第70話 元S級ハンター、謁見する
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見上げる程の大きな硝子張りの窓から、目が眩むほどの陽光が差していた。
強い光は大理石でできた床を反射し、大きな空間を蝋燭や松明の明かりなしで、明るく照らしている。
凹凸の紋様が入った大きな柱が何本も立ち、金糸の刺繍が入った赤絨毯が広い謁見の間の中央に引かれている。
俺はその絨毯に膝を突き、パメラとともに頭を垂れていた。
大きなカルネリアの国章の下で、玉座についていたのは、カルネリア王国国王フィリス・フォオ・カルネリアだ。
ヴァナレンと比べても少し年が離れた兄のように若く見えるが、御年88。
第2王子ヴァナレンと同じく、純粋種のエルフの特徴を色濃く残す国王は、優しげな表情を俺たちに向けて、口を開いた。
「面を上げて下さい、ゼレット先生、パメラ殿」
俺がヴァナレンの師だったこともあって、国王は俺のことを『先生』と呼ぶ。下町の父兄が学校の教師を『先生』と呼ぶことに何の違和感も感じないが、さすがに国王に『先生』と呼ばれるのは、少々こそばゆい。
改めてほしいといっても、改めてくれない。
国王も意地悪で言ってるのではなく、本当に俺のことを尊敬してるから、余計に質が悪かった。
「この度の活躍、ヴァナレンから聞きました。集落を救い、またケリュネア教の壊滅に力を尽くしてくれたこと、感謝します」
「勿体ないお言葉です、陛下」
俺は再び頭を下げる。謁見はこれで3度目だが、一国の君主に会うのはさすがに緊張する。
これが初対面という人間なら尚更のことだろう。
「パメラ殿も、ありがとうございます」
「は、はい。あ……いや、私なんて、えっと……別に何もしてないです……。ゼレットが凄いだけで、だから……その…………」
パメラは珍しくあたふたしながら、言葉を返す。
普段宿屋『エストローナ』を経営していて、俺よりも遥かにコミュ力が高いはずなのだが、さすがに王様の前ではそうもいかないようだ。
「陛下、俺の幼馴染みはそう言っておりますが、彼女は『精霊使い』です」
「ほう! それは稀少な」
「パメラ、キュールを陛下にご覧いただこう」
「え? う、うん」
キュール、とパメラが喚ぶと、何もない空間から葉っぱが頭についた木の精霊がポンと出てきた。
『きゅるるる!』
挨拶代わりとばかりに、くるりと一回転する。
愛嬌もあり、珍妙にも映る精霊の登場に、謁見の間にいた家臣や王族たちは驚き、目を見張った。
フィリスもその1人だ。
腰を浮かして、少々乗り出すようにパメラの胸の中でよしよしと撫でられている精霊を見つめた。
「なかなか可愛い精霊ですね」
「はい。キュールと申します」
「いい。名前だ。……玉座に座って30年以上ですが、初めて拝見しました」
フィリスも言うように、『精霊使い』は非常に珍しい。
それ故に、パメラの功績は大きい。
「キュール殿、パメラ殿、改めて礼を申し上げる。ありがとうございます」
『きゅるるるる!!』
キュールはパメラの胸から飛び出して、一回転する。
王様の前でも物怖じしない態度を見たパメラは笑って、頭を垂れた。
「出来る限りの恩賞を与えるとしましょう。何か望みはありますか?」
おお、と声が上がる。
フィリス国王ができるかぎりと言ったのだ。一国の君主ができる範囲である。それは無数にあるだろう。できないことを数え上げる方が早いぐらいだ。
「お、恩賞なんてそんな……。今日だって、王宮に泊めてもらえるっていうし。それで十分ですよ」
パメラは慌てて手を振る。
逆にフィリス国王は静かに首を振った。
「ケリュネア教のこと、そして民を苦しめていたこと。私が甘いばかりに民を苦しめる結果となったのです。その中で、あなたたちは民と国を救ってくれた。本来であれば、私が手を下さねばならないことであったのに」
フィリス国王は肩を落とす。
「陛下……。国が強行にケリュネア教を摘発すれば、必ず国内に反発の目が出てくるでしょう。最悪、国が2つに分断され、相争ったかもしれない。内紛が長引けば、この国の医療に一縷の望みを持ってやってきた患者たちを救えなくなる。そのために集落のエルフたちが犠牲になったことは、反省すべきですが、逆に陛下は無辜の患者を救ったとも言えます。どうか気落ちしないでいただきたい」
カルネリア王国は『医療の国』だ。この国は難しい病気を持った患者たちがいる。
そんな国で、悪戯に戦火を広げたくなかったという政治的判断は、妥当であっただろう。
国のメンツを保つため集落が犠牲になった、と批判する者もこの先出てくるだろうが、長年掲げていた国の看板を外せば、それこそ国の未来と患者の生きる希望を断つことになる。
高度な政治判断といえば、それまでだが、君主として忍耐が試された判断であったことは間違いないだろう。
「あなた方はカルネリア王国の恩人です。何かありませんか?」
「では1つ」
俺は顔を上げた。
「ヴァナレン王子にはご提案を申し上げたのですが、ケリュネアの牧場についてはご一考をいただきたい」
「聞いています。魔物を牧畜と見做し、一元管理するのは、非常に面白いアイディアと思いました。あの魔導具の解析次第ですが、実行に移したいと考えております」
「また現在、増えすぎたケリュネアについてですが……」
「ハンターと騎士団を、山に投入して生け捕りにするつもりです。ただ監理するにしても、頭数の制限を加えなければなりません。試算では約5割を殺処分しなければならないとか」
「それならば、いい方法がございます」
俺はヴァナレンの方を向いて合図を出す。
ヴァナレンは頷くと、パンパンと手を叩いた。
銀皿と銀蓋を両手に乗せたプリムがやってくる。どこで手に入れたのか、フリル付きの給仕服を着ていた。
王様の御前だというのに、周りにいる貴族に愛想を振りまきながら、玉座の前で傅いた。
「どうぞ召し上がれ!」
プリムは銀蓋を取る。
その瞬間、爆発的に芳醇な香りが広い謁見の間を包んだ。
何事かと皆の視線がプリムの持った皿に向けられるが、その前に皆、香りに酔っていた。皿を覗き込みたい欲求を抑えながら、フェリス陛下の反応を待つ。
陛下も少しとんがり耳を赤くしながら、唾を呑んでいた。
「これは?」
銀皿に載っていたのは、厚切りに焼かれたハムのようだった。
「ケリュネアの燻製でございます」
「ケリュネアの!」
「燻製!!」
「なんと!!」
「魔物の燻製か!!」
驚き、戸惑いが入り交じった声が上がる。
ギルドマスター曰く、こっちでも魔物食が流行っているようだが、まだヴァナハイア王国ほどではなさそうだ。
先ほどまで香りに酔いしれていた家臣の幾人かが、少し目を細めて蔑むような目をしていたのが印象的だった。
それでも俺は構わず説明を続けた。
「ケリュネアのもも肉に軽く切れ目を入れて、塩と胡椒をよく揉み込み。その後、酒、大蒜、生姜、各種ハーブ、魚醤を加えて寝かせ、その後燻製にしたものです」
「私にこれを?」
「どうかお召し上がり下さい」
俺がそう言うと、家臣の間で心配する声が上がった。魔物食が隣国で流行っているとはいえ、魔物の肉である。
それを国王に食べさせまいと必死だった。何かあっては遅いからだ。
しかし、フィリス陛下は決断する。
「食べよう」
「へ、陛下」
「今一度、ご再考を」
「お身体に何かあっては」
「ゼレット殿たちは危険を顧みず、ケリュネア教に立ち向かってくれました。私が料理一つに怯むわけにはいきません。それに作った人間にも、勧めてくれたゼレット殿にも失礼です」
フィリス陛下はたしなめると、静かに「いただきます」と手を合わせた。
箸で摘まみ、緩い袖元を抑えながら口元に持っていく。そこから一気に頬張った。
「あっ……。おいしいぃぃいいいい!!」
歓喜の声を上げる。
たまらず、もう一口とばかりに箸を付け、ゆっくりと咀嚼した。
「うん。この香りがやはりたまらない。噛んだ瞬間に、ふわっと芳醇な香りが全身をつつむようだ」
大絶賛する。
「肉質もいい。柔らかく何度も咀嚼しても飽きがこない。噛めば噛むほど、旨みが広がっていく。まるで生ハムを食べているかのようにジューシーだ」
そのままフェリス陛下は夢中になる。
時折「ああ」と悩ましい声を上げたり、神にでも感謝するように天を仰いだりしながら、ケリュネアの燻製を一皿丸々食べ切ってしまった。
空の皿を叩いた時、ようやくフェリス陛下は我に返る。
夢から覚めた国王は、少し頬を赤らめた。
「これは失礼、客人の前で」
「いえ。お気に召したようで良かったです」
「私にこのケリュネアの燻製を食べさせたということは……」
「そうです。増えたケリュネアをカルネリアの名物として流行らせて欲しいのです」
「なるほど。そして、魔物食をこちらでも本格的に流行らせようと……?」
「ご推察の通りです」
「ゼレット殿、1つ確認しておきたい。それは、貴国の料理ギルドの意志かな?」
口元を拭いながら、フィリスは玉座に座り直す。
「いえ。1つの提案だとお受け止め下さい」
周りから意外と思われるだろうが、ケリュネアをカルネリア王国の名物にしようと提案したのは、俺自身だ。
すでにこのことは、料理ギルドのギルドマスターや、オリヴィアも知っている。パメラにも情報を共有済みだ。
とはいえ、魔物食を流行らせたいと大志を描くラフィナに感化されたわけではない。
俺はもうハンターではない。食材提供者だ。
魔物を食べるためにハントをしている。
そして、俺が望むのはSランクの魔物だ。
だが、このSランクの魔物というのは、滅多なことでは姿を現さない。故にただ手をこまねいて待ってるよりも、間口を広げ、その対象範囲を広げることは悪いことではない。
魔物食というものが、周囲の国々にも流行すれば、それだけ依頼が多くなる。その中にSランクの魔物が含まれている可能性もある。
魔物食が流行れば、それだけSランクの魔物を討つ機会が増えると俺は考えたのだ。
「なるほど。わかった。Sランクの魔物を討伐――――いや、食材として依頼したい時は、まずゼレット先生に依頼しよう」
「有り難きお言葉。世界の果てにいても、必ず馳せ参じましょう」
「それは心強い。ゼレット先生が助けてくれるなら、百、いや万人力だ。しかし、ケリュネアの肉を名物にしようとは大胆なことを考えたものだ」
「ハンターから食材提供者になって、1つ学んだことがあります」
「何かな?」
「ただ命を奪うことよりも、命を己の血肉に変えてあげることの方が、罪悪感が薄れるということです。……ハンターの仕事は孤独でした。魔物食がいつか、ハンターたちの荒涼とした心を癒やす糸口になってほしいと、俺は考えています」
命に感謝し、味わうことは決して人間のエゴではないと思うから……。
書籍版が6月15日発売です。
当者比6割ぐらい書き直したので、
是非ご予約下さい。詳報は後日!







