には黒雲。いつ一雨来てもおかしくない。


 雨が降れば、スライムが有利になる可能性がある。さらに増殖を繰り返し、今自分を(ついば)む怪鳥を撃退できるかもしれないからだ。


 事実、スライムもただズーに食べられているだけではなかった。


 ズーのクチバシから顔に取り付き、抵抗を始めている。ズーは顔を振り、あるいは尻尾の蛇を使って、剥がすがスライムの勢いもまた凄まじかった。


 まさに大魔獣決戦様相だ。


 ここで格闘興行でも開こうものなら、いい稼ぎになったに違いない。


 しかし、軍配はやはりズーの方に傾き始める。


 さらに激しく啄み、まるで果汁たっぷりのジュースでも飲み干すように喉を動かして、スライムを飲み込んでいく。


 群体化した1万匹のスライムが、為す術がなかった。


「勝負あったか……」


 さすが固有名『バズズ』である。


 小さな街ぐらいなら、簡単に飲み込めるほどの大きなスライムが勝負にすらなっていない。


 時々聞こえる鳴き声が、勝利の凱歌にも、甘味に歓喜している声にも聞こえる。


 勝利がズーに傾く一方で、ゼレットは不気味に沈黙していた。


 あれほど饒舌に喋っていた伝声石(マジックフォン)からは音沙汰がない。


 だが、ガンゲルにはわかっていた。


 この静けさ、ひしひしと伝わってくる緊張感……。


 ゼレット・ヴィンターは何かを狙っている。


 きっとそれは、自分のような凡才にはわからないようなことなのだろう。


 しばし、ガンゲルはズーに食われるスライムを眺めた。


 一体どこにそんな大きな胃袋があるのだろうか。1万匹のスライムの群体は、すでに半分を消化されていた。


 それでもズーの食欲は留まることを知らない。


 時折、ズルズルと麺でも食べるようにスライムを胃袋に収めていく。


 その時である。


 凡夫であるガンゲルは、あることに気が付いた。


 その気付きは、まさに天啓といっても差し支えない。


 ただズーが食べている姿を1人眺めていたから気づけたとでも言えるだろうが、それはある種この三竦みを決定づけるものだった。


「こんなことがあるのか?」


 瞼をカッと開き、脂汗を垂らしながらガンゲルが指摘したこと……。


 それはズーの周りにあった風の壁が、晴れて(ヽヽヽ)いたことだった。


 風の障壁がなくなっていたのである。


 いつそうなったかわからない。


 気が付いた時にはそうなっていた。


「まさか……」


 それは野生の獣でも、魔物でも、人間にも言えることだが、おいしいものを食べている時ほど油断しているものである。


 どんなに辺りを警戒する動物でも、捕まえた獲物や木の実などを食する瞬間、天敵に襲われれば回避が遅れる。


 腹を満たした後なら、お腹のものが重くて動けなくなることもあるだろう。


 そう。


 つまり、食事の時ほど生物は無防備なるのだ。


 その油断から己を守るために進化した生物もいるだろうが、どうやらズーはそうでなかったらしい。


 巨体を覆っていた激しい暴風の壁が、綺麗さっぱりなくなっていたのだ。


 間抜けめ、と怒鳴りたくなる。


 バズズなどと固有名で呼び、ビビリ散らしていた自分が情けなくなった。


 そして、この好機を逃すハンターはいない。


 それが元S級ハンターともなれば、尚更だ。


 それでもゼレットの砲弾は、いつになっても飛んでこなかった。


 空気から何か最後の一押しを待っているような気さえするが、元ハンターの思考など悟れるわけもなかった。


「何をしておるか、ゼレット。早く! 早く撃て!!」


 そう祈っても、やはり砲弾は飛んでこなかった。


 そうこうしているうちにズーはスライムを完食しようとしている。


 ぎぎ、ずず、ぎずずず……。


 という奇妙な食音が終わりを告げようとしていた。


 いよいよスライムを飲み干す段になって、突如ズーは地上に降りた。


 いや、下りたというのは間違いだ。


 落ちたのだ(ヽヽヽヽヽ)


 地上より少し高いところからスライムを啄んでいたズーが、地上に落ちた。


 ぬかるんだ湿地帯に、大量の黒羽が広がり、その巨体は沼の中に半分埋もれてしまう。


「まさか……」


 ガンゲルはようやく理解した。


 何故、ズーが地上に落ちたのか。


 お腹がいっぱいになり、自分の力で飛べなくなってしまったのだろう。


 好物とはいえ、1万匹のスライムを飲み込んだのである。そのスライムを飲み込める胃の容量があるとしても、重さはどうにもならない。


 加えて、下は湿地帯。


 ズーほどの巨体であれば、ぬかるんだ地面に埋没してしまうのは自明の理。


 しかも、ズーは今風の壁を発生させていない。風を発生させれば、スライムまで吹き飛ばしてしまうからだ。


 動けない魔物など、たとえそれがSランクに近いと言っても恐るるに足りない。


 その気になれば、ガンゲルですら打ち倒せるだろう。


 だが、その好機を待っていたのは、ゼレットも同じだった。


 チカッと何かが遠くの山の方で点滅する。


 その瞬間、ズーの頭を何かが通り過ぎていった。


 ぐねっとまるで粘土のように怪鳥の首がねじ曲がる。


 そのまま悲鳴を上げることなく、くたりと翼を下ろし、湿地帯に埋まったまま絶命した。


「な、なんと……」


 呆気ない。


 これがSランクの魔物の終焉か。


 呆れを通り超して、怒りすらこみ上げてくる。


『任務完了』


 近くの伝声石(マジックフォン)から冷たい声と、乾いた薬莢の音が響き渡るのをガンゲルは聞いた。


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