第59話 元S級ハンターの2番目の弟子
タイトル変更しました。
書籍と同タイトルになる予定です。
気に入っていただけたら幸いです。
「イタタタ……」
気つけ薬を口に突っ込まれ、ヴァナレンは目を覚ます。
頭の後ろを軽くさすりながら、まだ朦朧とする頭を振った。
「ヴァナレン様、大丈夫ですか?」
アネットが井戸から汲んできた水を差し出す。心配そうにヴァナレンを見つめた。
彼女の介抱に関わらず、ヴァナレンは未だ立てずにいた。
「ゼレット……。さすがにやり過ぎじゃないの?」
パメラが視線で俺を責める。
「ゼレット殿、そなたが強いことは知っている。だが、ちょっとやり過ぎだ。仕掛けた騎士長も騎士長だが……」
アネットはまくし立てる。
「それにこの方は、カルネリア王国の希望でもある。第2王子ヴァナレン・フォオ・カルネリア様。何かあってからでは遅いのだ」
「え、ええ……。王子様!? カルネリア王子様が、騎士団長なの??」
パメラが素っ頓狂な声を上げる。
対して俺は黒のローブについた砂埃を丁寧に払う。お気に入りが台無しだ。帰ってからクリーニングに出さねば。
そんなことを考えながら、襟を立たせると、俺は地面に尻を付けたままのヴァナレンの前に立った。
きっと周りは謝罪の言葉を期待しただろうが、俺は別の言葉をこの国の王子に投げかけた。
「少しは強くなったようだが、まだまだだな、ヴァナレン。その顔と一緒で、動きが甘い。考え方も甘い。ついでに言うと、鍛え方も甘いな。それでは到底俺には追いつけないぞ」
「相変わらず容赦がないですね……」
師匠……。
周りの空気が一瞬凍り付く。
特にパメラが微動だにせず、カッと目を開けたまま固まった。アネットも持っていた空の薬瓶を落とし、割ってしまう。
周りの騎士団たちも驚いていた。そして示しを合わせたように声を揃える。
「「「「「師匠!!?????」」」」」
大声が、俺の耳をつんざいた。
パメラが猛牛の如く俺の方に突っ込んでくると、高速で俺の肩を揺らす。
おい。やめろ。普通に首がもげる。
「し、師匠ってどういうこと、ゼレット? ヴァナレンさんは、騎士長で、それに王子様なのよ! どこの馬とも知れないプリムさんはともかく、あんたが師匠って」
落ち着け、パメラ。あと、何気にプリムが可哀想じゃないか。いや、言いたい気持ちは分かるが……。
大騒ぎするパメラを横で、羽でも生えたような軽やかな声を上げたのは、当のヴァナレンであった。
「あはははは……。本当だよ、パメラちゃん」
ついにヴァナレンは立ち上がる。
どうやら身体が痺れたぐらいで、他に外傷はなさそうだ。
ヴァナレン・フォオ・カルネリアと出会ったのは、2年前になる。
カルネリア王国からの依頼で、『魔物の駆除の仕方』と題して、ヴァナレンの家庭教師として招かれた時だった。
当時からヴァナレンの才能は傑出していた。金属性魔法を操り、先ほどの戦いの時のように、空気中の酸素や水分などを自在に動かし、何もないところに火をおこし、雷を落とした。
魔法ではなく、化学反応を応用した魔法らしく、砲剣の仕組みを作ることができたのも、ヴァナレンの知識によるものだ。
強さにおいても、知識においても、ヴァナレンは王宮の中で傑出していた。これはあくまで俺の想像だが、ヴァナレンの天狗鼻を誰かに折って欲しいと、誰かが考えたのだろう。
すでに何匹ものSランクの魔物を葬り去り、ハンターとして売り出し中だった俺が、家庭教師として呼び出された。
そして何者かの思惑通り、伸びに伸びたヴァナレンの鼻は、あっさりとへし折られることになる。
それから改心したのか、ヴァナレンの言動は変わっていったことは、何度かやりとりしていた手紙でわかった。
騎士団長になったことも、ヴァナレンからの手紙で知っていたし、副長であるアネットが俺の事を知っていたのも、何となく察しがついた。
「ゼレット殿は、尊敬するヴァナレン様が認める方……。まさかヴァナレン様のお師匠様とは知りませんでした」
アネットは冷や汗を拭きながら、頭を下げた。
「やあ、リル。久しぶりだね」
ヴァナレンはリルの頭を撫でようと手を伸ばす。
バグッ!
「ふがあああああああ!!」
ヴァナレンは悲鳴を上げた。突然、リルに噛まれたのだ。
そう言えば、リルって何故かヴァナレンのことが嫌いだったな。
噛まれて赤くなった手をヴァナレンは、「ふー。ふー」と息を吹きかけ、冷まそうとする。
そこに現れたのは、猫耳の影だった。
「ヴァナレン、久しぶりだな!」
プリムがヴァナレンの前に出でると、ふんと鼻息を荒くし、偉そうに腕を組む。
実はヴァナレンがパメラに話しかけている時も、リルに触ろうとした時も、ずっと横にいたのだが、ヴァナレンはプリムを無視し続けていた。
なるべく目を合わさず、まるでいない者として扱っていたことを俺は知っている。
「え、えっと……」
「ん? もしかして、ヴァナレン。僕のことを忘れたの?」
ずいっと1歩、ヴァナレンに踏み込む。
「い、いや、そういうわけじゃないんだ、プリム」
「ちーがーうー。プリムじゃない。姉弟子でしょ。あーねーでーしー」
プリムは一国の王子に向かって圧力をかけ続ける。
女性を見れば話しかけずにはいられない軟派なヴァナレンだが、プリムの前ではタジタジだった。
助けて、と涙目を向けるが、俺は肩を竦めるだけで精一杯だった。
プリムが俺の弟子になったのも2年前になる。時期はほぼ重なっているのだが、2ヶ月ほどプリムの方が早く、馬鹿弟子が主張するのは間違っていない。
つまりヴァナレンはプリムの弟弟子に当たるのだ。
「あ、姉弟子……。お久しぶりです」
ヴァナレンは頭を下げる。
「うむ! お前も元気そうで何よりだ」
プリムは胸を張り、偉そうな態度でバシバシとヴァナレンを叩いた。
一応わかっているのだ。タイミング悪くプリムの弟弟子になったが、その姉弟子もまた恐ろしく強いことを……。
「ヴァナレン様のあんな顔、初めてみました。さ、さすがゼレット様です」
「あはは、ははははは……」
感心するアネットの横で、パメラは苦笑するしかなかった。
「しかし、まさかあそこで3発も撃っていたなんて……。師匠、また強くなってません?」
「よく耳を澄ませば、俺が3発撃ったことはすぐわかったはずだ」
「じゃあ、なんで3発撃って、すぐに決着を着けなかったんですか?」
「弟子に華を持たせるぐらいならするさ。いい自己紹介になっただろ」
「か――――っ! 相変わらず可愛げのない師匠だぜ」
参った参った、とヴァナレンは顔を手で覆い、天を仰ぐ。
平静を装っているが、かなり悔しがっていた。どうやら俺に勝つ気でいたらしい。
「お前の方こそ、下手な茶番に師匠を巻き込むな」
「ほら。騎士団の長として、威厳は見せておかないと。それにケリュネアの名前を出されては、こちらも引くわけにはいかないので」
「アネットから概ね今のカルネリアの状況を伝え聞いたが、お前の口から改めて聞きたい」
「わかりました……。ここではなんですので、オレの執務室でお話しましょう」
ヴァナレンは王宮へと案内するのだった。
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