第76話 S級ハンター、正体を見抜く
後書きにて、キャラデザ公開させていただきました。
被害にあったのは強盗だった。
獣爪から見て間違いないらしい。シェリルが確認したので、間違いないみたいだ。
僕は子どもながらホッとした。
死んでしまったのは、悪い人だったからだ。
それも街を震撼させていた強盗犯。
魔物がまだうろついているのは怖いけど、これで1つ街の恐怖は取り除かれたことになる。
シェリルにそのことを伝えると、返ってきたのはデコピンだった。
「痛って!! 何をするんだよ、シェリル」
「あたしは幸か不幸かお前の保護者だ。子どもが間違った考え方を持っていたら、それを正さなきゃならない。わかるか?」
「僕の何が間違っているのさ?」
僕は現場となった宝石店の方を見る。
店には衛兵が集まり、さらにそれを囲うように野次馬が集まっていた。
割れたガラスケースや、強盗が壊したドアがひしゃげたまま生々しく残っている。
現場へ向ける僕の視線を遮るようにシェリルは、人差し指を立てた。
「1つ。お前は大きな勘違いをしている。あいつは街を騒がせていた強盗じゃない」
「どういうこと?」
「街を騒がせていた強盗は、お前も知っているあの大狼だ。あいつは模倣犯だよ」
「え? あの大狼がなんで宝石強盗なんてするの?」
すると、突然シェリルは僕の胸ぐらを掴んだ。
終始機嫌の悪いシェリルはムッと僕を睨む。
殴られる、と一瞬覚悟したが、結局鉄拳は飛んでこない。
代わりに僕が首から提げていた護宝石を取り上げた。
「あいつの目的はこれだよ?」
「……宝石? あっ! 魔石か?」
街に数カ所ある宝石店には、装飾品も置いてあるけど、そのほとんどが僕がぶら下げているような護宝石や魔石だ。
魔石は自然物でありながら、『魔法』あるいは『戦技』どちらかの効力を持つ鉱石だ。
『魔法』や『戦技』の効果を上昇させたり、あるいはその奇跡を閉じ込める力がある。
2つの基本的な力があるということは、魔石自体にも魔力があって、物によっては人間10人分ぐらいの力を持つ石もある――そう本に書いてあった。
「なるほど。あの魔物はお腹が空いていんだね。だから、魔石の魔力を……」
あれ? でもおかしいぞ。
それならなんで魔物は、今まで人間を襲わなかったんだろうか。
人間にも魔力がある。ピンキリだけど、魔石を摂取するよりは効率がいいはずだ。
そもそもあれは魔物なんだろうか。僕は未だにあの魔物がなんていう名前かを知らない。
それにこういうのも何だけど、あの魔物はとても美しかった。
「シェリル、あの大狼は本当に魔物なのかな?」
「…………。あたしから今はなんとも言えないね。ただ何かが起きているとしか言いようがない」
シェリルは言葉を濁した。
これはあくまで僕の勘だけど、シェリルは何かに気付いている。もしくは気付きかけている。
何かというのは、もちろんあの大狼のことだ。
きっと何か僕にはまだ聞かせたくないこともあるんだろう。
「ゼレット、お前にもう1つ言っておくことがある」
「え――――?」
僕たちが口論する横を1人のお婆さんが、現場へと飛び込んでいく。
すると、大きな声を上げて泣き喚き、強盗と思われる男の名前を叫んでいた。
「たとえ犯罪者だろうと、命を亡くせば悲しむ人間はいる。人が死んで、良かったことなどないんだ。それだけは覚えておけ」
「……う、うん」
シェリルの言葉は、子どもが理解するには難しいものだった。
けれど、なんとなくわかる。
それは僕にも経験があることだったからだ。
どれだけ憎かろうと、いなくなってしまうと悲しいと思ってしまう。
僕にはそんな体験があった。
「さて――――」
シェリルは息を吐く。
長い髪を揺らし、振り返った。
憎々しげに目を向けた先にいたのは、ラクエルという魔物の飼い主だ。
「さあ、これであんたも犯罪者だ。飼い犬の責任は飼い主の責任なんてのは、子どもでもわかることだからな。しかし、それ以上にだ」
シェリルはラクエルさんの胸ぐらを掴んだ。
眼光の鋭さは、僕の時とは比べものにならない。獰猛な狼のようだった。
「ついにあいつは、人のおいしさを知ったぞ。人から魔力を摂取できるとわかってしまった。心の箍が外れてしまえば、何を起こすかわからないぞ」
「シェリル、それ以上はやめろ」
同行していたガンゲルが間に入ったけど、シェリルは結局ラクエルさんを離さない。
ラクエルさんも雪兎のように震えているだけで、何も言わなかった。
「あたしが知りたいのは1つだ。あれはただの魔物じゃないだろう? いや、魔物ですらない! 違うか?」
「おい! よせ、シェリル!!」
詰め寄られてもラクエルさんは口を閉ざした。シェリルの剣幕に驚いているというわけじゃない。明確に意志を持って、魔物の正体を口にしようとしていないように僕には見えた。
「あたしにここまで詰められて、黙りとはいい度胸だ。だったらあんたの口が緩くなる呪文を教えてやろうか」
「じゅ、呪文??」
「おかしいとは思わないか。あんたの飼ってた魔物は、何故魔力を求める? 何故、人を襲った?」
「――――!」
ラクエルさんの表情が変わった。
「あっ」と眉宇を動かし、表情が固まる。ラクエルさんの反応を、シェリルは待っていたのだろう。
「今のでわかったよ。どうやら、あたしの勘は当たった。最悪な方向にね」
シェリルはパッとラクエルさんから手を離す。
ラクエルさんは乱れた襟元を直さずに、叱られた子どもみたいに項垂れた。
それを見て、大きく息を吐いたのはガンゲルだ。忌々しげに舌打ちすると、シャリルを睨む。
当の保護者は背筋を伸ばし、ラクエルさんを見下げた。
わからないのは、僕だけだ。そもそも魔物の栄養は、魔力だ。魔物にとっての魔力は、僕たちが普段食べているご飯と一緒だという事実は、子どもでも知っている。
そんな当たり前のことのどこに違和感があって、シェリルは何を確信したのだろう。
シェリルは髪を掻き上げる。
「どうりで見たことのない魔物だと思ったよ。そりゃそうだ。あれは魔物じゃないんだからね」
「魔物じゃない? あんな大きな狼なのに?」
じゃあ、一体……。
「あれは魔物じゃない。神獣だ。神獣アイスドウルフだよ」
現場でお婆さんの泣き叫ぶ中、その声はどうしようもなくぶっきらぼうに聞こえた。







