第91話 元S級ハンター、大魔獣決戦を見守る
こっちも頑張って更新するので、よろしくお願いします。
「ゼレット!!」
ガンゲルはがっしりと掴んだ伝声石を乱暴に振り上げる。
「どうにかしろ! お前の大好きなSランクの魔物のご登場だ。ついでに群体化したスライムまでいるぞ!」
伝声石から反応はない。
ただ不気味な風音が反響して聞こえてくるだけだった。
ガンゲルはまた伝声石を振る。
「おい! ゼレット、聞こえているのか。返事をしろ!」
『…………』
「おい! こら! 返事……返事をしてくれ~~!」
最後の方はもはや涙声である。
鬼の目にも涙というヤツだろうか。確かにガンゲルの目に光るものがあった。
もはやここに至っては、Sランク魔物馬鹿――ゼレット・ヴィンターに頼る術しかない。
歴代ハンターと比べても、ダントツのトップスコアを残し、シェリルの魔剣を引き継いだ唯一の後継者。
ガンゲルにとって気にくわないクソ生意気な元ハンターだが、頼れるのは今やゼレット以外にいなかった。
やがて待望の声が聞こえる。
ガンゲルは思わず微笑んだ。
『無理だ』
「へっ……」
その瞬間、終わったと思った。
幻聴か。吹きすさぶ風の音が、世界の終焉を告げる笛の音に聞こえる。
ガンゲルの瞳がゆっくりと白目が剥く。そのまま倒れそうになったが、直後湧き上がってきたのはシンプルな怒りだった。
「何が無理だ! どうにかしろ!! お前ぐらい、この終末戦争みたいな状況をどうにかできないんだぞ!!」
『無理なものは無理だ。ズーをよく見ろ』
ガンゲルは今一度空を仰ぐ。
夜のように暗いと思っていたが、風が黒雲を運んできたらしい。それでもガンゲルの視界を覆う8割は、ズーの姿であった。
そのズーに対して目を凝らす。
「ん~~~~~~……」
よく見て、初めて気付いた。
ズーの周りに何か分厚い空気の層があって、進行方向と逆向きに吹いている。
それが空にあるあらゆるものを弾いていた。
『ズーが生み出す大気の鎧だ。かなり強力でな。あれによって俺の砲剣の弾が弾かれるのだ。普通のズーなら問題ないが、固有名「バズズ」が生み出す鎧となれば話は別だろう』
「な――――なら、剣ならどうだ、ゼレット? お前、シェリルからあの魔剣を引き継いでいるんだろ?」
『確かに魔剣なら問題なく、ズーを細切れにすることができる。しかし、よく考えろ、ガンゲル。俺をどうやって、ヤツの元まで運ぶのだ?』
「うっ……」
魔剣で切り刻むためには、ゼレットをズーに近づけさせなければならない。
S級ハンターとはいえ、ゼレットは空も飛べないし、あの馬鹿獣人の力を使って、ズーがいる高度まで撃ち出したところで風の影響ではじき返されるのがオチだ。
平地よりも障害物の少ない上空は、さらに強風が吹き荒れているはず。
とてもじゃないが現実的な方法とは言えなかった。
万策尽きた。
ここに至っては、もはやガンゲルがやれることは辞世の句を詠むことぐらいだ。
何か良い節はないだろうか、と考えていると、再び伝声石からゼレットの声が聞こえた。
『心配するな、ガンゲル』
「はあ? 気休めはやめろ。もう終わりだ。おしまいだ」
『普段ねちっこく人をいびるくせに、いざ自分がとなると、すぐにポッキリ折れるんだな。たまにはハンターギルドのギルドマスターとして、根性を見せたらどうなんだ?』
「やかしいわ! 相手は入ったばかりの新人ハンターではないのだぞ。Sランクに匹敵する固有名付き化け物だ。勝てるわけが……」
『勝つ方法ならある。というか、もうやっている』
「はあ?」
『うまくいけば、下のスライムもどうにかできるかもしれないぞ』
ズーにかまけてすっかり忘れていたが、問題は空だけではなかった。
今ガンゲルの目の前には、1万匹のくっついたスライムがいるのだ。
ズーを駆除できても、スライムが残っていては意味がない。
だが、ガンゲルが1番気になったのはゼレットの言葉だった。
「もうやっているだと??」
『まあ、見てろ』
ちょうどその時だった。
さらに周囲が暗くなったような気がする。
いや、気のせいではない。明らかに空を覆うズーの大きさが大きくなったような気がした。
「いや、大きくなどなっていない。これは――――ズーが徐々に高度を下げているのだ」
理解できた時には、もうズーはそこまで迫っていた。
ゆっくりと旋回しながら降りてきていたので、ガンゲルは気付かなかったのだ。
そしてズーは翼を広げ、爪を光らせて、空から大地に降り立とうとする。
そこにいたのは、1万匹のスライムだ。
「ちょ! これどうなるのだ?」
突如として始まったズーvs1万匹のスライムの戦い。
一体どっちが勝つのか。唯一現場に居合わせ、審判ポジションで見守るガンゲルでも皆目見当も付かない。
先制したのは意外にもスライムだった。
大きく身体を伸ばし、近づいてきたズーを威嚇しようとしている。
「おいおい! 本当に戦うつもりか!!」
意外と好戦的なスライムを見て、ガンゲルは何故だが勇気づけられた。
普段雑魚魔物などと罵られている魔物が、AいやSランクに等しい魔物と対決するのだ。
そこに強いカタルシスを感じずにいられなかった。
自然と拳に力が入る。いつの間にか、ガンゲルはスライムを応援していた。
しかし――――。
バクッ!!
ズーの爪に絡まり、まさに地上へと引きずり込もうとしていたスライムだったが、その狙いはあえなく失敗に終わる。
ガンゲルはハッと我に返り、ズーがやったことに驚いた。
「ズーがスライムを食った!!」
魔物が魔物を食う習性があることは、学者レベルじゃないと知らない高度な情報だが、ガンゲルは知っていた。
だが、まさかズーがスライムを食べるとは……。
クチバシに絡まったスライムをふりほどき、足の爪に絡み付いたスライムを食らう。
「しかも、おいしそうに食っとる」
そう。ズーは攻撃した際にスライムを偶然的にも摘まんだわけではない。
明らかにスライムを捕食するために、動いているように思えた。
『もうわかっただろ? ズーはスライムを好物としているんだよ』
「なに?」
『そして、俺はこの好機をずっと待っていたんだ……』
伝声石の向こうで、冷たい黒瞳を閃くのが見えたような気がした。







