第64話 元S級ハンター、森の狙撃手となる
「お――――ほっほっほっほっ!!」
高笑いがケリュネア教のアジトに響き渡る。
数人の信者と、使役したケリュネアを引き連れ、ヘンデローネが凱旋した。
「ヘンデローネ様だ!」
「ケリュネアを殺した狩人の村を潰したらしい」
「素晴らしい」
「ざまーみろ。これは天罰だ」
周りの信者は熱狂的に迎える。
村1つがなくなり、その生命すら絶たれたというのに、何の罪悪感もなく、まるで魔薬を飲んだかのように飛び上がっていた。
その狂信ぶりに、村々から連れてこられた男たちはただただ青い顔をして震えるしかない。もはや抗する気力もなく、その場に蹲るだけの者もいた。
戦争に勝利した将軍のようにアジトを練り歩いていたヘンデローネは、つと立ち止まる。
ははっ、と膝を突き、頭を下げた。
アジトの中にある神殿前に、大主教が彼女を待っていたのである。
「よくやった、ヘンデローネよ」
「ありがとうございます、大主教様」
「して、ゼレット・ヴィンターはどうした?」
「接触しませんでした。ですが、メッセージを残しておいたので、直にここへ」
「ほう……」
「まあ、その前に森のトラップとケリュネアに食われるかもしれませんけどね」
お――――ほっほっほっほっ!
再びヘンデローネが高笑いを上げる。
「別にどうってことなかったわよ」
「はっ?」
聞き覚えのある声に、ヘンデローネは振り返る。
そこに立っていたのは、大きな銀毛の狼。
その背には、金髪のエルフが乗っていた。
背後で信者たちとケリュネアが倒れている。
信者たちは気絶し、ケリュネアたちはいずれも喉を裂かれ、絶命していた。
突然、足下から上ってきた死の気配に、ヘンデローネは悲鳴を上げる。
ととととっ、と後方に足を滑らせると、尻餅を付いた。
「ぱ、パメラ・エストローナ……」
「あら。私の名前を知っていただいているなんて光栄ね、侯爵夫人。……あ。そういえば、もう侯爵夫人じゃないのよね」
「うるさい。黙れ! お前やゼレット、そしてあの小生意気な公爵令嬢のおかげで、あたしがどんな責め苦を負ったか……」
「責め苦を負ったのね。そんなに重いものなら、何故あなたは余計なものまで背負うとしているのかしら」
「あたしが背負った? あたしが何を背負ったというんだい」
「村を襲った罪よ……」
「罪? ふざけるな!! あたしは守ったのよ。ケリュネアを人間の汚い手から。あたしは何も悪くない。ただ生命を救ったのよ」
「生命を救って、生命を殺したら何もならないでしょ」
「そんなこと! この世界のどこでも行われてることじゃない。人が魔物の命を奪うように! 魔物も命を奪う。人が当たり前のようにやっていることを、当たり前のようにやって何が悪いのよぉ!!」
ヘンデローネは絶叫する。
フードを脱ぎ、全く手入れされていない髪が露わになった。
紫色の髪は所々で白骨化したように白くなっている。
豚のように興奮したヘンデローネは、パメラを睨んだ。
元侯爵夫人が見せる迫力に、信者はおろか大主教ですら声を失っている。
ヘンデローネの身勝手な言葉に、パメラは閉口した。
『そうか。ならヘンデローネ。お前にも覚悟があるんだな』
その声はパメラのポケットから聞こえた。
パメラは伝声石を取り出す。
声を遠くに飛ばし、同じ伝声石を持った者と会話できる魔導具で、パーティーを組むハンターたちの必携アイテムである。
その声にいち早く反応したのは、ヘンデローネだ。
伝声石を囓らんばかりに元侯爵夫人は、鼻息を荒くする。
「ゼレット…………。ヴィンターぁぁぁぁああああああああ!!」
ついには吠える。
犬の遠吠えのようであった。
『ふん……。怒っているな、侯爵夫人』
「はっ! そ、それはあなたも一緒でしょ! あたしのプレゼントは気に入ってくれたかしら」
『村のことか……』
「そうよ。あれから、あたしはあんたのことを調べさせたの。あんたは昔『黒い絶望』って言われていたこと……。そして災いを呼ぶエルフは、本当に村に災いをもたらしたこともね」
「ひどい! ゼレット、あのことでどれだけ苦しんでいたか、あなた知らないでしょ」
「ふん! ならおあいこでしょ。あんたたちだって、社交界を追われたあたしの苦しみを知らないでしょうに!!」
「あなたの場合は自業自得じゃない! でも、ゼレットは違う!」
「黙れ、小娘! 平民のエルフごときが、貴族の痛みがわかってたまるか!!」
ヘンデローネは拒否する。
もはや誰からの声も聞こえない。
いや、元からそうだったのかもしれない。
絶対的に自分が正しい。
往々にして、自分が世界で1番正しいと思っている人間は少なからず存在する。
『パメラ、ありがとう』
聞こえてきたのは、ゼレットからの感謝の言葉だった。
「ゼレット……」
『ここからは俺が話すよ』
「……わかったわ」
パメラはリルに乗ったまま1度下がる。
引き続き、掲げた伝声石からゼレットの声が響き渡った。
『最初にお前たちに忠告しておくことがある』
その瞬間、伝声石の向こうで銃声が聞こえた。
1拍置いた後、信者の1人が悲鳴を上げて、倒れる。乾いた音を立てて、男の手からこぼれ落ちたのは、弓矢だった。
『パメラに危害を加えようとした瞬間、その男のようになる。今のは麻痺弾だが、次は実弾を当てる。いいな……』
ゼレットの言葉は、北の国に横たわる永久凍土よりも遥かに冷たい。
当然、その場にいた全員が周囲を見回した。
しかし、狙撃手らしき姿は影も形もない。
森の奥の方だと推察はできるものの、見える範囲に犯人はいなかった。
そして、見えないからこそ周りは恐怖に煽られる。
『さあ、ヘンデローネ……』
あんたの覚悟とやらを見せてくれ……。
以前、募集させていただいた魔物についてなのですが、
一部書籍の特典SSに組み込もうと考えております。
どれを使うかは秘密なのですが、そういう場には使ってほしくない、
と言う方がいましたら、お手数ですが作者のDMまでご連絡いただけると助かります。







